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4. 時計塔と夜咄

「シオンは知らないの?」


 微笑みを貼り付け頭を悩ませても、やはり心当たりはありません。


「初代魔王さまが開発した魔法のひとつで、【種族創造】と呼ばれているの」

「生命を創り出すなんて、神さまみたいですね」

「えへへ、そうかも!」


 祈るように手を組み、誇らしげに目を瞑るアルツェ。


「魔族にとっては永遠の憧れなんだ。——わたしたちを創ったから」


 初代魔王が初代として君臨する訳を初めて耳にした気がします。

 となると、彼女の慕いようにも合点がいきますね。


「人族が知らなくたって、わたしたち魔族にとっては神さまだね」


 このまま語らせると、夜明けを拝めそうです。

 心は痛みますが、ひと声かけておきましょう。


「アルツェ、話が脱線していませんか?」

「ええっ、ここからが面白いのに」


 彼女は目を涙で潤ませます。

 夕日が沈んで間もない今、昼夜逆転しないか不安なのです。


「私も無関心なわけでは……ああ、そこまで推すなら拝聴いたしましょう」


 時計塔を眺め、その短針が十一時をさすのを確認します。


「あそこの時計塔、見えますか? 時刻を読み上げて見てください」

「短針は十一時、長針は二十……三、四分かな」

「そうですね。あの短針と長針が真上をさすまで……で、よろしいでしょうか?」

「やった! うん、約束しよっか」


 ぴんと立てた小指を差し出され、私も小指を絡めて指切りします。

 語り始めようとして言葉を詰まらせたので、手振りで先を促します。


「ぜ、ぜんぶ話すと一日丸ごと潰れちゃう。お話ししきれないかも」

「では質疑応答していただけると。私からもひとつ質問を」

「なに言ってるのさ。ひとつと言わず、いくらでも訊いて!」


 ぱっと周囲に花を咲かせるような満面の笑み。

 それに笑い返すと、気になっていた点を指摘しました。


「人族は原生していた種族なのですね?」

「よく分かるね。そう、魔族の変化した姿は人族を参考にしてあるんだよ」


 すなわち、本来のアルツェは白龍で、いつもは変化した仮の姿なのですね。

 あのひんやりつるすべの無垢な鱗と丸いボディがこんな美少女になるなんて。

 やはり咀嚼したいくらい愛らしいです。


「あ、そうです。私もアルツェのように変化できますか?」


 より人型に近付けられるなら、地上の偵察に重宝します。

 小さな王冠に似た結晶体が生えているせいで、まず人に見えません。


「できるだろうけど……。ううん、想像つかないな」

「え、より人に似るのでは?」

「落ち込むくらいなら、知らない方がいいよ」


 哀れみの目で見つめられ、私は動揺します。


「ちょっと待って下さい、言葉を濁されると不安になりますよっ」

「そんなことより」


 そんなことと一蹴され、私は内心ショックを受けていました。


「初代魔王さまがわたしたちに与えたものについて、話してもいい?」

「ここから見ても文明は進んでいますね」


 上下水道や公衆トイレのような公共設備、消毒液や石鹸などの衛生管理、あちこちに散見されるポスターから読み取れる印刷技術など、思いの外発展しているのが伺えます。


「代表的なのはインフラ整備とか」


 インフラと言う異色な単語に、耳を疑います。

 紛れもなく、和製英語の発音でしたから。


「魔法や魔術の研究施設や、初代魔王さまがくれた学問を教える学校を設立したの。あとは道路かな。往来とかを重点的に整備するんだ」

「上下水道や電気やガス、病院も含まれているのですか?」

「上下水道はともかく、電気とガス、病院はないね」


 魔法でできることは整備されていない、と。こうして疑問は確信に変わります。

 なんの偶然かは知りませんが、初代魔王は同郷に育ち、日本からここに来たのでしょう。

 思えば、小指でする指切りも日本の文化でした。


「にしてもよく知ってるね、シオン。人族の国では病院も電気もガスもあるんだよ」

「……あれ? アルツェの国に病院はないのですか?」

「要らないもの。病気で死なないし、人族とは体の作りが違うから」

「詳しく」

「わかりやすいのはこれかな」


 彼女は首筋から髪の下に指をくぐらせ、小さい角を晒します。


「ちょっと触ってみる?」

「では失礼します。……うん?」


 角の先を指の腹でこすると、妙にざらつきました。


「捕まったときに折られたんだ」

「な、酷い。どうしてそんな……」

「抵抗されないように、じゃないかな。魔力を作る器官だからね。ほら」


 絶句していると、彼女は冊子を手のひらの上で浮遊させました。


「全快ではないけど、もう魔力は作れるよ」

「どなたが折ったのでしょう」

「シオン、目で人を殺せそうな顔してる。怖いよ」

「し、失礼しました。元はどのような形だったのですか?」

「こんなかんじ」


 鹿を真似た形状に、斜め下にたなびく角が描かれます。


「伸びたら角飾りをつけてお洒落したいな」


 目を細めて角をなぞる彼女。


「角飾り、私が贈っても良いですか?」

「え、安くはないよ?」

「ここの広さを舐めないで下さいね。尽きる気がしない量の財宝を貯め込んでおります」


 手の上に現れ、指の隙間から零れ落ちていく金銀財宝。

 彼女は仰天して仰け反りました。手を一振り、金貨一枚を残して他を吸収します。


「これでも、砂浜からひとつかみした程度です」

「それ、いっぱい使ったら価格が崩れるよ」

「わかりますよ、今よりは下落しますね。でも、崩れるのは人族の市場です」

「交易してないから、魔族の市場には影響しないだろうけど……外道だね」

「使い切る方が大変ですよ、言葉通りにばら撒けば効果はあるかもしれませんが」


 宝石類も放出したら、いろんな価格が暴落しそうです。

 でもそれは市民に禍根を残します。

 人族を殲滅するなら話は別ですが、彼女はきっとそれを望みません。


「アルツェの得でない限り、むやみやたらに恨みを買ったりしませんよ」

「シオンの言う通り、国民に罪はないからね。被害を与えるのは避けよう」


 二人とも、話がどんどん脇道に逸れているのに気が付きます。


「……と、話が逸れちゃった」

「体の作りが人族と違う、なんて話をされていましたね」

「なんで病院が要らないのか、だよ」

「と言うと?」


 彼女は隣に座り込むと、冊子を開いて人型の中に丸をひとつ描き、ペン先で示します。


「この丸が核。人族に例えると、脳や心臓だね。壊れれば死ぬし、寿命でも壊れるよ」


 次に指したのは人型の枠。


「これが体で、魔素や魔力で作ってる。傷も余力があれば治せるから、病院はいらないんだ」

「魔素、魔力……なるほど」


 聞きなれない単語なのに、どうしてかすっと違和感なく解釈できます。

 そういえば、どれが魔物かもすんなり頭に入っていました。

 これが『初代魔王さまの取り計らい』と説明されても、今なら受け入れられます。


「食事を魔素に分解して、魔力に変換しているのですね」

「正解。合ってるよ。六歳のとき、王室専任の先生に教えてもらったの」

「あれ、アルツェは十代前半に見えますが、専門的な知識も解しているとなると……おいくつですか?」

「十三歳。ひと月かふた月収容所にいたから、誕生日は過ぎてるかもしれないけど」


 容姿はすらりとしていて、頭脳も明晰で。

 敵対した国の民に罪はないと言い切ったり、年の割には大人びています。

 王族の品格とでも言うのでしょうか。


「……そろそろ【種族創造】について教えようかな」

「睡眠不足は体に障りますし、それは翌日のお楽しみということで」

「やだな、まだ眠くないよ。それにまだ五分は残ってる」


 河豚(ふぐ)みたく頰を膨らませた彼女に、笑いを嚙み殺します。

 長針が一つ進み、残りは四分。


「遊び足りないなんて、アルツェはお子さまですか?」


 頰をつつくと、口からぷしゅっと空気が漏れました。


「んな、それは反則」

「悪い大人は反則技も使うのですよ。ふかふかのお布団で読み聞かせ、いかがでしょう」


 打ち捨てられた街のフロアは、文明の産物に溢れています。

 今や街はダンジョンの一部、ベッドや絵本だって思うがまま。


「ほらほら」


 絵本を片手に、彼女を釣り上げます。


「そんなのに釣られな、くうっ」


 隙だらけの彼女を抱き寄せ、悪どい笑みを見せつけてやります。


「くふふ、まんまと釣られましたね。ほら、行きましょう」


 なぜ腕の中にいるのかわからない、と上目遣いで問う彼女。

 その愛くるしい生き物を胸に抱いたまま、くるりと一回転し、伸ばした手先で円を描きます。

 着工から一分足らず、そうして即席のエレベーターは完成しました。


「いざ地下三十一層へ、暗闇のフロア行きが出発です」

「ひゃっ、浮きそうううっ」


 慣性力に負け、彼女は目を白黒させています。


「速度を落としましょうか?」


 体調を慮って、頭上から訪ねました。


「ついらくしそう」

「大丈夫、降下しているだけです。それに……」


 龍としての本能か、恐怖に追われ翼を生やす始末。

 狭いですよ、アルツェ。

 でももふもふ三昧で私は幸せです。


「……ほら、もう到着しました」


 広間につき、彼女は感嘆のため息を漏らしました。

 出入り口は封鎖され、全体に散る光源で視界が確保されています。


「魔王の生活拠点に相応しい広さではありませんか?」

「うん。でもさ、寝る所がないよね」

「その質問を待っていました」


 思考のリソースに余裕ができた分、リフォームに活用していたのです。


「今から好きな寝床を選ぶんですよ」


 手を振ると現れた、ダブルベッドの大群。

 どれも店に並んでいた新品です。


「わぁぁっ、すごい!」

「新品を揃えました。安心してください、アルツェに他人の手垢はつけさせません」

「う? うん」


 彼女は天蓋付きのベッドに駆け寄り、頭からダイブし寝転がります。


「いかがです?」

「ふぁ……これはふかふか……」


 へにゃりと蕩けた笑みで枕に埋まり、体から力が抜けていくのが見て取れます。


「……むにゃ」


 彼女はそれっきり静かになりました。

 穏やかな寝息は聞こえますが、念の為に仰向けで寝かせます。


「おやすみなさい、アルツェ」


 読み聞かせはまた今度。彼女が目を覚ましてからにしましょう。

 手を下げ、他のベッドは元の位置に戻します。


「ん、しょっと」


 安眠を妨害しないように気を遣いながら、ベッドに潜り込みました。

 彼女に布団を掛け、あどけない寝顔を晒す頰に触れます。

 血色の良い肌は柔らかく、指先を滑らせれば沈み込みます。


 ふ、と想いのこもった吐息をひとつ。


「無防備すぎますよ。夜這いされたらどうするのです」


 もっとも、守り抜く心づもりですが。

 彼女の銀髪をひと掬い、そっと口付けを落としました。

 お言葉に甘えて療養していました。

 間は空いてしまいましたが、それでも読んでくれる読者さまにお礼を申し上げます。更新頻度は落ちますが、これからも執筆できた分を投稿していきます。

 次回更新は【種族創造】に言及して二人が魔物をつくるお話です。

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[良い点] 頰をつつくと、口からぷしゅっと空気が漏れました。 [一言] すみません。一ヶ所の「頰」を「頬」へと誤字報告したのですが、全文では「頰」で統一されておられるようですので、お手数を煩わせ申し訳…
[良い点] 頬をつつくと、口からぷしゅっと空気が漏れました。 [気になる点] > pixiv※シオン(軍服ポンチョ) URLが何か二重になっている様子です。 [一言] 原住は人間で、魔族は…興味深い処…
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