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11. 『実は名無しなのです。もし良ければ、名前を頂けませんか?』

 いずれ魔王になる少女は膝の上に雪狼を(はべ)らせて意気込みます。


『魔王を目指すなら、父さま以上に勉強しないと』


 大学は前世で辞めたのに、何故か私は講義を受けていました。教授はアルツェで、生徒は私ひとりの小規模さですが、教わる内容はとても実用的で役に立ちそうです。

 魔物の種類や特徴、部屋の役割や形状に至るまで、彼女は精巧な挿絵を描き出します。


「学術書みたい……凄い」


 写実的な挿絵や凸版印刷(とっぱんいんさつ)並みの整った解説文に圧倒され、何とか内容を読み下すので精一杯です。アルツェの指南通りに配置を工夫すれば、入場者数が増えて魔物たちの餌を(まかな)いやすくなるかもしれません。


『父さまはダンジョンの研究をしていたから、少しでも役に立てばいいな、って』


 写本にひと段落がついたのか、アルツェは満足げに頷いて腕を下ろします。繰り返し読み込んでいなければ、原本もなくここまで精巧に写すのは至難の技でしょう。

 酷使した指が痙攣しているのも可愛らしい。冊子が濡れてはいけないので、ポーションやら回復の泉やらでずぶ濡れにするのは我慢しなければ。


『こっちを見て』


 指で示すのは、表面を研磨された水晶のような挿絵。与えた筆記具では白黒でしか描けませんが、手の甲や光を放つ結晶体を見れば、結晶の構造からして似ています。

 アルツェはその右隣に半身が結晶体の竜を描き、解説を書き添えてくれます。


『こっちは知り合いのダンジョンコア。稀に神霊の類いが宿ったときには、柔軟に形を変える。父さまと友人だったんだ。……魔物を産むからって、『勇者』が壊しちゃったけど』


 ダンジョンは魔物の住み良い環境を育み、人間たちを餌にする擬似生物だと言うのが父の分析だと彼女は言います。私のような存在が他にもいるとは、想像がつきませんでした。


「魔物を産む生活拠点、ですか。なるほど」


 お人好しな魔王はきっと、魔物を使役して戦わせるなど考えなかったのでしょう。


「もしそうであれば、アルツェに戦力を支援できるかもしれません」


 群れを作って行動する魔物は、どのフロアにも存在していますから。

 しかし、勇者の対策は必要ですね。攻め込まれて魔王軍が壊滅だなんて、笑えません。


「『そのダンジョンさんは、私より大きかったのですか?』」


 彼女は唖然(あぜん)とした顔で、首を左右に振りました。

 冊子は研究資料に育てていたので、返事は壁に書いてくれます。


『知らなかった? 有名であって、誰も最深部まで踏破していないダンジョンはここだけだよ。発見されてる限りではあなたが一番大規模なのに……』


 (はや)る気持ちが抑えきれなかったのか、書き殴ったような荒い文字でしたが、好きな人に褒められて悪い気はしません。ついでに鼻血が出そうです。

 もし彼女の名前を書かれていたら動揺のあまりフロアが増えていたでしょう。


「むしろ私が彼女に名前を書きた……あれ、私の名前は? ——あ、あはは」


 どうも忘れてしまったようです。いくら頑張っても思い出せません。両親には呼ばれた憶えもなく、前世では幼馴染に呼ばれるときくらいしか意識してなかったからでしょうか。

 だから、仕方のないことなのです。でも、入籍できないのは残念ですね。


「それ以前に、同性婚は許されているのでしょうか?」


 彼女が魔王になった(あかつき)には、同性婚に関する法整備をお強請(ねだ)りしましょう。それより要るのは名前です。彼女に愛称を呼ばれるにしても、入籍するにしても。

 ずっと『あなた』呼びはどこか他人行儀に感じてしまいます。


「『実は名無しなのです。もし良ければ、名前を頂けませんか?』」


 彼女はぱっと顔を明るくすると、頷きました。

 ついでにファミリーネームも頂けたら万々歳なのですが、急に距離を詰めると引くかもしれません。話してから、男性名を(もら)ってしまう可能性に思い当たります。


「『その、念のために言っておくと、私は女なのです。ですから、アルツェのような可愛らしい名付けを期待しておきます』」


 性別は明らかにしても尚、性的指向を伝える勇気は湧きません。

 アルツェは何ら驚く素振りも見せず、今度ははにかみながらこくりと頷いてくれました。過去には私にプロポーズされたと誤解して顔を赤らめたこともあるのに、困惑のひとつもなく。

 そんな思わせ振りだと期待してしまいますよ。私も、自信を持って良いのでしょうか?


「……全くのダンジョン(たら)しですね。でも好きですよ、アルツェ。早く会いたい」


 直接伝える勇気はありませんが、独り言で語らうくらいなら悪くありません。


「『アルツェは博識ですね。ダンジョンについてもっと教えて頂けませんか?』」


 目を輝かせ筆で語り始める姿をみていれば、その知識が聞き(かじ)っただけでないのは伝わって来ます。ダンジョンや魔物の事を語るとき、アルツェは活き活きとし、何より饒舌になります。父からは研究者肌を受け継いだようです。

 きっとアルツェは既に専門家と言っても差し支えない知識を有しています。


 頼り甲斐のある小さな魔王さまです。その頭を一杯撫で回したいです。

 雪狼さん、その特等席を譲っていただけませんか。

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[気になる点] 計った勇者とアルツェに好き勝手するだけしたごろつきに対してダンジョンさんどう思っているのか。私は許すまじ! [一言] 完結までみたいので途中で無理をされないでご自愛ください!
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