第5次コペンハルゲン星系の戦い・2章
リクス・ウェルキン少将の指揮する連合軍艦隊を構成する2隻の戦艦は、マジェスティック級宇宙戦艦というタイプだった。
その形状からしばしば鯨とも称される事があるこの艦は、全長約1400mと銀河帝国軍のドレッドノート級に比べると一回り小さい。その分、火力も劣るが、代わりに小回りが効き、緻密な操艦を可能としていた。
そして、その2隻の戦艦の周りを固める3隻の巡洋艦は、ペンシルベニア級装甲巡洋艦という名で、マジェスティック級を鯨と例えるのならペンシルベニア級は鮫を彷彿とさせる形状をしていた。全長950mと小型で小回りが効いて速力もあるが、その利点は重装化によって半減している。わざわざそうした理由は、この艦の役目は僚艦として戦場で戦艦を守る事なためである。
ウェルキン艦隊は最大戦速のまま直進し、惑星ヤヌスを目指す。
囮の艦隊にまんまと誘導されて空き家同然となっている敵基地を攻撃するために。
その様子を監視衛星を介して把握したパーカー艦隊には衝撃が走る。
「おのれ!連合軍め!我等を無視して基地を襲う気か!すぐに基地へ引き返せ!」
パーカーは指示を飛ばす。基地が敵の襲撃を受けようとしている以上、目の前の囮に関わっている場合ではない。
しかし、そんな司令官の命令に、パーカーの傍に控える艦隊参謀長ランバート大佐が待ったを掛ける。
「今ここで反転しては、目の前の囮艦隊に背後を襲われてしまいます。敵の追撃を受けたまま引き返しては結局は敵の挟撃に晒されてしまいます!」
ドレッドノート級宇宙戦艦は、正面を向く形で火力が集中配備されている。しかし、背後はほぼ無防備と言って良かった。そのため追撃を受けるとなると敵からの一方的な攻撃に晒される事となり、かなりリスクが高いと言わざるを得ない。
1度冷静になったパーカーは追撃のリスクを恐れてすぐに前言を撤回した。
それからすぐにパーカーの傍に立体映像の3Dディスプレイが映し出された。その画面にはすごい剣幕のネルソンの顔が表示されている。
「パーカー提督!なぜ命令を撤回したのです!すぐに戻らねば基地が敵の襲撃を受けます!」
「基地は強力なシールドで守られている。そう簡単に陥落したりはしない。それよりもまずは正面の敵艦隊だ。あれを潰さねば、背後から攻撃を受けてしまう!」
パーカーの意見は決して的外れとばかりも言えない。確かにこの状況で反転して引き返すのはリスクが高いだろうとネルソンも思った。
しかし、それはパーカーの意見がただ正しい事を意味しているのではない。どちらを取っても大きな危険が付きまとうという状況に自分達が追い込まれているという事実も現していた。
「ですが、基地の防空網は脆弱ですし、シールドも無敵ではありません。あれだけの艦隊に襲われれば一溜りもないでしょう!ここはすぐに戻るべきです!」
連合軍の囮艦隊は、パーカー艦隊を引き付けておくのが任務だった。
そのため、パーカー艦隊が攻勢を掛ければ退いて、逆にパーカー艦隊が基地に戻る素振りを見せたら攻めてくるという何とも厄介な戦術に出てきた。
このような事態に陥る前に、ネルソンの言う通りすぐに基地に引き返していれば、事態はもう少し良い方向に向かったかもしれないが、パーカー本人がそう自覚した時にはもう後の祭りだ。
そんな中、ネルソンの指揮する戦艦エレファントが艦列から離脱。艦隊司令部の命令を待たずに基地へと戻り始める。
「な!ネルソンめ!私の命令を軽視しおって!すぐに呼び戻せ!この戦いが終わったら鞭打ちにしてくれるわ!!」
正面の囮艦隊をまずは撃破するという命令に背いたネルソンに、パーカーは烈火の如く怒った。
「司令官閣下、落ち着いて下さい。ネルソン艦長が基地の救援に向かったのなら、それで良いではありませんか。どうせ1隻だけではあれだけの艦隊を相手にはできんでしょう。すぐに司令官に泣きついてきますよ」
そう言って参謀長ランバート大佐は上官を落ち着かせる。
「・・・ではさっさと正面の敵を撃ち破れ!全艦、最大戦速だ!」
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ウェルキン艦隊は、惑星ヤヌスの衛星軌道上に展開した。そして、もうじき帝国軍基地の上空を抑えようとしたその時だった。
「レーダーに感有り!敵戦艦1隻を確認!8時の方角よりこちらへ急速接近!」
旗艦アレシアの艦橋で索敵オペレーターが叫ぶ。
地場の影響から発見が通常よりもやや遅れてしまった事もあり、索敵オペレーターの声にはやや焦りが見える。
「1隻だけだと?ふん。敵は兵力分散という愚を犯したか」
ウェルキン艦隊は戦艦2隻と巡洋艦3隻。これに1隻で挑むなど無謀過ぎるというものだ。
「敵艦より砲撃来ます!」
「焦るな。まだ射程外だ。敵の目的は牽制だろう。全艦、進路変更。敵艦を包囲して撃沈するのだ!」
ウェルキンは接近してきた敵戦艦をまず撃沈して、パーカー艦隊の戦力を低下させてやろうと考えた。
ウェルキン艦隊は反転して、接近する敵戦艦への迎撃態勢を整えようと試みる。
しかしその時、敵戦艦の砲火が、その敵戦艦から見て最も手近な巡洋艦アンフェルネに集中した。艦の針路を変えるべく反転している最中だったために身動きが取れず、アンフェルネは一方的な集中砲火を許してしまう。
膨大なエネルギーを伴った閃光が降り注ぎ、アンフェルネの艦体を覆う透明なエネルギーシールドに衝撃を与えた。
ペンシルベニア級装甲巡洋艦は防御性能に特化させた艦ではあったが、戦艦の集中砲火を浴びてはそう長くは持たない。
「アンフェルネを下がらせろ!このままでは、」
ウェルキンが指示を飛ばそうとしたのと同時に、アンフェルネの主砲が大爆発を起こした。
辛うじて艦そのものが沈むのは免れたようだが、もはや戦闘ができる状態ではない。
ウェルキンは止むを得ず、アンフェルネには後退して安全圏まで下がるよう命じた。
「こうなれば戦艦対戦艦の勝負だ。アレシア及びヴォルテールは前へ出ろ!巡洋艦はその後ろを固める」
ウェルキン艦隊を構成する2隻の戦艦アレシアとヴォルテールが、帝国軍の戦艦に正面からの勝負を挑む。
数で考えれば、敵戦艦に勝ち目は無いのは素人から見ても明らかだ。にも関わらず、敵戦艦は進撃を止めない。
先ほどアンフェルネに掛けた集中砲火の鮮やかさから見ても、敵艦の艦長がただの猪突猛進な猛将ではないという事をウェルキンは理解していた。では、これも何かの罠なのか、何とも言えない不安がウェルキンの脳裏を過った時。
索敵オペレーターが再び慌てた様子で声を上げる。
「さ、3時方向に熱反応多数!本艦隊に向けて急速接近!!」