7. 彼女への評価を、上方へと改めねばなりません。
早朝、彼女は『私はどうして魔物と会わないのか』と訊ねてきました。
言語習得に励む私にとって辛いお話です。物理干渉を無効化する装飾具があるので簡単に怪我を負うことはないでしょうが、大切な人を心配しないダンジョンが何処におりましょう。彼女を守ることに集中すれば、勉強に割ける時間も減ります。
「弱い魔物を輸送できれば良いのですが、吸収自体できませんし……ダメそうです」
現在地は地下十六層目、雪山のフロア。
全てのフロアは共通して区切られた通路や部屋などの区画で構成されていますが、彼女は私が作った通路を進んできたため、これまで一度もさしたる障害に直面していません。
下へ潜れば潜るほど、フロアに蔓延る魔物は凶悪になっていきます。
「ええと……『ここの魔物は強いから 怪我する』っと、どうでしょう」
しかし、彼女はそんな説得で退く人ではありませんでした。
『大丈夫 倒せるから 戦わせて』
頑として動かない彼女。悩みに悩んで、比較的弱く魔法も使えない雪のゴーレムを誘導します。準備は万全、瀕死の重傷すら治すポーションも用意してあります。
彼女がゴーレムを認識した瞬間、私は視覚の確かさを疑いました。
「えっ」
白銀色のネックレスが胸元で揺れ、マフラーが風に靡いて解けそうになります。彼女はそれを気に留めず、ナイフを一閃するだけで紅色の核を弾き取りました。
ゴーレムは間も無く自壊し、彼女の手には一拍遅れで傷のない綺麗な核が落ちてきます。
「す、すごい……」
私はそのとき、言葉を失うほど見惚れていたのです。彼女が行き倒れていたことに納得できないくらい、洗練された戦い方。いえ、狩り方でした。
今までの儚げな姿が嘘に見えるほど凛とした佇まいで、彼女はナイフを鞘へ戻しました。
ゴーレムの残骸に座ると、トレンチコートのポケットから取り出した冊子に『物足りない』と書きつけて天へ掲げます。……彼女への評価を、上方へと改めねばなりません。
「『物足りない』ですか。万が一ということもありますし、ここは逸れた雪狼でも……」
雪狼は群れて行動しますが、時おり戦闘に紛れて若い狼が逸れることがあります。
群れていれば脅威ですが、孤立した一匹なら彼女は的確に対処できるでしょう。
「退路を塞いで、繋げて……」
指先でも動かすようにダンジョンの壁を組み替え、年若い雪狼を追い込んでいきます。
パニック状態で駆け込んだ雪狼は、彼女を見て動きを止めてしまいました。彼女も何故だか可愛いものを見るように目を細めて受け入れ態勢は万全です。
雪狼が手を広げた彼女の元へと飛び掛かろうとするので、私は反射的に壁を作り、雪狼は鼻頭を思い切りぶつけて転がります。
「えっ、あっ、お馬鹿だ……」
彼女は困惑と若干の怒りを持って冊子に『彼と会わせて』と書きつけました。
さらに混乱が加速します。でも、会わせないわけにはいきません。頭を雪に埋もれさせ痛む鼻を冷やしている雪狼と対面させます。
また飛び掛かろうとするのに我慢して見守れば、なんということでしょう。
尻尾を千切れんばかりに振りながら、雪狼は彼女を舌で舐め回しています。私は雪狼と間違えて、人懐こく忠実と名高い秋田犬を連れてきたのでしょうか?
しかも嬉しさを全身で表すあまり粗相しています。これは駄犬確定ですね。