6. 彼女は女神なので、アイドルへの幻想を具現化したような存在であっても何ら問題ないはずです。
本日の夜食は少し豪華になりました。
打ち捨てられた街のフロアの食材で、野菜のスープと牛肉のステーキを作ったのです。今では集中が途切れない限り、粗雑な作りの分身体くらいは維持できてしまいます。
彼女が目を輝かせて食事を摂るのを眺めていると、私は恐ろしいことに気が付いてしまいました。
「そういえば、お花摘みに行ったところを見てないですね」
衛生面をカバーするためか、ダンジョン内にはトイレや流水の汲める所が存在します。その近くを通る機会は何度かありましたから、我慢しているということもないでしょう。
「——彼女は本当に、人間なのでしょうか?」
少し雲行きが怪しくなってきたように思います。
でも、こんな絶世の美少女を形作る魔物は見たことがありません。
「いえ……彼女は女神ですし、これくらいの奇跡はあり得るでしょう」
恋は盲目と言いましょうか、私は思考を放棄しました。
そうです、彼女は女神なのでした。アイドルへの幻想を具現化したような存在であっても何ら問題ないはずです。
頬杖をついて、床に寝そべります。
「手作り料理を食べてもらえるなんて、なんだかとっても幸せですね」
美味しそうにステーキを頬張る彼女の姿を見ていると、温かく幸せな気持ちになります。
警戒心の欠片も見えない行動をとる彼女。毒が仕込まれているかも、と聡い彼女が考えないわけはありません。きっと私のことを信頼してくれているのです。
思わず手で口を抑えつけます。
「うっ、あー可愛いしんどい……」
そのまま天を仰ぎました。
とても抱き締めたいのですが、ダンジョンである私がそんなことを考えてしまうと彼女を押し潰しかねません。理性で我慢し通すのです。
会えたときは直接ぎゅうっと抱き潰してやりましょう。私は決意しました。
「おっと、食べ終わりましたか。食器を回収しておきましょう」
吸収すると、またもや変態扱いされかねない情報が分析されます。
「だからどうして『ソースの中に女の子の芳しい匂いがします』なのですか?」
私は深層心理で残り香を嗅ぐ欲求でも抱えているのでしょうか。
ひどい風評被害です。
『ごはん おいしかった ありがとう』
彼女は古代文字を書いてまた見せてくれます。一貫して片言なのが背伸びしているように見え、非常に微笑ましく思いました。
彼女に合わせて本の文字で書いてみせようと考え、壁に『これからもずっとつくるよ』と文字を書きます。彼女が見たのを確認し、私は満足して頷きました。
「これでよし……あれ?」
何を間違えたのか、彼女は顔を真っ赤に染め上げてしまいました。ふと生前のある文句が脳裏に過ぎります。一生ご飯を作ってあげる、とかそんな意味合いの文句だったはずです。
まさか、プロポーズと取られたのでしょうか。
「……まあ、いいでしょう」
勘違いさせたとしても、彼女への想いに相違ありません。顔を赤くした彼女はとても可愛くて、訂正する気も失せました。
でも、プロポーズだと思われていたのなら問題があります。未だに私が女だということを、彼女にカミングアウト出来ていませんから。
前世の想い人に受け入れられなかったのが、すっかりトラウマになっていました。
「もう少しだけ、会うまでくらい。……夢を見たって、良いですよね」
文字を交わしながら、私は呟きました。
——閑話(本編に関係はありません)——
正気に戻った私は確信を得ます。
「これはもう結婚では???」
◆入籍しますか?(Y/N)