13-05 エインズフェロー女史護送作戦(3)
視点を変えながら話は進んでいきます。
(ケイト視点)
装甲車が停止し、エンジンも止まる。
「総員、降車!」
大尉の掛け声で、近衛隊の皆がその場で立ち上がる。
私とエルナンさんも、大尉に促され立ち上がる。
後部ハッチが外から開けられたので、座っていた並びで降車する。
降り立った場所は地下駐車場のような所だった。
乗って来た装甲車の他に二台の装甲車が居て、そちらからも近衛隊員が下りてくる。
それぞれの装甲車から降りて来た集団ごとに、リーダーらしき者が待機を命じていた。
「総員、この場で待機」
私達の集団も、大尉が待機を命じている。
その間に、空になった三台の装甲車は後部ハッチが閉められ、走り去っていく。
「これだけの人数で、病院の警備に?」
大尉に尋ねると、大尉は首を振る。
「近衛隊からは三個小隊ですが、政府からも警備隊二個小隊が周辺警備をしていました。
貴女がたが退院しましたので、警備隊には戻っていただいています」
私達の警備にそれだけの人数が⁉
目を丸くしていると、大尉が続ける。
「それだけ、貴女が向こうに取り返されると不味い状況なのです」
気になった事があるので、この際聞いてみる。
「ベルドナットが入院していた頃は男性用病棟も同じくらいの警備を?」
キャスパーが入院していた時は、彼は一人男性用病棟に入院していた。
そっちも物々しい警備だったのかしら。
「……ここの隣に、3区の会事務局が入っている建物があります。
そちらは今も、近衛隊二個小隊、警備隊四個小隊が3区の会事務局の警護に当たっています」
彼一人に対する警備も厳重だったみたい。
それだけ厳重なら安心ね……って、そうじゃなくて。
警備隊が多く人員を出しているという事は、自治政府が列席頂いた行方不明者家族の方々を帰郷させたいという事でしょう。
結局、事務局にもあちら側の手が伸びてきているのでしょうね。
しかし、私達はここで待機しているけど、一体何を待っているのでしょうか。
そこに何か車が走ってくる音がする。
やって来たのは、同じ型の三台の大型トラック。
0区の市内で一般的に荷物運搬に使われる、箱型の荷台がついている型だ。
他の星系みたいに地面が凸凹している訳じゃないから、荷台は割と低い位置に付いているけれど、それでも荷台の後ろには荷物を上げ下ろしするリフトが付いている。
装甲車から降りたそれぞれの集団の前に一台ずつ停車する。
トラックの荷台が開けられ、リフトが下におろされる。
「総員、目の前のトラックの荷台に乗車」
リフトが何度か上げ下ろしされ、隊員がそれに乗って荷台に上がる。
荷台の中には、扉側には装甲車と同じように壁際にベンチシートがある。
装甲車の時と違うのは、奥側にはかなり大きな荷箱が幾つも置いてある事だ。
先ほどと同じように着席し、全員が着席すると扉が閉められる。
荷台の中には明かりがついていて、扉が閉まると同時に明かりが灯る。
それからしばらくして、トラックは動き出す。
「ビューロ、ハイデン。奥から、手前列の左端にある荷箱をこちらに運んで頂戴」
大尉の指示で、奥側の二人の隊員が荷箱を私達の前に運んでくる。
荷箱の蓋を大尉が開けると、そこには書類の束が。
大尉はそのまま蓋を閉め、指示を出す。
「ビューロはこことここを、ハイデンは反対側の角を持って」
大尉が指示しているのは、箱の側面の角、上側三分の一ほどの場所。
二人で四隅を持つよう指示している。
二人はタイミングを合わせ、持っている場所から箱を持ち上げる。
すると、持っている場所のすぐ下から箱の上半分だけが持ち上がる。
その下は空のスペースになっていて、クッションが敷き詰められていた。
大尉は二人に、持ち上げた部分を脇に下ろさせる。
ひょっとして……。
「狭い場所で申し訳ないが、お二人にはここに入って頂きたい」
やっぱり、荷物に紛れて移動するってわけね。
「目的地に着くまで押し込められるのかしら」
エルナンさんが不安そうに言う。
「時間が掛かりますので、中で眠っていてください。御不便をお掛けします」
「大尉の事は信用しています。よろしくお願いします」
私はそう言って頷いた。
私とエルナンさんは、隊員に抱え上げられて箱の中に入る。
「クッションの上に丸まって頂けますか」
二人でクッションの上に、顔を合わせるように横向きに丸まる。
「到着すれば起こします。すいません」
大尉はそう言って、私達の顔にスプレーを吹きかける。
睡眠薬が入っているのでしょう。
スプレーを吹きかけられながら、私達は次第に睡魔に襲われ……そのまま、眠ってしまいました。
* * * * *
(第四皇子視点)
「まず、宇宙港への荷物運搬目的でのシャトル利用申請です。
こちらは提出は三日前で、近衛隊から自治政府の運航管理部に出ています。
費用は帝都の近衛隊司令部から支払われました。
申請に不備が無かったため、二日前に受理されています」
控室にいる側仕えのタンクレーディから、端末を通して報告を受け取る。
「わかった。貨物船のほうはどうだ」
もう一件調査を依頼していた貨物船の方についても聞く。
「そちらですが、二日前に近衛隊との間の契約が締結されています。書類と貴重品の運搬の為貨物エリアの三分の一を借りるとの内容です。警備員二十名を置くため空気を入れたままにするとの内容で、必要な工事費用は近衛側が負担するそうです。
先ほど御報告したシャトル利用申請は、こちらへの荷物を運ぶものと思われます。
それから、なのですが」
まだ何かあるのか?
タンクレーディに続きを促す。
「これに伴って、元々の政府との今回分の取引契約は分納契約に変更されていました。
運搬量を減らして、別の船を出して契約量の残りを運ぶ模様です。
十日後に改めて別の貨物船が寄港する旨の申請が昨日提出されました。以上です」
「状況は分かった」
タンクレーディとの通信を切る。
「近衛隊のトラックは駅の貨物バースに停車しました。
用意されたシャトルに運んできた荷物を積み込んだ後、そのまま人員も乗り込んで出発したようです。
行先はやはり宇宙港です。ただ、そこに隊員服を着た背の低い女性二人の姿は無かったそうです」
私がタンクレーディと通信している間、執務室内に残って通信で続報を受け取っていた宇宙軍士官が、私の通信の終了を待って内容を報告した。
「了解した。また何かあったら報告してくれ」
士官は敬礼し、執務室を出て行った。
「恐らく二人は、運ばれた荷物の中に紛れているのでしょうな」
グロスターが推測を述べる。
「先に宇宙港に行かれてしまっては、事前に身柄を押さえることはできないな」
「出る前に押さえる作戦は駄目で元々でしたでしょう。0区内の今の我々の戦力では、近衛一個小隊の相手が精々です。通常部隊を動かせる訳ではないですしな」
例の連隊の戦力は、身辺警護以外にあまり残していないからな。
今はそのほとんどがマクベスの指揮する宇宙空間の方にある。
「私の手の者が何名か宇宙港にいます。近衛三個小隊を相手に身柄の確保は無理ですが、どの船に乗ったかは調べさせます。船さえ分かれば、後はマクベスが上手くやるでしょう」
「そうか。後は、奴に任せるしかないか」
宇宙港から出港してしまえば、私が直接手を下せる事はない。
できるのは、どの船に乗ったかを見極め、マクベスに連絡するくらいだ。
「ところで、殿下」
「なんだ」
改めてグロスターが問うが、何だろうか。
「本当に御執心では無かったのですね」
「……殴るぞ」
* * * * *
(近衛隊、ハイヴェ大尉の第三小隊に属する、某隊員視点)
宇宙港の貨物バースでトラックを降りる。
その後、三個小隊六十人で手分けして、シャトルの貨物車両に荷物を積み込んだ。
シャトルは前二両が旅客車両、後一両が貨物車両の三両編成だ。
積み込んだ貨物は赤色が付いた箱が五箱だけあったが、それ以外はどれも同じ見た目だった。
二人が入っている箱は後者だ。
後で分からなくなるので、あの箱だけはこっそりマーキングしてある。
特殊な塗料で肉眼では判別できないが、特殊なグラスで見れば判別がつく。
その後、私達三個小隊は旅客車両に分乗し、私達は宇宙港へ出発した。
私達ハイヴェ大尉の率いる第三小隊は、二両目の後ろ半分に乗車している。
二両目前半分と一両目後ろ半分に第六小隊が、一両目前半分には第七小隊が乗っている。
第三小隊は女性隊員のみで、他の小隊は全員男性で構成されている。
0区シャトル駅から宇宙港まで、乗車時間は約四十五分。
この間に、小隊毎にブリーフィングをすると隊長から指示があった。
タイミングを同じくして、前半分に乗車していた第六小隊が先頭車両へ移動していく。
隊長からはここまで今日の作業内容――退院に合わせて二人を護送用装甲車に乗せること、その後帝都へ送る書類などの荷物を宇宙港へ運ぶこと――は聞かされていた。
装甲車の行先が予想に反して近衛隊駐屯地だったり、駐屯地でそのままトラックに移乗して荷物と一緒に二人を運んだりといった事までは想定していなかったけど。
ただ、この間聞いたあれは、二人を恐らくクセナキス星系まで護送するような話だった。
「今回の作戦内容を伝達する。
現在宇宙港に接岸している貨物船アルバネイア号の貨物スペースの一部を、我々近衛隊が借り受けた。宇宙港に着いたら第六、第七小隊と手分けして、後ろの車両の貨物を載せる」
荷物と共に二人を星域外へ出すのか。
「第六、第七小隊が運搬ロボットに貨物を乗せる間に、我々は先に船の貨物室を開け、受け入れ準備をする。具体的な準備は、向こうに着いたら説明する」
理解したという意味で全員頷く。
「第六、第七と合流し、協力して船内の指定場所に貨物を積み込んだら、我々第三小隊はそのまま貨物の警備として貨物船に乗り、ハランドリ星系へ向かう。
航行中に訓練も行う予定だ」
「どのような訓練なのでしょうか」
隊員から質問が出る。
「訓練の内容は直前まで明かさない。
だが、貨物の中に色付きの箱があっただろう。あれの中には、我々の訓練で使用する装備を入れてある。
それを使うとだけ言っておく」
あの色付きの箱は装備……宇宙空間を航行中の船内での訓練ということは、戦闘用宇宙服だろう。
戦闘訓練を予定してるのかな。
「先ほどのお二方は、宇宙服を着なくても大丈夫なのですか」
また別の隊員から質問がある。
「先ほど載せた貨物室は気密性があって、キャビンと同じく中には空気がある。
また貨物船に我々が借りたスペースも、航行中も空気が保たれるようになっている」
二人は眠ったまま貨物に積まれて、起きたらハランドリって事になるのか。
さっき隊長は訓練について明言を避けたけど、おそらく本格的な訓練が想定されているってこと。
まあ、多分……訓練じゃないことがあるんだけど。




