第5次コペンハルゲン星系の戦い・1章
惑星会合の日を翌日に控えた今日、惑星ヤヌスに駐留する帝国軍パーカー艦隊に1つの報告がもたらされた。
“惑星トロクレナより連合軍の戦艦1隻及び巡洋艦2隻が出撃。惑星ヤヌスを目指して航行中”
惑星会合が近付いたために、トロクレナを出撃した敵艦隊がヤヌスに到達するのに要する時間は1時間も掛からない。艦隊の高級士官を招集して作戦会議を開くような暇は当然なく、パーカー少将はすぐに艦隊を出撃させた。
パーカー艦隊を構成する3隻の宇宙戦艦は、どれも同じタイプの艦だった。
それは、銀河帝国軍で最も生産されているドレッドノート級宇宙戦艦という艦。全長1500mを誇る大型戦艦で、小さな小惑星であれば粉砕する事も可能な強靭な衝角を艦首に持つ四角錐型の形状をしている。多数の艦砲が装備され、艦隊戦では無類の強さを発揮する。また、地上部隊等も運搬できるため、宇宙空間での戦闘は勿論、惑星への揚陸作戦すらこの艦1隻でこなせる汎用性の高さを持つ。
出撃した艦隊は、基地の上空に展開して、いざとなればすぐにシールドの中へと逃げ込める態勢を取っている。
ネルソンやグランベリーなどはパーカーのそうした姿勢を臆病だと考えた。出撃した連合軍の戦力よりも味方の方が多いのだ。なのにどうしてここまで用心する必要があるのかと。油断は禁物だが、警戒し過ぎて何もしないというのは愚行というもの。
しかし、パーカーには言い分もあった。
「連合軍の動きは妙だ。なぜ戦艦1隻だけで出撃などしたのだ?こちらには戦艦が3隻もあるのだぞ。それに情報によれば、先日連合軍にはさらに1隻の戦艦が合流したという。一体何を考えているのだ?」
パーカー艦隊旗艦ロンドンの艦橋にて問う。
彼の周りには、旗艦ロンドンの両脇を固める戦艦エレファントの艦長ネルソン大佐と戦艦ヴォルケーノの艦長ワトスン大佐の顔がそれぞれ映し出されたテレビ通信の立体映像が浮かんでいる。
そのテレビ通信を介してネルソンが司令官の疑問に答えた。
「おそらく敵は我が艦隊を基地から引きずり出して、どこか彼等に有利なポイントに誘い出そうとしているのかと。そうして我等があの艦隊と交戦を始めたところで別動隊が背後に回り込んで挟み撃ちにする。というところでしょう」
「なるほど。では我等はこのまま静観しておくべきだという事だな?」
「いいえ。全艦で強襲を掛けてやるべきと私は考えます」
一見矛盾しているように思えるネルソンの意見に、パーカーは首を傾げた。
「どういう事かね?これは敵の罠だとたった今、貴官も言ったばかりではないか?」
「先ほど申し上げた事はあくまで表向きの事です。これをそのまま鵜呑みにして考えると、逆に不自然さで出ると思いませんか?」
「ふ、不自然だと?」
「我々を誘い出すためにあえて寡兵で動くというのはあまりに単純過ぎます。こちらがまんまとそれに乗ると本気で敵が思ったとは思えません。であれば、ここは全艦で攻撃を仕掛けて敵の出鼻を挫いてやるべきではありませんか?」
「・・・貴官の意見は分かるが、何か根拠があるわけでもないのにそれを鵜呑みにして貴重な艦隊を動かすわけにはいかん。我等はこのままこの位置を保つ」
パーカーはそう決断した。
「で、ですが、閣下!」
「くどいぞ!命令に従いたまえ」
「・・・失礼致しました」
ネルソンは軍事に関わる知識や技能はほとんど習得しているが、弁舌については特に修練を積んではいない。
憶測だけを述べて相手を信じさせられるほど、ネルソンは雄弁ではなかった。
しかし、およそ30分が経過した頃、連合軍艦隊の動きに変化が見られた。
「連合軍艦隊が針路を変更しました!」
ロンドンのオペレーターが声を上げる。
「で、敵は針路をどこへ向けたのだ?」
司令官席に座るパーカーは前のめりになりながら問う。
「そ、それがおそらく針路はこの星で間違いないのですが、基地を避けて別のポイントに向かっているような動きを見せています」
「何だと?」
連合軍の針路は確かに惑星ヤヌスに向いている。しかし、基地を目指しているわけではない。それが意味する物は1つしかない。
「どうやら敵はヤヌスのどこかに自分達の基地を築き、二正面作戦を挑もうとしているようですね」
テレビ通信越しにネルソンが言う。
連合軍の狙いは、惑星ヤヌスの帝国軍基地から遠く離れた地点に自分達も基地を築く事。それによりその基地と惑星トロクレナの二方向から帝国軍を攻め立てようと作戦だろう。
敵の狙いが分かった所でパーカーは勢いよく席から立ち上がった。
「それは何としても阻止せねばならん!全艦、直ちに出撃だ!」
「閣下、なりません!既に手遅れです!」
「何だと?あの敵を撃てと言ったのは貴官ではないか!」
「敵は既にこちらの索敵網が外れようとしています。今からでは敵を壊滅させる前に敵の本隊に追い付かれて、こちらが全滅するだけです」
広大な宇宙空間では、敵艦隊の所在地を見つけるのはかなり難しいのだ。
恒星コペンハルゲンの地場の影響で、レーダーによる索敵が困難になっているこの星系では尚更だ。一旦見失ってしまえば、砂場の中から一粒の砂を探すような途方もない索敵作業に従事しなければならない。
こうした事態を回避するために、帝国軍と連合軍は共に常に偵察機を多数展開させて索敵に当たらせ、監視衛星を配置して敵の動向に注意していた。
しかし連合軍艦隊は、その索敵網の外へと出て大回りに惑星ヤヌスを目指そうとしている。見失うと分かっている敵を追いかけるくらいなら、ヤヌスの衛星軌道に陣取って待ち構えた方が良い。
それにこうした策に出るという事は、連合軍にはこちらの座標を常に把握する何らかの策を講じているに違いない。
ネルソンはそう考えたのだ。
ネルソンの進言を受けて、パーカーはしばし考え込む。元々積極性に欠ける彼は、味方が全滅するという危険性を突き付けられると、1度出撃すると言ったその決断も揺らいでしまう。
しかし、このままではヤヌスに敵の前哨基地が築かれる。そうなってはコペンハルゲン星系の維持が困難になるのは誰の目にも明らかだ。
そう思った時、パーカーは決断した。
「ヤヌスに敵を迎え入れるわけにはいかない!全艦、最大戦速で敵艦隊に突撃!敵を速やかに蹴散らして基地に帰還する!急げ!」
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惑星トロクレナの雲海の中に身を潜めて、出撃命令が出るのを待ち続けている連合軍艦隊。その中にはウェルキン少将の旗艦アレシアの姿もあった。
「やはり、動いたか。貴官の言う通り用心深い指揮官らしいな。初めは様子見に徹し、こちらの意図が前哨基地の建設にあると悟やすぐに動き出す」
旗艦アレシアの艦橋にいるウェルキンは自分の予測通りに事が運んで上機嫌だった。
「おめでとうございます」
司令官席に座るウェルキンのすぐ横に幕僚のように控えるフィッシャー少将は祝いの言葉を述べる。
「それは少し早いな。まだ勝利を得たわけではない。全艦を直ちに出撃させる!」
ウェルキンの指揮する連合軍艦隊、戦艦2、巡洋艦3の戦力は雲海の中から姿を現し、大気圏を脱出。一路、惑星ヤヌスに向けて進軍する。
「我等の目標は惑星ヤヌスの敵基地だ!空き家となった敵基地を一掃するのだ!」
ウェルキンには見失った帝国軍艦隊を探す気など微塵も無かった。囮の艦隊が帝国軍艦隊を遠くへ引っ張り出している間に敵基地を強襲して叩く。その後、引き返してきた帝国軍艦隊を囮の艦隊とで挟撃する。それがウェルキンの作戦だったのだ。
もし早い段階で帝国軍艦隊が動き出した場合、囮の艦隊は帝国軍艦隊を遠くへ誘導するのが困難になっていた。
もし囮の艦隊を無視して惑星ヤヌスの周辺から微動だにしなかった場合、本隊による帝国軍基地への強襲作戦は破綻していた。
賭けの要素は強かったが、ウェルキンは先日フィッシャー少将から聞いた敵将パーカー少将の人柄を考えて、必ず思惑通りに動くだろう確信していたのだ。