連合軍の指揮官
惑星ヤヌスと惑星トロクレナの惑星会合が近付く中、惑星トロクレナの貴族連合軍基地に1隻のマジェスティック級宇宙戦艦が来港した。
軍港には出迎えの兵士が整列し、艦の前ではトロクレナに駐屯する部隊の司令官フェルト・フィッシャー少将が、首都エディンバラより派遣されてきた提督が艦の中から姿を現すのを待っている。
フィッシャー少将は今年62歳の老将だった。このコペンハルゲン星系に赴任して今年で5年目になるが、帝国軍と同じく敗北を恐れるあまりこの小競り合いばかりの睨み合いの状態に甘んじてきた消極的な指揮官である。
やがて艦から多くの部下を引き連れて現れたのは、短めの銀髪と鋭い緑色の瞳を持つ、大柄の体格をした男性だった。
「よくぞ来てくださいました。歓迎致します、ウェルキン少将」
自身の年齢のちょうど半分くらいの年頃であろう若者に対して、フィッシャーは腰低く対応をする。
なぜなら、両者は階級は同じ少将なのだが、爵位が異なるからだ。
艦の中から現れた提督の名はリクス・ウェルキン侯爵。貴族連合に数いる貴族の中でも名門中の名門。対するフィッシャー家は男爵家で名家とは程遠い。
軍隊の中でなければ、フィッシャーがウェルキンと対等の目線で話す事など不可能なのだ。
フィッシャーは挨拶をしながら右手を差し出して握手を求めした。
しかし、ウェルキンはそれに応じようとはしない。
「下らぬ挨拶は無用だ。私は執政官アーサル公より直々にこの星系の戦闘を終わらせるようご命令を賜っているのだ。よってあなた方は全て私の指揮下に入って頂く」
「なッ!そ、そんな話は聞いていないぞ!次の惑星会合に備えて増援を送るという事ではないのか?」
「増援を送るのは何のためだ?この星1つを守るためか?違うだろう。コペンハルゲン星系から帝国軍を追い払い、この星系を連合の物とするためだ。しかし、執政官閣下はそのために必要な力量を貴官が有しているとはお考えではない。そこで私が派遣されたのだ。今度の惑星会合の日は、我等連合軍がこのコペンハルゲン星系を征する日となるだろう!」
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基地の作戦指令室に入ったウェルキンは早速、彼我の戦力やこの星系の環境など戦闘に必要な資料の説明をフィッシャーから受けた。
「我が方の戦力は戦艦2、巡洋艦3。それにウェルキン提督が連れてきた戦艦1、巡洋艦2を加えて、戦艦3、巡洋艦5となりました」
「辺境の星系に駐留する艦隊としては中々の数だな」
「はい。これに対して、帝国軍の戦力ですが、戦艦3のみです」
「巡洋艦はいないのか?では数の上でこちらが有利というわけだな」
「はい。しかしこれまでは戦艦の数が劣っていた事もあり、攻めるに攻められずにおりました」
艦隊戦において、敵と砲火を交えるのは宇宙戦艦と宇宙巡洋艦の2種類の艦種だった。この2つの違いは端的に言えば大きさだ。一般的に全長1500m前後の軍艦を戦艦、全長1000m前後の軍艦を巡洋艦に分類する。しかし、この基準も明確なものではなく、装甲を強化して戦艦並の防御力を得た巡洋艦を戦艦と呼ぶ例も過去にもある。尤もそうした艦は近年では装甲巡洋艦と呼称されるのが主流になっているが。
それはともかく、艦隊戦では小型の巡洋艦よりも大型の戦艦の方が重宝されるのは常識と言っても良い。
かつて人類がまだ地球という1つの星のみを生存圏としていた時代に広まった“大鑑巨砲主義”とほぼ同じ発想に基づいてだ。
巡洋艦はいざという時には優れた快速で役に立つが、攻撃性能も防御性能も戦艦に劣るため、戦力の勘定をする時は戦艦の数のみを数えて、巡洋艦はせいぜい補助兵器程度にしか考えられていない。
しかし、ウェルキンは、元々の戦力でも充分に戦う余地があると考えた。それをせずに、我が身の安泰を図って無為に時を過ごしたフィッシャーにウェルキンは強い嫌悪感を抱く。
「・・・だが、これで戦力はこちらが優勢に立ったわけだ。気兼ねなく戦えるな、フィッシャー提督」
「・・・は、はい。惑星会合の日は恒星コペンハルゲンの磁場が、2つの惑星によって不安定になるため、通信の確保に混乱が生じやすくなります」
「つまり大軍での艦隊行動は難しいと?」
「その通りです。故に私もこれまでの惑星会合では総力を上げた行動を取れなかったのです」
「貴官の言い訳はこの際どうでも良い。通信環境が悪いのであれば、それに合わせた戦略もあろうに」
「・・・これは手厳しい仰り様で」
親子並に歳の離れたウェルキンの尊大な態度に、フィッシャーは不満を募らせる。しかし、名門のウェルキン侯爵家に盾突いては身の破滅。それよりも媚を売ってこの辺境指揮官の地位から抜け出そうと考えるのがフィッシャー、いや、貴族の考え方というものだ。
「この基地と同じ様に、帝国軍の基地も上空に強力なシールドを張っておりますので、大気圏外から艦砲射撃で基地にダメージを与えるのは不可能とお考え下さい」
惑星の地上に建設された基地には、ドーム型シールド生成器という物が設置される事が多い。
これは基地そのものをドーム状のシールドで覆う事で、大気圏外からの攻撃に耐えるためのものである。ドーム状なため、勿論地上からの攻撃に対しても有効なのだが、その出力はあくまで上空からの攻撃に集中しているため、地上に近付けば近付くほど、防御力は低くなる。そこで地上基地攻略は、まず上空を艦隊で封鎖して敵の逃げ道を塞いだ上で、地上部隊を降下させて基地を包囲しつつ突入するというものが主流となっている。
「まずは何とかして敵艦隊を穴倉から引きずり出す必要があるな」
「しかし、それは帝国軍も承知の事です。そう簡単な餌では吊られますまい。特に敵将パーカー提督はとにかく用心深い男ですから」
「なるほど。では1つ聞くが、帝国軍のいるヤヌスには基地以外に町などはあるのか?」
「いえ。基地以外は何も無い荒野と海があるだけの星です。私が赴任する以前には民間の町があったそうですが、我が軍の攻撃で引き払ったそうです」
それを聞いたウェルキンは腕を組んで考え込む。
僅かな沈黙の後、ウェルキンは小さな笑みを浮かべて「作戦を定めたぞ」と告げる。
「え?も、もうですか?すぐに他の幕僚達も集まります。彼等とも協議の上で」
「無用だ。これまで何も成せなかった者の意見など聞くに及ばん」
「で、ですが!」
「フィッシャー提督よ。私は執政官閣下より全権を委任されている。つまり貴官等の意向など全て無視して軍を動かす権限を与えられているというわけだ。その事を忘れるな」
「・・・む、無論、承知しておりますとも」
名門の出として英才教育を施され、連合軍に入隊するとその優れた才幹を発揮して連戦連勝を繰り返してきたウェルキンの態度は、年長者であり、先任であるフィッシャーへの敬意など微塵も感じられないものだった。
フィッシャーは確かに優秀な男ではない。むしろ無能という言葉が似あうだろう。
しかし、人としてはフィッシャーの方が幾分かまともかもしれない。
作戦指令室で働き、2人のやり取りを聞いていたオペレーター達はそう思った。