8. 私、嫉妬しないくらいには成長したんですよ。
ひっくり返って腹を撫でられる雪狼と彼女の姿に、狼などの群にある序列を思い出します。第一位の個体はアルファと呼ばれていたはずです。
彼女はこの個体が所属する雪狼群の、最上位個体なのでしょうか。
「彼女が雪狼によって怪我を負わないなら良いでしょう。アルファと認めているなら彼女の助けになるでしょうし、私としても都合がいい」
軽く周辺を察知してみると、離れたところに小さな雪狼の群れが見つかります。きっとこの個体は彼処からここまで迷い込んだのでしょう。
彼女はひとしきり雪狼を撫でてやると、昨夜のステーキの残りを与えます。
「味付けが濃くありませんか……いえ、魔物は耐性が強いので問題ありませんね」
ダンジョンとしての知識と、実際に見た光景を照らし合わせればわかることでした。
魔物は雑食です。人間以外の魔物や獣も喰らい、人間の持ち合わせた食料を食べても調子を崩しません。
『狩り したい』
幾度も重ねた筆談のおかげで、彼女が書いた古代文字の出来は大分良くなっています。
狼が狩るといえば、兎などの小動物でしょうか。しかし、雪狼のテリトリーが近くにあるせいで、この周辺に兎など草食の獣は見当たりません。
「ひとまず雪狼の群れに合流させましょうか、狩りの成功率も上がるでしょうし」
そもそも狼は群れの序列ごとに役割を分担して狩りを行うのです。
群れの方まで地面に線を引いていけば、彼女と雪狼は顔を見合わせ、トテトテと歩みを早めました。可愛いですね。
しばしば雪狼が彼女に喉を擦り付けたり撫でられたりしているのに羨ましさが芽生えましたが、すぐ甘える駄犬が相手ですから。だから仕方な……やっぱり悔しい。
「あれ、休憩するのでしょうか」
道中川辺へ寄った彼女たちは、魚を十数匹仕留めて帰ってきました。彼女はそれらから数匹を掲げて見せます。パンならいざ知らず、まさか魚を生のまま食えと?
彼女は一向に受け取らない私に痺れを切らし、冊子の四ページ目に『ごはんつくって ほしい』と書きました。これで合点がいきます。
「なるほど、さては私の料理が気に入ってしまったんですね。いいでしょう。ふふふ、私のご飯以外食えない舌にしてやりますよ」
ついでに『美味しいのつくるから 覚悟』と意気込みを伝えて魚を受け取ります。ほっぺたが落ちるくらいの美味しい塩焼きを作ってやります。打ち捨てられた街のフロアには調理器具もそのままですし、調味料なんかも豊富にありますから、手料理を作るには最適です。
「よし、作るとしますか」
以前はレストランだった厨房の床から自身に似せた人型を生成し、俎板と包丁を用意します。もちろん彼女の口に入るものですから、念入りな洗浄を忘れません。
吸収してあった料理酒を取り出します。鱗や頭、内臓を取って下処理を終えた魚に切れ込みを入れ、数匙分だけ染み込ませます。
「これで数分待つんでしたっけ。この街に時計塔があって、助かりました」
数分置いて水気を取り、私は切り身の皮を上にして焼き始めます。匂いや音を感じられないので、人であったときより頻繁に焼き色の確認を必要とします。
最後にフォークで少し中の焼け具合を確認し、塩と酸味の強い柑橘類の汁を掛け、完成。
「後は、これも」
これだけでお腹をいっぱいにするのは健康的ではないので、ついでに街の中の畑から新鮮な野菜を回収します。これらの資源を取りきってしまうと、またいちから育てなくてはならないので、どう管理していくかを考え直さねばなりません。
「飢えるところは、見たくありませんから」
私は笑顔で出来立ての料理を吸収し、彼女の元へ届けます。
天に一礼し一匹食べてから、いい匂いに尻尾を振る雪狼にもう一匹を与える彼女。やはり行動からしてアルファの役割をこなしているようです。
『美味しい ありがとう』
彼女が当然のような顔をせず礼を言ってくれるのが幸せです。良い機会なので、私は彼女に気になっていたことを訊くことにしました。
どうして雪狼を手懐けられるのか、とか。
——彼女は目を泳がせました。
いつも以上に言葉を丁寧に選びながら、彼女は文字を綴ります。
『会ったとき 教えるから ごめんなさい』
明らかにはぐらかしています。でも、私だって隠し事はあるのです。これ以上深堀りするのはやめましょう。
代わりに彼女は、群れる魔物であれば大抵を手懐けられ、知能に見合った意思疎通が行える、と教えてくれました。雪狼とは初対面だったのですか。
実は雪狼たちに育てられていた、なんて狼少女のような物語を想像していました。
『群れに 強いのと弱いのがある魔物が 懐く』
彼女のそれは雪狼の特徴と合致しています。つまり、彼女は序列のある群れで最上位に君臨する力を有しているのでしょう。彼女は強いので、実力でのし上がれそうなものですが。
これで疑問は片付きました。
程なくして、彼女らは手土産に魚料理を持ち群れと合流しました。先に彼女が少量食って与えると、群れの中の序列に従い順番に食べていきます。
彼女はその夜、ダンジョンの中にも関わらず映る月夜を見上げ、もふもふの雪狼に埋もれながら何事か口遊んでいるようでした。
「歌か何か、なんですかね。美味しいご飯を作りますから、会ったら聴かせてもらいますよ」
彼女はふいに外側にいた雪狼に舐められ、別の雪狼がその個体を蹴り飛ばします。
雪狼にも嫉妬があるんでしょうか。でも私、嫉妬しないくらいには成長したんですよ。だって美味しいご飯を作れる私が、雪狼のもふもふ如きに負けるわけがないじゃないですか。