12-12 式典参加者たちの帰郷
俯瞰視点です。
クーロイ・ハランドリ間の航路は、クーロイを占拠した宇宙軍により封鎖されていた。
貨物航路の封鎖が解かれたのが、封鎖から半月後。
それから更にひと月経ち、暫定領主フォルミオン=アエティオス・ダイダロス第四皇子の名で、旅客航路の封鎖解除がようやく発表された。
なお第四皇子のクーロイ暫定領主の地位は、帝室こそ認めているものの、対立している全貴族総会が認めていない。
領主の座は統治能力を判断する名目で全貴族総会の過半数の承認が必要だという、半ば形骸化した帝国法の条文を全貴族総会側が持ち出し、強硬な反対の姿勢を見せている。
そのため、正式には第四皇子がクーロイ暫定領主を名乗るのは『自称』扱いである。
封鎖が解かれ、クーロイの様子を報道しようと多くのマスコミが、ハランドリからクーロイへの初便に乗り込んだ。
クーロイに到着した彼らが見たものは、便を出迎える暫定領主と自治政府職員――職員は領主に侍っているわけではなく、職務で宇宙港を駆けずりまわっていたのだが――、そしてまさにこれから入港しようとする、二隻の大型旅客船の姿だった。
初便入港時には、旅客航路再開のセレモニーが行われた。
その後、入港する大型旅客船を背景に暫定領主はマスコミへの会見を行った。
「ハランドリとの小さな定期便では、全員を送り出すまでに時間が掛かり過ぎてしまいます。この大型旅客船は、長らくこの星系から出られなかった式典出席者達へのお詫びとして、それぞれお住まいの星系へ送り届ける為に用意しました」
大型旅客船については、このように『自称』暫定領主から説明がされた。
これに対しマスコミ側から質問が飛ぶ。
「それは、式典以来拘束されていたマスコミ各社の人員も含めての事でしょうか」
暫定領主フォルミオン第四皇子はにこやかに答える。
なお、最初に質問をした記者が第四皇子を『自称暫定領主』との肩書で呼ぶと、あからさまに機嫌を損ね、その記者を無視しだしたので、この場ではマスコミ各社は暫定領主とだけ彼の肩書を呼んでいる。
マスコミ各社の彼に対する認識は『扱いづらい面倒くさい奴だ』という事で一致している。
口に出すと不敬罪を咎められかねないので、誰も口にしないが。
「勿論です。ただし、宇宙軍の軍事通信を違法に傍受していたり、その他帝国法、クーロイ自治法を犯していた者達については、引き続き収監は続けます」
にこやかに暫定領主は質問に答える。
「送り届ける際に乗船する側への負担金額と、例えば空きがある場合に追加で乗船することができるかを教えてください」
別のマスコミが質問する。
「乗船する方々の御負担はありません。ただ、乗船する方は式典以来クーロイに滞在されている行方不明者家族の方々、それから式典前に政府へ届け出て取材許可証をお持ちのマスコミ関係者に限られます。こちらの船でのお帰りを辞退される方が出ても、その分の空席を別の方にお譲りしたり、乗せろと政府職員へ要求したりするのはご遠慮ください」
この答えに、取材するマスコミ関係者の中には、自分たちがこの大型旅客船に乗って帰れないことにがっかりした者もいる。
次のマスコミの質問が挙がる。
「ここまで旅客航路の封鎖解除が遅れた理由は何でしょうか」
「この星系は食料生産の過半以上を外部からの輸入に頼るため、貨物航路は早めに解除するよう軍へ働きかけを致しましたが、未だクーロイでの反乱容疑者は捕らえられておりません。その容疑者を星系へ押しとどめ逃がさないために、旅客航路の封鎖は必要でした」
納得できなかったのか、同じ記者から追加の質問が出る。
「では、解除されたという事は、その容疑者は確保されたのですか。貨物航路の解除からひと月、軽犯罪以外に追加の拘束者が出たという話は無かったと、こちらに残ったクルーから聞いていますが」
この質問に、暫定領主が答えに詰まる様子がカメラに映し出された。
「あるいは、行方不明者家族として列席したジャーナリストが現在クセナキス星系で全貴族総会が保護しているため、封鎖に意味がなくなったのでしょうか」
「……先の質問を含め、捜査上の秘密が含まれるため、答えることはできません」
捜査情報の守秘を盾に、暫定領主は質問に答えなかった。
別の記者が声を上げる。
「航路が封鎖されている間、こちらに駐留している宇宙軍兵士が市民への暴力や略奪を働いたり、あるいは軍が拘束している3区の会事務局の方々への拷問行為をも行ったとの、近衛総監側の発表がありますが、それについて軍とともに進駐した第四皇子殿下としてのコメントをお願いします」
暫定領主は、側近と二言三言言葉を交わしてから回答を発した。
「……暴力や略奪行為を働いた士官や一般兵については、すでに拘束し処分済みであります。市民の皆様に迷惑をお掛けしたことはお詫びします。ですが、拷問については事実認識に誤解があるようで、近衛側とは協議を重ねています。私から言えるのは以上です」
質問を上げた記者が、追加の質問を出す。
「今回、進駐部隊の中から多数の不適切行為が出た訳です。その結果拘束された兵士達ですが、我々の取材の結果『ある陸戦連隊』から転属してきた者が大半を占めています。肝心のこの連隊の任務や駐屯地など、いずれも軍部の守秘事項とされていて詳細が掴めませんが、そもそも今回の部隊編成自体に問題が無かったのですか」
この質問には、マスコミ各社からどよめきが起きた。
暫定領主は、二、三回咳払いをした後で答えた。
「私は軍に所属している訳ではありませんので現時点ではお答えできませんが、軍内部を調査の上で、そういった不適切がありましたら適切に対処致します」
その後も質問を求める記者達の手が挙がる。
「さて、記者の皆さん。我々はこれから、行方不明者家族の方々とマスコミの方々の帰郷手続きを行います。この後も予定が詰まっており、短い記者会見となってしまい申し訳ありませんが、これにて失礼いたします」
だが、ここで暫定領主は強引に記者会見を締めくくった。
第四皇子はお連れの者達を引き連れて宇宙港を去っていった。
旅客航路の封鎖解除に合わせ、大型旅客船の入港と、暫定領主である第四皇子の記者会見の様子は、クーロイのみならず帝国内で報道された。
クーロイに二か月近く足止めされた式典列席者やマスコミが、これでようやく帰宅の途につけるという事で好意的な評論も一部挙がった。
だが、そもそも足止めしていたのは宇宙軍でありそれを指揮していた第四皇子側であることを挙げ、ここまで長く足止めをしていたことによる批判が多く、そういった擁護の論調は搔き消されていった。
その後の報道にて、行方不明者家族やマスコミ関係者の帰郷の様子や、彼らへのインタビューも各地で報道された。
ちなみに二隻用意された大型旅客船だが、マスコミ関係者の送還用と列席家族の送還用でそれぞれ一隻づつ割り当てられた。
列席家族の送還については、自治政府職員と三区の会事務局による対応だったが、座席の手配や船内サポート、星系帰着後の対応まで含め手厚いものだった。
列席家族用に携帯端末用の専用インターフェースを用意し、利用者登録や預け荷物の確認、居住星系帰着後の移動手段の手配、老齢者や身障者向けの車椅子のレンタル手配などのサービスが提供された。
さながら一般の星系間航路をオンライン予約するような手軽さで、利便性と事務手続きの効率化を実現していたのだ。
ただ、人数が多く一度に全員を送れないため、帝国内の方面ごとに何度か便を往復させる形になった。途中でマスコミ側の送還を終えたもう一隻を加えて二隻体制となったが、全員が帰郷できるまでに時間を要することになった。
この対応を実現した自治政府にマスコミが取材したが、政府側にこれを提供できる資金力は無く、3区の会側が提供したものだと関係者が明かした。
そこで今度は3区の会側へマスコミが取材したが、会長と事務局長は未だ近衛総監の保護下にあり取材ができず、副事務局長は「さる有志の寄付により実現したものだ」とだけコメントを出した。
この寄付を行った有志の正体は分からずじまいだったが、推測としては事務局長の実家であるクセナキス星系の某大企業関係者が取り沙汰された。
一方、マスコミ関係者の送還は宇宙軍が担当したが、こちらはかなり酷いものだった。
彼らは全員が一度に一隻に押し込められ、ハランドリに最初に寄港後、帝国内の主要三星系で近隣星系の者を順次下船させた後、最後に帝都へ戻る形になった。
機材以外の手荷物は拘束からの解放時に返却されたものの、式典時に接収された機材は下船時まで返却されなかった。
下船時の機材返却も、会社別にコンテナに詰め込まれて港の一角に置かれるだけであった。
コンテナを開けて中身を確認すると、内部メモリからは取材データがすべて消去され、機材の設定が工場出荷状態に初期化されていた。
機材とは別に封筒が一つ、それぞれのコンテナに置かれていた。中には数枚のメモリカードが入っており、そこに記録されていたのは、監察官側で用意したと思われる式典映像――0区コロニーでのセレモニー、そして3区での監察官のスピーチの一部のみであった。
クーロイの式典を取材した彼らマスコミに残された取材データは、監察官や宇宙軍側が残したプロパガンダ映像だけだったというわけだ。
この対応にマスコミ各社は怒り狂い、まずは自治政府側に抗議した。
なぜなら事前の団体交渉にて、資金力の乏しい自治政府側に多額の資金を提供し、式典の取材枠を得たという経緯がある。
自治政府の暫定トップであるクラークソン総務長官代行は謝罪したが、実際はその資金は大半が監察官や宇宙軍の滞在費用に充てられ、自治政府側の収入とはなっていなかったことも明かした。
その為、マスコミ各社の怒りは第四皇子と宇宙軍へ向かった。
宇宙軍のクーロイ駐留部隊は「法に従って適切に対応した」としてマスコミ各社の講義を突っぱねたが、そんなもので各社の怒りは収まらない。
そこで各社がとった方法は……宇宙軍がクーロイに進駐してからどのような酷い状況だったかをつぶさに報道するというネガティブキャンペーンを、各社が分担して帝国全土で展開したのだ。
これには「宇宙軍側の対応が不適切だった」と第四皇子が陳謝し、宇宙軍の乱入シーン以降は除かれたものの、式典の様子を映す大半の取材映像を各社へ返却した。
だがそれでも、クーロイを占拠する宇宙軍と、それを統治する『自称』暫定領主への批判は、帝国内で治まらなかった。




