第5次コペンハルゲン星系の戦い・4章
ウェルキン艦隊が二手に分かれた。
これを見たパーカーは陣形を密集させて守りを固めようとした。いくら二方向から同時攻撃を受けても巡洋艦の火力では戦艦の装甲を破るのに時間が掛かる。味方が倒される前に、正面に立ち塞がる戦艦2隻に集中砲火を浴びせて葬り去れば、残る巡洋艦2隻は容易に捻り潰せると考えたのだ。
やがて本格的な砲撃戦が始まり、暗黒の宇宙空間を光り輝くエネルギービームの雨が幾重にも駆け抜ける。
その光の雨を最も多く浴びる事となったのはパーカー艦隊の右翼を務める戦艦ヴォルケーノだった。連合軍の巡洋艦2隻が側面に回り込んで攻撃を仕掛けてくるのに加えて、正面に展開する連合軍の戦艦2隻まで砲火を集中させてきたのだ。
多少の命中弾は、艦体の表面に貼られているエネルギーシールドによって阻まれ、装甲そのものには傷1つ付かない。だが、何発も直撃を受け続ければ、シールドはその負荷から限界を迎えて突破され、丸裸も同然になってしまう。
そんなヴォルケーノの危機を救うべくネルソンは動き出す。
パーカーの許可を得ないまま戦列を離れて前へと出たのだ。これにより、正面の連合軍戦艦部隊と本隊の間に立つ事でヴォルケーノの盾となった。
しかし、これはネルソンのエレファントが戦艦2隻からの集中砲火を浴びる事を意味している。
「あ、あの、艦長。流石にこれは無謀なんじゃ」
グランベリー少佐がつい不安を漏らす。
「それは承知しているが、これでヴォルケーノが敵の巡洋艦部隊を叩く時間が稼げる」
前にエレファントが出たために、ロンドンとヴォルケーノは、エレファントが邪魔で正面の敵戦艦部隊に攻撃がし辛くなった。
そのため、ヴォルケーノの艦長ワトスン大佐は艦を回頭させて艦首を巡洋艦部隊に向ける。そしてドレッドノート級の最大火力を以って2隻のペンシルベニア級装甲巡洋艦を沈めようとした。
エレファントが身を挺してマジェスティック級宇宙戦艦2隻の砲撃を受けた事で戦況はパーカー艦隊の優勢となりつつある。
しかし、この状況を面白く思わないのは、敵のウェルキンもそうだが、味方のはずのパーカーもだった。
「ネルソンめ。またもや私の許可も得ずに勝手に動きおって」
積極性に欠けるパーカーに指示を一々仰いでいては手遅れになってしまう。そう考えたネルソンは、独自の判断でエレファントを前進させていたのだ。
彼女の判断は、実際に正しかった。現にヴォルケーノが敵の集中砲火を浴びて撃沈の危機に晒されているというのに、何の対応も打てずにいたのだから。
戦闘が開始されて一進一退の激しい攻防が繰り広げられる中、ついにヴォルケーノが正面に立ち塞がるウェルキン艦隊の巡洋艦2隻を撃沈する事に成功した。
これで戦力を大きく失ってしまったウェルキンは、もはや囮艦隊が戻るのを待つ事はできないと判断して後退を命じる。
これをチャンスと見たパーカーは追撃を命じる。
しかし、一時的にでも敵の集中砲火に晒されたエレファントとヴォルケーノは損傷が激しく、ネルソンは追撃を諦めて基地に戻るべきだと進言した。
いつも消極的なパーカーであれば、ネルソンの進言を受け入れたかもしれない。だが、優勢な戦況を前にして普段の反動が出たのか、その熱意は凄まじいものがあった。また、度々命令違反を犯しているネルソンの言葉を素直に聞き入れる事をパーカーのプライドが許さなかったという一面もあるが。
パーカーは旗艦ロンドンを前進させて、後退を図る正面の戦艦2隻に襲い掛かる。
そしてそれを追うようにエレファントとヴォルケーノも前進しながら砲撃を行なった。
しかし、先ほどの戦闘でヴォルケーノは機関部に損傷を受けており、通常の70%の出力でしか航行ができなくなっていた。そのため、徐々にロンドンとエレファントから引き離されていき、1隻だけ隊列から離れてしまう。
「おのれ!ワトスン大佐の役立たずめ!」
旗艦ロンドンの艦橋にパーカーの怒声が鳴り響く。
「か、艦隊の進撃速度を下げましょうか?艦列を整えねば、ヴァルケーノが戦線を脱落してしまう事ですし」
艦隊参謀長ランバート大佐は、いつになく高揚している上官にやや驚きながらも、そう進言をした。
「放っておけ。逃げ腰の敵など我等だけで充分片付けられるわ!」
パーカーは、ランバートの進撃を聞き入れずに前進を続けた。
しかし、この後すぐにパーカーの判断が裏目に出てしまう。
「背後に敵艦隊反応!先ほど取り逃がした敵の囮艦隊と思われます!」
索敵オペレーターの声が艦橋に響き渡る。
囮艦隊の戦力は戦艦1隻と巡洋艦1隻。それが速力が落ちて出遅れているヴォルケーノに襲い掛かる事になる。そして、ヴォルケーノを葬った囮艦隊は、そのまま前進してパーカー艦隊の背後を攻撃するだろう。そうなれば、パーカー艦隊は前後から挟まれてしまう。
「司令官閣下、このままでは艦隊が全滅するやもしれません!ここは撤退するのが宜しいかと。敵の攻勢を跳ね除けて、敵巡洋艦を4隻も沈めました。戦果としては上々でしょう」
「・・・」
ランバートの進言を聞いたパーカーはしばらく考え込む。
その答えを出す前に、ネルソンが通信を掛けてきた。
「パーカー提督、このままでは我が艦隊は敵に挟撃されてしまいます」
「分かっている!だから功を焦らずに退けと言うのだろう」
「いいえ。違います。今、後退しようとしても、損傷したヴォルケーノが敵の追撃を困難でしょう」
「・・・この際、1隻の損失は已むを得ん。戦艦1隻を失うのは手痛いが、艦隊が全滅しては意味が無いからな」
「そうではありません!正面の敵艦隊は、まだ囮艦隊が引き返してきた事に気付いてはいないでしょう。そこで我々は反転して囮艦隊を攻撃するのです。今、後退すれば、正面の敵艦隊は我々がヴォルケーノと合流しつつ基地へ撤収しようとしているのだと思い、これを撤退の好機と考えてそのまま引き上げる事でしょう。そして戦艦3隻で囮艦隊を突破すれば、敵の追撃は振り切れます」
「足手纏いな艦を引き連れたままそんな事が可能かね?」
「1度突破ができたなら、もう敵艦隊が追ってきても充分振り切れるでしょう」
「・・・いや。ダメだ。もし、囮艦隊の突破に戸惑ったらどうするのだ?正面の敵艦隊が、囮艦隊の存在に気付いていないのだとしても、戦闘が始まればビーム砲の放射エネルギーを探知してすぐにその存在を察知するだろう。となると、突破に掛けられる猶予はそうはあるまい」
「ですが、」
「もう良い!全艦、針路を9時方向に回頭!現宙域より撤退する!」
パーカーはネルソンの意見を退けて撤退を決断した。
司令官の指示の下、艦隊は針路を左に向けて連合軍艦隊の前から姿を消そうと試みる。
その様子を見たウェルキン提督は当初、追撃を断念したのかと考えた。しかし、追撃を諦めるにしては少々早過ぎるという疑問も浮かんでいた。それもあり、ウェルキンは艦隊をその宙域にて停止させて様子を見る事にする。
それからわずか3分後の事だった。
ウェルキンの旗艦アレシアが囮艦隊の存在を捕捉したのは。
これを知ったウェルキンは、パーカー艦隊が挟撃される前に撤収しようとしたのだと理解した。そしてパーカー艦隊を構成する1隻の戦艦が妙に動きが鈍い事に気付くと、せめてこれだけは沈めて、次の戦いに備えようと考えた。
「全艦、最大戦速!囮艦隊と合流しつつ、あの艦を今日最後の獲物とするぞ!」
ウェルキンの命令が、アレシアとヴォルテールの艦内を駆け抜ける。
2隻の鯨を模した戦艦は、後退していた足を止めて逆に前進を始めた。