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あれからそのまま寝入ってしまった有栖が起きたのは閉店時間に三宅に起こされてのことだった。

涼の前で寝入ってしまったことに悔しさを覚えた有栖だったが、そんなことよりも彼からエミちゃんに取り次いでもらえばよかったのでは?と今更に思いついてなおさら後悔した。

とはいえ圭介はまだ彼女に会う気があるようではなかったし、自分の彼女に会いたい男がいると言って快く了承する彼氏もどうなのかと思ったのでこの後の展開次第で相談することにした。


そう決めたのはつい一週間ほど前のことだったはずだ。

今有栖の目の前には額から血を流した圭介が気落ちした様子で立っていた。


「何が、あったんです?」

「エミちゃんについ、声をかけてしまって」

「声かけるときは私に言うって言ったじゃないですか」

「すみません」


それから詳しく話を聞き出してみれば、声をかけたのは本当に突発的なものだったようだ。

奇しくも最寄り駅が同じだったこともあり、ちょうど時間帯が重なりいつも通り涼を待っている彼女のことを彼は思わず見つめてしまったそうだ。

それに気づいた彼女に訝し気に見られて焦った彼は咄嗟に言い訳したらしい。

その慌てて出した言い訳が前から自分を知っているなんてものだったら誰だって怖くもなるだろう。

取り乱したエミちゃんは持ってたバッグを振り回し、それがちょうど圭介の額の際に当たってしまい、それを見てまた取り乱したエミちゃんは走って逃げてしまったという。


「とりあえず謝罪にもいかないといけませんので、彼女の家に私もついていきます。そこで洗いざらい全部話しますからね」

「はい……」


とりあえず、夕方の人目の少ない時間帯とはいえ店先で頭から血を流させたままのわけにもいかず、二階へとあげてソファに座らせ救急箱を取り出した。

職業柄怪我も多いので手当はお手の物だ。

手際よく消毒してガーゼを当てたところで聞きなれた足音が階段を上ってきた。


「ついに傷害事件ですか?」

「私がやったの前提で話すのやめてくれます?ていうか今日は本当に勝手に上がってきちゃダメなパターンですけど?」

「失礼。下に誰もいなかったので」


どうやら先日フライングした初版本を受け取りに来たらしい涼にそう言われて思い出す。

今日のバイトは三宅ではなくもう一人の女子大生で、課題に追われる彼女が時間の有効利用をできるように奥の倉庫でレポートを書いているのだった。

二階でやらない理由はそこだと居心地が良すぎてまったりしてしまうかららしい。

流血する人を目の当たりにして少々動揺したのか呼び戻すのを忘れていた。

とはいえ優先すべきは怪我の治療なので涼には申し訳ないがもう少し待っていてもらうことにする。


「それほどの怪我、事故じゃないなら警察に届けるべきかと思いますが」

「いえ、これは、彼女は何も悪くありませんので……自業自得なんです」

「そうですか」


ちらりと涼が有栖を見たのは圭介の指す彼女が有栖だと思ったからなのか、その失礼極まりない視線に有栖も睨み返す。


「私じゃないから」

「そうですか」

「ああ、でもちょうどいいや。雨宮さん、彼女さんに謝んないといけないんで取り次いでもらえません?」

「彼女?」


そうして否定すれば悪びれもなく同じ言葉で返してきて、苛立ったが彼の立場を思い出してちょうどいいやと願い出てみた。

けれど彼はそれを聞いて不思議そうに首を傾げた。


「僕にお付き合いしている人はいませんよ」

「え、だってほぼ毎日結城(ゆうき)笑子えみこさんと一緒に帰ってるじゃないですか」

「笑子さん…?ああ、あれ見たんですか?たしかに彼女を家に送り届けてますが、そのあと仕事に戻ってます」

「え?」


涼はほとんど毎日あっている女性の名前が出たことに一瞬怪訝そうに顔を歪めたが、すぐに納得して説明を始めた。


「彼女は僕の母方の従妹なんですよ。最近ストーカーの被害にあっていて、彼女を心配した叔母にしばらく送ってくれないかとお願いされていたんです。幸い僕の今のポジションは時間の融通も利きますから」

「従妹……」


涼の説明に有栖も圭介も呆気に取られる。

圭介のほうは二人が恋人同士ではないと知れてどこかホッとしたような顔をしている。

そして有栖のほうはしばらく考えたと思えば思いついたように手を叩いた。


「あ、じゃあ、エミちゃんが取り乱したのはストーカーだと思ったから?」

「その怪我は彼女が?」

「はい。今日つい声をかけてしまって、その時に取り乱した彼女が持っていた鞄が……」


ただ見ず知らずの男性に声をかけられたというだけじゃなく、ストーカーの被害にあっていたというのならばそれほど取り乱すのも納得する。

先ほどの気落ちとさらに後悔があわさって、圭介は既に意気消沈していた。

そんな彼を見ても涼は容赦なく問い続けた。


「単刀直入にお聞きしますが、これまで彼女と接触は?」

「ないです。あ、SNSでは二度ほどやり取りしましたけど、会ったのは今日が初めてです」

「彼女は自分よりも20センチほど背の高い黒の短髪の男に抱き着かれたと言ってましたが心当たりは?」

「だきついたっ!?まさか!ありません!」

「ちょっと、うちの依頼人疑うのやめてよ」

「形式的なものです、っと…失礼」


圭介を疑うような質問に有栖が咎めれば、涼もそれはないとでも思っているように頷いた。

圭介が彼女の居場所を知ったのはこの2週間ほどのことだ。

ストーカー被害が始まったのはそれよりももっと前のことだったために涼もただ定型として問いかけたに過ぎないようだ。

そして仕方ないでしょうと今にも言い出しそうな涼の内ポケットで携帯が鳴った。

会話中に電話に出ることを断りを入れて電話に出た涼の顔が次第に強張っていく。


「雨宮です…ええ、はい、え?会えてない?……わかりました。叔母さんはそのまま家に帰ってください。もしかしたらすぐに帰るかもしれないので。僕のほうで周辺を探します」


そして何かに気が付いたように有栖達のほうへと顔を向け、焦ったように電話口に指示を飛ばして切った。


「さっき、彼女は取り乱した後どうしました?」

「え?走って、逃げていきました……」

「どっちに?」

「ええ、と……駅でて左手側に」

「ちょ、ちょっと、何があったのか説明して!」


聞きだすや否や階段を駆け下り始めた涼を引き留めるように有栖が問いかける。

そんなに焦る彼は初めて見たので引き留めるのは心苦しかったが、話も半ばに中途半端な状態で放り出されるのも気持ちが悪い。

それに何かが起こったことは明白で、協力できるものがあれば協力したいと思ったからだ。

涼も人手があった方がいいと判断したのか途中で足を止めて事の経緯を話し始めた。


「今日は叔母が出掛けるとのことで帰りの時間を合わせて母子二人で帰る予定だったんです。てっきりさっきの話の後叔母と落ち合って帰っているものだと思ってました」

「じゃあ、まさか!」

「彼女の家は駅を出て右手側。左手側が明るかったのでそっちに行ったんでしょうが、あっちは駅前以外は何もなくて薄暗い!」

「あ!横瀬さん!」


涼が言い終わらないうちに圭介が走り出し、それを追うように涼も再び駆けだした。

有栖もすぐに飛び出そうとしたが、黙って店を開けるわけにもいかないために倉庫にいるバイトに緊急の用事だと声をかけ、店じまいと戸締りをして帰るように言づけてようやく飛び出した。

出遅れた分もうすでに二人の姿は見当たらない。

有栖は頭の中で周辺の地図を思い描いて、彼女が向かったという駅の左手側への近道を走った。



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