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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第13章

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13-04 エインズフェロー女史護送作戦(2)

第四皇子視点

「何の用だ」

 

 中立と言いつつ実質は全貴族総会寄りの近衛が、何の用があって来たのだ。

 執務室に入って来た大佐に尋ねる。


「どこぞの()()()()()()()()()()()()を受けて病院で治療中だった、ナタリー・カルソール女史とケイト・エインズフェロー女史が退院しました。

 捜査のため近衛隊にて引き続き身柄を確保しますという、まずは御報告を」


 大佐のこの主張を認めれば、拘束された者は法を犯した不正規兵として処分される。

 認めなければ、かの拷問は私が正規兵に指示したと認めることになりかねない。

 大佐の発言にこちらから言質を与えてはいけない。


「二人の身柄をこちらに渡せ」


 私はビゲン大佐の報告にただ首を振り、こちらの主張を述べるだけだ。

 大佐は首を振る。


「殿下側と全貴族総会の主張が全く異なる以上、中立である近衛が捜査しなければ公正とは言えません。

 貴族総会側からは、あちらの主張を裏付ける証拠が既に提出されています。

 殿下にも早く提出いただきたいものですな」

「整理中だ」


 証拠の提出については、いつもの口実で流す。


「整理に何か月かかることやら。それで提出はいつ頃?」

「整理中だと言っているだろう! 期日は追って連絡する」


 身柄をこっちで確保するまでは、この言い分を通してやる。

 ビゲン大佐は呆れ顔で頭を振る。


「整理中ねえ……早くして頂きたいですな」

「用件はそれだけか」


 早く帰れとの意を込めて言うが、ビゲン大佐は首を振って言う。


「用件はもう一つ。

 宇宙軍が3区の会や女史の経営する会社事務所、そして女史の自宅を捜査し押収したものがあるはずです。そちらを引き渡して頂きたい」

「こちらの捜査上必要なものだ。却下する」


 ビゲン大佐の要求を突っぱねる。

 大佐は何かに気付いたような表情をする。


「いや、言葉が足りませんでしたかな。全部を返せと言うわけではありません」

「一部でも、駄目なものは駄目だ」


 ビゲン大佐は、ため息を吐いた。


「幾ら婚約者が居ないからと言っても、殿下が平民に御執心になられては不味いでしょう」

「どうしてそういう話になる」


 なぜ私がかの女史に御執心などという話になるのだ。


「はて。自宅まで踏み込んで一切合切押収していったのは殿下でしょう。

 捜査に影響なさそうな化粧品や私服、果ては若い女性の下着まで押収しておいて、それらを返さないと仰る。ならばてっきり殿下がかの女性に御執心なのだと」


「人を変態の様に言うのは止めろ!

 そんな物まで押収していたなど聞いていない!」


 大佐を遮って苦情を述べる。

 横でグロスターが顔を逸らし肩を震わせているのに気づき、彼を睨みつける。


「まあそれはさておき、殿下が一切合切を押収していったことで様々な弊害が出ております」


 弊害だと?


「化粧品や下着は入院中に近衛が負担して貸し与えています。幸い女性隊員をこちらに連れてきていたので助かりましたが、それでも御本人達にかなり苦痛を強いたことでしょう。

 入院時は病衣があったものの、退院してしまえば服の一着すらありません。仕方なく隊服を貸し与えています。

 注目度の高い女性ですから、もしこれが知れ渡ってしまえばどの様な批判が出る事かと」


 退院したことで、色々と不都合が表面化したと大佐は言う。

 言われてみれば確かに、マスコミに知られては色々と批判を浴びることになりそうだ。


「……調査の上、女性用衣類や化粧品など、純粋に私物と思われるものは返却させる」


 私の回答に、大佐はまだ満足していない様子。


「殿下には微々たるものかもしれませんが、近衛側が負担した分については、元々不当な拷問を与えた宇宙軍側に補償を求めます」


 大佐はさらっと織り交ぜてきた。

 だがこれは回答を間違えると、私の関与の元で拷問をしたことを認めたことになりかねない。


「一部の兵が暴走してしまったことに対するお詫びとして、その分は宇宙軍側で費用を負担させよう」


 あくまで、一部の兵の暴走という事で補償を申し出た。

 大した金額にはならない筈だ。


「まあ、()()それで良いでしょう。次は口座の凍結解除ですな。

 特にエインズフェロー女史の個人口座、そして彼女の経営する回収会社の主口座の凍結解除です」

「それは認められない」


 却下するが、大佐は首を振る。


「まず、エインズフェロー女史の個人口座の凍結が解除されないと……彼女が自治政府に市民税を払えません」

「それがどうした。彼女の実家が代わりに負担すれば済むだろう」


 大佐は首を振って私の言葉を否定する。


「会社口座も凍結されているため、自治政府は彼女の市民税の立替を会社へ求めることもできません。

 星系外の親族に問い合わせては時間が掛かります。

 なので政府が法に従って処理をした場合、行き着く先はクーロイからの強制退去命令です」


 ここクーロイはコロニーのみで構成されるため、ごみ処理だけでなく不法滞在にも特に厳しい。

 市民税を払えなくなった住民は強制退去処分になるという法律は、クーロイには確かにある。

 だがあの女は回収業者として政府にも貢献しているし、即刻退去処分になるとは……。


 いや、そうか。

 強制退去処分が出れば、それを盾にあの女を実家のあるクセナキス星系へ移動させる名分を与えることになるのか。

 それを妨げる為に、わざわざ女の実家が市民税を肩代わりはしないだろう。

 それに、むしろあちらの星系の方が、あの女にとっては安全なホームグラウンドだ。


 近衛はそんな物がなくても全貴族総会側の依頼があれば護送するだろうが、こちらとしては仮にあの女の身柄を確保したところで、後でそんな事で責められても困るのだ。

 それは不味いな。


「次に、彼女の回収会社の主口座凍結の問題です。

 社長が不在の現在、かの会社は残った社員で業務を回しています。

 ですが主口座が凍結されて、はや一月以上。

 副口座にある資金には限度があり、足りない分は銀行からの借り入れで賄っています。

 ですがそろそろ業務が回らなくなり、黒字倒産となる可能性が高くなっています」


 大佐の話が読めない。


「特に問題なのは銀行からの借り入れです。借入自体は副口座でもできますが、返済の引き落としは主口座が設定されています。従業員の給与などの大口取引も全て主口座を通しています。

 ところが現在主口座が凍結されているため、大口支払が滞っています」


 つまり、あの会社の主な金の流れが止まってしまっているという事か。

 だが、それによりあの会社の身動きを取れなくするのが目的でもあるのだ。

 生存者達への援助もできない……いや待て。

 そもそも生存者達の逃亡先が帝国外であれば援助行為もできない。

 口座凍結は打撃にならないか。

 逃亡先が国外だと判明した今は、口座凍結の意味が失われている。


「このままだと、回収会社エインズは不渡りを出すことになります。

 その場合大口の債務請求が女史個人に向かう事になります」


 仮にそうなったとして、実家は資産家だ。

 そんなものは実家が肩代わり……いや、違う。

 先ほどの話の様に実家が肩代わりしなければ、彼女は個人破産する。

 市民税が払えず……結局先程と同じ流れになってしまうではないか。

 私は頭を抱えた。


「どうやら殿下には、問題点がお分かりになられたご様子で」

「何故大佐が口座凍結の解除を要求するのだ。近衛隊に利益は無いだろう」


 むしろ、退去命令が出るほうが近衛には有利ではないのか。

 それにも拘わらず大佐が要求する理由を訊いた。


「病院で我々が身柄を保護していた為、自治政府から近衛隊にこの件で苦情が来ていたのです。

 クーロイ自治政府としても、あの回収会社は無くてはならないのですよ。

 会社が無くなれば自治政府のごみ処理が頓挫し、市民は勿論、駐屯する宇宙軍も我々も困ったことになります。我々も、あちらとは良好な関係を維持しないといけないのでね」


 元々処理施設の能力がひっ迫していた所に、宇宙軍や近衛隊が駐屯した。

 施設能力を超えた分は、現在回収会社による対応で漸く回っている。

 あの会社は、その漸く回っている部分の中核を担っているのか。


 それに近衛としては、駐屯地を借りている以上、自治政府の要求はなるべく答えたいのだろう。


「……その二つの口座の凍結解除は、速やかに手続きしよう」

「ありがとうございます。

 できれば殿下が了承した旨を文書で頂けますでしょうか。

 自治政府との交渉に必要ですので」


 チッ。

 思わず舌打ちが出かけたが、手元の端末を操作して側仕えを呼び出す。


「宇宙軍が押収し口座凍結したエインズフェロー女史の個人口座、女史の経営する回収会社の口座の凍結解除手続きを頼む。また、それを私が了承した旨の文書を作成してくれ」

『了解しました。ではまず文書を先に作成します』

「それで頼む」


 側仕えとの通信を切り、大佐に確認する。


「これで良いか」

「ありがとうございます」


 大佐が一礼する。


「これで用は済んだか」

「殿下への用件は以上です」


 何か含みがあるな。


「先ほどの文書を待たせて頂く間に、グロスター宮廷伯爵閣下に確認したい事が」

「……私に?」


 自分に話が振られた事に驚いて、グロスターが大佐に尋ねる。


「閣下は商都にある『ハリーウェン通商』という会社をご存じか」

「……いや、知らないな」


 グロスターはそう答えている。

 商都とは、帝都のある惑星ダイダロスにある商業の中心地だ。

 帝都とは別大陸にあり、帝都との間は高速鉄道や航空機など様々な交通機関でつながっている。


「その何とかいう会社は、グロスターとどういう関係がある」

「閣下の遠縁を名乗るそこの社員が、詐欺行為を働いている容疑で捜査対象になっていると、商都の知り合いが話していましたのでね。

 近衛が捜査する話ではありませんが、一応閣下のお耳に入れておこうと思いまして」


 私の疑問に、大佐がここで話を持ち出した理由を話す。


「そのような会社に、私の知り合いはいないが」

「そうですか。そのような事で閣下の経歴に傷がついては堪りませんからな」


 丁度そこで、側仕えから端末に連絡が入る。


「文書が出来ましたが、御来客が帰られたらお持ちしますか」

「いや、来客に渡す書類だ。持ってきてくれ」


 程なく、執務室の扉からノック音がする。

 入って来た側仕えから書類を受け取り、私のサインを入れて大佐に渡す。


「ありがとうございます。これで、政府側の苦情から解放されます。それでは失礼」


 そう言って、大佐は去っていった。

 側仕えも部屋から出た後、グロスターに尋ねる。


「最後の大佐の質問に心当たりはあるか」

「私が持っている諜報の一つです。

 クーロイの件とは別件ですが、近衛総監に近しい所に手を伸ばそうとした事に対する警告ですね。

 言われた件は手を引きますよ」


 グロスターは私の知らない所で色々手を持っていそうだ。

 陛下に重用されているだけの事はある。


 そこに、慌ただしく執務室の扉がノックされる。

 誰何する前に、宇宙軍の士官であるグロスターの配下が入ってくる。


「近衛隊の駐屯地に装甲車が入ってから五分後、大型トラックが三台、シャトル駅へ向かいました!

 目標もそれに乗っている模様です!」

「な、なんだと。なぜもっと早く報告に来ない!」


 グロスターが配下に怒鳴る。


「大事な来客中とのことで、報告を待っておりました。

 来客が帰られたと側付きの方から連絡を受けて、慌てて来た次第です」


 その配下が、報告が遅れた理由を述べる。


「お前が報告を受けてから、どれくらい経っている」


 グロスターの詰問を受け、その配下は時計を見る。


「およそ十分です。トラックはそろそろシャトル駅に到着する頃かと。

 駅では政府がチャーターしたシャトルが待機しているそうで、それに乗って宇宙港へ行くものと思われます」


 ……やられた!

 先ほどの大佐との面会は、それほど大した内容には思えなかった。

 このための時間稼ぎだったのだろう。

 グロスターが同席したことで初動が遅れてしまった。


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