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シルバーナイト!  作者: 三流
シルバーナイト ビギンズ
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チャプター7

 気が付いて初めに感じたのは体に残る鈍い痛みだった。その痛みを感じたのを切っ掛けに意識が覚め始める。


 体が痛む。頭も痛む。何も考えられない。体の痛みをどうにか押しのけて健斗は目を開けた。だが視界がぼやけているせいで回りがどうなっているのかてんでわからなかった。その上、いくらか力を入れないと眼をろくに開けていられなかった。


 なので体の痛みと、ぼやつく視界が収まるまで目を閉じてじっとしていることにした。


 しばらくすると頭の中の霞がだんだんと消えてゆき、ほんの少しだが体に力が入るようになった。


 再び開かれた視界に映るのは洞窟だろうか?薄暗く、ごつごつとした岩肌により健斗はそう判断した。そばに簡素な作りの机が設置されており、その机の上に置かれた物が付近に吊るされているランプに照らされて影を作っていた。


 とりあえず起き上がろうとして、その時自分はベッドに寝かされていることに気が付いた。体の上には毛布がかけられていたようで、上半身を起こす際にベッドから落ちていった。


 落ちた毛布をベッドに戻し、それから部屋の中を探索していった。


 まず健斗は近くにある簡素な机に向かった。机の上にはいくらか小難しそうなことが書いてある本が2冊に筆記用具が無造作に転がされていた。引き出しがあったがその中には何も入っていなかった。


 これだけか?そう思い部屋の中を改めて見回してみると、今漁った机の他にはベッドがあるばかりで、それらしいものは何もなかった。


 部屋にはもうめぼしいものはないと判断した健斗はドアへと近づいた。そしてドアノブを握り、前に押した。何の抵抗もなくドアは開いた。鍵が閉まっていると思い込んでいたのであっさりと開いたことにいささか拍子抜けした。


 恐る恐る部屋から出た健斗は、あたりを見回して部屋の外がどうなっているか確認しようとしたが、一定の間隔でランプが照らしているだけで、しかも先が見えないほど広く、とてもじゃないがこのふらついた体でまともな探索などできそうになかったので断念した。


 右も左もよくわからないまま、健斗は目の前にある一本道を進むことにした。その道には板が吊るされており、この先広間と書かれてあったからだ。


 一本道を壁に体を支えながらなんとか進むこと幾分か、ようやく一本道を抜け出せた。本来ならばそう時間がかかるような長さの道ではなかったが、思っていた以上に体が動かず、そのせいで抜け出すのに時間がかかってしまった。


 抜け出した先は広い地下洞窟のようだった。天井を見上げても見えないほど高く、いったいどれだけここは広いのか見当もつかないほどであった。


 しばらくあまりにも広大な洞窟をキョロキョロと見まわしていたが、ここはどこのだろうか、という疑問をきっかけに彼の心に疑問があふれ出てきた。


 自分はなぜ生きているのか?ここはあの崖の下なのか?自分をベッドに運んだのはだれか?そもそもここに人はいるのか?


 頭の中に浮かび上がる数々の疑問に硬直していると、不意に洞窟内に声が響いた。


「ああ、起きたようだね。だが無理はいかんぞ。若いからって無理をしていては年を取った時に難儀するものだ」


 不意にかけられたその声に健斗はびくりと体を震わせて、それから声の出所を探ろうとしてあたりを見回した。


「ははは!驚かせてしまったようだな。私はこっちだ。君の近くに階段があるだろう。その先に私はいる」


 言われた通りに付近を見ると、確かに鍾乳石でできた階段があった。


「病み上がりのとこ悪いが、よろしく頼む」


 声の主はそれだけ言って口を閉ざした。健斗は怪しいと思いながらも、結局声に言われたとおりに階段を下った。階段は鍾乳石から滴る水で濡れており、体の自由が利かないことも相まって最後の段を下るまでえらく時間が掛かった。


 階段を下ったそこは明らかに今までの場所よりも人の手が加えられていた場所だった。


 道中の光源と違い自分の体がはっきりと見えるほど明るく、そのおかげで何があるのかはっきりと見ることができた。


 ここは作業場だろうか、鎧やら大砲やらそれらの部品やらが散乱していた。だがその中でもひときわ目についたのが厳めしく飾ってある鎧だった。


 その鎧は大柄で、鎧というよりもコミックやアニメなどで見たパワードスーツのような見た目だった。特徴的な外見もさることながらその鎧が放つ圧倒的なパワーと威圧感に健斗は目が離せなかった。


 健斗はその鎧に吸い込まれるように近づいてゆく。まるで光によって行く昆虫のように。


 この鎧の他にもいろいろと驚くような武器が、火縄銃を小型化した銃のようなものやそれこそ身の丈を超すような大砲やらがあるにもかかわらず、健斗の目には鎧以外映らなかった。


 運命だと思った。これまでの全ての嫌な出来事がこの鎧に出会うためにあったと思えるほどに、一目見ただけで彼の心にズドンと来た。そう思えるくらいのものをこの鎧に感じたのだ。


 鎧のすぐそばまで近づき、興奮で震える手で鎧に触れようとしたその時、後ろから声を掛けられ驚いて飛び上がった。


「その鎧、気になるかね少年?」

「どあああああああああああ!?」


 健斗は変な声を出しながらバッと振り向き、声の主を見た。


 声の主は白髪交じりの頭髪としわが刻まれた初老ぐらいの男性だった。鼠色の背広を着ており背丈は170の彼よりも大きく、190はあるかに思えた。男は杖を突いていたが、鍛え抜かれた体にこちらの内面まで見通すかに思えるような深い灰色の瞳も相まって、まったくそのことを感じさせないほど力強かった。


 何より男が放つその覇気が、男を何倍も大きな存在に見せていた。そして健斗は男の放つ威圧感が今見ていた鎧の放つ威圧感と似ていることに気が付いた。


「全く、その鎧が気になるだろうとは思っていたが、まさか何十分もかじりついているとは思わんかったぞ」

「あぁ、えっと、その、すみません…」

「ハハハ良いさ良いさ。それよりその鎧、気になるかね?」


 そう言って男は健斗の後ろにある鎧に視線を移した。


「はい」

「そうか…、その鎧は昔私が着ていたものだ」

「これをあなたがですか?」

「そうだ、今よりも魔族の侵攻が激しかった時にこれを着て少しでも人々を救おうと駆けずり回っていたのだが、今ではこのザマさ」


 男は自嘲気味に杖を指でトントンとたたいた。


「あなたは一体…」

「うむ、その話をするために君をここへ呼んだのだ。本来なら君を寝かしてある部屋でいろいろ話したかったが君がここまで来てしまったからな。ならばこの作業場兼作戦会議場でと思ったのだ、ささ、こっちへ来たまえ」


 男に促されるままに大きなテーブル前まで案内された。そしてそこに腰掛けさせられ、男もそこに座った。


「さて、では」と、口を開きかけたところで何やらドタドタとしたせわしない足音が聞こえ、男はそちらへと顔を向けた。


「ああ、そうだった忘れてた」

「おとーさーん!部屋に寝かしてた人どこにもいないの!」


 そう言って健斗が下ってきた階段を駆け足で降りてきたのは赤毛の髪をした少女だった。少女は動きやすそうな衣服を身に着けており、滑りやすい階段をひょいひょいと軽快に下ってきた。


「ジェシカか。そうかご苦労様。その彼ならほら、ここにいるよ」

「あ、本当だ!とりあえず歩けるくらいには回復してるんだね!」


 ジェシカと呼ばれた少女は健斗の手を取り、彼の具合を探るように顔を覗き込んできた。


「うんうん、顔はまだ少し青いけど大丈夫そうだね!」

「あ、はい」


 自分とさして年が変わらなそうな少女に顔を覗き込まれ、どぎまぎしながらしどろもどろに返答した。


 それから少女は健斗から離れ、男のすぐ横に椅子を持ってきてそこに腰掛けた。


「さて、全員揃ったことだし、そろそろ話し始めるとするか。君も気になっていることだろうしな」


 まず初めに男が口火を切った。


「では自己紹介から、私の名はアルバートだ」

「私はジェシカだよ!よろしくね!」

「う、上井健斗です」


 アルバートはうんうんと頷き、それから「ウエイケントか…。うん、良い名だ。でだケント、君拾ったのは全くの偶然だった」と、前置きを置いてからアルバートは口を開き始めた。


「君はどういう理由かはわからないが崖から落ちた。いや落とされた、そうだな?」


 健斗は黙って頷いた。


「うん、それから君はそのまま落ちて死ぬかに思われたが、あそこが森で本当によかったな。そのおかげで谷に生えている木に引っかかって落下の衝撃が和らげられた。そして落下したときの音をジェシカがたまたま聞いて、そこで君を発見したというわけだ」


 そこでアルバートは話を切り、今度はジェシカが口を開いた。


「見つけた時の君はひどいものだったよ。いくらか衝撃が和らげられたって言っても腕とか足とかの骨が折れてたし、打撲とか擦傷とかも酷かったし。おかげで治す方もてんてこまい。あ、でも君のおかげで回復魔法が万能じゃないってことが証明できたよ」


 そう言って彼女は肩をすくめた。


「まあそういうわけで私たちは君を保護したわけだ」


 それからアルバートは口を閉じ、じっと健斗を見つめた。


「さあ次は君の番だ」

「俺ですか?」

「そうだ。君が私たちが気になるのと同じように私たちも君がとても気になっている。ここは、あ~、客が来るような場所ではないからな。久々の客人で興味津々だ」

「私、気になります!」


 ジッと見つめる二人の視線に耐えかねた健斗は顔をそらし、下を向いて、それからぽつりぽつりと話し始めた。


 学校のこと。勇者として召喚されたこと。自分にスキルはなかったこと。そのせいでされた仕打ちのこと。手を差し伸べてくれる人が極わずかだったこと。王の命により崖から突き落とされたこと等々を語っていった。


 はじめの内はか細い声で語っていたが、次第にその語りには熱がこもり、ついには声を荒げて話していた。今までの鬱憤が堰を切ったようにあふれ出した。


「あああああああ糞野郎の加間ホモ野郎!腰巾着の不細工野郎!くそったれのデブ野郎!ああああああ何が(ファット)だ!ああああああ!くそったれの王女にくそったれの滝沢!何が何とかだ!全然何とかなってねーじゃねーか!あああああああ!糞!糞!糞!」


 立ち上がり、だんだんと足を踏み鳴らして怒りを露にしている健斗を二人は黙って見ていた。その顔には彼をこんな目に合わせたものへの怒りがにじんでいた。そのことが健斗にはうれしかった。変に口を挟まず黙って見ていてくれるのみならず同じように怒ってくれる。そのことが何よりもありがたかった。


 わだかまっていたものを吐き出した健斗は、しばらく肩を怒らせ荒い息をついて天井をにらみつけていた。


 それからある程度気持ちを落ち着かせて、ようやく自分の席に座った。


「はぁはぁ…、すみません。いきなり叫んだりなんかして」


 気持ちが落ち着いた健斗はたった今見せてしまった自分の醜態をわびた。羞恥のためか興奮のためか顔が赤くなっていた。


「まさか!君が謝ることなど何一つない!君の怒りは正当なものだ!そんなことをされたら誰だって怒る!」

「ホントよ!恥じることなんてないわ!自分からこちらへ呼んだくせに役に立たないからって殺すだなんて信じられないわ!」


 二人はまるで自分のことのように怒りをあらわにしていた。


「前からあの王はそうだった!自分の兵を失いたくないからと言って一年前にも勇者召喚をして結局無駄死にさせたんだ!」


 アルバートは怒りのためか、拳を固く握りしめぶんぶんと振り回した。


「あの、別にもういいですから。話の続きをしてもらえますか?」

「フゥー…、ああそうだな」


 健斗になだめられアルバートは落ち着きを取り戻した。


「さて、いろいろと話したが」


 アルバートは健斗の目をジッと見てきた。


「正直君がここへ来たことが私には運命のように感じたよ」

「運命ですか?」

「そう、運命だ。私はね、さっき言ったようにそこにある鎧をまとって魔族と戦っていたのだが、魔族軍の幹部に叩きのめされてしまって戦えない体にされてしまったのだよ」


 アルバートは健斗から目を外して飾ってある鎧に目を向けた。その眼には戦えない自分への怒りとむず痒いさをはらんでいた。


「無念の思いを孕んだまま数年が立った。その間鎧を着ずとも戦えるように準備をしていたのだが、そんな時君が来た」


 アルバートは健斗に指をさした。


「君を見つけた時の思いときたら!まさに天啓だよ。それこそ運命といっていい」


 感極まったようにアルバートは立ち上がり、そして衝撃的なことを口にした。


「君にこれをつけて戦ってほしい」

「はお?!」


 突然これを着て戦ってほしいと言われ、健斗は素っ頓狂な声を上げた。


「お父さん!?ちょっとそれ本気?」


 ジェシカが父の判断に待ったをかけた。


「いくらなんでも早急に過ぎるわ!彼この世界にきてまだ一月くらいしかたってないのよ!無茶よ!それなら私が」

「お前じゃ無理だジェシカ。それはお前が一番知っているはずだ」

「そうだけど…、でも!」


 それでもと彼女は食い下がる。


「そうかもな、だが彼を見てみろ」

「え?」


 ジェシカは健斗を見た。


 真っ青な顔、痣だらけのその顔は、しかし生気に満ち溢れていた。まっすぐ見つめ返す健斗の瞳を見て彼女は黙らざるを得なくなった。それだけ今の彼は生き生きとしていた。


「け、ケント。それを着て戦うってことがどういうことかわかる?すごくつらい目に合うかも?君がいたお城での出来事よりもうんとひどい目に合うかもしれないんだよ?それでもするの?」

「やる」


 健斗はすぐさま答えた。その返事に迷いはない。二人はじっと見つめあい、そして…。


「ハァ……」


 折れたのはジェシカだった。


「決まりだな」


 アルバートは満足そうにうなずき、健斗に手を差しだした。健斗はそれに応じた。


 両者の手は固く握りしめられた。


「いろいろと早急に過ぎたが、改めてよろしく頼むぞケント!」

「そんな!全然そんなことないです!あの鎧を見た時にはもう答えは決まってたんだ!こちらこそよろしくお願いします!アルバートさん!」

「アルでいい!さぁやることは山積みだ!忙しくなるぞ!」


 満面の笑みを浮かべて健斗の手を握るアルバートにジェシカは溜息を吐いた。


「もう、お父さんったら子供みたいにはしゃいじゃって…」


 はしゃぎあう二人に、それでもジェシカの顔にも笑みが浮かんでいた。


 散々虐げられ、馬鹿にされ、崖へと捨てられ、どん底へと落ちた健斗は立ち上がり、ついにどん底から這い上がり始めたのだった。


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