12-02 式典の後始末はまだ残っています、お忘れなく
3区の会の副事務局長、キャスパー視点
宇宙軍第七突撃部隊による暴力を交えた尋問……というより拷問を受けている最中、近衛隊がその現場に乱入し、私を救出してくれました。
後で知ったのですが、エルナン会長や事務局長――ケイトお嬢様、お嬢様の護衛カートソン母娘もやはり拷問を受けていたところを近衛隊に救出され、市民病院にて保護されています。
彼女達は女性用病棟、私は男性用病棟でしたので、近衛隊の許可を貰って面会しましたが、彼女たちは四人で大部屋を占拠して過ごしていました。
近衛隊の彼女達の扱いは丁重だったので、そこは一安心しました。
私は右脚を骨折していましたが、それ以外に大きな怪我はなく、入院はそれ程長くなりませんでした。
しかし、退院しても近衛隊による保護は続きました。
「3区の会の事務局メンバーは、所在が分からない者が数名居るが、それ以外は我々が保護をしている。貴方には彼等と合流してもらいたい」
退院手続きを終え病院を出た所で、マルヴィラと同じくらいの大柄の女性――近衛第3連隊第3分隊長、エリー・ハイヴェ大尉がそう告げました。
「まだ家には帰れませんか」
「我々も人数が限られる。連中に再び貴方がたが攫われては不味い」
ハイヴェ大尉が申し訳なさそうに言いますが、監察官側のなり振り構わない拷問を受けた身からすれば、仕方ないと思えます。
私は肩を竦めましたが、彼女へ反論はしませんでした。
近衛隊に連れられて入ったのは、数年前に廃業したホテルでした。
このクーロイでは、建物は全て自治政府が所有し管理しています。つまり、ここを使う事に自治政府が許可を出しているという事です。
あの監察官は領主代行として自治政府の上に立ち権限を振るうものの、やはり自治政府は監察官と同調していないという証左でしょう。
近衛隊の保護の下に集められた事務局メンバーの顔触れを見ると、会長と事務局長はともかく、他にも軍からの出向者シェザン氏とカービー女史、それにトッド侯爵から派遣されたピケット氏とその部下数名が居ません。
ただカービー女史は、軍での彼女の上司と一緒に3区に潜り込んでいます。お嬢様が気に掛ける生存者達と既に脱出していることでしょう。
ピケット氏とその部下は式典前に事務局から外れていて、今頃はクーロイを離れて本来の主の元へ戻っているはずです。
シェザン氏は……まあ、今更我々の前にノコノコ現れる事は無いでしょう。
今残っている事務局メンバーは、純粋に事務作業を行うだけの面々です。
会長と事務局長はまだ入院中です。彼女達が受けた拷問は酷く、残念ながら退院までまだしばらくかかるそうです。
式典への参列のためにクーロイにやって来た行方不明者家族達は、式典の際に宇宙軍に拘束されたものの、大半は既に解放されています。しかし旅客航路が宇宙軍により閉ざされた現在、彼等に帰る手段はありません。未だに用意された各自の宿泊所に留まっている模様です。
事務局として今やるべき事は、彼等行方不明者家族の滞在、および航路が再開してからのスムーズな帰郷のサポートということです。
近衛隊に、3区の会事務局の事務所が使えるかどうかを確認します。
「事務所そのものは使えますが、端末と書類の一切を宇宙軍が押収していますので、あそこで業務を行うのは難しいかと思います」
近衛隊の若い男性隊員が、現状を説明してくれました。
宇宙軍に見られて困るデータは無かったはずですが、端末を押収されていては、事務局としての仕事が滞ってしまいます。
「我々の携帯端末は、返してもらう事は出来ますか」
「身柄は保護させて頂きましたが、宇宙軍から押収物を取り返すのは難しいです」
近衛隊員は私の問いに首を振りました。仕方ありません。
私は、ホテルの端末からとある相手へ電話を掛けました。
『……はい、総務長官代行に代わり、担当秘書のシュメールがお伺いします』
掛けた相手は、式典までの間3区の会や式典関連の自治政府側の業務を取りまとめていた、ピーター・クラークソン総務長官代行、前の行政長官補佐です。総務長官が更迭され、その代行に就任した彼は、今や自治政府の事務方の実質トップになりました。
式典以前は彼と携帯端末で直接通話していたが、今となっては流石に忙しいのか、彼は自身の業務用携帯端末を担当秘書に預けたようです。
「私は3区の会事務局の副局長、キャスパー・ベルドナットと申します。業務再開にあたり、長官代行と直接話をさせて頂きたいのですが」
自分の立場と名前を名乗り、長官代行への取次ぎを依頼します。
『……御用件は伺いました。長官に確認して、後程折り返し御連絡差し上げます。御連絡先は、こちらに今お掛けの端末番号で宜しいでしょうか』
「はい、こちらで問題ありません。御連絡をお待ちしています」
そう言って電話を切って二十分後、向こうから折り返し連絡が来ました。
『やあ、ベルドナットさん。クラークソンです』
「お久しぶりです。長官代行就任おめでとうございます」
『ありがとうございます。甚だ不本意ではありますがね』
そんな会話で始まったこの電話で、3区の会事務局の業務再開と、行方不明者家族のサポート業務の引き取りを私から長官代行へ提案しました。
『貴方がたが宇宙軍に拘束されて、今までこちらで充分な対応が出来ずにいましたから、引き継いでくれるなら有難いですよ』
長官代行は、事務局の業務再開を歓迎してくれました。
「事務所の書類や端末は根こそぎ宇宙軍が持って行ってしまったので、共有していたデータを使わせて頂きたいのですが」
『勿論です。引き続き共有頂ければこちらとしても助かります。担当者に引継ぎを指示します』
式典は自治政府との共同事業でしたので、行方不明者家族に関する情報は、宿泊先の管理も含めて自治政府とデータ共有していました。
事務所の端末は押収されても、自治政府側にデータが残っています。
これで、業務が再開できる見込みが立ちました。
翌日には、我々の滞在する廃ホテルに、自治政府の担当者が十数台の端末を運び込んできました。
宇宙軍が我々を拘束して以降、自治政府側は担当者たった二人でサポート業務を行っていたようです。
行方不明者家族は高齢の者も多く、電話や対面での会話を希望される場合が多かったですが、担当者が二人では手厚いサポートを行う余裕など無かったでしょう。
オンライン窓口から挙がって来る要望事項も、多くが未処理のまま積み上がっていました。
我々は、まずは3区の会事務局が拘束されていた経緯と業務再開連絡の通知を、行方不明者家族達が滞在する住居の端末へ重要度高のメッセージとして一斉配信しました。
ただ警護の観点からの近衛隊の要望により、我々事務局の活動場所は伏せた上です。
住居端末や携帯端末による電話、あるいはオンライン対応のみに限ることとしました。
電話やオンラインでは対応できない事態……滞在中の病気や怪我に対する病院の手配や移送、高齢の滞在者に対する介護の問題などについては、各滞在者の許へ直接訪問する人員を自治政府と協力して確保しましたが、その直接訪問に事務局メンバーが帯同することは、近衛隊の強い反対で見送りとなりました。
滞在長期化に対する補償などの問題は、3区の会だけでは対処できないため、一旦自治政府側に窓口を設けて貰い、自治政府側で宇宙軍と補償について協議することになりました。
ただ領主カルロス侯爵が拘束されている現在、いくらあのクラークソン長官代行がやり手であっても、侯爵と同時に拘束された長官のように帝国爵位を保持してない彼では、監察官や宇宙軍へ意見を押し通す事が難しい場面も多いでしょう。
早急に別の帝国貴族の後ろ盾が必要です。
日常のサポート業務の段取りをつけてから、次に事務局で取り掛かったのは、行方不明者家族達の帰郷準備です。
隣のハランドリ星系との旅客航路は、通常は週二便、一便あたり三十人という小規模航路のため、式典に出なかった方々含めて千人近い人数の滞在者を一度に帰郷させるのは難しいです。
彼等の帰郷をサポートするためには、帰郷させる優先順位を決める必要がありました。
私達事務局で検討した案は以下の通りでした。
最優先は、健康上問題のある人や要介護の人、およびその家族です。そう言った者達は居住地に主治医がいるためです。
次は、学童及び未就学児とその家族。学童にはオンライン教材を提供している他、乳児には保育士を一定時間のみ派遣していますが、サポートはとても充分とは言えない状況です。この件は、事務局にも苦情が多数寄せられています。
残りの家族達には、居住地が遠方の人を優先する事にし、案を書面にまとめ自治政府側に提案しました。
旅客航路の再開については自治政府側で宇宙軍と交渉中の為、行方不明者家族への開示は自治政府で行ってくれることになりました。
実際に帰郷手配する際の事務作業は、事務局側にも手伝って欲しいと自治政府側からの要請があり、了承しました。
事務局での業務再開の段取りをつけてから、入院中の会長と事務局長と面会しました。
「自治政府側も了承しているなら、その方向で進めて貰って大丈夫よ」
3区の会の活動報告を終えると、ケイトお嬢様は、事務局長として進め方を了承してくれました。会長も頷いています。
「早く、私達も退院出来ればいいのですけど」
会長は言いますが、私は首を振ります。
「御二人は、例え退院できる状態になっても当分帰れないと思いますよ」
「「え?」」
会長も事務局長も怪訝な顔をする。
普段の二人ならもう少しその辺りの勘も働くのでしょうが、怪我で入院中であれば致し方ないところです。
「第四皇子側の根拠になっているカルロス侯爵の反乱容疑ですが、会長と事務局長が近衛隊に保護された事で、捜査が全く進展していません」
「……つまり、宇宙軍のクーロイからの撤収は、全く目途がたっていないということ?」
私は会長の言葉に頷きました。
「クセナキス星系で立ち上がったという全貴族総会と、帝室の間の対立に決着がつかなければ、この件は解決しないでしょう。ならば、御二人は近いうちにそちらへ招喚されるはずです。
招かれる先が、帝都になるかクセナキス星系になるかは分かりませんがね」
対決の場がどちらになるか、それすらも、帝室と全貴族総会のせめぎ合いの対象になるでしょう。
ですが、どちらかに行く事になるのは確実です。
「あなたも招かれるのはなくて」
「その可能性があるので、後の事を任せられる人が誰かを探っています」
私も行く事になる可能性は高いですから、事務処理を私に代わって進められる人が今の事務局に居るかを見極めています。
あとは、3区に行っていたマルヴィラも一緒に連行されるでしょう。
ケイトお嬢様の護衛を自任する彼女は、招かれなくてもお嬢様に着いて行くでしょうが。
「まだ猶予はあると思います。その間に、御二人には3区の会の会報に書く原稿を書いてください。式典の報告もありますし、今後の活動指針についても」
「……すっかり忘れていたわ」
私の指摘に事務局長が零す。
行方不明者の家族を返せばそれで終わりでは無いのです。
式典の事を会報で報告しなければなりませんし、今後の会の活動についても指針を出さなければなりません。
「まだ式典の後始末は終わってませんから。
それは御二人で話し合って、原稿を作って下さい。
また来週こちらに来ますよ。くれぐれも、お忘れなく」
私はそれを二人に伝えて面会の場を去り、後始末に追われる日常に戻って行きました。




