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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第10章

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10-06 クーロイ星系からの脱出

(ジェラルド視点)


「おい、そろそろ起きろ」


 外からのその声で目が覚めた。この声はピケット氏だ。

 俺はハッチを開け、宇宙服のまま顔を出した。


「外はどんなですか」

「漸く警備の手が緩んで、入り込めた。二日も待たせて済まなかったな」


 シャトルの整備作業員の恰好をしたピケット氏がそこにいた。

 ここに潜んで3区を脱出してから、もう二日も経っていたのか。

 宇宙服用の簡易トイレキットがそろそろ使い切りそうで焦っていたから、助かった。


「宇宙服を脱いで、これに着替えろ。脱いだ宇宙服は、後で回収するからそこに置いておけ」


 そう言ってピケット氏は、彼の着ているのと同じ青色のツナギを渡す。

 それを受け取ってハッチを閉め、中で宇宙服を脱いで着替えをする。

 外では、ピケット氏が何かを動かしているのか大きな機械音がする。着替えの物音を誤魔化してくれている様だ。


 着替えを終えて、ハッチを開けて外に出る。

 ここはどうやらシャトルの整備区画らしい。

 3区から逃げる時、シャトルの底に用意された非常用スペースに潜んで、そのままほとぼりが冷めるまで隠れていた。

 本来このスペースは、シャトルがコロニー間の軌道上で止まってしまった場合の非常用の整備用品を入れる場所だった。

 しかし運航開始から一度も軌道上で止まる事が無く、今では使われなくなっているそうだ。

 ピケット氏が手を回して、ここに二日くらい潜伏できるよう、レーションパックやら簡易トイレキットやらを入れてくれていたのだ。


 ピケット氏はシャトルの洗車装置を動かして、音を誤魔化すだけでなく私の姿も通路から見えない様に隠してくれていた。


「交信データは、抜いてくれたか」


 ピケット氏がそう訊くので、俺はメモリカードを渡す。


「やる事が無くて暇だったからな。それ位はやってある」

「結構だ。それじゃあ、お前はそこの工具箱を持て。ここを出るぞ」


 俺は彼に指示された工具箱……大きなクーラーボックス程のそれの肩掛けベルトを右肩に通す。

 ピケット氏は、同じ位のもう一個の工具箱を担ぎながら、ツナギの左胸にある名札プレートを指差す。

 俺のプレートには、『リチャード・ラングレー シャトル整備士』と書いてある。


「それが、ここの整備場の入退場記録用のカードになっている。今日の入場は記録されているから、お前は黙って俺について、それをリーダーに通せば良い。行くぞ」


 そう言ってピケット氏は歩き出すので、俺は黙ってついて行く。

 しばらく彼の後ろを歩くと、整備場の門が見えて来た。ピケット氏はプレートを片手で外し、門の横の壁に付けられたリーダーに当てる。

 俺も同じようにリーダーにプレートを翳す。ピッという音がして、リーダーの横のディスプレイに『リチャード・ラングレー 〇九:五三入場 十七:○五退場』と表示された。

 門衛が「おつかれさまです」と声を掛けてきた。一礼して門を出て、ピケット氏の後を追う。


 ピケット氏は近くの駐車場へ行き、一台のバンのバックハッチを開けて工具箱を置く。俺もそれに続いて担いでいた工具箱を置くと、ピケット氏はハッチを閉める。

 ピケット氏はバンの運転席へ乗るので、俺は助手席に乗る。


 バンの中は、今日の作業先のスケジュール表などいくつかの書類がダッシュボードに載っており、運転席と助手席のドリンクホルダーには飲みかけの飲料が置いてある。どう見ても、昨日今日準備した感じではない。

 ピケット氏は、バンを走らせながら話す。


「このバンは、シャトルの整備を下請けする本物の会社の物だ。俺達が今着ているツナギもな。これから、その会社まで戻る。そこから先は、秘密の通路でコロニーを出る船の所まで行く」

「随分と、用意が良いな」


 ピケット氏は鼻で笑う。


「自治政府側の手回しもあったからな。俺一人でここまで準備するのは無理だ」

「え!? 自治政府側の助力もあったのか?」


 俺の問いに、ピケット氏は頷く。


「宇宙軍が来る前から、今回の事を事前に予測していた奴が自治政府にもいる。そいつと繋ぎを取って、自治政府側にも今回の計画を手伝って貰った」


 確かに、シャトルの空きスペースに隠れるとか、整備庫から堂々と出て行くとかは、自治政府側の協力が無いと難しそうだな。


「ということは、コロニーからの脱出も、自治政府側の協力で?」

「そうだ。お前の仲間も一緒に脱出する。残念ながら機材までは無理だった」


 ということは、3区の会に借りた部屋に置いて来た機材は、全部持って帰れないか。


「フィトもサムエルも無事か」

「宇宙軍の突入前に、俺の手の者が保護した。今は脱出する船で待っている筈だ」


 二人が無事なら、取り敢えずよかった。


 バンは『クラエル工業株式会社』と門に書かれた小さな町工場へ入って行く。

 ピケット氏は敷地奥にバンを停め、運転席を降りて建物の裏口へ入って行こうとするので、俺はその後を追う。

 彼は裏口から入った後、工場の建屋の隅へ行き、床に設置されたハッチを開ける。そこから真下へ降りるタラップが続いている。


「先に降りてくれ。俺は、後を片付けてから降りる」


 ピケット氏の指示通りに、俺はタラップを降りていく。

 五m程降りた所で、左右に伸びる薄暗い通路に出た。通路の幅は三mくらい。

 そこに、自転車が二台置いてある。これに乗るのか?


 待っていると、十分程してピケット氏が降りて来た。

 降りると、彼は唇を閉じるようジェスチャーする。声が響かない様、静かにしろという事か。

 そして彼はやはり、置いてある自転車に乗り走り出す。俺ももう一台の自転車で後を追う。

 途中何度か曲がりながら三十分くらい走ると、通路の正面に扉が見えて来た。扉の向こうからは何やら機械音がする。

 俺達は扉の前に自転車を置き、扉に入る。


 そこは大きな空間になっていて、出て来たのはその空間のかなり上の方にある通路。通路は壁に沿って左右に延びていて、それぞれ突き当りに扉がある。

 通路の向こうを覗いてみると、下の方では大きなベルトコンベアーが動いており、そこでは大小様々な石が、右から左へ運ばれている。


「あれは、惑星表面で採掘されている鉱石だな。リンとかケイ素、ナトリウム、マグネシウムなどが含まれているらしい。自治政府の貴重な外貨獲得手段だ」


 ピケット氏が説明してくれた。

 人口二万人強しかいないクーロイ星系だ。他星系に何か売らないと、住民の税収だけでコロニーを維持するのは無理だろう。その手段が、あの鉱石を外に売る事か。


「ということは、あれを運搬する船に?」


 ピケット氏は頷いた。


「そうだ。宇宙軍の臨検を受ける可能性が高いから、俺達は貨物の中だがな。こっちだ」


 彼はそう言って、通路を右へ歩き出す。

 突き当りの扉に入り、階段を下へ下へと降りていく。行き着いた先の扉を開けると細い通路になっていて、先の方に扉がある。

 その扉を開けると、そこは会議室の様なスペースになっていて、先客がいた。


「「ジェラルド!」」

「フィト! サムエル! 無事だったか!」


 取材会社の仲間と再会して、俺達は互いの無事を喜び合った。


「済まんが、まだ喜ぶのは早い。そろそろ乗るぞ」


 そう言って、ピケット氏は会議室を反対の扉から出て行く。

 俺達がついていくと、連れて来られたのは鉱石の置かれた格納庫。先程のベルトコンベアーにクレーンで次々と鉱石が載せられている。

 格納庫の奥に、何故か真ん中が大きく窪んだ大きな鉱石が置かれており、その窪みに向かって梯子が伸びている。


「あの鉱石の中が、大型のシェルターになっている。あの中に入って脱出する」


 そう言って、ピケット氏は梯子を上り、鉱石の中に率先して入って行く。

 続いて入って行くと、奥に金属製の扉がある。扉を入ると真っ直ぐ廊下が伸びていて、左右に五つずつ扉がある。その内、一番手前の両側の扉が開いている。

 開いている扉から中を覗くと、左側にはキッチンとダイニング、右側はランドリーがある。

 ダイニングにはピケット氏が座っていた。


「目的地に着くまでだいたい二、三日、ここに入っている事になる。

 その間の食事はこっちで、洗濯は向こう側でな。後の部屋は個室だから、左側の好きな部屋を選んでくれ」


 ピケット氏の言葉に首を傾げる。


「幾つか聞いて良いか?」


 ピケット氏が頷くので、遠慮なく聞く。


「右側は?」

「隣のハランドリ星系であと四人乗せる」


 という事は、ハランドリ星系で降りる訳では無いのか。


「ハランドリにも宇宙軍は網を張っている。最終目的地にもな。だから目的地の星系までこのシェルターで移動して、そこから届け先まで車で移動だ」


 となると、目的地まではそれなりに遠いな。


「よくこんなシェルターを短期間で準備できたな」

「俺達が用意した訳じゃない。これは、クーロイ自治政府高官の非常時用脱出シェルターだ。ただ政府の高官が軒並み捕まっているから、政府側が貸してくれた。後で返さないといけないから、あまり汚したり壊したりするなよ」


 シェルターは鉱石に紛れて貨物船に積まれ、クーロイ星系を無事に離れた。

 ハランドリ星系で一度シェルターは貨物船を降ろされる。

 そうして、この星系でシェルターに乗り込んできたのは……。


「リディア! クローネ! ハンス! 皆だったのか!」

「ジェラルド! フィトにサムエル! 皆無事だったの!」


 乗ってきたのは、ウチの会社のバックサポートメンバー達と、あと一人の女性。

 バックサポートの三人は、元々は、クーロイでの取材内容を逐次送って、周辺取材と編集を彼女達で行う予定だった。

 しかし予定が変わり、俺達は潜入取材をすることになった。そしてクーロイは封鎖され、俺達は宇宙軍に追われる身となった為、彼女達の身も危なくなったのだ。

 それを配慮して、ピケット氏は彼女達も保護してくれたのか。

 もう一人の女性は、ピケット氏の部下らしい。


 チーフディレクターのリディアが俺に抱き着いて来た。

「ジェラルド! 無事で良かった……!」

 リディアは……俺のパートナーでもある。 

「心配かけたな。リディアも無事で良かった」

 そうして、俺達は再会を喜び合った。

 彼女達含めて八人で、またシェルターに乗り込んで、俺達はハランドリ星系を離れ目的地へ向かった。


いつもお読み頂きありがとうございます。


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