チャプター8
「ええぇ!まだ無理ってどういうことだよ!」
薄暗い地下洞窟の中で、健斗の叫び声がこだました。
「おおいおいおい!アル!まだ無理ってどういうこっちゃねん!ちゃんと説明してくれよ!」
「ええい!ちゃんと説明してやるから大声を出すでないわい!ただでさえ響くのだから声を押さえろい!」
注意するアルバートに健斗は意に介さず大声で続ける。
「だってさ!」
「まあまあ落ち着いてよケント!」
興奮してわめく健斗にジェシカが落ち着くようになだめようとするも全く効果はなく、健斗は止まらない。
「これが落ち着けるか!何でスゲーやる気になってるときにだめだってんだ!」
「ええい順を追って説明するから黙って聞け!」
大声で喚く彼にアルバートはついに怒り出し、逆に怒鳴り返して強引に黙らせた。
「いいか?確かに君にはチャリオッツナイトを着て戦ってもらうといったがな、着てもらうにはまだ準備が足りないのだ!」
「準備!?」
チャリオッツナイトとは健斗の心に衝撃を与えたあの鎧のことだ。健斗の目が覚めてから数日が立ち、傷が癒えるまでは安静にしていた。だが癒えたと判断されたとたん早くチャリオッツナイトを着せろと言ってきた健斗に、アルバートはまだ駄目だと言ったことがきっかけで冒頭のようなやり取りが行われたのである。
「チャリオッツナイトは強力な防具だ。身体能力の向上。魔術的にも物理的にも堅牢な装甲。だがそれらのスーパーパワーを発揮するためにとにかく重い!それにそれだけのパワーがあるのだから当然相応の身体能力が必要だ!今の君にそれがあるか?ん?」
「ぐぬっ!」
真っ当なことを言われ健斗は口をつぐんだ。実際に言われた通りに自分にはそんな身体能力はないからだ。
「そのためにも君には訓練をしてもらう!それまではチャリオッツナイトを着ることは許さん!」
「そうだよケント。それに今は魔族の進行が止まっているから焦ることないよ!」
「グヌーッ!で、でも一回着るくらいいいじゃんか!一体どんなものか着てみないとわからんぞ!」
健斗の言い分にアルバートは顎をさすって思案した。
「確かにそれも一理あるな」
「ちょっとお父さん!」
「ま、着てみないとどんなものかわからんか…、良し!ケント、実際に着てみるといい。まぁすぐに無理だということがわかるだろうがな」
健斗はそのつぶやきを聞いてはいなかった。着てみてもいいと言われた瞬間から駆け出していた。
チャリオッツナイトの前に到着した健斗はすぐさま身を乗り出してチャリオッツナイトに触れた。ガキンガキンという音を立てて鎧は健斗に装着された。
一瞬視界が真っ暗に染まるが、すぐ後に視界がクリアになった。驚くほどよく見えた。薄暗い洞窟内がまるで昼間のように明るく見えた。
「すげーよく見える!何だこれ!」
「チャリオッツナイトには夜でもよく見えるように機能を盛り込んである。それと視力が上がっているだろう。視覚機能の向上もあるから老眼で見づらくなっても安心だ!魔法のスキルを持っている場合は向上した視力を使って狙撃もできるぞ」
健斗の後に続いてチャリオッツナイトの前まで来たアルバートは、はしゃぐ彼にチャリオッツナイトの視覚機能の向上についての説明をした。
「俺にはスキルなんてないんですがそれは…」
「ははは!まぁスキルがなくともチャリオッツナイトは十分過ぎるほどの性能がある!だからそう悲観するな!」
がっくりと肩を落とした健斗は、気を取り直して鎧を着たまま歩き出そうとした。
「よっしゃ!そいじゃあ発進!」
「まぁ無理じゃろ」
「無理だろうね~」
鎧を着こんだまま動き出そうとする健斗に、アルバートといつの間にか来ていたジェシカが口をそろえて無理と断じた。
二人の言葉を無視して健斗は悠々と動き始めた。今の彼はアニメや漫画の主人公の気分になり切っていた。ロボットを動かす前はみんな揃って動かせやしないと断言していたが、いざ操作してみると主人公はあっという間の乗りこなし、みんなは手のひら返して称賛するのだ。
もちろん自分もその通りになると信じていた。でなければいったいどうして一目見ただけであんなに胸をときめかさせたのだろうか。
胸の高鳴りを抑えきれぬまま、健斗は右足を動かそうとした。が、微動だにしない。そんな馬鹿なと足に力を籠めるがうんともすんとも言わない。それどころか変に力を入れたせいでバランスを崩してしまい、ドスンという音を洞窟内に響かせて倒れこんだ。
「どわあああああああ!!」
「ほら、やっぱり無理だったじゃろ?」
「やっぱり無理だったねぇ」
じたばたとチャリオッツナイト内でじたばたともがいている健斗に、アルバートとジェシカは顔を見合わせて肩をすくめていた。
「ぬ、ぬわー!お、起こして…、起こして…!」
「は~・・・、ジェシカ、脱がせてやりなさい」
「合点承知!」
結局健斗は一指たりとも動かすことかなわず、ジェシカに鎧を外され、助け起こされるという無様をさらすことになった。
「酷い目にあった……」
「これでわかったろう?身体強化のスキルすらない君では鍛錬してパワーをつけなければコイツを動かくことは叶わんのじゃ」
健斗からチャリオッツナイトを引っぺがしたアルバートは難儀してそれを元あった場所へと運んだ。
「ふう、どっこらしょっと…、さて健斗、自分の無力さを痛感したところでさっそく君には鍛錬室へ向かってもらう。いくら今は魔族どもの進行が止まっているとはいえ悠長にしている時間など我々にはない!一刻も早く君を使い物にして少しでも早く魔族に占領されている村や町を解放せねばならん!ジェシカ!ケントを鍛錬室へ」
「は~い。じゃ、ケント付いてきて」
ジェシカに手を引かれるままに健斗はある部屋まで案内された。
案内された鍛錬室はカンフー映画でよく見るも木人を筆頭に、様々な重量のバーベルに素振り用の木刀や果てはルームランナーのようなもの等とトレーニング用の器具が所狭しと置かれていた。
「わお…」
「ここが修練室だ。ここで君には鍛錬を行ってもらう」
そう言って今度はその隣の部屋に案内された。
その部屋は足元に大きな魔方陣があるだけで、それ以外には何もない殺風景な部屋だった。
「この部屋は…?」
アルバートにこの部屋に事を聞こうと振り返った時部屋の扉が閉められた。
「ぬわ?!何だ!」
閉められたドアに近づこうとしたその時、強烈な力で上から押さえつけられ、健斗は立っていられずたまらず膝をついた。
「ぐ……、だ、立でだい…」
少しの間彼は膝をついて何とか耐えていたが、不意に謎の力が止み、荒い息をついて立ち上がった。
「な、なんだったんだ今のは…?」
息を荒げながら扉を開け、外へ出た彼は外でにやにや笑う二人に猛抗議した。
「おおおおい!今の部屋は何だ!」
「驚いたか!あの部屋は重力負荷をかけることができる部屋だ」
「重力負荷ぁ!?」
「そうだよ!ジェシカ特製の重力負荷はいかがだったかしら?」
「あれお前の手製だったのか…。あれ?じゃ、修練室の道具とかも?」
「私が作ったのだ!」
そこそこの胸を張って得意げな顔をしているジェシカに、彼は称賛のまなざしを向けた。
「でもそれとこれとは話が違う!いきなり負荷かけやがって!びっくりしたわ!」
「驚かせたかったのだから言ってしまっては意味がないだろう」
「そうだよ(便乗)」
「何が驚かせたかったじゃボケ~!」
こうして健斗の鍛錬生活が幕を開けた。
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「ほ~れどうしたどうした!そんなもんか!もっと根性見せてみろ!」
「む、無茶を……言うな……!」
重力室内で3倍の重力で腕立て伏せを30回のただいま2セット目、健斗は息も絶え絶えに行っていたが、途中で力なく潰れてしまった。
「む、むり……、もう腕上がんない……」
「何じゃ情けない」
「そーれそれそれ!まだ1時間もたってないよ!おら!走れオラぁ!」
「ひええええええええええ!」
ルームランナーもどきを走らされてい40分が経過、彼の背後にはトゲだらけの巨大ドリルが獲物を粉砕しようと金切り声を上げていた。
「ほーれほれほれ!走れ走れ!でないと死んじゃうよ~!」
「後ろのドリルいるうううううう?!」
「肺活量を鍛えるには水泳が一番じゃ!てことでジェシー!勢いアップ!」
「はい水流の勢い追加ね~!勢いアップ!ぽち~と」
「ぐわわがぼがぼ!」
肺活量上げのために流れるプールに逆らって泳ぐというほぼ拷問のようなことをやらされて3分、ただでさえほとんど流されるような有様であったが、水流の勢いを上げられ、ついに流されてしまった。
「がぼ~!?」
「ありゃ?流されてしまったな」
「少し上げすぎたかな~?」
「そーれ当たると痛いぞ~!避けて避けて避けまくるのじゃ~!」
「撃て撃て撃て撃て撃て~!」
「ぎゃあああああ!は、早い!早い!ていうか多いわ!」
四方向からピッチングマシーンもどきにから発射されるボールをよけ、反射神経と動体視力を鍛える修練を続けること5分、あまりの量の多さに健斗の体力は尽きようとしていた。そして顔面にボールが当たり終了した。
「がも!?」
「おっほ!ナイスヒット!」
「やったぜ!」
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「ぐへえ~!」
健斗は身を引きずるように自室へと歩を進めていた。鍛錬が始まってから一週間が立ったが未だにこの鍛錬に意味があるのか?そもそも効果を発揮しているのかまるで実感できていなかった。
ずるずると壁に体を預けながら歩いていると、前方の部屋から明かりが漏れているのに気が付いた。その部屋からアルバートとジェシカの声も聞こえた。
何となく会話の内容が気になったので、健斗はその部屋に耳をそばだてて会話を盗み聞きした。
「ねえお父さん。やっぱりケントじゃ無理だよ。いくらやる気があるっていったってスキルの一つも覚えないんだよ?やっぱり私が」
「はぁ……、何度も言っているだろう。あれはお前には無理だ」
「それでもケントよりはマシでしょう!私には少なくとも身体強化もあるし魔法だって!」
「それでもだ!私はお前に戦場に立ってほしくはないんだ!わかってくれ!頼む…」
「でもケントは-----------------」
健斗は盗み聞きをやめた。
彼は肩を怒らせて自室へと向かった。確かに二人がスキルの一つも覚えない自分に少なからず落胆しているだろうことは分かっていたことだった。それでも実際に言われると、しかも面と向かってではなく自分がいない所でこそこそ陰口のように言われれば腹が立つ。
健斗は怒っていた。自分には無理だと諦めたように断言したジェシカにも何の根拠でチャリオッツナイトを託そうとするのかわからない無責任なアルバートにもスキルの一つにも目覚めない自分にも。
健斗に目には涙が浮かんでいた。悔しさの涙だ。自分への怒りの涙だ。彼は上を向いて必死に涙を零さないように上を向いて堪えた。
自室についた健斗は速やかにベッドに入った。この悔しさを力に変えるために。怒りのエネルギーを逃がさないために、彼は速やかに眠りに落ちた。
次の日、ジェシカはいつものように健斗を起こそうと彼の部屋をのぞいたがすでにいなくなっており、困り果ててアルバートにそのことを報告した。二人はめぼしい場所をのぞいてみたが健斗の姿はなかった。
「どこ行っちゃったんだろう?」
「もう探してないところは修練室しかないぞ」
そう言って二人は修練室へと歩を進めた。
器具が置いてある部屋をのぞいてがやはりおらず、隣にある重力室をのぞいて、ついに健斗を発見した。
健斗は無言で、しかめっ面で黙々と腕立て伏せをしていた。見ると重力負荷を発生させているようで、何度か潰れるように倒れた。だが何度倒れても彼は腕立てを止めはしなかった。二人はその光景を黙って見つめていた。そこには弱弱しい少年はいなかった。そこにいたのは様々な怒りに燃える男の姿だった。
健斗がとうとう力尽きて完全に倒れたところを見計らって、二人は室内に入った。
汗を拭きながら健斗は入ってくる二人に一瞥をして、それからおもむろに口を開いた。
「昨日の夜、二人が話していたことを聞いたよ」
二人は驚いたような顔をして取り繕うように言った。
「あ、いや、その、昨日のあれは…、ほ、本気じゃないよ!ほんとよ!」
「そうじゃ、ケント私は君に」
「あーいいいい!別にそんな取り繕わなくたっていいって。わかってるから。二人の言いたいことは」
彼は二人の言い分を手を振って黙らせ、にらみつけた。
「わかってる!俺が弱いことくらい!わかってる!俺が向いてないことぐらい!それでも!……それでも!」
健斗は二人に宣言した。
「いいか!俺は何が何でもナイトを着るぞ!どれだけ時間がかかるかは知らないが着てみせる!何度倒れたってお前らの鍛錬についていって見せる!だからお前らは黙って協力しやがれ!」
射殺さんばかりに二人を睨みながら指をさして宣言する健斗に、アルバートとジェシカは一瞬だけキョトンとした顔をしたが、すぐにその顔は満足げなものに変わり、二人は快くうなづいた。
「もちろんだとも!でもまずは朝食だ。食べなければ鍛錬どころではないからな!」
「待っててケント!すぐご飯作るから!」
「ああ!とっとと食ってさっさと始めよう!時間が惜しい」
それから健斗は訓練を重ねた。敵のことを知り、計画を話し合い、その時に備えただひたすら訓練を重ねた。
そして健斗が鍛錬を行ってから……。
1年が経過した。