12-05 クラッパ伯爵との会談(後)
前回に引き続き、トッド侯爵視点
「生存者ですって⁉ まさかあの廃棄コロニーに、生存者がいたと?」
「3区の会の関係者から齎された情報だと、あのコロニーには十数年前の事故を生き残った生存者が数名いた模様です」
マールス氏は腕を組んで、考え込み始めた。
「宇宙軍がその生存者を秘密裏に捕らえようとしていたなら……コロニーへの天体衝突事故にも何か裏がありそうですね。
後、ラズロー中将といえば第二帝室、旧イデアの方ですよね。その方がどうしてクーロイに?」
「そのコロニーからの戦略物資の横流しの疑いで、皇帝陛下の命で内偵していたそうです。現在はその容疑でカルロス侯爵と、共謀容疑でラズロー中将も捕らえられていますが」
マールス氏は頭を振った。
「カルロス侯爵にそんな事が出来る筈がありませんよ。惑星表面の生きている採掘場は宇宙軍が厳重に管理していますし、廃棄コロニー真下のガンマ採掘場ではリオライトは枯渇しています。そもそもカルロス侯爵に管理委託された理由がそれなのですから」
「同感です」
私はマールス氏に頷いた。
「ですが一方で、ケイ素やリンがガンマで採掘され、どこかへ流されていたのは事実の様です。カルロス侯爵や自治政府に、それ絡みの金銭の授受はなかったと聞きますが」
「仮に侯爵が主導したとしても、戦略物資の横流しに比べたら軽微なものでしょう。拘束して罪を問うほどの物とは思えません」
ふう、と二人でため息を吐く。
「そうですね。
こうまで強引な手を使う帝室の狙いは何でしょうか。私にはどうにもそれが掴めなかった」
私が正直にそう話すと、マールス氏は思案するかのように上を見ながら言う。
「帝室……いえ、今上皇帝は年を取って、今まで隠していた傲慢な性格が顔を出したのかもしれません」
「傲慢ですか……多少、それを思わなくはなかったのですが」
今まで何度となく謁見して、それを感じたことも無くはない。
「アケネイアは滅ぼし、ラミレスを追放、マケドニスは没落、クランバットは辺境へ追いやり中央の影響力を無くした。最後にイデアを滅ぼし、かつクランバットの首根っこを押さえれば、憂いなく帝国を恣にできると考えたのでしょうか」
マールス氏は言う。
「つまり、今上皇帝は……戦略物資の産地であるクーロイを、私的に接収しようと?」
「クーロイだけでなく、元のカルロス侯爵の領地クラターロ星系もでしょう。
あそこは宙賊団に襲われ甚大な被害を受け、復興がまだ出来ていません。
ですが、元々が資源も人口も多い豊かな星系です。クーロイの戦略物資も手に入れれば資金力も付きますから、復興も早まるでしょう」
ふざけた話だ。
「可愛がっている第四皇子を大公家にでも臣籍降下させて両星系を領有させ、隠居後も彼の後ろ盾として幅を利かせるつもりなのでしょうか。それにクーロイを押さえれば、あそこからの肥料輸入に頼るクラッパ伯爵家の生殺与奪を握られるということでもありますか」
私の推測を、マールス氏は頷いて同意する。
「由々しき事態ですな」
「ええ、これは帝国全貴族に対する挑戦です」
まだ若いマールス氏が、そこに考え至ったことに驚いた。
「どうして、そのように?」
私も同じ意見だが、敢えて彼の意見を聞いてみたい。
「今上皇帝は、自らが任命した領主貴族を冤罪で捕らえ亡き者にし、可愛がる子供に後を引き継がせようとしている。その子供は、過去の皇帝と貴族達が苦心して作り上げた帝国法にも順ぜず、帝室の権威をもって恣に振る舞う。これを許せば、皇帝や帝室が帝国法から逸脱した存在だと認める事になります。そこには、民の生活を守る、良くするという視点はありません」
マールス氏の言葉に、私は頷いた。
「少なくともかつてのクランバット王家は、民の生活を守るために帝国に下ったのです。それが今度は、帝室の勝手な振る舞いで民の生活が脅かされることになります。
先人達は、帝国が帝室による独善的な統治から法治国家へと脱却し、民の安寧と帝国の安定を長くもたらすために、苦心して帝国法を作り上げたのです。
ですが、今のクーロイでの行いはそれに逆行し、昔のように帝国を帝室の意のままにしようとする行為に他なりません。その行きつく先は不満の溜まった貴族や民の反乱による帝国内の大混乱です」
彼はそう続けた。
「この流れを止めるために侯爵閣下に面談したいと思い、ここまで来ました」
「流れを止めたいのは私も同じですが、私にこの流れを止めるほどの力は……」
派閥内はともかく、派閥を超えて呼びかけ力は私には無い。
「いえ、侯爵閣下にこそ、全貴族総会を呼び掛けて頂きたく思います」
だが、マールス氏は私からの呼びかけを求めてきた。
「閣下の派閥は、常に帝室や一部貴族の特権意識を咎め、帝国を安定して運営するための提言を出しています。譜代派閥の中にすら、閣下の派閥こそ帝国法の守り手だと一目置く家があるほどです。ですから、閣下と派閥には帝室もおいそれと手は出せません」
「私は証拠を集めたうえで、マールス様に全貴族総会を呼び掛けてもらおうと思っていました」
私の意見には、マールス氏は首を振る。
「旧王家を帝室は目の敵にしています。私が呼びかけた途端にクーロイとハランドリの駐留艦隊が牙を剥きますよ。問答無用でハランドリが滅ぼされます」
そうなれば、帝室とその横暴に対抗する勢力で内乱となってしまうか。
「内乱を起こさずにこの流れを止めるには、全貴族総会で大多数の賛同を得て、帝国法の範囲内で今上皇帝を引き摺り下ろすしかありません。
その為の呼びかけは、私より閣下の方が適任なのです」
何をおいても、内乱は避けねばならない。
だが、求心力になりえる旧四王家の呼びかけでは、逆に内乱の口実を与えかねないのか。
ならば……彼の言う通り、私からの呼びかけの方が良いのか。
つまり、彼は私に腹を括って欲しいと言うわけだ。
「全貴族総会を呼び掛けても、他派閥の、特に譜代派閥の賛同がどれほど得られるか」
「そこは私が説得します。どの派閥とも等しく距離を置いている私ですから、裏を返せばどの派閥も私の話に耳を傾けてくれるという事です。
あと、公式の記者会見を閣下が開く際には、私も賛同者として同席させて頂きます」
同席すると、クラッパ伯爵家が主導したと見なされるのではないか?
「それはまた、危険な橋を渡りますね」
「それくらいの危機だという事です」
マールス氏は力強く言う。
「ちなみに、今上皇帝を失脚させた後はどのようにお考えですか?」
私の言いたい事を察して、クラッパ伯爵は首を横に振る。
「我々が成り替わるつもりはありません。そこは帝国法のあの条文に従います」
「となると、皇太子殿下ではなく……あの方ですか」
マールス氏は頷いた。
全貴族総会の賛同が必要だが、本人の人柄も能力も問題はない。
あの特殊条項が適用されたことは今まで無いとはいえ、帝国法上も問題ない。
本人の御意向はともかく、総会の賛同は得られると思う。
怖いのは、引き摺り下ろす前に帝室が暴走すること。それは避けねばなるまい。
その後、二人で詳細を詰めた後、全貴族総会の呼びかけを表明した。
クラッパ伯爵は旧王家としての影響力を出さないため、どの派閥にも属していない。
その分、私たちがアプローチしづらい譜代派閥や旧マケドニス系派閥にも等しく接することができる。
そのクラッパ伯爵が水面下で他派閥を説得してくれた御蔭で、私の呼びかけに多くの貴族家からの賛同が得られ、そして近衛総監が中立を発表するまでに至った。
ハランドリ星系の駐留艦隊が不穏な動きを見せたものの、伯爵本人はクセナキス星系におり、ハランドリは彼の代官が毅然とした対応をしている。代官はマスコミを味方に引き入れ、宇宙軍と代官のやり取りを公開した。
そのため、ハランドリ周辺に駐留する宇宙軍も迂闊な対応をとれないようだ。
宇宙軍は一枚岩ではない。
特に長く特定の星系近隣に駐留している部隊なら、その星系の領主との関係に気を遣うものだ。
クラッパ伯爵は帝室に目をつけられているため、帝室と懇意な部隊が配置されていてなかなか懐柔はできないようだが。
クセナキス星系に駐留する第四守備艦隊はそこまで帝室に近くなく、むしろラズロー中将を強く支持している。おかげで、帝室と距離を置く私とも長らく懇意にしている。
懇意といっても、法に反しない範囲で互いに便宜を図ってもらう程度で、疚しいことは何もない。
この程度、駐留艦隊を抱える星系の貴族なら、誰でもしていることだ。
ただ、クーロイでの騒動に前後して、第七突撃部隊とやらの分遣隊が駐留してきている。
辺境星系クーロイからの脱出者がここへ逃げてくると想定されていたらしい。
帝室の息がかかっている彼らは第四皇子の威を借りて居丈高に振る舞うため、第四守備艦隊との仲は余り宜しくない様子。
そこで第四守備艦隊に頼んで一部を星系外に潜ませ、そこから第七突撃部隊の行動を密かに監視してもらっている。また、そこに連絡員として配下の子息を数人送り込んでもいる。
その連絡員が、私に密かに連絡を寄越してきた。
「帝国外の勢力からの接触?」
『はい。向こうはラミレス共和国を名乗っており、帝室ではなく侯爵閣下との接触を希望しています』
ラミレス……共和国⁉
そうか、そういう事だったのか。
コロニーの脱出者はカルロス侯爵の手引きによって、追放され帝国の領域外で生き延びていた旧ラミレス王家一党に匿われていたのか。
そして全貴族総会を呼び掛けたことで、帝室への対抗勢力として私に声をかけてきたのか。
「わかった。こちら側は歓迎する意思を伝えてくれ。
向こうがこちらへやってくる日程や、必要な準備は聞き出してほしい。
私は直接動けないから、出迎えの際は名代を向かわせる。丁重にこの星系へお迎えしよう」




