10-01 宇宙軍の駐留する日常
久し振りの再開です。
長く空いたので、これまでのあらすじを。
メグは、クーロイ星系の廃棄された3区コロニーで生まれ、
廃棄の切っ掛けとなる事故当時からの生き残りである
三人の小父さん――グンター、セイン、ライトと暮らしている。
3区には、他のコロニーからゴミが捨てられるようになり、
そのゴミから再利用品を回収する業者が出入りし始める。
そんな中、メグは新入り業者のケイト、そして彼女の親友マルヴィラとも知り合う。
また、閉鎖されたコロニー管理エリアの奥から、メイド型アンドロイドのニシュを発見する。
ケイトはメグ達の窮状を知り、食料品や医療品などを差し入れるとともに
彼女達を救うべく、メグの祖母ナタリーと共に、『3区行方不明者家族の会』を立ち上げる。
皇帝から命じられクーロイ星系の内偵を進めていたラズロー中将がケイト達と接触し、
メグ達への援助と引き換えに、3区の真下の惑星上の採掘場に関する調査を始め
3区へと部下を二人と、マルヴィラを送り込む。
メグ達は、3区の採掘場の調査を進め、事故当時の管理責任者の日記を発見。
日記を読み解き、事故の真相を突き止める。
3区の会による、行方不明者追悼式典の当日。
そこに、第四皇子率いる宇宙軍第7突撃部隊が、式典会場である3区コロニーに突入する。
ケイトはメグ達に接触する途中で撃たれるが、逃亡先に着いての情報をニシュに託し
ケイト自身はマルヴィラと共に宇宙軍へ投降。
メグはラジオでメッセージを流しつつ、3区からの脱出に成功する。
(0区居住の、あるクーロイ市民視点)
私はその日、いつもの様に自分が経営するバーの開店準備をしていたが、開店時間になって扉にOPENの札を掲げようと外に出た所で、馴染みの中年客に出くわした。
「店、今から開ける? 入っていい?」
「ええ、どうぞ。いらっしゃいませ。」
私は馴染み客をいつものカウンター席に招き入れた。
彼は妙にソワソワしている。
「何かあったのですか?」
彼はばつが悪そうに話し出した。
「今日、3区の式典があったのは知っているだろう。あそこに、宇宙軍の兵士が乱入して来た。テレビでそれを中継しててね。」
それが、このソワソワした雰囲気とどう繋がるのだろう?
「それに関連して、さっき友人からメッセージが届いた。……マスター、趣味でAMラジオを集めてるって以前話してたけど、受信機って今ここにある?」
AMラジオ?
「まあ、昨日ジャンク屋で見つけたのが一台、置いていますが」
そう言うと、彼は喜色を浮かべた。
「それ、ここで点けてくれないか。3区からラジオが流れているらしいんだ。1027MHzに合わせてくれないか」
まあ、私のラジオ趣味も知っている彼ならいいか。
そう思って、カウンター隅に置いてあったラジオ受信機を取り出す。
彼の言うチャンネルに周波数を合わせると、はっきりと音声が流れだした。
『話に聞く、大地も、空も、花も……。
木漏れ日に差し込む暖かな日差しも、雨降る夜も。
皆さんが普通に知っているだろう営みを、私は知りません。
私が知るのは、どこまでも黒く深い、吸い込まれそうな宇宙。
強く輝く、クーロイの二重恒星。
朽ちたコロニーの、冷たい床。
このコロニーで、両親を亡くし……。』
ラジオから流れるのは、まるで朗読の様に淡々と話す、少し幼い女性の声。
「何ですか、これは?」
馴染み客は知っていそうだったので、聞いてみる。
「娘が学校の友達から聞いたらしい。何か『星姫』って名前の、正体不明の歌手が話題になってたんだって。それがどうも、このラジオで喋っている女の子だって。3区の生存者だと言っている」
3区って……大分昔に、事故で使えなくなったガベージじゃないですか。
「3区に生存者ですか? そんな馬鹿なって思いますよ。本当だったら、とっくに見つかってないとおかしいではないですか」
馴染み客は首を振った。
「ああ、店の準備で忙しかったから知らないのですか。式典は、武装した宇宙軍の乱入で中止になりまして。式典を中断させて、兵士達が3区の奥へ向かったらしい」
また、そんな与太話を……。
そう言おうとしたら、丁度ラジオの音声はこんな言葉を発していた。
『今私達のいる、3区の奥深く。
ここに、17年前の事故の秘密が、眠っているそうです。
それを知った帝国軍が……
ここで生きている私達ごと、それを無かった事にしようと、
今、この瞬間、兵を差し向け迫ってきています。
なので、私達は、止む無く……、
自分達の命を守るために、ここを離れます。』
これを聞いて、馴染み客が言う。
「0区にも宇宙軍がやって来てますよ。このラジオを聞いた若者がデモ行進をしていて、そこの大通りで宇宙軍とにらみ合ってるんです」
「……はあ。それじゃ、今日はあまり商売になりそうにありませんね。」
大通りの方は行かなかったけど、何か騒がしかったのは覚えている。
人通りが多いだろうからと思っていたが、そんな理由での騒ぎなら、客は来ないだろう。
「まあ、俺はこれを知らせに来たんだ。ついでに何か飲んで帰る。そうだなあ……モヒートでも作って貰えるか?」
そのまま彼と二時間程ここで話をしましたが、結局彼以外に客が来る気配がありませんでしたので、彼が帰った後に店を閉めて帰宅しました。
TVニュースでは、宇宙軍が乱入して式典が中断した事は報じていましたが、監察官の公式メッセージとその解説、考察ばかりでした。詳しい話や乱入時の映像などは放送されていませんでしたし、監察官や宇宙軍の圧力を受けて報道内容に規制が掛かっているのでしょう。
逆にローカルネットの方でその映像が拡散されていて、式典途中に宇宙軍が乱入した様子や、その後宇宙軍が3区の奥に兵士達を送り出していた様子などが流されていました。
星系外ネットにも繋ごうとしましたが、ブロックされていますとの警告画面が出るだけです。
ローカルネットの書き込みには、宇宙軍が星系外通信を全て遮断したとの推測が流れていました。。
翌日、店の食材を買うために午前中に外出すると、大通りのあちこちに、制服を着てライフル銃を肩に掛けた兵士達が立っていました。
道行く人達は、兵士達を冷ややかに見ていますが、それを除けば街は平穏です。
しかし、目的のスーパーで買い物をし、店へ向かう途中で、兵士に呼び止められました。
「身分証を呈示しろ」
その兵士は、何故かスーパーの入口の近くで立っていました。入る前にその兵士の前を通りましたが、その時には何も言われませんでした。
しかし買い物をしてスーパーを出て、来た道と反対側へ歩き出すと、突然後ろから誰何されたのです。
「身分証は構いませんが、わざわざスーパーから出てから職務質問する理由は何ですか。入る前に貴方の前を通りましたが、何も言わなかったですよね?」
そう声を上げながら、クーロイの住民証を出します。
「やけに大きな買い物袋を持って出て来たのでな。万引きの疑いも考慮して、一応荷物を改めさせて貰うぞ」
この兵隊さん、喋りながらチラチラと買い物袋の方に目線が行きますね。
家庭用では無く、店で出す軽食の為の食材なので、それなりに量があるのは当たり前ですが。
「あのさあ、兵隊さん。さっきから、大きな買い物袋を持って出て来た客にばかり職質してるよな。しかもスーパーの外にずっといる癖に、万引きなんてどうやって調べるんだよ。おかしくないか?」
突然現れた若者が、そう声を掛けて来ました。
「何だと貴様。任務遂行妨害で連行するぞ!」
「じゃあ聞きますが、兵隊さんはスーパーで買ったばかりの買い物袋を改めて、何を確認するのですか。レシートはここにありますし、中身との照合はスーパーの店員を呼んで確認もできますよ。まさかこの袋に、武器や爆弾が入っているなんて馬鹿な事は言いませんよね」
大声で私がその兵士に詰問すると、その兵士はキッとこちらを睨んできます。
「貴様、つべこべ言わずに大人しく検査を受けろ!」
そう言って兵士は買い物袋をひったくろうとしますが、既にこの兵士の行動は怪し過ぎるので、その手を躱します。
なおもその兵士は私に詰め寄ろうとしますが、既に周りには人だかりが出来始めています。
そこに、ピッピ―と笛の音がなり、宇宙軍の兵士達が数人駆け寄ってきました。
「何をしている!」
「良い所に来た! この男が、荷物検査を拒否しているんだ!」
私に詰め寄っていた兵士が叫んだので、駆け寄ってきた兵士達が私の所にやってきました。
「荷物検査を拒否? どういう事だ」
兵士が私に質問します。
「どうもこうも。その兵隊さん、スーパーの入口近くにずっといたんですが。店に入る前は素通りして、買い物をした出た後に、荷物を確認させろって言って来たんですよ。」
質問して来た兵士に、私から事の経緯を説明します。
「さっきからその兵隊さん、スーパーを出て来た客にばかり声を掛けていたぞ。」
途中で声を掛けて来た若者も状況を補足してくれました。
「そんな事は無い! 大体お前、そんな所で何をしている!」
「連れと待ち合わせしてんだよ。所でなあ、その兵隊さんの、男の人への職質の様子を撮影しているが、見るか?」
最初の兵士が若者に詰め寄ろうとしますが、若者は携帯端末を取り出し、撮影した動画を呼び出します。
後から来た兵士達がその動画を確認しています。
「……バーナード軍曹。お前の任を解く。お前の方を取り調べしなくてはな。
バーナード軍曹を拘束せよ!」
後から来た兵士が、最初の兵士を捕らえるよう命令します。
「なっ!」
最初の兵士は逃げようとしますが、後から来た兵士達に取り押さえられます。
「大方、買い物客から食料を略取しようとしたのだろう。この者が迷惑を掛けた。申し訳ない。
軍内部で取り調べの上、厳しく対処させて頂く」
命令した兵士が私に謝罪します。
「こんな事が再発しない様お願いします」
買い物の中身も一応確認されたが、問題がある筈もなく。
兵士達に平謝りで解放された。
今回は対処されましたが、街中の兵士達にはああいう不埒な兵士も混ざっていると見て、今後は気を付けないといけませんね。
店に行って、買ってきた食材を使った料理の仕込みをし、いつも通りの時間に店を開ける。
……開店して二時間、午後八時を過ぎたが、今日は客が来ない。
十時まで待って客が来ない場合は、今日は閉めるか……と思った矢先、カランカラン、と入口のドアに付けたベルが鳴る。
入ってきたのはガタイの良い若い男性の二人連れ。見たことが無い顔だ。
「店、開いとる?」
「いらっしゃいませ。カウンターへどうぞ」
クーロイや隣のハランドリ星系とは違う訛り、イントネーションがある。
体格も良いし、恐らく宇宙軍の兵士だろう。
「この辺の相場がわからへんから、メニュー出してや」
「一般的な物でしたら、こちらです」
よく出るドリンクや酒、ツマミや軽食のメニュー表を出す。
「んーと、そんなら黒ビール」
「自分はハイボール」
二人の注文が出たので、手元の端末を操作し、客の座るカウンター卓に決済画面を表示させる。
「カウンターのディスプレイに出ている内容、金額を確認の上で、決済をお願い致します」
「俺らは宇宙軍や。政府にツケてくれ。他所の星系でもそうさせて貰っとる」
案の定、彼らはツケ払いを要求する。
「いえ、政府からはそのような通達は出ておりません。当店は事前決済制となっていますので、宜しくお願い致します」
宇宙軍は行く先々の星系で、散々飲み食いした分を政府に払わせているのでしょうか。
他星系は知りませんが、クーロイではそれは無いでしょう。
ましてや昼間にあんな事がありましたし、宇宙軍は信用なりません。
いつもは後払い決済ですが、宇宙軍相手であれば踏み倒されない様に前払いにさせて頂きます。
「……チッ。しゃあないなあ、払うたるわ。」
2人は仕方なしという感じで、渋々決済処理をします。
それにしても何故、いちいち、上から目線なのでしょう。腹が立ちます。
「バイトの女の子は雇ってないのか?」
「ウチは私一人でやってます」
「可愛い娘のいる飲み屋を知らないか?」
「どうでしょうね。人口も少ない街ですし、わかりかねます」
若い娘さんと飲んだりちょっかいを掛けたりしたいのか、彼等は色々質問してきましたが、のらりくらりと躱しておきました。
彼等は何だかんだ言って、それぞれ三杯づつ酒を頼んで帰って行きました。
前払いについては決済時に毎回グチグチ言われましたが。
『若い女性を雇っている飲食店は、軍兵士が絡んで来る可能性があるので注意してください』
『飲み食い代を政府に付けろ、という無茶を言ってくることがあるので、飲食店は基本、宇宙軍兵士には前払いを要求すべきです。』
近隣の店の所属する組合に、彼等が帰ってから、こんな連絡を送っておきました。
アルバイトの女の子たちには悪いですが、宇宙軍が帰るまでしばらく働けないかも知れませんね。
いつもお読み頂きありがとうございます。
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