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あの日の夢と創作文

作者: しもつき

「書けない……!」

 朝の教室の窓際の席で一人、私は頭を抱えていた。

 外から差し込む光と電灯の明かりに挟まれながら、必死で脳をフル回転させる。


 夏休みだー、と家でゴロゴロだらだらしながら、スマホで書いていた創作文。

 しかし、体勢を変えようが部屋を変えようが一文も書けず。

 そして、八月に入っても全く進む気配がないので、「そうだ、学校で書こう」と、機器と環境のせいにした。だけど、スマホからパソコンに、家から学校に、機器や環境を変えようが、状況は一切変わらなかった。


 こんなことなら、無難に読書感想文でも選んで書くべきだった。

 後悔しようがもう遅い。

 知り合いに広く宣言した「創作文書くから!」との言葉を今更取り消すことなど、小心者の私には出来なかった。


 さて、ただいま私がいるのが、私が通って三年目に突入したばかりの高校のコンピュータ室である。

 現代音楽をこよなく愛し、特技もなく、勉強も運動もロースペック。一般人の下を行く私こと山田は高校三年生。ちなみに進路はまだ決まっていない。

 部活は一応入ってはいるが、もう一年も行っていない。


 そんな私の今の悩みの種は、夏休みの課題である「創作文」だ。

 創作文の他にも、読書感想文や散文などの選択肢もあったが、私は何を書くかなんて、去年にはもう決めていた。

 創作文。決められた字数内に、自身のオリジナリティを生かした創作物語を書くといった、私が考えるに、センスの問われる最も難しい課題である。

 話は昨年から練りに練って、課題が出るのを楽しみにしていたくらいだった。

 しかし、現実はそう甘くない。

 いざ「書くぞー!」という段階になって気付いたたくさんの穴と、語彙力の無さ。

 さすがにもう書かないとヤバい、でも書けない。

 ふいにスマホが光り、追い打ちをかける通知が届く。

『創作文できた?(*^-^*)』

「……」

 死刑宣告に見えた。よし、殺されるくらいなら自分から死を選んでやる。

 死に方は、そうだな、なんなら今まで見たことのない、この高校の屋上を拝んでから、そこから飛び降りるか。

 さよなら世界。

「あ、いたんだ、おはよう」

「……おはよう」

 オーケー、私は冷静に混乱していたようだ。

 顔見知りが教室に入ってきたことによって、それまでの暗い思考が吹き飛んだ。どうやら私は命拾いしたらしい。

 教室に入ってきたのは、同級生の星野だった。確か創作文仲間。

「何しに来たの? やっぱ創作文?」

「そうそう、山田も?」

「うん。でも全然進まないからちょっと死にに行こうとしてた」

「なんか後半変な言葉聞こえたんだけど」

 星野は話しながら、私の席の二つ隣の席に座る。私の隣には私の荷物が置いてある。

「命拾いしたな、私……!」

「なに言ってんの」

「いやこっちの話。……つけないの? パソコン」

「うーん。先生がいなくてさ、許可とれなくて」

 コンピュータ室に隣接する部屋には、担当の先生がいたはずである。だけど星野が来た時にはその先生がちょうどいなかったみたいだ。

「で、一応ここ覗いてみたら、山田がいたから入ってきた」

「そうなんだ。でもよくない? 先生が来てから許可とれば。てか一つも二つも同じだよ」

「……山田、ちゃんと許可とったの?」

「とったわ!」

 疑うような目つきの星野を言いくるめると、勝手にパソコンの起動ボタンを押してやる。

「えっ」

 呆れてはいるが、起動してしまっては仕方がないとばかりに、早速文章作成ソフトを立ち上げる星野。

 ソフトが完全に立ち上がったのを見ると、早くもキーボードをカタカタと鳴らし始める。

「早ッ! なんでそんなすぐに書けるのさ!」

「いや下書きくらいは出来てるし」

 「てか逆に八月にもなって下書きもせずに来てるの?」と、ナメた表情の星野になんとも腹が立つ。

「うわ、ほんとにハンカチ噛む人、初めて見た」

「うるへえ……おえ、マズ」

「おいしいわけないじゃん」

 腹は立つけど寛大な私は邪魔にならないように、静かにしていてやろう。


 ……そもそも私、発想は悪くないよね。文章が書けないだけで。

 そんならもういっそ案や設定が私で、実際に書くのが他の人、って出来ないかな。

 ……いや駄目だろうな。星野や他の書いてくれそうな人は、もう自分のを書いてるだろうし、なにより先生が許してくれなそう。

「あー、感想文ならテキトーに同じことを何回も書いてればいいのに」

「感想文書いてる人に失礼すぎる!」

 おっと、声に出ていたようだ。

 それにしても星野は、さっきから真面目に創作文を書きながらも返事をしている。これが出来る人の余裕か。

「そういえば山田は何を書くって言ってたっけ」

「人喰い作家とその屋敷の話」

「あぁ、そうだったね。出来上がったら読ませてね」

「出来上がるか疑問なのですが」

「がんばれ」

「無理! 書けない!」

 「人喰い作家とその屋敷の話」は、私があまり書かないホラーを書きたかったときに頭に浮かんだ話だった。話の先を想像して、エンディング手前まではもう考えている。

 でも、文章にするのは、私には難しすぎた。私の「書く力」の問題だった。


 実は私は、小学校の頃から、ちょくちょく物語を書いていた。短編から長編まで様々なジャンルをだ。

 しかし飽き性の私が完結することが出来たのは、短編いくつかだけ。

 そもそも私が物語を書き始めるのは、だいたいがふと思いついた一節やワンシーンを書くため、というのが多い。だから、そこに行き着くまでの長い道のりに飽きて、書くのをやめてしまうのだ。


「てかさー、私シリアスが書けないのよ……」

「ああ、確かに山田の書こうとしてる話って、全編シリアスって感じだもんね」

「その通り。ギャグならまあまあ書けるつもりなんだけど」

「創作文って、ある程度以上のギャグって駄目そうだしねぇ」

「うん。それに滑る予感しかしないし」

 「書ける」と「ウケる」は違うんだよ。ダダ滑りの勘違いギャグとか思われたら地獄じゃん。

「ギャグじゃなくたって、先生に見せんのも嫌なのになぁ」

「へ? そんなの気にしてるんだ。去年も書いてたのに」

「やだよー、遠くの知らない人に見せるならまだしも。それに創作文選んだのだって、感想文よりはさくさく書けそうだからって理由だし」

「で、実際どうよ」

「全然進まねぇ」

 私がシリアスを書くと、必要以上に重くて堅苦しくて、それをカバーできない語彙力の無さでとても読み辛い文章が出来上がってしまう。

 それに加え、今回は設定に穴が多い。

「ねぇ星野。ちょっと相談しても?」

「いいよ」

「やった星野ありがと!」

 早速、相談に乗ってもらおう。 

「えっと、これね」

「ごちゃごちゃしてる……」

 設定を書きまくった紙を見せると、ちょっと嫌そうな顔をされた。

 相談聞くって言っちゃったからね? 今更イヤとか言うなよ?

 まあ、確かに私でも見辛い……ごめん。

「さて、まずはここ」

 設定を見せて相談しながら、答えをもらい、メモを取りまくる。

 おかげでいくつかの穴が埋まった。

 途中で「そんくらい自分で考えろよ!」と言いながらも相談に乗ってくれる星野は、やはり良い奴である。感謝。


 途中、少しだけ思い付いた。結果、冒頭だけ書けた。ちなみに三行。

 早速、冒頭部分を打ち込む。

『――人を殺してしまった。』

『――ああ、これが見つかってしまったら、もう……。』

『――そうだ、それならばこんなもの、食べてしまえば。』

 線の打ち方がよくわからなかったけど、記号のところを見るとあった。よかった。

 不穏極まりないけど、出だしはインパクトがある方がいいって聞いたし。

「星野、書けたよ!」

「はいはいなに?」

「どやぁ」

 今書いたばかりの冒頭を見てもらう。

「えっ、怖い。なに、最初から人食べちゃうの?」

「や、最初のここ以外はずっと、人喰い作家じゃない新人作家の主観で話が進んでくの。で、途中に「暇つぶしのお話」っていう具合に人喰い作家の話が入るんだ」

「んー……うーん」

「ごめんねー、説明は苦手なんだ」


 突然、ドアが開く。

「あ、はよー」

「おはよー」

「おうお疲れ、あともうおはようの時間じゃねーぞ」

 入ってきたのは、またも私と同級生の神崎だった。ちなみに野郎。

 時計を見ると、神崎に言われた通り、もう昼になっていた。

「神崎も創作文だっけ?」

「ああ」

「ようし、お前も犠牲者だ」

「え、なに」

 怪訝そうな表情の神崎が、星野の前の席に座る。

「まあ気にしないで」

「そうそう気にしない」

「意味わかんねぇ」

 神崎がパソコンをつけ、文章作成ソフトを立ち上げると、すぐにカタカタとキーボードを鳴らし始める。

「お前も裏切り者か!」

 すぐさま神崎の席に飛んで行き、パソコンの乗った机をガタガタと揺らす。

「うわなんだよいきなり!」

「二人には私の創作文を手伝ってもらうんだよ」

「なに? 決定事項なの? わっ、わかったからやめろ!」

 机のガタガタを止める。

「なんだこいつ……」

「神崎、諦めよ。山田、こういう奴」

「なんでカタコトなんだよ。はぁ、で、何すんの?」

「疑問ばっかだなぁ」

「こいつ……!」

 相談出来る人が増えた分、悩みの解消が早くなった。あと選択肢も広がった。

 まだ保留にしているところもあるけど、それでもとても助かった。

 ちなみに、「人喰い作家とその屋敷の話」についてある程度分かっている前提で話したので、神崎に「人喰い作家とその屋敷の話とは?」と疑問を何度も受け、その度に受け流していたらブーイングを受けたので、星野に説明してもらった。

 説明は私より星野の方が上手いからね。

 相談兼愚痴が終わると、雑談タイムへと移った。

「星野ってどんなの書くんだっけ」

「こんなの」

「へぇ、面白そう」

「すげぇ」

「神崎は?」

「ほらよ」

「あ、ここ面白い。あはは」

「えっ、ギャグ? いいの?」

「知るか。俺は書きたいものを書く」

「勇気あるねぇ」

 そして、雑談タイムは自然と神崎いじりへと変わっていった。

 気付いたときにはもう、教室を閉めなければいけない時間になっていた。

「俺ほとんど書けてないんだけど!」

「私と仲間だね!」

「いや下書きはちゃんとしてるし」

「ガッデム」

「口悪いな!」

    


「書けない、書けないよ……!」

 設定の穴はある程度埋めたものの、やはりそれでいきなり書けるようになるわけではなかった。

 しかし、二人が相談に乗ってくれたことを無駄にしないようにと、今まで以上に必死になっていた。

「うーん、あと半分!」

「俺はあと三分の二くらい」

「二人とも早くね?」

 ただ私が遅いだけなんてことは分かっている。

 相談に乗ってもらってからはや数日。雑談交じりに書き進めていく二人も、もうここまで来ていた。

 なのに、私が書けているのは、未だに冒頭の三行と数行のみ。

 焦りばかりが生じる。夏休みも、もうすぐ終わりだ。

 私は、あのふざけて死にに行こうなんて言っていた日と比べ物にならないくらいに追い込まれていた。

 溜息を吐く度に頭に浮かぶのは「気分転換」の四字。しかし私はそれに甘えてばかりだ。

 もう甘えてられる時期じゃない。

 ……でもやっぱり。

「はぁ……」

 なんとなくスマホを手に取る。これが駄目なんだよなぁ……。

 スマホを触っていて、ふと、トークアプリに何件かの通知が入っていることに気が付く。


 発言されたのは、私が一応在籍している部活のトークグループ。

 「軽音楽部」と書かれた名前の横に、数字が書かれていた。

 二年とちょっと前、私が入った部活。私は一応、ドラムを担当させてもらっていた。

 しかし、自然と足が遠のき、なかなか行くこともなくなり、はや一年。

 私は、ドラムを叩くのが好きだったけど、その機会もなくなっていった。

 入ったまま抜けていないだけでグループで発言なんて滅多にしていない。

 そのトークグループの会話によると、今日はもう誰も部活に来ないから、鍵を締めてしまうという旨が書かれていた。

 ……まだ時間は早いし、ここでずっと書けないって悩んでいるよりは、気晴らしにちょっとドラムでも叩いて来ようかな。誰もいないようだし。

 スティックは持ってきていないけど、部室に置いてるものでも借りればいいか。

 発言はさっきされたばかりだし、鍵も今返そうとしているところじゃないかな。

 一応、部室に行ってみるか。……暑そうだけど。

「帰るの?」

「いや、ちょっと遊びに」

「へぇ、いってらっしゃい」

「じゃあな」

「いってきまーす」


 コンピュータ室から出ると、案の定暑苦しくて、どこからかたくさんの蝉の声が聞こえた。

 コンピュータ室と部室は同じ階にあり、割と近くにある。

 曲がり角を曲がり、少し進むと、部室のドアと人が見える。

「あ、ちょっとごめん」

 どう声を掛ければいいのか分からなかったけど、一応そう声を掛けてみる。

 グループの会話を見るに、この人物は同じ学年ではないようだった。……と、なると、後輩、というものだろう。

 部活の中では後輩、ということにはなるけど、私はもう約一年顔を出すことさえもしないなかったし、たぶん私を見ても、「誰だろうこの人」なんて思うんだろうな。

 知ったこっちゃねぇ、今は鍵を奪うだけだ。

 しかし、振り返ったその生徒は、なんだか知った顔をしていた。

「あっ、センパイ」

「げ」

 二年の只野だった。

 成績優秀、運動神経抜群。小学生の頃から各方面で多くの賞をとり、更に性格も良く、人望も厚い。

 ちなみに、一年生のときに生徒会長になることを宣言していた。

 きっと、夏休み明けの生徒会長選挙では、只野が来年の生徒会長に確定されるだろう。

 なにしろ只野は非の打ち所がない。圧倒的な支持を得て決まる未来はもう見えている。

 そんな、私の言葉でいうと、「もってる」人間なのだ。


 実は私は、人の顔を覚えるのが苦手で、数回見ただけの後輩の顔なんて、ほとんど覚えていなかった。

 それなのに、この只野の顔を覚えていたのは何故か。

 前述した通り、只野は生徒会長になることを約束された優等生で、入学してすぐにはもう先生や生徒の話題によく上るようになっていた。

 そりゃそれだけ話題の人物なら、少し顔を見ただけでも覚えてしまうものだろう。

 しかし、大きな原因は、きっとそれではない。

 只野は、廊下などで私とすれ違う度に、挨拶をしてくるのである。

 数回、申し訳程度に、顔を出しただけの、私に。……正直、ビビる。

 他の二年はすぐに顔を忘れたのか、挨拶なんて全くしてこなくなったのに。それは気にしてないけど。

 むしろ、基本的に他人が苦手な私は、その方が気が軽くてよかったくらいだ。

 それなのに只野は、真面目すぎるというか、律儀というか……。

 けれど、私は只野が苦手だ。

 「もってる」只野に対し、何に関しても中途半端どころか、何も出来ない、「もってない」私。

 私はいつも何らかの不安を抱えて生きているのに、只野はそんなことを微塵も感じさせない笑顔で、私はその笑顔を見る度に、心が押し潰されそうになるのだ。

「あ、部室、使うんですか?」

「え、ああ、う、うん。鍵、私が返すから……」

「そうなんですか! いやぁ、誰も来ないから締めようとしていたんですよ!」

「そっかー、わかった。……ん?」

「今開けますね! やっぱりマイク通さないとしっくりこなくて」

「……ん、んん? あ、ちょっ」

 背中をぐいぐいと押されて部室に入る。只野も入ってくる。

 え、私、一人で練習出来ると思って来たんだけど。

 全然練習してないヘタクソドラムを、間近で聞かせなきゃいけないの?

「あ、あの、私やっぱり」

「どうしました? あ、ドラムスティックはこれ使っていいと思いますよ!」

 ……帰りづらい!

「あ、あり、がとう……」

 更に退路を断たれる。なにこいつこわい。

 取り敢えず座ってみても、何を叩くかなんて思い付かない。

「……なにしよ」

「ライブでやる曲でもやればいいと思いますよ」

「私、たぶん、ライブはもう出ない」

「あ、もう卒業ですもんね……。あっ、それならわたしの練習を手伝ってくれませんか?」

「出来る曲なら」

「センパイはどんな曲やってたんですか?」

「えっと……」

 簡単な一曲を言ってみる。私が今でも十分に叩けるのはこの一曲のみである。

「それ知ってます!じゃあ、そちらのタイミングでお願いします」

 この曲も久々に叩いてみたけど、簡単な曲なので、大きなミスもなく終えられた。

「この曲、久しぶりに歌いました。ありがとうございます!」

「ん……。じゃ、そろそろ帰るわ」

 練習に付き合えなくて悪いとは思うけど、これ以上はもう無理だ。

「えぇ、待ってくださいよぅ。どうせだから喋りましょうよ」

「えっ」

 出ていけない……。


「そういえばセンパイ、学校には部活をしに来た訳ではないんですよね」

「うん、創作文書くために、パソコンを借りに」

「そうなんですか。出来上がったらぜひ見せてください!」

「出来上がる気がしない」

「頑張ってくださいね!」

「……うん」

 頑張れ、か。結構頑張ってるつもりなんだけどな。

「あ、センパイ、進路どうしてます?」

「未定」

「何かしたいこととか」

「ない」

「趣味」

「音楽」

「特技」

「人を馬鹿にすること」

「長所は」

「ないよ」

「では自己アピールをどうぞ」

「だらけでは世界一」

「つかぬことをお伺いしますが」

「はい」

「ふざけてます?」

「いや」

 真面目は真面目、大真面目よ。

「自信、無いですねぇ」

「うん……」

「いや、もっと自信持ちましょうよ」

「無理」

「センパイ、やれば出来ますよ」

「無理」

「もっと気合持って頑張って」

「……」

「そう、もっと顔を上げて明るく」

「うるさいなぁ」

 いきなりだった。唐突に、しかし段々と、イライラが募っていった。

 非の打ち所のない人の善意は、私にはとても腹立たしかった。

「ご立派な言葉をありがとう。でも生憎私にはそんなの響かないよ」

 どこまでも真っ直ぐな言葉が届くには、私の心は屈折しすぎた。

「私の言葉も心も届かない。誰にも私の気持ちなんてわかんないんだから。だからもう、諦めるしかなかった」

 だから私は、テキトーに生きて、テキトーに死んでくしかないんだ。

 我慢強さだって自慢だった。でもそんなの無価値じゃん。

 つまり、私は。

「私が自信を持つなんてそんな烏滸がましいこと、出来るわけないしさ、もう」

「センパイ、山田先輩。そんなこと言わないでください」

 なんで私は泣いているのだろう。とっくの昔に、全部諦めたつもりだったのに。

「確かにわたしは山田先輩の気持ちなんて分からずに、心を踏みにじってしまいました。でもわたしは立派なんかじゃないです。名字の通り、只の一般人なんです」

 只野が、ハンカチを取り出して、私の涙を拭う。

「あえて言うなら、ちょっと運が良いだけだし」

「そんなことない。私には、あんたがすごくかっこよく見えるし」

 対して、私はかっこわるいな。泣いてるとこ見られて、年下に逆ギレして。

「センパイ。やっぱそのままでいいんですよ。ただ、辛いことを吐き出すだけです」

「あんたも大概、言ってることおかしい……」

 吐き出しちゃったんだから、もう遅い。諦めるなんて道も断たれてしまった。


「やっぱ……あんたの言葉は響かないわ……」

 皮肉を込めて、感謝だ。やっぱまだ只野は苦手だけど。

「夢、持っちゃっていいかな」

「叶えないと許しませんよ」

「でもその前に、創作文を書かなきゃ」

「そうですね」

「どうせ出すなら、賞、とりたいなぁ」

「受賞の発表は、確か九月でしたよね」

「うん。一番に報告するよ」

「はい!」

     

 数日後、創作文は書きあがった。そして夏休みも終わって、九月。

     

「……!」

 サイトで結果を見てすぐに只野を呼び出す。

「センパイ、どうでした?」

 只野が、満面の笑みの私のもとへ駆けてくる。

「ふふん。……駄目でしたぁ!」

「うわあああ!」

「ちなみに私が夏休みにあったことやなかったことを書いて、最後にやっすい感動っぽい場面を入れました」

「屈折してますね」

「文字数が多すぎて入らなくて減らしたのに駄目だったわ」

「どこを見て誰に訴えてるんですか?」

「そうそう、夢と進路、決まったよ」

「唐突ですね」


 拝啓、過去の私。あと只野。私の夢を言うからよく聞けよ。

 私の夢は――



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