2. 想い人は天使のごとき美しさと可愛さと賢さを兼ね備えています。
安心したのか、彼女は床にそっと身を横たえました。
# 差し替え予定
蓄えた遺品群から保存食や比較的綺麗な洋服を選び出し、彼女の傍らに移動させます。
「私はここから出れませんし、お風呂もありません。……泉で代用できますかね、寒そうですが」
ダンジョンの部屋を入れ替えて、泉や松明などを連結します。
これで湯浴みするのに十分な環境が整ったはずです。安らかに眠る彼女が何かの拍子に死んでしまわないか不安で、周囲に一切の生物が近付けないよう取計らいました。
「もし話せたら、慰めることができるんでしょうか」
私はダンジョンにいる生き物の感情しか読み取れませんから、彼女と言葉を交わしたり名前を聞くといった望みはけして叶うことはないでしょう。そもそも日本語が通じるとは思えません。
でも、触れたり話せなくとも、彼女を養うのは平易な事です。
「願わくば、彼女が悪夢を見ませんように」
ふいに物寂しさが胸にせりあがり、目を伏せてしまいます。でも、彼女が『私』を見てくれたことがどうしようもなく幸せで、こんな問題さえもどうにか片付く気がします。
私に睡眠は必要ありません。彼女が起きるまで、ひたすら見守ることに決めました。
夜行性の魔物が休み出すころ、彼女はむくりと起き上がり、周辺の変わりようにとても驚き、それが彼女のために用意されたと察すると両手を上げてぱっと笑顔を浮かべます。
周囲を三百六十度見回しますが、彼女は私の中にいます。どこをみても『私』でしょう。
お付き合いをすっ飛ばし同棲どころではなくもはや体内です。
「はぁ、拝みたい。天使かな」
愛おしさに身を悶えさせていると、天使な彼女は松明を手に取りました。
湯浴みのために松明の火で焚き火を作ろうとしていますが、どうやら焚べる薪が足りていないようです。絶世の美少女がやると困り顔も様になりますが、辛い思いをさせたくはありません。困り顔を眺めていたい邪な欲を封じ、手伝うことにしました。
「木材といえば森林のフロアにいっぱい落ちていましたね、果たして燃えるんでしょうか?」
あちらこちらのフロアに意識を向けて、落ちた枝葉を床の取り換えで彼女の元へと送ります。次第に慣れ、離れたフロアの間で入れ替えや連結ができるようになりました。
彼女は首を傾げます。枝葉が生乾きであるのか、燃え移りません。
「いっそ灼熱フロアの床を入れ替える、なんてどうでしょう。……いや、億が一にも火傷を負わせたら、彼女に嫌われてしまうかもしれません」
この案は没です。想い人への気遣いが足りないダンジョンと付き合ってくれるかは、あまりに不確かなことなので。
「うぅ、どうすればいいんでしょう……」
唸るくらいに頭を悩ませると、彼女は松明で枝葉を炙り始めました。乾燥させて火がつくように、でしょうか。その手があったと私は驚かされたのです。
転生してから物事を大きく捉えるようになり、等身大の気配りが足りませんでした。
「流石は私の天使と言うべきでしょうか、かしこい」
このまま行くと彼女の通称が『天使』になってしまうかもしれません。