10-03 追う者達は着々と
(監察官兼クーロイ領主代行 第四皇子視点)
「それで、あの船はどうした」
『予想以上に速度が速く、あっという間に振り切られてしまいました。申し訳ございません』
第7突撃部隊の司令官に脱出した船を拿捕したかどうか尋ねると、彼からは失敗の報告が返って来た。
最新鋭の、速度が出る艦、小回りの効く艦の両方を用いて追い詰める作戦だった筈だ。相手は旧式。スペックも比較して、まず間違いないと事前検証で結論付けられたはずだ。
それが、あっと言う間に振り切られただと?
「なんであんな旧式に出し抜かれるんだ!」
『こちらも万全の態勢で待ち構えておりました。しかし、相手の速度が想定を大きく超えておりました。考え難いですが……彼等の入手したリオライトが、その……帝国の水準を大きく上回る純度だった可能性が否定できません』
リオライトを使った高速航行の場合、速度は船体重量と、リオライトの純度、エンジンの持つエネルギー変換効率に依存する。
あの旧式の船より、用意した最新鋭艦の方が、計算上五割は変換効率が良い筈。船体重量は仕方ないとしても、それほど差が出るとは思えない。
だとすると、帝国産よりもずっと高い純度のリオライトを彼等が持っていた事になる。仮にそうだとして、そんな物をどこから、どうやって手に入れた?
調達したのはラズローの奴だと思うのだが。奴から情報を引き出すか。
「……リオライトの入手経路は、こちらで調べる。奴等が逃げた先は、突き止められそうか」
『逃げた方向からは、どの星系方面かとは言えません。直接目的地へジャンプした訳ではないのかもしれませんので、方向からは行き先は割り出しにくいと思います。ひとまず当初の作戦通り、ハランドリ星系、それからトッド侯爵領であるクセナキス、スタヴロスの両星系を中心に、周辺星系を捜索します』
3区の生存者達が接触していた相手は限られる。3区の会の会長の老婆も曲者だが、彼女には有力な貴族の後ろ盾がある訳ではない。
キーパーソンは間違いなく、トッド侯爵と繋がりのありそうな、事務局長のあの女だろう。
であれば、トッド侯爵領へ逃げ込む可能性は高い。
「それで問題ない。何か判明すれば、随時報告せよ」
『了解しました。それでは失礼します』
第7突撃部隊の司令官との交信は終了した。
生存者共を逃がしてしまったのは痛手だ。しかもラジオ放送で3区の事故の秘密を仄めかし、我々が生存者共を捕まえようとしている事を明かして去っていった。
何としても、奴等の逃げた先を突き止め、捕獲しなければ。
3区で捕えた者達の尋問を任せているマクベス大佐を呼び出す様、側近達に命じた。
一時間後、私の所にマクベス大佐がやって来た。
彼は今回の任務で父に付けられた壮年の士官だ。グロスター宮廷伯爵とも知り合いらしい。
「お呼びでしょうか」
「侯爵やラズロー、3区の会の者共の尋問の状況を報告せよ」
報告を求めると、彼は一礼してから話し出した。
「侯爵や行政長官は貴族牢ですし、近衛の目もありますので手荒な真似は出来ず、なかなか進捗はありません」
近衛は帝室付きの兵士の筈だが、やたらと規律に厳しいところがあり、なかなか私の思う様に動いてくれない。苛々する私を他所に、大佐は報告を続ける。
「ラズロー中将と側近の者は准将が尋問を担当していますが、こちらも時間が掛かります。ただ、ラズロー中将等の所有していた端末は押収していますので、准将の方で解析を進めています」
ラズローの口は堅いか。だが端末を押収しているなら、解析出来ればこれまでの動きは把握できそうだな。生存者共の手がかりがあればいいのだが。
「三区の会メンバーについては、進展が無い訳ではないのですが……、今の所、大した情報を得られていません。ただ、3区の生存者の存在は例の女が早い段階で把握していたようです。そして例の女が中心となって、3区へ食糧や医薬品などを差し入れていた事までは分かっています」
それは、奴等に潜り込んでいた者の掴んでいた情報と、そう変わらない訳か。
「生存者達の行方に関する情報は、誰も持っていないのか? 例の女や、一緒に投降した女の尋問は?」
そう聞くと、大佐は首を振る。
「例の女は、脚を撃たれた際の失血の影響で、現在は集中治療室です。まだ尋問出来る状態ではありません。一緒に投降した女も諸事情につき入院しており、尋問はできていません」
「もう一人の女は怪我など無かったのではないのか」
私の言葉に、大佐は頷く。
「投降した当初は、怪我など有りませんでしたが……護送中のシャトルの中で、一部の兵士がその女を暴行していたので取り押さえました。その時の怪我の影響で女を入院させています」
周りの目もあるから、入院中の厳しい尋問は難しいか。
しかし、あの逃げた生存者達を捕まえるのが最優先事項なのだ。
「だとしても、尋問が手緩いのではないか? 事は一刻を争う。生存者共の行方を早く掴まねばならん。少々手荒い真似をしてでも、その女共から聞き出せ。そういう事向きの奴等が居ただろう」
しかし、マクベス大佐は首を振る。
「あの者共は、式典前に3区の会に潜り込ませようとしたのですが、返り討ちに遭いました。今は身元不明の破落戸として、自治政府警察の独房に入れられています」
式典前に例の女の身柄を確保しようとして、失敗したあれか。
「そいつ等は釈放させるなり、こちらに身柄を移させるなりしろ」
彼等を使って、女共から逃亡先を聞き出さなければならない。
「……少し時間が掛かると思いますが、了解しました。ところで、別に政府に拘束されているアイアロス氏は、どうしますか?」
アイアロス? 誰だ?
「先ほど話の出た、荒事向きの者共を3区の会に張り付ける為に引き込んだ、自治政府の前総務長官です」
……ああ、思い出した。手引きさせたのに、結局失敗したあいつか。
「役に立たなかった奴だが、身柄を確保してやれ。侯爵の内情も、ある程度知っているかも知れんしな」
「そちらも了解しました。それでは、尋問の指揮に戻らせて頂きます」
マクベス大佐は一礼をして戻っていった。
生存者共の行方を割り出すのも必要だが、領主代行としての私の地固めも必要だ。
侯爵を拘束したことで私が領主代行として就くことは可能になったが、アイアロス総務長官が式典中に更迭され、行政長官の腹心クラークソンが総務長官代行になってしまっている。
宇宙軍による占拠後に、アイアロスを長官に任じて、彼を傀儡に自治政府を動かす算段をしていたのが、あてが外れてしまった。
帝国法の上では、領主代行の肩書では政府高官の任命や罷免が出来ないため、クラークソン総務長官代行を私が罷免することが出来ない。
帝室としての権威で法を飛び越えて強権を振るうと、帝室は法を蔑ろにするのかと貴族に大きく批判を浴び、父……陛下にも迷惑になってしまう。
私の地固めは、宇宙軍が拠り所にならざるを得ない。その為には、自治政府に宇宙軍の滞在の為の食糧を提供させねば……。
*****
(??? 視点)
『ラズロー中将の事は、殿下には誤魔化しておいた。中将やヘンダーソン中佐の端末データの事は、後で解析して教えてくれ』
「わかった。世話になる」
通話相手に礼を言う。
本人には言えないが、中将閣下は私にとって恩人である。殿下の言う様に、一般牢に入れて無下に扱うなど、私にはできない。
『しかし、あの生存者達、管理エリアを動かして逃げて行ったな……。あの忌々しいロックを解除したということか』
「そうだな。つまりは、あの事は知られたという事だな。流石に音声データは解除できていないだろうがな」
あの音声データのロックの解除は、専門の設備が無ければまず無理だろう。
『思いつく限りの所に網を張ってあるが、まだ奴等は見つかっていない。船ごと逃げられて、私達が直接秘密裡に隠滅するのが難しくなった。ハインリッヒの奴も苛々している』
グロスターか……。あいつの機嫌が悪い時は面倒だ。
「八つ当たりされそうだし、あいつに近づくのは暫く遠慮させてもらおうか。あと、そうだ。あいつ等の残したメモ、送ってくれて感謝する。向こうに残っていた生存者の目星がついた」
『何、本当か!』
通話の向こうで、彼は驚いている。
「ああ。メモによると、あいつ等全員が引き上げた後、3区に残っていたのは十二人。その内、向こうの生存者がIDを送ってくれたのが六人。一方、3区の会に送り込んだ彼が聞いていた生存者の人数は、事故当時からの生存者が三人と、生存者達が作った子供が一人だ」
IDを送られて来ている分は、既に死んでいる者と見て良い。
「IDを送られてこなかった六人の内、事故当時、子供が出来そうな若い女は二人しかいなかった。一人は、名前はメリンダ・カルソール、自治政府所属の看護師だ」
『……ちょっと待て、カルソール、だと?』
彼は気付いたようだ。
「そうだ。3区の会会長、ナタリー・エルナン――本名ナタリー・カルソールの末娘だそうだ。もう一人の女性は……お前も知っている、マンサ・アムラバトだ。彼女はメグとやらの母親ではあり得ない」
『ああ、彼女は……そうだったな』
あの気の良い、帰って来なかった女医は……子供の出来ない体だと言っていた。
つまり、あのラジオで話していたメグとかいう女の子は、ナタリー・エルナンの孫娘だ。
「残り四人の内、二人は自治政府所属の技師だ。ライノ・ルマーロ、そしてセイン・ラフォルシュ。残り二人は準軍属の技師、グンター・シュナウザーと、ライト・ミヤマ。メグとやらの亡くなった父親は、恐らくライノ・ルマーロだろう。事故当時メリンダ・カルソールと恋仲だったと、メモに書いてあった」
つまり、メグという娘の言う事が正しければ、残り三人が生存者だというわけだ。
『残り三人が恐らく生存者だな。わかった。その三人と、父親であろうライノ・ルマーロの家族構成などを調べてみる。式典出席者の中に該当者がいれば、人質に取れるかもな』
「ああ、宜しく頼む」
奴との通話を切り、部下が解析している、中将閣下、およびその腹心ヘンダーソン中佐の端末の解析結果を確認する。
「中将の端末は解析が終了しましたが、大した中身はありません。メールは殆どが監察官閣下か、グロスター宮廷伯爵、あとは過去の中将閣下の案件関連のメールばかりです。プロテクトも掛かっていませんし、重要情報も特にありませんでした」
予想はしていたが、中将閣下は、重要な情報を端末に残していなかったか。
あの閣下は、重要な事は全部頭で覚えてしまう人だからな。
「ボス。中佐の端末ですが、セキュリティ解除AIを使用しています。しかしまだ7%程度しか解除が進んでいません。もう数時間は掛かると思います」
閣下の側近のヘンダーソン中佐は、閣下の依頼で多種多様な調査をしていたから、データが残っているとしたらこちらの端末だろう。
ふと見ると、一人、意気消沈している部下が隅の方に居る。
彼のフォローもしないとな。
「すいません、ボス。折角潜り込んだのに、あまり情報がつかめませんでした」
「そう落ち込むな。まだ、君にはやって貰いたいことがある」
そこで、彼に策を授ける。彼はそれを黙って聞いていた。
「上手く行くかどうかはわからない。それに、表立って君を支援することは出来ないが、それでもやるか?」
「……やってみます。有難うございます」
そう言って、彼は会議室を出て行った。
正直言って、これが上手く行くかどうかは分からない。
本当に見抜かれていれば、逆に利用される事もあり得る。
こっちは、彼が逆に利用されるかも知れないという前提で見ていればいいし、失敗してもそれほど痛手にはならない。
彼には酷だから、言わないがな。
いつもお読み頂きありがとうございます。
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