15. 恋人からでよろしくね
「——アスターとか、どう? 由来は花だけど、ダンジョンさんに似合いそうだなって」
なんの偶然か、前世にあった花の名前と同じです。
「花言葉、いえ、その花に因んだ意味はあるのですか?」
とたんにアルツェはばっと顔を朱くし、目を反らしました。両手を当てて隠そうとする姿が果てしなく可愛くて、この世界にカメラがあれば連写しているところです。
「ある、けど……」
か細く、消え入りそうな声で肯定します。もし彼女の言う『アスター』が前世と似たような花言葉を有していたなら、その仕草も不思議ではありません。
力なく寝転がり、頭から白煙をあげている彼女に訊くのは心が痛みます、が。
「思慕を伝えるような意味合いでもあるのですか?」
彼女はそろそろと目元から手をどかすと、朱く火照らせた顔に引きつった笑みを浮かべ、とても小さく頷きました。
「んんっ……かわ……」
なぜに仕草のひとつひとつまで愛らしいのですか。魂から浄化されそうです。
日本でアスターといえば、一般に蝦夷菊を示します。その花言葉はどれも恋愛色が強く、西洋では『私はあなたを想う』も含まれているのです。
呼ばれる度に意識してしまう名前では不便かと思い、私も考えました。
「それなら、『シオン』はいかがでしょうか」
彼女は小首を傾げます。当然といえば当然ですが、やはり和名はないようですね。
「それって花の名前かな?」
「私の知る限りでは、呼び名が違うだけの同じ花ですね」
厳密には少し違うのですが、今世では意味のない話です。
紫苑には『追憶』『君を忘れない』『遠方にある人を思う』など、過去にすがるような花言葉があります。
私を形作るのは前世であり、それがなければ今の幸せはありません。
忘れなくとも、傷痕を引きずるのはここで終わりにしたかったのです。
「もしかして、変な意味でもありましたか?」
「ううん。いい名前だね、シオンって。それにしよう」
また撫ぜてくれます。沢山撫で回されてもう雪狼になった気分です。
同時に、罪悪感も込み上げてきました。
「……アルツェ、ごめんなさい。私も伝えていないことがありました」
この機会を逃せば、ずっと告白できないかもしれません。
私は勇気を振り絞って口に出します。
「私、レズビアンなんです。ええと、女の子だけを思慕するという意味で……あ、あはは」
息が詰まったような、胸の底に溜まった澱が重苦しく感じました。
前世では拒絶されたこの想い、アルツェには受け入れてもらえるのでしょうか。
喉がからからに乾く錯覚に、今からでも冗談だと笑い飛ばそうか迷います。
「れずびあん? ……くふっ、それのどこに問題があるの?」
アルツェは不思議そうに首を傾げると、面白そうに笑いました。
「人族には同性同士の恋愛を嫌う文化があるみたいだけど、魔族にはそんなのないよ」
目を大きく見開いて、私はぽつりと零します。
「アルツェのこと、恋人にしたいと想っているのに? 気持ち悪くは、ないのですか?」
茫然とした様子の私に、アルツェは身体を起こして手指を絡めます。
「知ってたの」
「えっ?」
何だか距離が近すぎませんか。
それでも更に近付く彼女に、羞恥のあまり目を細めました。
「あんなに熱烈に告白されてわからないほど、鈍感じゃない」
とっても晴れやかな気持ちなのに、どうして視界が歪んでいるのでしょう。
片手で拭い、目元には涙が滲んでいたと気付きます。
「アルツェ、それってもしや結婚の申し込みですか?」
「さすがに気が早すぎるよ」
彼女は苦笑し、額にひとつキスを落としました。予想外の出来事に肩が跳ね、反らすタイミングを失ったこの目は彼方此方を泳ぐ始末。
余裕のある笑みで私を魅了した彼女は、幼子を諭すように言います。
「恋人からでよろしくね、シオン」
私は見事に撃沈されました。