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都内某所の路地裏にその雑貨店はある。
ざっくばらんに並べられた雑貨や、古びた本。
この店のオーナーが全国、全世界を飛び歩いて集めた品々は、そのどれもがガラクタなんじゃないかと言われそうなものであってもそこそこ客の出入りはあった。
もの好きもいるもんだと思いながらも、月野有栖は閑散とした店の奥で退屈そうにカウンターに頬杖をついていた。
今の時間はもっとも人の出入りがない時で、店内には雇われ店長である有栖とバイトの大学生しかいない。
そこそこの出入りがあると言っても、それは一週間とか一か月とか総計的に見てのものなので日々の人の出入りは少ないものだ。
3人くればいい方、5人くれば上々、最悪二、三日客入りが0という時もある。
それでも資金が潰えないのだから、オーナーは別で仕事を持っているか相当な資産家のどちらかじゃないかと有栖は思っている。
普通、雇われるところのオーナーが何をしているかを調べるものだろうけれど、有栖の場合は拾ってもらった上になし崩しで雇われ店長につかせてもらっているのでその機会もなければ調べる気すらなかった。
あの人が大丈夫と言うのなら大丈夫なんだろう。
そんな不思議なほどの信頼感を抱かせる何かがオーナーにはあった。
それに有栖とてただ雇われるままのうのうと暮らしているわけじゃない。
彼女には雑貨店の雇われ店長の他にもう一つ顔があった。
「すみません。依頼をしたいのですが……」
今日も客足ゼロかなと呑気に考えていた有栖の耳に錆びたドアベルの音が響いたと思いきや、その足はまっすぐと店奥のカウンターへと向かってきた。
そうして有栖の前まで進み出た客の男性はその瞳を不安げに揺らしながらそう切り出した。
買い付けは主に店から出向いているが、たまにこうして直接売りに来る人も少なからずいる。
「買取の依頼ですか?申し訳ないのですが、今オーナーが出払っていて」
「あ、いや、そうじゃなくて……ここに探偵がいると聞いて」
「!」
しかし買うかどうかは資格を持っているオーナーでないとできないので丁寧に事情を説明しようとした有栖の言葉を男性が遮った。
その言葉に、有栖の顔が一気に華やいだけれどそれも一瞬のことで、次の瞬間には平静を装った真面目顔で頷いて見せた。
「探偵へのご依頼ですね。二階へどうぞ」
そうして示した先にはロフトのようになっている二階部分へ繋がる階段があり、彼を先導して歩きつつ途中見かけたバイトに声をかける。
「三宅君、しばらく店番お願いね」
「お出かけですか?」
「ううん。上」
「……ああ、了解です」
彼は検品作業をしていたようで顔をあげて有栖の顔を見ると一度訝し気に顔を歪めたが、彼女の後ろにいる所在なさげな男性が目に入ると訳知り顔で頷いて見せた。
その顔を見てそのまま二階にあがり照明をつける。
そこそこ広く、店員のちょっとした休憩スペースにもなっているそこには、手前からテーブルとイス、座り心地が微妙なソファの奥に小さいキッチンスペースが付いている。
ソファの上には今朝まで有栖が使っていたタオルケットがかかっていたのでそれをさりげなくたたんでから、男性をイスに座るように促して自分はコーヒーを入れに行くと言ってそばを離れた。
インスタントだからそれほど時間はかからないが、その抽出の少しの間で男性を観察する。
染めのない黒髪は短めに切りそろえられており、顔は精悍なという言葉が合いそうな端正さ。
そこそこ鍛えてそうな体つき、背は有栖よりも十数センチほど高そうだ。
ファッションセンスも流行を取り入れつつも彼なりの色を持っているようなイメージがありいい方だろう。
全体的な雰囲気からして、いかにも「モテそうないい男」。
こういう男は大抵ストーカー被害の依頼をしてくるが、依頼途中でやっぱりやめると言い出すことが多かった。
その理由はただ一つ。
探偵が女だから。
女の探偵は信用できないなんて固定概念とか惚れられても困るという自意識過剰とかいろいろ理由はあるけれど、たいていは途中で中断されることが多いのだ。
理由が理由名だけにこちらもあまりいい気はしないので端から疑うやつはこっちも突っぱねるし、一度受けてから中断となった場合は仲介料込みで半金いただいて伝手のある男性探偵へと引き継いでいる。
今回もダメかな、なんて悲観的な溜息をつきながら男性の前にコーヒーを置いた有栖はさっそく依頼を聞くことにした。