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4. ボディタッチは心臓に悪いですよ、心臓はありませんけれど。

 私は彼女が歩き疲れて一休みしている間に、分厚い本を読み始めます。

 いえ、正確には吸収することで情報を取得しました。


「ダンジョンを研究していた歴史学者の手帳、なのでしょうか」


 転生してからは長らく眺めるばかりでしたので、彼女に出会った今になって試行錯誤を繰り返しています。結果、思いもよらぬ新発見がありました。私は吸収したものを分析し、情報を取得することができるようです。

 早めに気付いていれば、ゴブリンさんは犠牲にならずに済んだかもしれません。


「うわあ、全く読めないですね」


 案の定というのか、その大半は未知の言語で記述されていました。実はこの力、あまり便利ではありません。あくまでも生前の知識とダンジョンとしての知識をベースに分析しただけであって、理解の範疇にないものは解釈から弾かれてしまいます。

 ダンジョンである『私』が知る言語はひとつしかありません。呼びやすいよう、ここではその旧い言語を『古代言語』と命名、古代言語に使われる文字は『古代文字』とします。


「古代言語で記述された部分も多いので、全く読めないわけではないのですが」


 点在する古代文字を辿っていけば、対応した文字を分析することができます。古代文字は丸と線で構成されており、シンプルな表現が使えます。もし彼女が古代言語を読めるのなら、意思疎通を図れるかもしれません。

 そんなことを考えていると、彼女はなぜかパンを半分にちぎって天に掲げていました。


「ま、まさか……」


 奇行に走ったかと誤解しかけましたが、私が初めて干渉したときのように、彼女は辺りを見回しています。もしかして、パンを分け与えようとしてくれたのでしょうか。

 しかし私に食欲はありませんので、遠慮を示そうと唸ります。


「どう伝えれば。……あぁ、古代文字を試す絶好の機会です」


 地面に指先を押し当てて、古代言語で『いらない』の意味を表す二つの文字を描きます。

 細かい操作は初めてなのでうまく行くのかが不安でしたが、寸法を間違うこともなく、彼女の正面にある壁が文字が形作りました。

 彼女は一度(ひとたび)驚いたような表情を浮かべましたが、二つの文字を口をぱくぱくと動かし読み上げると、壁に寄り額を当て、嬉しそうに頰を擦り寄せます。


「ひぇ、えっ、かわ、いやちょっとまて」


 理性が吹っ飛びそうになる彼女の行動に激しく動揺した私は、言葉を失います。

 彼女の白魚(しらうお)のように透き通った肌が私に触れています。動揺のあまりダンジョン全体が軽く横揺れを起こしました。

 転びかけた彼女が身体を痛めないように支えることはできましたが、酷い失態を見せてしまったと落ち込みます。

 と、彼女はぱくぱくと口を動かしました。


「あー! 待って! なにか良いことを言ってくれている気がしますが、読唇術(どくしんじゅつ)は持っておりませんので! 文字を!」


 急いで『こえはわからない』と三つの文字を生み出せば、彼女は口を閉じていそいそとタオルを取り出し、鋭利(えいり)な枝で指先に切り傷を作りました。傷からぷくりと溢れた血をインクの代わりに、二つの文字を書きつけます。それは古代言語ではなく、本で見た記憶のある文字です。

 私は回復の泉を天井に連結して彼女の頭からぶちまけます。泉が消えたことに冒険者たちが腰を抜かしていますが、彼女より優先する理由はありません。比べてしまうとゴミ同然でした。


「ええと、一文字めは……」


 先ほど取得した本から、対応した古代文字を探します。

 頻繁に使われる言葉であるためか、すぐに見つかりました。


「ふふっ、『ありがとう』ですか」


 守った甲斐があるというものです、私は嬉しくなりました。


「それで二文字め……は……」


 ふたつめの文字を知って、固まります。

 生前であれば顔を(あか)く染めていたのは確実です。


「……す、『すき』?」


 丸ごと半日の間、私は羞恥(しゅうち)にやられて再起不能に(おちい)りました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 私は回復の泉を天井に連結して彼女の頭からぶちまけます。 [一言] そんな便利な施設(?)もあったのですね(汗)
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