5. 帝国で邪竜が出たらしいぞ!
私が村に帰って1年弱の月日が流れたころでしょうか。
行商人と村人が興味深いことを話しています。
「帝国で邪竜が出たらしいぞ!」
「邪竜だと?」
「ああ、なんでも魔法による結界を喰い破ってきたらしいぜ~」
帝国はやはり、自分たちで磨いてきた魔法を過信したようですね。
そして……喰い破られたですか。
「くわばらくわばら。
この村は聖女様の結界で守られてるから、安心だよな~」
「アルシャ様を国外追放なんて。
帝国もバカなことしたもんだ」
噂をもってきた行商人は「帝国の方には商品を卸せないかもな~」と面倒くさそうにぼやくのでした。
『ほらみたことか~』
『僕たちがいれば防げたの~』
『アルシャを追い出したせいなの~』
妖精さんは、何やら楽しそう。
「あらあら、大変そうね~」
お母さんも、のほほんとした口調。
完全に対岸の火事でした。
◇◆◇◆◇
帝国で発生しつつある大災厄。
自業自得と言ってしまえばそれまでなのですが。
『アルシャが気にすることじゃないよ~』
『アルシャはなにも悪くないの~』
そう妖精さんたちも気遣ってくれます。
――だとしても
どうしても、逃げ惑う帝都の人々を想像してしまいます。
宰相親子や国の上層部が、どれだけ悪事を働いていたとしても。
帝国の庶民に罪は無いです。
「聖女たるもの、非常時には誰にでも手を差し伸べるべき。
そんな幻想を見ているの?」
「うん」
お母さんが静かに私に心の内を聞いてきます。
見捨てろ、と言いたいのでしょうか。
帝国のことなんて放っておけと。
「聖女っていうのは万能じゃない。
妖精さんが聞き届けてくれる願いは、限界がある。
分かるでしょう?」
「分かってる」
復活してしまった邪竜。
それは、妖精さんの力を借りても手に負えるものではないかも。
「アルシャちゃんが帝国で受けた仕打ち。
忘れたわけじゃないんでしょう?」
もちろん。
正直なところ、帝国の上層部がどうなろうと知ったことではありません。
滅んでしまえ! とすら思います。
どれだけ帝国の上層部に問題があったとしても、それは庶民には関係ない。
だから――知ってしまった危機を見て見ぬふりをするのは、私のこれまでの聖女としての生き方に反すること。
助けたいと、自然にそう思うのでした。
『何でも願いを叶えるよ~』
『アルシャの望みなら何でも叶えるの~』
私の回りをブンブンと飛び回る小さな妖精さん。
そんな光景を、お母さんは微笑ましく眺めていました。
そんな妖精さんの後押しを受けて。
――私の生き方は、クソ野郎に国外追放されたぐらいでは曲げられないぞ
清く正しい心を持つものが聖女だというのなら。
これが聖女として、自らに誇れる生き方だと思うから。
私は、邪竜に襲われている地方に出向くことを決意しました。