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5. 『あいにいくから まっていて』

 私が身悶(みもだ)えたせいで、文字は形を保てなくなりました。

 びしょ濡れになった彼女は苦笑しながら服を脱ぎ、裸の上にタオルを巻いて暖をとります。その姿はあまりに美しく、拝まざるを得ません。


「もしや、女神でしょうか」


 彼女を主神とする宗教でもあれば是非とも入信したいです。

 彼女の前に五体投地(ごたいとうち)したくなってきました。好きの飽和状態で、(あふ)れ出た『好き』を燃料に頭から狼煙(のろし)を上げられそうです。


「私も『好き』ですよ、恋や愛の意味ですけれど……」


 痩せ我慢も限界でした。目元に涙を(にじ)ませ、両の手で落ちる(しずく)を隠します。私は彼女に会えないこの体を、心底(うら)めしく思いました。

 彼女は()に背中を預け、うつらうつらと微睡(まどろ)み始めます。


「うっ、か、可愛すぎて血を吐きそうです。まさか私を萌え殺そうと……?」


 ついでに鼻から流血沙汰にもなりかねない状態です。もちろんこれは血の通わない私にとって比喩表現であり、人間に言わせれば少しは説得力のある言葉になっていたかもしれません。

 でも、絶世の美少女、ましてや想い人に(もた)れ掛かられ安心しきった表情で微睡(まどろ)んで貰ったら誰でもこうなると思われます。収拾がつきそうだった揺れがまた始まったのも仕方のないことです。





 そんなこんなで半日もの間揺れ続けたダンジョンは、ようやく落ち着きを取り戻してきたようです。しかしフロアが増えたことには驚愕(きょうがく)を隠せませんでした。状況を(かんが)みるに、地表にあった街でも呑み込んだのでしょう。生前見た地盤沈下の一例が生易しくみえる規模です。

 街の住人たちは我先にと荷物をまとめて逃げ出しました。残った資財は吸収し、ダンジョンのために有効活用することにします。


「女神に癒してもらったからでしょうか、全く辛くなりませんね」


 転生直後は複数の視界に慣れず、ただ呆然と眺めることしかできませんでした。今そうなっていないのは、ダンジョンの成長と共に情報の処理能力も向上しているからです。

 彼女と出会う前、処理に手一杯で余裕のなかった時とは地力が違います。


「ともかく、冊子と筆記具を与えましょう。朱い字はしばらく見たくありません」


 血文字は私を動揺させる一点においては効果的です。鼓動を刻む代わりにダンジョンが揺れます。それに、会話のたびフロアが増えるようではいずれダンジョンが破綻するでしょう。

 これまでも精神を擦り減らしてダンジョンをやってきたのですから、心労を重ねないように気を遣います。


「ああ、良さげな道具が沢山ありますね」


 遺品の中から予備と(おぼ)しきまっさらな冊子と、粘土と黒鉛を混ぜた芯に紙を巻いたものをあるだけ集めます。さらに美品を選び抜き、洋服を乾かす彼女に与えました。

 早速使い始めたのを見届け、そのついでに血文字付きのタオルを回収しておきます。すると、仰天するような情報が舞い込んできました。


「えっ『鉄錆(てつさび)の匂いですが美味でした』? 待ってください、美味って何ですか。食レポをききたかったわけではありませんし、なによりこれではまるで私が変態のようではないですか!」


 半べそをかきながらも、彼女の血に興味が湧きました。

 そんな中、彼女が文字の書かれた一ページ目を天に掲げます。


『あいにいくから まっていて』


 意訳するならこんな文でしょうか、彼女はへにゃりと笑います。不得意であろう古代文字を、辿々(たどたど)しい筆使いで書いてくれたのです。努力の証に、書き損じた文字を隠す黒塗りが散見されます。

 たった数度のやり取りで、私が古代文字が得意だと知ったのでしょうか。母語でないだろう古代文字を書いた彼女は頭の回転が早く、とても健気です。

 いえ、それより『会いに行く』とは一体どういうことなのでしょう。


「この空間が何処にあるのか、心当たりでもあるのでしょうか」


 暗く閉鎖したこの空間に、一筋の光が差し込んだかと錯覚しました。彼女に会えると考えるだけで心が踊り、彼女の声を聴く日がより現実的になったことへドギマギします。


「わ、私、お洒落のひとつもできておりませんよ……」


 初対面の相手が裸というのは、目も当てられないほど悲惨です。恐る恐る全身の肌に触れてみれば、半分以上が結晶体で構成されていると判明しました。胸も隠れています。

 少なくとも恥ずかしい姿は見られなさそうで、少しほっとした私でした。

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