2-01 ニシュの加わった日常
ニシュが仲間に加わってから、彼女?は基本的には私と一緒に行動することになった。機械やレーダー類の点検、ゴミ漁りなど、ニシュはアタシの作業を手伝ってくれる。何かあった時の為のアタシの護衛だって事らしい。それには小父さん達もニシュに同意した。
ただそういった作業以外の時間は、ニシュにおめかしされたり、マナー講習を受けたりする羽目になる。
ずっとこのコロニーで生きていくかどうか、先の事はわからないので、そういう時の為に普通の女性の服の着こなしや基本的なマナーを学んでおくべきだ、とニシュが提案して、小父さん達もそれに強く同意した。
ニシュの講習は結構厳しい。課題が出されて、クリアできるようニシュの課す訓練をして、ニシュの試験を通ったら課題クリアってみなされる。
「何です、そんなだらしない姿勢は!」
ピシッ!
「うっ!」
今やっている課題は「女性らしい服を着た時の立ち居振る舞い」らしい。普段着ないワンピースを着せられ、歩き方から何から指導されてる。
歩くときに歩幅が大きいって棒で足を叩かれる。椅子に座って足を開くと叩かれる。今もニシュの指導にうんざりして、椅子の背もたれにもたれ掛っても叩かれた。
「厳しくない!? どこの貴族のお嬢様よ、こんな立ち居振る舞い!」
「貴族でなくても、これ位出来ると出来ないのでは他人の見る目は随分変わるのです。ちなみにこれ位、まだまだ初級も初級ですよ?貴族令嬢向けであれば手足の角度、指の角度まで指導するのですからね?」
「ええ!?」
「緊急時にまでやれとは言いませんが、普段から言われなくてもできるようになって頂かなくては、合格は出せません。皆様から言われておりますから、指導はビシビシやらせて頂きますからね。」
「そ、そんなあ……。」
そう、ニシュがアタシに厳しく指導するのは、3人の小父さん達にケイトさんまで賛同している。ケイトさんは貴族じゃないけど、実家は貴族と関わることもあったらしくて、小さい頃からマナーは厳しく指導を受けたらしい。
「じゃ、じゃあ、この課題クリアしたら、この講習は終わるの?」
「今行っているのは立ち居振る舞いのレベル1です。貴族向けではなくても、レベル5までは出来て当たり前レベルですから、少なくともそこまではご指導致します。それ以上はケイトさんとご相談しますよ。」
「うえぇぇっ!」
レベル1って……じゃあまだまだ続くって事!?
しかもこの立ち居振る舞いの課題以外に「言葉遣い」の課題もあるし、まだこれから課題は増やすらしい。全然終わんないじゃない!
「これは言葉遣いも先は長そうですね。」
「……(下手なこと言うとまた指導が飛んできそう)……。」
ニシュからは、他にも勉強を教えて貰ってる。お母さんやマンサ小母さんからは基本的な事を学んでたし、小父さん達からは機械類のメンテナンスに必要な知識を教えて貰ってるけど、ニシュから新たに教わってるのは主に宇宙史と文学。
地球って星が人間の発祥の地ってことを初めて知った。ダイダロス帝国から幾つか国を挟んだ神聖カリスト皇国ってところにあるらしいけど、今はあまり人が住んでないんだって。
文学は難航してる。日が昇るとか沈むとか川が流れるとか、惑星上に住んでたら当たり前にあってもこのコロニーには無い物の理解は難しいってニシュは言う。
「ねえニシュ、教えてくれるのは嬉しいけど、どうしてこんな勉強が要るの?」
「メグさんの知識はこのコロニーで生き残ることに特化しています。グンターさんやセインさん、ライトさんのお陰で機械やロボット系の知識は専門職レベルですが、それ以外だと小学生レベル以下……というか、メグさんの年齢で普通知っていることが抜けていることが多いです。
その様な歪な状態だと、保護されて普通の人たちと生活することになったら苦労すると思います。」
「苦労するって?」
「例えば、今この状態で保護されると、メグさんの年齢だと中学校に行く事になります。数学や物理、化学は退屈するでしょうけど、それ以外の科目はついていけなくなるでしょう。
それ自体はメグさんは気にしないと思いますけど、それもあって周りに馴染めなくなるというか、メグさんが仲間外れにされる可能性は低くないと思います。」
「うーん……仲間外れにされたら、何か悪いことがあるの?」
「……メグさんには同じ年代の人たちと集団生活した経験が無いから、どんな事が起こるか想像もできないですか。これは難しいですね。
実際にそんな状況になってから相談しましょうか。」
セイン小父さんとニシュからキーボード演奏も時々教えて貰う。ニシュからは練習方法を教わるけど、芸術的な良し悪しがニシュにはわからないから、その辺りはセイン小父さんが判断してくれる。
ニシュからはヴァイオリンも教わったけど、弾きながら歌えないし、楽器が壊れた時にここでは直せないからちょっと習って直ぐ止めてしまった。
他にも、時間に余裕がある時は小父さん達とスカッシュをすることもある。
スカッシュはライト小父さんはスピードを武器に、セイン小父さんは手足の長さを武器にした守備範囲が広くて、本気を出されるとアタシはなかなか勝てない。グンター小父さんはパワー型だけど、歳のせいかライト小父さんやセイン小父さんにはだんだん勝てなくなってきてる。でもフェイントも上手くてアタシはまだ時々しか勝てない。
ニシュは「本気を出したら多分誰も勝てないから止めておきます」だって。アンドロイドだからね。それを聞いたライト小父さんがムキになって偶にニシュに挑戦して、コテンパンにやられてるらしい。
ニシュは7日に1度は、彼女を見つけた部屋にある充電台で一晩充電する必要がある。充電台は管理エリアの電気系統と密接に繋がっているらしくて、住居エリアには移設するのが難しいらしい。だから充電の日は、アタシもあの部屋にある天蓋付きのベッドで寝ることになる。
あの部屋は一度ニシュが徹底的に掃除してベッドシーツも洗濯したので、ベッドで寝る事は問題無かった。ただ管理エリアと住居エリアの間で通信が出来ないみたいで、何かあった時の小父さん達からの連絡を部屋のコンソールで受け取れないので、無線通信設備を後付けで設置した。
ニシュの手で整えられたベッドはアタシの部屋の固いベッドと違ってフカフカで気持ちいい。アタシの部屋のベッドもフカフカにならないかな?
ニシュが加わって暫く経ったある時、ニシュに聞いてみた。
「そういえば、ニシュって小父さん達と違ってIDは持ってないから、いつも誰かにくっついて管理エリアに出入りしてるよね。
ニシュって管理エリアの認証はできないの?」
「普通はアンドロイドは主人の所有物としてみなされるので、緊急時に自分で出入りできる様に認証コードを持っています。パネルに接続してコードを入力すれば入れますよ。」
ってことは、小父さん達の様なカード認証ではなくて、埋め込まれてるって事かな?
「マンサ小母さんのIDで扉が開かなくて、確認してない場所が管理エリアに幾つかあるんだけど、ニシュの認証コードで入れるのかな?」
「私の認証コードでも入れない所は有りますが、エリア入口の警備ロボットの認証コードなら、私の物より権限が多い筈なので入れるかも知れません。」
それは良い事を聞いた。つまりニシュと一緒なら、管理エリアの入れなかった所も入れるかも知れないってことね。
早速セイン小父さんの所へ行って、既にパーツごとに分解された警備ロボットの認証コードについてニシュを交えて相談してみた。
ニシュが言うには右手首から接続線を出してパネルに接続するらしいから、警備ロボットの右手を分解してもらうと、内側に接続線が巻き取られていて、その線に繋がっているチップが見つかった。これに警備ロボットの認証コードが記録されてるのかな?
接続用有線と、そこに繋がる回路をチップごとロボットの腕から外して、他の廃材と組み合わせて、管理エリアのパネル認証用の装置をセイン小父さんと作ろうという話になった。これで、管理エリアの探索がより進むかもしれない。
「♪線が一杯 これは何かしら 小さく出来てて 読取り難い~♪
♪見てない部屋には なにがあるかな 認証コードで こじ開けろ~♪」
「……メグさんって歌が好きですね。私のライブラリにはない知らない歌ですけど、それって何という歌なんですか?」
作業をしながら鼻歌を歌っていると、ニシュから声を掛けられた。
「歌は思い付きで適当に歌ってるだけだよ。」
「そうなのですか?」
「これはお母さんの受け売りなんだけど、人間が星の旅に出るずっとずっと前から、みんな思い付きで歌を歌ってた。人に聞かせるためというより、自分の気分を高めたり、みんなで一つの事をしたりするのにね。
世の中の歌とか音楽は全部、そうやってどこかの誰かが思い付きで作ったものなんだって。」
「お母様も、思い付きで歌を歌ってたのですか?」
「うん。いつも思い付きの歌ばかりで、同じ歌を何回も歌う人じゃなかったから、お母さんの歌ははっきりとは覚えてない。
お母さんからちゃんと教わった歌は子守歌くらいかな。いつかアタシが子供を産んだ時、子供を寝かしつけるときに歌いなさいって。歌詞は自分の歌いやすい様に変えていいって言ってたし、お母さんも歌詞はいい加減だったけどね。」
そんな話をしながら作業を進め、パネル認証用の装置を完成させた。
セイン小父さんとニシュと一緒に、出来上がりを確かめに管理エリアに行く事にする。
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