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スパイダーウーマン、フォーエヴァー

作者: 犬上田鍬

 レンタルショップで面白そうなDVDを発見した。七〇年代にTVで放映していたらしい、あらゆる恐怖を描いたオムニバスドラマだ。

 あの当時、中学生になったばかりの私は、自慢じゃないが〝芸能評論家〟といわれるくらいバックステージに詳しいと自負し、毎週TV番組のプログラムと解説だけを載せた雑誌を購入しては読み耽っていたものだ。その私ですら、こんな番組があったことを知らなかった。

 パッケージを見ると、なるほどあの頃活躍していたと思われる俳優の名まえが、ずらっとならんでいる。いまでは皆大物になって、鬼籍に入った人も少なくない。こんな役者がこんなところに出演していたのだ、と感激した。思わず衝動借りをして、週末を懐かしい七〇年代の雰囲気にひたって過ごそうと考えた。

 この『世にも不均衡な空間』というシリーズは一話完結で、毎週一時間枠の放映だったらしい。遅い時間帯だったようだが、その当時のことだから、いまなら人によっては宵の口かもしれない。具体的に何時から何時までやっていたのか詳しいデータが載っていないのでわからないが、おそらく中学生が観ているような時間帯ではなかったのだろう。

 オムニバスなので毎週出演者が変わるのだが、唯一レギュラーとして登場するのがドラマの導入部と最後に出てくるナビゲイターだ。『ヒッチコック劇場』のヒッチコックの役回りだが、このナビゲイターがいまやオシも押されぬ大文学賞作家のAなのだ!

 Aはユーモアを交えた軽妙な語り口で視聴者をドラマへ導き、そして最後にしゃれたコメントで締めるといった具合で、テーマとなっている不条理世界と現実との橋渡しをしている。テーマがテーマなので緊張のピークが訪れたところに彼が出てきて、安心させるというねらいらしい。

 金曜の夜から観はじめた私は、日曜の夜までにシリーズのすべてを観賞しつくしたが、ひとつひとつのエピソードに落差がありすぎて、恐怖感よりも少し疲れるというのが率直な感想だった。さすがにタイトルどおりのアンバランスなシリーズだ。

 しかし、無駄に時間を浪費しただけには終わらなかった。このシリーズには意外な収穫があったのだ。それは最終回の『クモ女子大生』という、コワイモノ見たさの泣く子も怒るような実にナメたエピソードだった。

 ストーリーは京都の山奥にある古寺をネジロにした当年とって八百歳の女子大生(!)が若い男をたぶらかしては、その生気を吸って若さを保ち生きながらえるという、ホラーとしては古典中の古典ネタ。こんな話は、いまや都市伝説にもならないシロモノだ。

『クモ女子大生』はブロンドのボブカット、首なが、色白で黒目勝ちの純和風美人。設定が現代であるにもかかわらず、いつも和服という時代錯誤ないでたち。

 この当時これを観ていたら、女子大生というのは上限がいくつまでなのだろうと困惑したかもしれない。いま観ても女子大生では無理があるのではないかと思うくらいのオトナの色香を漂わせている。

 ストーリー以上に不条理なのは、まがりなりにも『女子大生』であるはずなのに大学のキャンパス風景などどこにも出てこない。舞台のほとんどが、この妖怪の棲む古びた日本家屋という説得力の無さ…

 どうして『女子大生』でなければいけないのか、なぜそこまで『女子大生』に拘るのかがドラマからでは読みとれない。

 しかも私の目には、女子大生というより長身のサイケデリックな日本人形という感じに映った。いまならブロンドのボブカットなど珍しくもないだろうが、この当時では相当キテレツなルックスだったであろう。

 こんなのがキャンパスをうろついていたら目立ってしょうがない。本来たぶらかされるべき男も近寄りがたい。「妖怪よりも危険な女でござい」といいふらしているようなものだ。このルックスは、どう見てもバラエティのコントレベルだろう。

 ここにキャンパスのシーンを見せたくない意図があったのかもしれない。そうなると、なぜ『女子大生』なのかという問題に回帰する。ツッコミどころ満載の最終回だ。

 この和風サイケ女子大生を演じた古城八千代という女優は私の胸をときめかせた。DVDの特典映像にキャスト紹介があった。どこかで観たことのある女優だと思っていたが、他の出演作品に当時私たちが夢中で観ていた『スネークマン』や、観たかったのだがオトナ向けのために満足に観られなかった『くノ一交差点』があった。

『スネークマン』は、全身がウロコに覆われた爬虫類状の宇宙人で、主人公の少年が夜、専用の笛を吹くと現れるという設定の特撮ドラマだった。古城は主人公の少年の母親としてレギュラー出演していた。私もよく憶えていて、キレイで上品なママだとは思っていたが、かたや別の番組で女子大生をやっていたとは驚いた。

『くノ一交差点』は、『スネークマン』よりもっと遅い時間帯に放映されていた。女だけの探偵事務所が舞台のお色気優先、ストーリー二の次というなげやりなドラマで、たまに親に隠れてこっそり観た記憶がある。

 いまでいえばミニスカートのグラドルが、悪党の組織を調査し、またかなりの頻度で潜入し、殲滅させるというコンセプトである。毎回、お約束の過激なアクションをやるのだが、そのメンバーの一人としてレギュラー出演していた。いわれてみればピチピチのお姉さんたちのなかに、何人か平均年齢を上げていそうなメンバーがたしかにいた。なかの一人が古城だったのだ。

 振り返るとションベン臭そうな小娘アイドルより、適度に色気があってよほど蟲惑的だったろう。若い、カワイイというメンバーのなかに、なぜ彼女たちが加わっているのかという理由がわかる気がする。

 この時代のドラマは大別して、極めて緻密につくられているものと、いい加減につくっておいてドサクサまぎれに瞬間的な視聴率を稼ごうとしたのではないかと思われるフシのあるものの二種類がある。古城の代表作となっているこれらのドラマは、いずれも後者に属するものであろう。

『スネークマン』を例にとれば、別のメロディを奏でると昼夜に関係なく主人公と年恰好の似た〝スネークマンジュニア〟が現れ、さらに昼間笛を吹くと〝ミセススネークマン〟(!) が現れるのだ。〝ジュニア〟はともかく〝ミセス〟の設定の根拠はなんだろう?

 少年が知り合いの奥さんや友だちのお母さんを呼び出さなければならない必然性が思い当たらない。しかし〝ミセススネークマン〟を憶えているということは、登場する機会があったのだ。

 それとも特撮ドラマにホームコメディのテイストをまぶした実験的な作品だったのだろうか。そんなねらいがあったことをだれかが気づいたろうか。ちなみに『スネークマン』一家には〝グランドスネークマン〟という存在もあった(!!)。

 

居酒屋にて

「おい、『世にも不均衡な空間』っていうドラマが昔あったのを憶えてるか」

「それ、どんなドラマだよ」

「特撮が売り物だった油屋プロダクションがつくった『トワイライトゾーン』みたいなドラマだ」

「じゃあ、『ダークゾーン』みたいなヤツか」

「あれのオトナ向けのバージョンだ」

「オトナ向け? オトナ向けの怪獣でも出てくるのか」

「まさか。同じ油屋プロの制作でも遅い時間の一時間枠で、『ダークゾーン』みたいな怪獣も、『凶器大作戦』みたいなSFネタも出てこない」

「じゃ、なにが出てくるんだ?」

「たとえば『夢の完全犯罪』っていう話では、大学病院のインターンが、あやまって人を殺してしまうんだよ。実際にはそんなものないらしいが、解剖実習用のホルマリンのプールに死体を隠すんだ。だが殺した相手がなにものなのかわからない。そのうえ、いつになっても行方不明事件らしきものが新聞にもニュースにも出ないんだ。ある夜、インターンは死体を見にいくんだが、どこにもない。こんなわけがないと戸惑いはじめて、夜も眠れなくなる。やがて解剖の実習に使われてしまったのにちがいないと考えるんだな。自分は捕まることはない、と安心しきって寝てしまう。目が覚めると、目のまえに制服の男がいて、よく眠れたようだね、というのさ。そこに牧師が現れて、彼はその日が自分の死刑執行の日だということを思いだす。一件目の殺人にアジをしめたインターンは、たびたび同じ手口で殺人を繰り返して逮捕され、あげくのはてに死刑判決を受けていたのさ。死刑執行前夜に見た夢の話だったというわけだ。当時、日本では死刑判決が出ても執行しないという話題があって、それを揶揄するエピソードなんだよ」

「いまなら、ありがちな話だな。同じようなドラマを昔どこかで観た記憶がある」

「オトナ向けの『ダークゾーン』みたいなものだが、唯一、怪獣みたいなものが出てくるエピソードがある。『入らずの間』って話で、週刊誌の夏の怪談特集向けの取材に幽霊が出るというラブホテルを飲み屋のホステスと訪れるフリーのルポライターの恐怖譚なんだ。そこは、かつてドラッグで幻覚症状に襲われたヤクザが女を刃物でメッタ突きにして殺したといういわくつきの部屋があって、いまは入らずの間になってるんだよ。ホテルの従業員に金を渡して無理に貸してもらうんだが、その部屋にはいったときから妙な雰囲気で、部屋のなかに霧がかかっているみたいなんだ。なにか起こるのをただ待ってるのも退屈だから、女と抱き合っているうちにしだいに女が溶けはじめる! 恐竜のように変化した女はルポライターに襲いかかるのさ。ルポライターはとっさに近くにあった果物ナイフで怪物をメッタ突きにして息の根を止めるのだが、ふと気がつくとそれは怪物ではなくて一緒に連れてきたホステスの死体なんだよ。幻覚を見ていたのさ。警察が凶器を調べて、それがかつての殺人事件に使われたもので発見されなかったナイフだということがわかるって話なんだ。ドラッグ禍が問題になりはじめた頃の背景を反映したエピソードだ」

「オマエ、その当時のことに詳しいね。さっきの死刑の話とか」

「いや、この間DVDで観たんだ。ドラマにナビゲイターがいて、毎回最初に登場してその回のテーマに触れるのさ。そのナビゲイターが、なんと作家のAなんだ」

「どうりでどこかで観たことあると思ったら、知ってるよ、そのドラマ。アニキがいつも観てた」

「ああ、そう? じゃ、当時本当にやってたんだ」

「オレが憶えてるのは、高級なスポーツカーばかりを止めて、犯人追跡のためと偽ってはクルマを借りる刑事の話で、途中で乗り捨てるかもしれないから一緒に来てくれといって持ち主を乗せたまま、自分が運転して峠道を攻めにいくんだよ。車中、クルマの性能の高さを確認して、金持ちのボンボンが乗りこなせるのか、みたいなことをいうのさ」

「ああ、あった、あった。自分がいかに優れたドライブテクニックがあるかというのを見せびらかしたいだけなんだよな。それで強引な運転をしてクルマが大破すると、大ケガをしている持ち主を置き去りにして、また別のクルマを拾うっていう…」

「そう、そう」

「峠道を攻める〝街道レーサー〟を扱った『笑うアスファルト』っていう話だ」

「あれって、いつ頃やってたの?」

「一九七二年頃だと思う」

「アニキが高校だったから、その頃だな。そのドラマがどうしたんだよ」

「最終回を憶えてるか?」

「オレはほとんど観てない。どんな話?」

「話はどうでもいいんだ。『クモ女子大生』っていう妖怪話なんだけど、その妖怪役をやってた古城八千代って女優を知らないか」

「コジョウヤチヨ?」

「知らないか。『スネークマン』にも出ていたんだが」

「それは知ってるけど、どんなドラマだったか憶えてないな」

「夜、笛を吹くとやってくる全身ウロコの宇宙人」

「だから、それは知ってるって。でも、どこにそんな女優が出てたんだよ」

「主人公の少年の母親役だ」

「じゃあ、オレたちの親ぐらいの年だ。いま頃七十歳くらいになるんじゃないか?」

「年齢不詳だ」

「なるよ、七十歳にはなる」

「いい女なんだよ、ホント。こんな女優がいたのかって驚いたんだ。『クモ女子大生』じたいはどうにもならん話なんだが、この女優が出てるぶんだけでも観る価値がある」

「さすが年増好みのオマエらしい。七十歳だぞ、七十歳」

「あの当時から七十歳だったわけじゃない。ドラマのなかでは匂いたつような色香を発していたぜ。でも役のうえの設定は八百歳なんだ」

「ほらみろ。しかし『スネークマン』は知ってるが少年の母親までは憶えてないなあ」

「それなら『くノ一交差点』は知ってるだろ?」

「オレたちの世代で『くノ一交差点』を知らないヤツはいないだろ。内容はともかく」

「あれにも出てたんだよ。レギュラーで」

「あれって、『スネークマン』と同じ頃だよな?」

「『スネークマン』は小学校三年くらいのときだから、『くノ一交差点』の方がもっとあとだ。あれ中学生の頃だろ?」

「するとなにか? 『スネークマン』では小学生の母親が、後年こんなミニスカートはいてマワシ蹴りをやっていたというのか?」

「女子大生の役をやった『世にも不均衡な空間』は、『スネークマン』と『くノ一交差点』の間くらいに放映されていたと思う」

「げっ・・・・・・・」


 秋葉原のAKB(あけび)電気に『スネークマン』か、『くノ一交差点』のソフトを探しにいった。特撮ソフト専門のフロアには『スネークマン』らしいパッケージは見当たらず、どうやらまだソフト化されていないのだ、との結論に至る。

 邦画ソフト専門のフロアに場を移し、今度は『くノ一交差点』を探すも見つからず。これもソフト化されていないのだろうか。

 しかし先日、居酒屋で友人が『くノ一交差点』のDVDを見たことがあるといっていたのを思い出し、ソフト専門の店に移動する。

 邦画コーナーで、ドキドキしながら「く…、く…」と棚を巡っていくと、あった、あった。放映期間が長かったので総集編ではあるが、即ゲットし、ウチで観賞する。

 お色気を売り物にしていた当時はハレンチ俗悪番組のレッテルを貼られて、それで有名だったようなものだが、いま観るとパンチラも入浴シーンも、最近のアダルトソフトにくらべれば刺激に乏しく普通のドラマとしかいいようがない。これが売り物でなくなると、とりたてて設定やストーリーが面白いはずもなく、ホンモノの時間つぶしとしかいえないような作品だった。必死に睡魔とたたかいながら観ている自分がマヌケだ。

 この『くノ一交差点』というドラマは、恐ろしいことに当初それぞれの特技を生かした五人程度の少数精鋭組織だったものが、回を重ねるごとにレギュラーが増殖して最終回には二十人ちかい大所帯になっていた。もう立派な部隊だ。

 もともと役のうえの設定では、キックボクシングの女性チャンピオンだの、早撃ち百発百中だの、武芸十八般だのという日常生活には無縁な特技の持ち主が集まっていた。

 古城は潜入捜査が得意の元諜報員かなにかで、いまは独立して探偵をやっているという設定だった。ある事件をきっかけに〝くノ一〟に加わるのだ。格闘技が売り物のメンバーのなかにあって、最もお淑やかな役まわりなのじゃないか。それでもこの経歴だ。

 そんな娘が二十人もいながら、どうして日本はオリンピックでアメリカや中国よりメダルの数が少ないのか… こういうことを考えているから、夢のない中年男はつまらないといわれるのだ。

 しかし、収穫は時間の浪費と無益な出費と眼精疲労だけではなかった。付録の特典映像に思いもよらぬ拾いものがあった。

 その後の〝くノ一〟たちが同窓会をやるというものだった。当時のお色気が売り物だった小娘たちが、いまはどうなっているのかというコワイモノ見たさと、古城八千代がそこにいるのではないかという期待感があった。

 メインの探偵事務所の所長だったSは、その後キワモノ女優から脱皮してMCや、いろんなドラマに出演していたせいもあり、観なれているという点ではそれほど変わったとは思えなかったが、その他のメンバーの変わったこと!

 とくに初期のレギュラーの面々は、友人がいっていたように七十歳になっていてもおかしくないと思えた。事実、ダンナに先立たれたうえに大学生の孫がいるといっていたのは、初期のメンバーのなかで最もカワイかった女優だ。

 しかし冷静に考えれば、自分の姪が大学生になろうとしているのだ。無理もない。私だって、その昔は額が狭すぎて「金持ちにはなれない」といわれたほど髪が豊かだったのに、いまでは頭部との区別がつかないありさま… そんなことはどうでもよい。

 幸いというか、残念ながらというべきか、目的の古城八千代はここにいなかった。彼女は、その後どうしたのだろうか。コワイモノ見たさに、さらに拍車がかかった。

 これを解決する方法が、この同窓会に隠されていた。『くノ一交差点』のサイトがあるというのだ。さっそくパソコンを立ち上げた。『くノ一交差点』で検索すると、すぐに公式サイトのアドレスが現れた。開けば、こぎれいなデザインの壁紙に、字ばかりでイラストすらないのだ。《映像》というポイントをクリックしたら、エラーになった。メモリーが足りないのか。

 しかたなく《トピックス》をクリックした。メンバーだった女優たちの近況が簡潔に報告されていた。驚いたことに、彼女たちの八割はその後もずっと芸能活動を続けているらしい。少なくともTVではお目にかかったことがないが、それ以外にも活躍の場があったのだろう。ここにも古城の「コ」の字も出ていなかった。

 そこでまた、ハタと思いついた。『くノ一交差点』経由ではなく、古城独自のオフィシャルサイトがあるのではないか、と。こうしたカルト女優のファンが結構いるはずだ。オフィシャルでなくとも、ファンがつくった情報交換のサイトくらいあるだろう。

 検索してみると、やはりあった。古城関連は意外にあるものだ。そのなかのファンクラブのサイトらしいアドレスをクリックしてみた。このタイトルが『スパイダーウーマン交差点』というのだ。『クモ女子大生』と『くノ一交差点』を引っ掛けたのだろう。ディープなオタクがやりそうなことだ。

 まず、彼女のプロフィールを見てみた。古城八千代は沖縄のミス地元高校だったらしい。京映の六二年ニューフェースとしてデビューした、とある。六二年とは西暦のことだろう。出演作品のリストが出ていて、デビューした年に端役ばかりだが、いきなり二十本ちかくに出演している! 

 翌年も、あくる年も、いまでは考えられないような本数の映画に出演していて、ある年からバッタリと出演作品がなくなった。彼女が使われなくなったのではなくて、映画自体の需要がなくなったのだ。つまり映画斜陽の時代に突入したのだろう。この頃、彼女は京映を退社している。案の定、数年後からの出演作品はすべてTVドラマばかりだ。

 そのTVドラマというのも、『スネークマン』や『くノ一交差点』をはじめとするキワモノばかりなのだ。初めて、そして唯一となった主演作品が『世にも不均衡な空間』の最終話、つまり『クモ女子大生』である。カルトといえば、これほどカルトな女優もいない。

 このサイトで面白いトピックスを発見した。《スパイダーウーマンOFF会開催!》とある。

《『スネークマン』の清楚なママや『くノ一交差点』のクールなファイター古城八千代を囲む会が来る○月○日、開催されることになりました! 今回はファンクラブ増強のため、ビジターさん優先とさせていただきます。申し込みは先着二〇名限定。参加したい方は、ここをクリック→ 》

 当然、クリックだ。すると、そこに集合場所、時間、参加費が出ていた。人数確認のために申し込み用のクリックがもう一段階あって、個人情報入力のうえ、そこをクリックすれば参加が決まる。

 この参加費が、メンバーもビジターも一律一万円(!)。これじゃあ、アイドルのライブより高いのではないか。幹事となっている《嘉手納頼俊》という男はただのマニアなのか? まさかオタク相手の新手の詐欺師じゃないだろうな。しかし参加するのだ。

 私は独身だし、金も有給休暇もある。そう、有休をとってでもいくのだ。あの古城八千代に、ナマ古城に会える滅多にないチャンスなのだ。


 そして待ちに待ったその日がきた。

 集合場所の駅は、私の最寄り駅からほど近い。ロータリーの一角にある《後光会見学ツアー》という幟の立ったところが集合場所だった。集合時間より三十分くらい早くいったが、すでにそのあたりにはファンクラブのメンバーらしい怪しげな連中が結構いた。

 二十人まではいないだろうが、年恰好は同じくらいに見えた。ほとんどの人がメガネをかけ、頭部だけを見ても額の後退したヤツ、てっぺんの薄いヤツ、さらに完全な無毛、白黒まだらから毛染めのヤツ、そしてあらゆるバリエーションの組み合わせ。キャップや毛糸の帽子をかぶったヤツもいる。

 遠巻きに、中年オヤジが日雇いの仕事を求めて集まってきたようにも見える。ひょっとするとこの連中は、古城とは関係ない派遣社員なのかもしれない。圧力団体に見えないのは、お互いが顔見知りではなさそうだというのが一目でわかるからだ。微妙な距離をとりつつ、しかし集合しているとしか思えない。

 他人ごとではない。私も、このなかの一人なのだろうから。これじゃあメンバーもビジターもなかろうに。

 私はかえって安心した。集団には、必ずそこに独特の雰囲気というものができる。この集団には、まだそこまで醸成したものがないらしい。彼らがまるで他人面をしているなかで、私は最古参のメンバーのように堂々と立っていた。

 そこにパリッとしたスーツを着た、我々のなかでだれよりも若そうに見える男があらわれた。おそらく、まだ三十代半ばくらいだろう。

「OFF会参加の方はこちらに移動願います。私についてきてください」

 そういって手を挙げた。中年オヤジの集団は、ぞろぞろとそれに従う。つまりこれがOFF会に集まった面々なのだ。

 ウム、やはりコイツも、コイツもそうか…

 そう見ていくと、なるほど皆、私と同年代と思われる顔ぶれだ。年の差はあっても、せいぜい十歳以内だろう。その昔、『スネークマン』や『くノ一交差点』を観て育った連中にちがいない。

 幹事らしい若い男の先導についていくと、国道沿いにOFF会のために用意されたと思われるマイクロバスが停車していた。マイクロバスには、さすがに「スパイダーウーマンOFF会御一行様」などの旗や表示がない。ただ、ボディには《社会福祉法人 後光会》と書かれている。集合場所の幟と、どうやら関係があるようだ。そこから、この日のために借りてきたのだろう。

 全員が乗り込むと、人数を確認した幹事らしい男は、マイクを握って喋りだした。

「皆さま、本日はスパイダーウーマンOFF会にお集まりいただき、まことにありがとうございます。私が今日一日、皆さまをご案内いたします嘉手納頼俊でございます。早速ではございますが、まず本日の会費を集めますので着席のままお待ちください」

 そういうとワゴンを引きずりながら、それぞれの座席を廻りはじめた。参加費と引き換えに名札の付いたタグ、そして飲み物とちょっとしたオツマミを配っている。どうやら、ここからさらに移動するらしい。嘉手納という男が私のところに廻ってきたとき、それとなくきいたが彼はにっこりと笑って、私の名を確認し「いま説明します」とだけいった。

 やがてバスは出発した。

「もう皆さまお気づきのこととは思いますが、ここに古城は来ておりません。実は私、古城の甥にあたりまして、古城のことをまずご紹介しておかねばなりません。車中、飲みながら少しおつきあい願います」

 私の横に坐った脂肪塊のデブが、独りごとのように呟いた。

「古城八千代には兄弟がいたのか… 」

 そりゃそうだ。いなきゃ、甥がいるわけない。

 しかし彼は首を傾げて見せた。まるで初めてきいたといわんばかりの大袈裟な仕草だ。だが、甥ならサイトを立ち上げることも、OFF会を開催することもたやすい。オバを引き合いに出して、我々のようなカルトファンを集め、小遣い稼ぎもできるというものだ。なにしろ「ナマ古城に会えるのなら、いくらでも出す」くらいの偏執的なファンの集合体なのだ。

 甥の紹介はこうだった。

「古城はご存知のとおり、彼女の代表作である『くノ一交差点』の終了と同時に芸能界を引退しております。『くノ一交差点』はお蔭さまで、皆さまの人気に支えられて恐ろしいことに七年も続いた長寿番組でして、放送が終了した八二年には、四十歳近くになっていました。その間、彼女はこれに専念していたわけではありません。『くノ一交差点』の合間にあちこちのドラマにゲスト出演するなどしているうちに、徐々に長年の女優生活に疲弊してきまして、『くノ一交差点』の最後半ではほとんど出演不可能なほど疲れきっていたのです。さいわい放送終了後には長く懇意だったプロデューサーの元夫と結婚することになり、古城の女優人生はこうして伝説的に幕を閉じることになったのです」

 たしかに伝説だ。人伝えに聞かないかぎり、私のような古いDVDを鑑賞するモノズキでもなければ、こんな女優を振り返ろうとは思わないだろう。

 しかし、「プロデューサーの元夫との結婚」とはどういう意味だろう。以前結婚していたプロデューサーと、一度別れてまた結婚したということなのか、それとも、いま現在はなんらかの理由で別れている、夫だったプロデューサーという意味なのか。

 そしてこのバスは、いったいどこを目指しているのか。あたりの景色は、だいぶ鄙びた牧歌的風情である。街の景観も隙間だらけになり、遠くには山の稜線も見えている。古城はその後、郊外の山奥で自作農の生活を営んでいる、とでもいうのか。

 私の疑問に答えるように、嘉手納はまた喋りだした。

「お気づきのこととは思いますが、いまバスは東京の西の端を目指して進んでおります。現在、七十歳を過ぎた古城は、身寄りがないため独り暮らしもままならなくなり、これから向かう老人ホームにお世話になっているのです」

 老人ホーム・・・・・・・!

 私は絶句するしかなかった。あの妖しげな色香漂う『クモ女子大生』が、想像していたとはいえ、いま流行りの高齢者だなんて!

 でも冷静に考えると、あれをリアルタイムで見ていたとすれば、まだ十代前半のガキの時分のはずだ。アラウンド五十歳になったいま、女子大生が三十年以上も経って、いつまでも女子大生でいるわけがない。いるとすれば、まさしく『クモ女子大生』だ。

 私は不思議な感慨に襲われていた。『クモ女子大生』を初めて観たのは、ついこの間のことだ。しかし、本放送は時空を越えた四十年ちかくも前なのだ。そこで、かつて観たことのある古城の美しさを再認識して、『くノ一交差点』を観直したのだ。

 ここで私の錯覚は始まった。通り過ぎてきたものごとを追体験したのだ。しかも別の視点で観たから、当時とはちがう、まったく新しい「古い」ドラマを観た気になっていたのだ。私が想像していた古城は、いまもドラマに出ていたあの姿なのだ。

 よもや老人ホームとは・・・・・・・

 このバスに乗っている古城ファンの何人かは、私と同じようなショックを受けたはずだ。一人や二人ではあるまい。

 嘉手納はさらに続ける。

「実は今月、古城は七十ン歳の誕生日を迎えます。入所している老人ホームで、今月誕生日を迎えるのは古城独りということで、いってみれば古城のための誕生パーティが開かれることになっているのです。それが今日です。本日は特別に、これに参加させていただくという企画なのです」

 やっと、このOFF会の全貌が見えた。ファンだけが古城を囲む会ではないのだ。老人ホームの行事に、我々が相乗りするという企画なのだ。

「そのなかで古城は二、三曲歌を歌わせていただくと思います。古城は現役時代にレコードを出したことがございまして、皆さまの方がそのへんのことをよく知っていると思いますが、当然、これも歌わせていただくことになるでしょう」

 バスのなかに軽く歓声が起こった。昨日、今日、ファンの仲間入りをした私には初耳だった。彼女が歌までうたっていたとは、まったく知らなかった。ただ、あの当時の売り出し中の若い役者はネコも杓子も一枚や二枚はレコードを出していたというイメージがある。考えられないことではない。いま探せば、どのくらいの値がつくものなのか。まさかCDにはなっていまいな。

「あらかじめご注意申し上げておきますが、ご存知のように高齢者の施設です。異様に盛り上がるのだけは、ぜひお控え願いたいと思います」

 車中に苦笑が漏れた。

 バスは田園地帯を進み、やがて山間に場違いなホテル風の建物が見えてきた。あたりの景色とまったくバランスのとれない、洗練された構築物だった。広大な敷地の中心に建物があり、これをとり囲むように公園風の造作が占めている。敷地内には舗装された広い駐車スペースが完備されており、マイクロバスはそこへ滑り込んだ。

 環境が街なかよりは良いことくらい一目でわかる。桜の木が昼前の日ざしを浴びて穏やかに佇んでいる。葉陰の向こうには東京とは思えないのどかな田園風景が広がっている。絵のような景色のなかを路線バスが気だるげに這いずっていく。

 昔、こんな景色はいくらでもあった。なんだか懐かしく思い出される。年寄りはこういうところを好むのだろうか。日々、仕事に忙殺されている我々のような疲れた中年こそが、こうした癒しの場が必要なのではないかと思えた。

 バスを降りた私たちは、嘉手納の案内で建物内にはいる。正面玄関に無機的な金属製の銘版があり、《後光会グループ 光の国老人ホーム》と彫ってある。古城はこんなところで余生を送っているのだろうか。

 いよいよナマ古城にあえるのかと思うと緊張と、また逆に想像できない年寄りの姿を見る恐ろしさとが複雑に交わりあった。他の連中も気のせいか、嬉しそうな雰囲気というより、表情が強ばっているようにさえ見える。

 我々は玄関をはいり、まるで高級ホテルのフロントのようなロビーで待たされた。嘉手納は受付の女の子に取次ぎを頼んでいる様子である。しばらくするとスマートなスーツ姿の若い女性が現れた。案内をしてくれるという。

 ミーティングルームやレクリエーションルーム、リハビリルームから大浴場、レストランと、ホテルのようだと思っていたが、ここはまぎれもない高齢者専用の高級ホテルだ。さすがに元芸能人が入所している施設だけのことはある。いったい、いくらぐらいで入所できるのだろうか。

 ところどころで揃いの白いユニフォームを着た男女に出会う。彼らは、ここの介護職員なのだそうだ。例外なく、すれちがうときに笑顔で「こんにちは」と挨拶していく。

 この高級老人ホームには入所者五十名まで収容可能なのだそうだ。現場の職員は、ほぼ入所者三人に一人の人員配置らしい。ただしローテーション勤務なので常時二十人くらいで介護しているという。いまの私には、まったく関係のない世界だ。

 転倒しても痛みも感じないような毛足の長い絨毯の廊下を進み、最後に案内されたところが大ホールだった。中央にステージがあり、フロアに点々と丸テーブルが置かれている。フロアを囲むようにオードブルや各種ドリンクが並んだテーブルが設けられていた。まるでビュッフェ形式の結婚披露宴に来たようだ。

 我々は、その一番外側の四つの五人掛けテーブルに案内された。

「こちらでしばらくお待ちください。お飲み物はセルフサービスとなっておりますので、どうぞご自由にお取りになってください」

 終始クールな笑顔の案内嬢は、そういうと嘉手納とともにホールの外に消えた。我々は案内のきく人間を失い、借りてきたネコのようにただ座っているだけだった。

 前方の丸テーブルのあちこちに、ここの住人らしい年寄りが坐っている。彼ら、彼女らも別に談笑しているふうでもなく、そうかといってなにかをやっている様子もなく我々と同じように黙って座っているだけなのだ。我々のテーブルをじっと見つめている老人もいる。ときたまテーブルの合間を縫って、白衣の介護職員たちがいったりきたりしている。

 まんじりともしないでいると、白衣の一人がこっちに来ていうのだ。

「なにかお飲み物を持ってきましょうか?」

 すると彼に一番ちかい席にいた、ワックスで磨きあげたようなオデコを光らせたメガネが応える。私もオデコだが、ここまで反射率はよくない。

「ア、いや自分で取りにいきますんで… 」

 白衣の男は「どうぞ」と案内してくれた。チャンスとばかりに我も我もと、あとに従ってみんな席を立つのだ。

 バイキングテーブルの向こう側にも、まったくホテルのボーイのようなユニフォームの男がいて、白衣は「なにがあるのか説明しろ」といっているようだった。

「コーヒー、紅茶、各種ジュース類、ビール、ワイン、ハードリカーだけはご注文によってということになります」

 オードブルも和洋中華各種とり揃えてあった。これもいいな、あれもうまそうだ、とオードブルを皿に取るうちに私たちはだいぶうちとけて、テーブルに戻ると話が弾んだ。

 最初はお互いにどこから来たのかとか、齢はいくつかなど、自己紹介めいた話をした。こういう集まりなので、あまり深いところを探らない気遣いは暗黙のうちにあったが、こと古城八千代のことになるとそれぞれが多弁になった。

「『くノ一交差点』の第二話を憶えてますか」

「忘れるもんですか。古城が登場したエピソードでしょ?」

「エッ、古城は最初からレギュラーだったのではないんですか?」

 そういった白髪まじりの男に全員の視線が注がれた。

「アナタ、そんなことも知らないんですか!」

 いいだしっぺのオデコの容赦のないツッコミ。このゴマシオ男は、このなかでは比較的若いようだが、私同様、古城のファンになったのはつい最近なのだろう。

『くノ一交差点』のDVDを観ておいてよかった、と私は胸をなでおろした。しかしオデコは、こういうヤツがいるということを望んでいたかのように喋りだした。

「あのドラマは前代未聞の掟破りの成り行きまかせでしてね、プロデューサーや演出家が気に入った女優は次々にレギュラーに加えるというのが特徴だったんですよ」

「そうそう」と、後退した髪をうしろで結んだアーチストといった感じの男が続ける。

「脚本家の親戚の娘とかを平気でレギュラーに入れちゃったりしてたらしいですよ。ド素人を、ですよ」

 すると、バスで私の隣にいたメタボリック症候群の権化も口をはさんだ。

「私はなにかの番組で、主役をやっていたSが暴露していたのをきいたことがあるんですが、彼女たちレギュラー陣が新入りの小娘に、製作者の血縁だからって皆ぺこぺこして、売れっ子の、いまでいえばグラドル女優がその小娘にお茶まで淹れてたって」

 その「小娘」がだれなのか、だれもきかないということは、ここにいるほとんどの連中が知っているほど有名なエピソードなのだろう。私は知らないが、別に知りたくもない。

「あの小娘は、その後どこかの御曹司と結婚して男の子と女の子をもうけたんですが」とアーチストが興信所のような情報を話す。

「すぐ離婚して、男の子の方は女手ひとつで東大まで出したそうです」

「自分が引き取ったんですね。エライじゃないですか」

「シングルマザーの美談になりそうな話なんですが、女の子の方はロリータ雑誌のモデルをやらせていたのが後でわかって」

「ロリータ雑誌って?」

 アーチストは貫禄のある髭の口もとを歪ませた。

「さあ、私も読んだことがないのでよくわからないんですが、そういうマニアがいるんでしょう。ロリータなんで無修正の写真だったそうですよ。ただ、その女の子は後々、アイドルデビューをしたらしいです」

「へえ」

「ところがワガママで素行がわるいうえに度重なる現場放棄がたたり、事務所をクビになったあげく、いまAV女優をやっているとか」

「なんていう女優さんですか?」

 さっきのゴマシオが興味津々できく。ぜひ観てみたいというのだ。

「名まえは憶えてないんですが、結構有名みたいですよ」

「キレイなコなんだ? アイドル崩れなら宣伝文句になるでしょう」

「キレイかどうかは知らないけど、動物とヤルっていうんで」

 急に場が静まり返った。

「それはともかくですね」

 オデコはヘンな空気になっていたのをもとに戻す。

「第二話のゲストが当時、女たらしで有名だったFですよ」

「Fといえば、『スネークマン』で主人公の少年の父親役もやってましたな」

 またアーチストが口をはさむ。この後、二人のやり取りが続く。

「そうなんです。『スネークマン』では少年の母親役が古城だったんで、くしくもこのふたりが『くノ一交差点』で共演している。古城はこのとき、まだレギュラーじゃなかったのですが、レギュラーのなかにWがいたんですよ」

「台湾出身のあのインテリ女優でしょ?」

「そうです。このWは『くノ一交差点』を途中降板してしまうんですが、『スネークマン』では〝ミセススネークマン〟をやっていたのです」

「本当ですか?」

 オデコは、もう得意の絶頂だった。アーチストだけじゃなく、私もつい最近DVDを観ていたからWがレギュラーにいたのは知っているが、『スネークマン』に出ていたとは気づかなかった。

「Wはモデル出身でして、その頃は日本名を名のっていたんです。ドラマ初出演の『スネークマン』では日本名で出演しているんですよ。しかも〝ミセススネークマン〟は顔以外の全身ウロコという特殊メイクでしょ。あれがWだとは知らない人が多いんです」

「へえ」

 アーチストばかりでなく、そこにいた連中はオデコの薀蓄に感心した。

「つまり『くノ一交差点』の第二話では、『スネークマン』のレギュラーが顔を揃えたことになる、と?」

「ご名答。まあ、制作がどっちも京映系だったので、たまたまそうなったのでしょうけどね。観る人が観れば、『スネークマン』のキャストで『くノ一交差点』をやっていると思われてもしかたがない」

 しかし、いくら制作会社が同じだからといっても、同じドラマのレギュラー三人が別のドラマで、たまたま顔を合わせるなんてことがありえるのだろうか。ドラマのイメージというものがあるだろうに。後々、まさかこんなにオタクが出現するとは予想もしていなかったのだろう。

「私は以前に、人気のあった刑事ドラマの後番組で始まったホームドラマのキャストが、刑事ドラマそのままで役の設定だけが変わっているスピンオフを観たことがありますが、レギュラーの横スベリはドラマの人気と正比例して、よくあることだと思いますよ。ただこの場合、制作会社は同じ系列でも放映した局も視聴者層も違うし、古城とFはゲスト扱いですからね。使い勝手がよかったというだけで、単なる偶然と考えた方がよいのではないですかね」

 そういったのはアーチストだった。

「たとえばアクション系とか、ホームドラマ系のイメージで役者が絞られた時代だったと思うんですよ。アクション系のドラマが増えると、おのずと露出度が高まる役者っているでしょ? これはアクション系ドラマに人気があるわけで、役者の人気ではない」

 アーチストはさらに続ける。

「それに考えてもみてください。小学校の高学年や中学生が、喜んでホームドラマなんて観てなかったと思うんです。あの当時、我々が見ていた番組のほとんどが特撮や刑事ものなどのアクション系のものだった。そう考えるとアクション系の役者を観る機会が多かったということでしょ?」

 なるほど。アーチストの説をとれば、古城はそっち系女優というイメージで売っていたことになる。メタボも同意見という感じでいう。

「そういえば『ウルトライレブン』にも、古城やWや『くノ一交差点』のメンバーだったTがゲスト出演していますよ」

『ウルトライレブン』? なんだ、そりゃ。

 私の表情をすばやく読みとったオデコは、懲りずに解説を始めた。

「特撮で有名な油屋プロが制作した、大人向けのアクションですよ」

「そんなドラマがあったんですか」

「民間の地球防衛軍に所属する十一人の隊員がマッドサイエンティストの組織と戦うという型破りなストーリーなんです」

「民間の…地球防衛軍ですか?」

「いまでいえばNGОみたいなものでしょうな。DVDでも出てますが、いま観るとただの怪獣の出てこない巨大ヒーローものという感じですな」

「すると怪獣の出てこない『ダークゾーン』が『世にも不均衡な空間』で、その他に怪獣の出てこない巨大ヒーローものもあったと」

「うまいこといいますな」

 丸テーブルがどっと沸いた。これをさらにアーチストが補足する。

「ちなみに『世にも不均衡な空間』は、『ウルトライレブン』の後番組ですよ」

「そうですか。実は私、『世にも不均衡な空間』もDVDで観るまで知らなかったんですよ。どうりできいたことがないと思ったら、そんな遅い時間にやってたんですね」

 そういう私の言葉に、私も本放送は観たことがない、という人が続々と出てきた。

「私は観ました」

 そういったのは、やはりアーチストだった。あの当時、遅い時間に本放送を観ていたということは、たぶんこのなかで最も年長者になるはずだ。

「しかし、初回があまりに気持ちわるい話だったので、二度と観る気がせず、通して全部を観たのはDVDが出てからなんです」

「初回といえば『火の玉ロック』ですね」

「そうそう」

 私が観たのは、ついこの間だからよく憶えている。たしかに子どもには、ちょっとドぎついエピソードだったろう。

 キャッチバーにひっかかったサラリーマンが、暴行のあげく身ぐるみ剥がされ当時ゴミ処理場だった夢の島に捨てられる。自分のこれまでの悪夢を追体験したサラリーマンは恐るべき力を持って目覚めると、キャッチバーの関係者であるヤクザやホステスたちを血祭りにあげ、そのバーを地獄の業火で焼きつくすという復讐譚である。そして、なによりもグロテスクで残酷なのは、最後のシーンでこのサラリーマンの焼死体が夢の島で発見されるというくだりだった。

「あれは結局、殺された男の亡霊が破壊の限りをつくすというストーリーでしょ? つまり、亡霊が主役だったわけだ。そのへんが尋常じゃないし、暴力描写も多くて重苦しかったんでしょうね。私は『ダークゾーン』のオトナ版で、ちょっとシリアスなものを想像していたんですが、とんでもないアナーキーなものだった。あれを観てトラウマになった子どもは結構いたでしょ。こんなドラマ、毎回観ていられないと思ってね」

 ほかの連中も、うんうんと頷いている。

「中盤あたりに、似たような『ナイトライフ』って話があったじゃないですか」

 そう切り出したのはゴマシオだった。

「降霊術の話ですよね。あれって、結局コックリサンのことでしょ? あのあと全国的なコックリサンブームになりましたからね」

「ええ、ナビゲイターのAもそんなことをいってました」

『ナイトライフ』は、降霊術によって潜在意識が肉体から離脱して、夜ごと街をさまよい歩くという話だった。同じような症状の者が感染症のように次々と増えて、夜の街は潜在意識で賑やかなのだが、彼らは原始的な感情に左右されているため凶暴な振る舞いを平然とやるのだ。人間の表裏を具現化した不気味なエピソードだった。

「あれも気持ちのわるい話でしたよね。子どもに観せたら夜寝られなくなるだろうな、なんて思いました」

 オデコは笑いながら付け加える。

「幽体離脱する者が増えていくところなんかはゾンビもののはしりかもしれないですね。いまなら、ほとんどのエピソードが放映できないでしょうね」

「あのドラマは『ダークゾーン』の最初のアイデアだったらしいですね」

 DVDのパッケージには、そう記されていた。だから私は衝動レンタルしたのだ。これにはメタボが応えた。

「本来『ダークゾーン』という特撮ドラマは存在していなくて、企画の段階では『世にも不均衡~』だったらしいですよ。油屋プロが単独でテレビに進出する第一弾だったのですが、スポンサーがつかなくて撮影だけがどんどん進んだそうです。そのうちにゴールデンのワクがあいているということになって、ターゲットをロウシフトしたわけです。それまで不可解、不可思議、不条理をテーマにしてきたものを子どもの好きな怪獣路線に変更したんですよ。放映順も変えて子どもが喰いつきそうなエピソードを前半に持ってきたりしてね。だから、あのシリーズもエピソードによっては妙にオトナびたものがあったりして、ある意味バランスが崩れている。そこがまた、当時観ていた我々にとっては雰囲気があったのかもしれません」

「うーん、いわれてみればあの『ダークゾーン』というドラマは、その後延々と続く巨大ヒーローものとちがって、視聴者に媚びていなかったような気がします。媚びていないどころか、観たければついてこいみたいなところがありましたよね」

 これにも皆、うんうんと頷いた。メタボの解説はさらに続く。

「この後、完全に子ども向けの『大超人』、京映系のスペースオペラ『超人酋長』と続き、さらに超自然的な怪獣相手から勧善懲悪の図式を持ち込んで宇宙人相手のサスペンス風な『七番目の超人』と作風が説得力を増してくるわけです。『七番目の超人』では、ハードSFの要素もはいってきて、むしろ頭の固いオトナでは対応できないくらいレベルアップをしてしまった」

「あの番組には根強いファンが、いまだにいますからねえ」

「でしょ? そこでもっと強力で現実的なものをと制作されたのが、SFネタの犯罪を追う研究所チームを描いた『凶器大作戦』だったんです。これが怪獣も宇宙人も出てこないドラマで、いきなりアダルトシフトしてしまった。ちょっと『世にも不均衡~』に似たダークな雰囲気で、観る者を選んだかもしれない。さらにこの後番組には、また京映系の、妖術使いと幕府の隠密が暗闘する『妖術捕物帖』という無国籍時代劇や、他社制作の特撮を駆使したスポ根ものまで出てきて、もうこのワクは混沌としてくるわけですよ。おカネはかかるわ、時間はないわ、前ほど視聴率は取れないわで、しまいに油屋プロも京映も撤退することになるんです」

 そういえば、そんな番組があったような気がする。メタボの、このなんの役にも立ちそうにない薀蓄はスゴイ。

「そこに目をつけたのが他局だった」

 メタボをフォローしたのは、しばらく聞き手にまわっていたオデコだった。

「週末のオトナの時間帯を提供するから、優れたSF物をと請われて作ったのが『ウルトライレブン』なんです。当時、外国制作のSFドラマが子どもに人気だった。これらに登場するメカがスゴかったんですよ。それで『ウルトライレブン』ではメカで勝負するために、怪獣の登場しないオトナ向けの『七番目の超人』みたいな変則的なものができてしまったんです」

「なるほど。しかし、これもコケた… 」

「そう。そこで油屋プロは起死回生をかけて、原点に戻った『ダークゾーン』、つまり『世にも不均衡~』を新たに制作したわけなんです」

「ところが残念ながら視聴者は、この『トワイライトゾーン』の亜流みたいなドラマを要求していなくて、たったのワンクールで終わってしまい、そのうえDVDが発売になるまで、ただの一度も再放送されなかった」

 ドライに付け加えたのはアーチストだ。こういうカルトな集まりのなかで、ほとんどの参加者が本放送を知らない理由がわかった気がした。

 そう、ここにいる連中は単なる古城八千代のファンではないのだ。七〇年代のテレビっ子のはしりの時代に縛られた、まぎれもないオタクの集団なのだ。そして彼らと会話を交わしている私も、いまこの〝オタクゾーン〟へと巻き込まれようとしている。

「油屋プロは、たしか普通のコメディにも挑戦してますよね」

「ありましたね。特撮を売り物にしていたのに、なんの変哲もないコメディがね。いまとなっては貴重ですよ、あのドラマは。とくにZ監督が演出したエピソードは変わってて」

「ああ、逆光やどアップなどの独特な映像を撮る監督ですよね」

「特撮ものなんかでは風変わりな画で妙にコミカルな演出をするのに、コメディだと逆にシリアスに撮ってて、かえって難解なんですよ」

「わかるなあ。二人の人物が会話するシーンなんかでは左右に人物を置いて、必ず画面の手前に障害物を入れたりしてね」

「障害物の陰から二人の顔が見えて、奥行きを出してるのか、彼独自の様式美に拘っているのかわからないんですけど。あの監督のファンは多いですよ」

 話題はさらにディープな方向へと進みはじめ、知らないことばかりの私は、知らないことが異常のように思えてきた。知っていて当然という場の雰囲気に複雑な気持ちになった。

 なんとなく居心地がわるくなった私は席を立ち、近くを通りかかった白衣に声をかけた。

「トイレはどこでしょうか?」

 白衣の若い男は、こころよく案内してくれた。トイレに向かう間に、私はこのワカモノに尋ねてみた。

「私たちみたいなファンクラブまがいの連中がよく訪れたりするんですか?」

「ファンクラブですか? なんの?」

 彼はきょとんとした。

 どうやら我々が、なにものなのか知らないらしい。では、この手厚いモテナシはなんなのか。彼は我々のことをなんだと思っていたのか。

「私どもは、皆さんから施設に寄付をしていただいたんで、行事に招待されたときいていたのですが」

「寄付?」

 そうか、あのバカ高い参加費は、ここの寄付にあてられているんだな。しかし、全額ではあるまい。

「いや、それはそうなんですけど、他にもこうした団体があるだろうかと思ってね」

 彼はにこやかに頷いた。

 そこで私は話の持っていき方を変えた。見ればこの青年は、まだ三十歳にもなっていないだろう。古城八千代という女優のことを知らないかもしれないじゃないか。

「ここに古城八千代さんという元女優が入所されてますよね」

「だれですか?」

「古城八千代」

「コジョウ… さあ? きいたことないですねえ」

「エッ、だって今日ワンマンショーをやるって」

 それをきいて、彼は破顔した。

「ああ、嘉手納さんのことですか」

「カテナ?」

 嘉手納といえば、このOFF会の幹事じゃないか。そういえばオバだ、といっていたな。

「ええ、嘉手納チヨさんです。日頃から自分は女優だったっていってますが、あのひと本当に女優だったんですか」

「ええ。古城八千代って芸名で」

「へえ、本当だったんだ」

 彼は古城八千代のことをいま初めてきいたという顔をした。

「毎年、誕生会になるとワンマンショーをやるんですよ。たまたま、その月に誕生日を迎えるのは嘉手納さん一人だけなんで、結局そういうことになってしまうんですが」

「どんな歌をうたうんですか?」

「きいたことのない歌を。なんでも昔、レコードを出したことがあるっていってました。なんていったかな、あの歌のタイトル」

「いや、思い出さなくていいですよ。どうせあとで聴くんだから」

 そういって、私はトイレにはいった。用を足しておもてに出てくると、彼はまだ待っていてくれた。残念そうな顔で出迎えると、こういった。

「惜しかったなあ。いま、嘉手納さんがここを通ったんですよ」

「えっ」

「よかったら、ちょっと控室を覗いてみますか?」

「そんなことできるんですか」

「息子さんが一緒だと、中まではいれないと思いますけど」

 そういうと現代っ子らしい笑顔ともども、私にウィンクして見せた。私は喜んで彼に従った。

「古城、いや、嘉手納さんには息子がいるんですか?」

「こういうときには必ず息子さんが見えて、裏方までやってくれるんで助かるんです」

「裏方というと?」

「音響とか、照明とか、カラオケを流す係です。コントロールテーブルが控室にあるんで、やろうと思えば一人でもできるんです」

「ひょっとすると、その息子さんというのは… 」

「ええ、うちのバスで今日皆さんをこちらにお連れした嘉手納さんです」

 あの男が? オバだなんていってたが、自分の母親だったのか!

 なぜオバだなんて偽ったのか?

「月に一回くらい、嘉手納さんを囲む会っていうのがあるんです。じゃあ、あれはファンクラブの会合だったんですね」

「毎月やってるんですか?」

「月に一回はやってるんじゃないかな。ここのミーティングルームを貸切ったり、息子さんが連れ出すこともありますよ。この間はカラオケボックスにいったっていってました」

 なるほど、そこで歌を披露したのかもしれない。息子はそれを生業にしているのかもしれないな。ここの利用料なんかも賄えるくらいの収入があるのだろうか。もし、そうならカルト女優などとバカにできない。

 ファンがアイドルの生活を支えている、いや、アイドルの家族まで面倒を見てやっているってことだ。所詮、芸能人はそういうものだろうが…

 私は、なんだか心配になってきた。これが古城八千代のためなら、一回ぐらいは我慢ができる。ソックリさんだったら、私はともかく、他の連中が黙っちゃいまい。ソックリなら、まだましだ。いくら年をとったといっても、似ても似つかぬババアだったらたぶん大暴れだろう。

…なるほど。たしかに嘉手納はバスでいっていた。「高齢者の施設なので異様に盛りあがるのだけはやめてくれ」と。

 ここにいる間は、おとなしくしている他はあるまい。ここを出たときには影も形もないのではないだろうな。その証拠に、ここにいる職員は古城八千代なんてきいたこともないといっているじゃないか。高いカネを取って、エタイの知れない年寄りのカラオケを聴かされたあげく、自分らはトンズラするつもりなのか!

 私はどうしても開演のまえに古城本人を確認したくなった。

 ワカモノは先に立って、廊下を進んでいく。ホールを回り込むように進むと、そこから廊下は細くなった。人がすれ違うのがやっとというくらいだった。いわば関係者以外立ち入り禁止の従業員専用通路みたいなものだろう。角々にオシャレな照明がついてはいるが、洞窟のなかのようだ。閉所恐怖症のヤツだったら耐えきれまい。最後の角を曲がった突きあたりにドアがあった。

「あそこが控室です」

 ワカモノは相変わらずの小声で呟く。私はその角から覗くように控室のドアを見ていたが、彼は「来い、来い」と手招きをした。

「大丈夫かい? 急に出てきたりしないだろうな」

「ここはステージの真裏になっていて、反対側のドアからステージに上がれるんです。こっちに出てくることはありませんよ」

 恐る恐るドアに近づいていくと、中から微かに声が漏れてくるのが聴こえた。ワカモノはドアを指さし、指でOKのサインを出した。つまり「中にたしかに古城がいる」という合図なのだと判断した。ワカモノは口もとを手で覆い、小声で囁いた。

「大声でなにかいい合ってるみたいなんで、いまはやめた方がよさそうですよ」

 表側とくらべ、この控室は安普請にできているのか、ドア越しに話し声がよくきこえる。男の声は嘉手納であろう。一方の女の声は、自動的に古城ということになるのだろうが、私が知っている古城八千代を思い浮かべるには、ほど遠い声であった。話し方も、およそ垢ぬけていない。真夏の土埃が舞う乾いた農道のようだった。その内容もふくめて、まるで古城とは思えなかった。

「明日、ウチに戻っていいかい?」

「ダメに決まってるだろ。せっかくここにはいれたのに、なにいってるんだよ」

「もっと賑やかなところにいきたいよ。アタシにゃ、こんなド田舎耐えられないよ」

「ママには、こういう穏やかなところで暮らすのが一番いいんだよ。友だちはいっぱいいるし、世話してくれる人もいるんだから。だいいち、ウチに戻ってきてだれがママの面倒をみるんだよ」

「アタシゃ、だれの世話にもならないよ。自分でなんでもできるんだから」

「できません! 放っておけば羽毛布団は売るほど買うわ、用もない複合機から水のタンクまで、いったいなにがやりたいんだってものを買うじゃないか。生命保険の契約書を見たときは、この世の終わりだと思ったぞ。オレだって仕事があるんだし、ママを独りで置いとくのは身の破滅だよ」

「だったら仕事辞めりゃいいじゃないか」

「どうやって喰ってくんだ」

「…親なんて、かわいそうなもんだよ。苦労して子どもを育てても、用がなくなりゃポイと捨てられるんだから」

「別に捨てたわけじゃない。オレが面倒みれないから、ここにいるんだよ。ママだって若い頃はオレのことなんか、ほっちゃらかしで遊びまわってただろ」

「そんなことはないよ」

「オレはバアヤに育てられたようなもんだ。おまけに人気稼業だからって、ずっと甥っ子ってことになってたし」

「ひどいこというね。いつアタシがそんなことした? エ? トシヨリ」

「オレは頼俊。ヨリトシだよ。ママがつけた名まえだろ。トシヨリはママの方だ」

「・・・ 」

「なに泣いてるんだ、メイクが崩れるだろ」

「明日帰る!」

「だめ、ママのウチはここなの!」

 どう考えても認知症のききわけのない老婆と息子の会話だ。私は気が重くなってきた。このまま、帰ろうかとも思った。たとえホンモノだったとしても、こんな古城に会いに来たわけじゃないのだ。

 ワカモノはクスクス笑いながら教えてくれた。

「いつものことなんですよ。息子さんが来ると必ずこういう会話になるんです。でも翌日にはケロッとして、すっかり忘れてるんです。私たちはもう慣れましたけどね」

 私たちは通路を戻った。ホールには年寄りたちが続々と集まってきていた。さすがに古城のバースデイライヴだけのことはある。だが、ワカモノはいうのだ。

「利用者さんたちは、みんな退屈してるんです。だからちょっとした行事でも、ほぼ全員が集まりますよ」

「古城、いや嘉手納さんも他人のバースデイなんかに参加するんですか?」

「もちろん。施設内にいれば」

「へえ」

 私は、目のまえを通り過ぎる年寄りたちの顔を見た。赤ら顔のオバアちゃんが、私の方を見てぺこりと挨拶した。杖をついて足もとのおぼつかないオジイさんは澄まし顔で無視していった。別のオジイさんは、前屈みで他のものには目もくれず、足早にホールへ駈け込んだ。彼には表情がなかった。怒りも微笑もしそうのない無感情に見えた。郵便ポストが配達もしているかのようだった。

 私には、この人たちの若い頃を想像できない。古城は、いったいどんなふうに年を重ねたのだろうか。もはや私の知っている古城八千代は、この世の中に存在していないだろうくらいのことはうすうす感じていた。

 やがてBGMが流れはじめた。ワカモノは、私をもとの席へ戻るように促した。

「利用者さんが集まってきてますんで、これで失礼します」

「いろいろありがとう」

 ホールの中は照明が落とされ、自分のテーブルへ戻るのに苦労した。やっと自分の席についたと思った瞬間、場内は真っ暗になった。

 アナウンスが響く。

「皆さま、大変お待たせいたしました。ただいまよりバースデイパーティを開催します。今月の誕生者は、嘉手納チヨさん一名です。本人のご希望により、今回は嘉手納さんのワンマンショーをご披露いたします。それでは大きな拍手でお迎えください」

 そしてスポットライトがステージ上を照らす。息子の演出なのだろう。そのスポットライトのなかにスタイリッシュなシルエットが浮かびあがった。シルエットは、スポットのピンにはいる。

 黒に金糸のはいった振袖、カラフルな帯、そしてブロンドのボブヘア。私がDVDで観た、そのままの古城八千代がそこにいた。恐ろしいことに、まったく年をとっていないようだった。

 いっせいに拍手が沸き起こった。すでに前奏が流れはじめている。マイクを握った古城の、ボブヘアのひさしの下にある黒目勝ちなまなざしは、まっすぐに虚空を睨んでいる。時空が一気に数十年遡ったような錯覚に陥った。

「ではオープニングに歌いますのは、嘉手納さんが出演した映画『危険なシーズン』の挿入歌、『真夏の出来心』です。お聴きください」

 エレキ演歌のようなレトロな伴奏にのって、彼女は歌いはじめる。

♪ 恋だったのかしら あの夏の波打ちぎわ 日焼けした厚い胸に 抱かれたの…

 背筋をものすごい勢いで寒気が走った。いや、寒気ではない。しかし鳥肌が立っている。まるでナマローリングストーンズを見ているような興奮だ。これはいったいなんなのか。

 OFF会の連中も、金縛りにあったように古城にクギ付けになっている。メタボなどは呼吸するのを忘れたように身動きひとつしない。大丈夫か、コイツら。

 暗闇からだれかが呟いた。

「これは…『クモ女子大生』じゃないか」

 私は思った。やはり古城八千代などいなかったのだ。

「我々が古城八千代だと思っていたのは、実は『クモ女子大生』だったんだ」

「そうかもしれない」

 相槌を打つ声が私の近くからきこえた。

 また、だれかがいう。

「いや、たしかにここにいるのはホンモノの『クモ女子大生』かもしれない。でも、古城は、ホンモノの古城八千代はきっとどこかにいるんです!」

 私はさっきホンモノの古城八千代の声をきいた。だが、その姿を見たわけではなかった。あの声の主は、いまステージに立っている人物ではありえない。このひとは人間ではない。こんな生活感のない人間がいるはずない。

 もう、そんなことはどうでもよかった。私にとって、というより、ここにいる大多数のオタク連中にとって、虚しく響くだけだったろう。少なくとも私自身が本当に会いたかったのは、古城八千代ではないということがわかったのだから。

 ミラーボウルの反射光がキラキラと壁を這い回った。その緑や赤の光は、甘くとろけるような毒を放っていた。ひとつひとつの光の断片にノスタルジックな経済成長期の映画の情景が揺らいでいる。

 国籍不明な建築物に、いかがわしげなネオン管や明滅だけの単純運動を繰り返す電飾。

 東京ドームほどもありそうなナイトクラブにはアール・デコ調の装飾が施してあり、ビッグバンドを背に壺から出てきたコブラのように身体をくねらせ踊るダンサーやエキゾチックな歌姫がいる。

 昼間の街には床屋の渦巻きが能天気に自己主張をし、蚊取り線香のホーロー看板女優は愛想笑いしている。

 そして造成地の野原から見上げる空は、どこまでも広く限りなく青い…

♪ 太陽はわたしたちのもの 海も風もみんな でもあなただけは わたしのもの…

 最初に観たときから心魅かれたのは、このひとだったのだ。そう、いま私たちはホンモノの『クモ女子大生』を見ている。そして彼女は、私たちファンのエネルギーを吸収し、若さを保っているのだ。

 ブラボー、『クモ女子大生』! 『クモ女子大生』よ、永遠に!

                                     

※作中の人物、団体、実在する一部を除いた作品などに特定のモデルはありません。


                                      了


 

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