6
しばらく走りながら有栖はどちらとも合流できないまま一人で笑子を探しまわった。
付近は涼の言う通り薄暗く、少々小柄で愛らしい様相の彼女が一人歩いていればストーカー相手でなくても危険だろう。
今頃無事家に帰っていて、この捜索が無駄足であってほしいと願いながらも探す足を止めない有栖の耳に小さく女性の声が届いた。
まさかと思いその声のほうへと走る足を向ければ、段々と大きくなるそれはやはり女性の抵抗する叫び声で、有栖は直感的にそれが笑子のものだと感じ足を速めた。
そうして辿りついた人気のない公園で揉める男女の姿を認めて、有栖は躊躇なく近づいていく。
「いや!離してよ!」
「エミちゃん、今日は僕との時間を作ってくれたんでしょ!?いつもいつもあの男に邪魔されてたから今日は逃げてきてくれたんだよね!?ね!?そうだよね!?」
「ヤダ助けて!だれか!ママ!涼君!たすけて!」
「キモイんだよその手を離せおっさん!」
どこまでも自分の都合のいい妄想で話を進めているストーカーめがけて飛び蹴りを食らわせれば、男は勢いよく横に吹っ飛んでいった。
「大丈夫ですか?けがは?」
「ぁ……う、うう……」
人が来たことで張りつめていた気が解けたのか有栖の問いかけに答えられずに泣き始めた笑子を助け起こそうとしたが、その横っ腹に衝撃を受けて倒れこんだ。
土と砂利の地面に打ち付けられた頭に一瞬クラリとめまいがしたが、すぐに持ち直して上体を起こす。
見上げれば男が肩をいきらせながら立っており、唸るような声をあげて尻もちをついた有栖を蹴り上げた。
「ぐっ……ぅう!」
「おま、お前も僕とエミちゃんの邪魔をするのか!?許さないぞ!許さないんだからな!僕とエミちゃんの邪魔する野郎は誰だって許さないんだぞ!お前みたいな男に僕とエミちゃんの仲を邪魔させるもんか!思い知れ!」
どうやら短めの髪に普段から好む黒い服と暗さのせいで有栖のことを男だと勘違いしているらしいストーカー男はなおも怒鳴りながら有栖を蹴っている。
月明かりしかない暗がりで喚き散らしながら抵抗できない人を蹴り続ける中年の男の姿ほど異様なものはない。
笑子もあまりの恐怖に泣くこともできずに固まっている。
有栖としては自分のほうに気が向いているうちに一刻も早く逃げてほしいのだがそうはしてくれそうもなかった。
幸いにしてその蹴りは素人のそれのため急所も外しており、どうにか受け身を取ることができてはいるが間を置かずに連続で蹴られているせいで起き上がることもできないしそれなりに痛い。
そうして怒鳴りながら蹴り続けていた男が今度は馬乗りになった。
胸倉を掴んで振り上げられた拳にああ殴られるなとどこか冷静な頭がそう認識していた。
さすがに殴られたら受け身は取れないと歯を食いしばった有栖の顔をその痛みが襲うことはなかった。
「有栖!」
自分を呼ぶ聞きなれた声とぎゃあ!という男の叫び声と共に圧し掛かっていた重さが消え、男の体が引っ張られるように遠のいていく。
そして引き倒された男を取り押さえてとどめとばかりに手刀を食らわせたのは、なんと圭介だった。
その後ろには息を切らせた涼が目を丸くして立っていて、有栖も同じ顔をしている自信があった。
そういえば圭介はアクション俳優なので一通りの武道を嗜んでいると依頼の時に言っていたな、とやはりどこか冷静な頭が記憶の棚から情報を引っ張り出した。
「りょ、りょうくん……」
「笑子さんっ…怪我は?」
気を失ってなおギリギリと締め付けるように男の腕を後ろ手に捻り上げるのを呆然と見ていた有栖と涼だったが、笑子の声にハッと正気を取り戻した。
まだ座り込んだままだった笑子に涼が近づき、問いかければ今度こそ彼女は首を振って無事であると答えた。
その目からはボロボロと涙が零れていたが、視線はしっかりと有栖のことを捕らえていて有栖を指してあっちを診てと涼を促した。
自分のほうがずっと長く恐怖の中にいたというのに、人を気にかけるなんてすごいお人よしだと思いながら、有栖は地味に痛み出したわき腹に起き上がりかけていた体を地に戻した。
なんの構えもなく受けた最初の一撃が一番酷い痛みを発してた。
それがまたいつか感じた痛みと重なって頭痛まで始まってしまった有栖は、カンガンと打ち付けるような痛みの中で焦る声の涼が必死に自分に呼びかけるのを聞きながら意識を手放した。