チャプター5
健斗と滝沢が談笑しているのと同じ時間に、別の場所でもある話がなされていた。
その話は大した話ではなかった。関わりのないものにとっては。その話は上司が使えない部下を切り捨てるといったごくありふれたものだった。唯一注目できるのもがあるとすれば、それが王族がそのを話しているといった点だった。
ところ変わってここは王の部屋だ。その部屋の内装は過剰なほど飾り付けられており、その部屋の主の性分を察するに有り余るほどだった。
その部屋の主である王は特注の大きな椅子に、それでもなお体をはみ出させながらどっかりと座り、目の前でひざまずいて命を待つ、つい最近できた将来有望な配下に満足そうな表情で頷いていた。
かしずいている二人の男は普段の様子からは考えられないほど神妙な顔つきで、黙って命があるまで微動だにせずひざまずいていた。
「ムフフフーン。面を上げよ勇者イヌスケ、勇者マルオ」
「「ハッ」」
面を上げてもいいと命じられた二人の勇者は顔を上げ主の顔を見上げた。
「んで、王様。こんな夜中に何の御用だい?もしかしてまた役立たずの処分かい?」
「ヒヒヒ!王様!今日も元気そうで何よりです!」
顔を上げるなりとても目上への態度とは思えないほど馴れ馴れしくしく話しかける加間と部座に王は、しかしにこやかな表情を崩さず、それどころか喜びさえしているようだった。
「ホホホ。まあそう急くな。とはいっても時間が時間故そう長く話すことはないから安心するがよい」そう前置きを置いて、一呼吸おいてから話し始めた。
「余は今あることで困っておる」
「あることっていうのは?」
「まあ黙って聞け。国を運営するとはすなわち金を運用することということだ。あれがやりたければこれに金をつぎ込み、これを行いたければそこに金をまたつぎ込む。金金金金、全くそればかり。しかも一年前の勇者どもの尽力のおかげで魔族どもの進行が止まってはいるが、その止まっている間にいろいろ立て直さねばならないことが本当に多くての、おぬしらは考えられるか?砦一つ立て直すのに一体どれだけ金がかかると思っておる?」
と、王は話をいったん区切って、やれやれというように首を横に振った。二人は口を挟まず王の話を黙って聞いている。
それからまた王は口を開き始めた。
「国の運営には本当に金がかかる。馬鹿みたいに金がかかる。まったく余の金だというのにどいつもこいつもあれをやれこれをやれと・・・。さらにお主たちだ」
そう言って王は加間と部座の二人をそれぞれ指さした。
「それにおぬしたち以上の戦闘力を持った二人への指導者だの何だのの支払いも馬鹿にならん。そんな中でろくな戦力にもならん役立たずをどうして金を払ってまで養わねばならんのだ?」
そこまで聞いた二人の悪党はようやく王が何を言いたいのか理解し始め、にやりと笑った。
「そうだよな~。そんな奴いらないよな~」
「うぷぷ~!王様、俺たちあなたが何を言いたいのか理解しましたよ!」
「んむ。ならば能書きはここまででよかろう。あの役立たずを処分してこい。金食い虫はもうこれ以上いらん!幸いこの付近に深い崖がある。生きたまま放り込んで来い」
命令された二人は顔を見合わせて笑いあった。王も一緒になって笑った。
二人は立ち上がり、王に深く一礼すると上機嫌に部屋から出て行った。
「ムフフフーン。これで余を苛む悩みの種が一つ消えた。まこと良いことじゃ。ムフフフーン」
加間と部座が部屋から出て、悠々と自室に帰っていくのを見ていた人物がいた。その者はむろん中での会話も抜け目なく聞いていた。
「大変…、このことを早く伝えなくちゃ、あの人が危ない…!」
その者はこの会話のことをいち早く伝えるために早々にその場を立ち去った。
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今日もまた昨日と変わりない一日が始まろうとしていた。誰も起きていないような時間帯に目覚め、他の転移者の誰よりも早く朝食を食べ、足早に修練場へ向かおうとしていた。
修練場へ向かうため廊下を早足で移動していた時にある人物に道をふさがれた。
「ああ、王女陛下ですか。どうかなさいましたか」
健斗の言葉をビリア王女は無視し、彼女は何かを警戒しているようにしきりにあたりを見回し、何もなさそうだと判断し、それから彼に向き直り手短に用件を話した。
「あの」
「ごめんなさい、私があなたと接触していることをお父様に知られたくないの。だから質問は無し。良いわね?」
王女の有無を言わさないその雰囲気に彼は黙ってうなずいた。
「ありがと。で、要件なんだけど」と言ってまたあたりを見回し、それからまた話し始めた。見ると額には汗が浮かんでいた。相当焦っているらしい。だが、いったい何を焦っているのだろうか。
「一体」
「無しよ。単刀直入に言わせてもらうけど、あなたはこのままでは父に殺されてしまうの!」
「んな!?!?」
健斗は驚愕した。でも不思議と腑に落ちた。あの王ならばやりかねないと思ったからだ。それから王にステータスカードを見られた日を思い出した。あの侮蔑をはらんだ眼が彼を貫いたあの日を。
放心状態になっている彼を王女は体をゆすって強引に正気に戻し、早口で言った。
「いい?今言ったようにあなたはこのままでは死ぬわ!私も何とかいろいろ試してみるから、あなたは今日一日、いやこれから私があなたの身を守れると伝えるまでどこかへ隠れていて!いい?私の父にこれ以上変な事させたくないの!わかった!?」
「は、はい」
それだけ言って王女は走り去っていった。その時一度だけこちら振り向き「ごめんなさい」と、一言謝った。
残された健斗はまだ事態がうまく呑み込めておらず、その場で呆然と立ち尽くしていた。そのうちハッとなって正気に戻った健斗はとりあえず自室へ向かい始めた。今はそれしか彼の安全圏は無かったからだ。
で、彼はその途中で加間の手下どもと鉢合わせしてしまったわけだ。
手下どもは彼を見るなり嬉々として襲い掛かり、健斗は為す術もなく地面に転がされた。
まったく…、何が面白くてそんなに笑っているのだか。
自分をなぶりながらニヤニヤと笑う騎士たちを見て健斗は苦痛に染まる思考で思った。
頭がいなくても自主的にこんなことをするのは嫌われ者の証拠だ。大方誰にも相手にされないうっぷんを俺にぶつけているに違いない。そうでなければ誰がこんなことをしたがるのだろう。
ヒマな連中め。
心の中で吐き捨てる。悲鳴を上げないように歯を食いしばって耐えながら、だれにも届かない呪詛の声を張り上げた。
ただ耐えた。決して声を発さず歯をくいしばって耐えた。いずれこの状況を脱すると信じて。
何の反応もなさない彼に次第に飽きてきたらしく、健斗を強引に立たせた騎士の一人がその体に蹴りを入れた。蹴られた体は何回転かしたのち、力なく倒れ伏した。
その様を指をさして笑いながら、騎士たちはどこかへと歩いて行った。どうやらボスから何も聞かされていないらしい。その身柄を引っ張っていかれなかったことは不幸中の幸いだった。
痛む体をどうにか引っ張り上げて立ち上がると、ふらつく体に鞭打って部屋に向かうために歩を進めた。
歩きながら、脳裏に浮かんだのは昨日の滝沢との夜の会話だった。この状況を同時化して見せるという彼女のキリっとした表情が思い浮かんだ。
どうしてそのことが思い浮かんだのだろうか。その答えは自分の部屋の目の前で下卑た笑みを浮かべ仁王立ちしている二人の男が示してくれた。
ああ、嫌な予感がするときには…。
眼前に愚か者の拳が迫っているのが見える。
ちゃんと警告してくれるんだなぁ…。
拳が顔面にめり込み、意識が消えるその刹那、彼はそんなことを考えていた。
ガンッ!という衝撃が走った後、意識が飛んだ。
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「-------------!」
「-------------?」
「------------ !!」
誰かが近くで怒鳴りあっているのが聞こえる。その声で意識が覚めた健斗は、ぼやつく視界で何が起こっているのか把握しようとした。
ここはどこかの森であろうか。どこを見ても木しか見えないので健斗はそう判断した。次第に耳も聞こえるようになり、何事かわめいている者の会話が聞こえてきた。
「もうそろそろだ。おい丸!誰にもつけられてないだろな!」
「バッチリですぜ加間さん!」
「よし!」
そう言って走るペースを上げたらしく、ガクガクと揺らされてひどく気分が悪くなってきた。それにより健斗は加間に担がれていることに気が付いた。
そして突然その揺れは止まった。見ると目の前には底の見えない崖が広がっていた。
「あ、加間さんこいつ起きてるぜ」
「ようゴミ!生きてるか?なんだかこっ酷くやられてるから死んでるかと思ったぜ!」
「ギャハハ!wwwww加間さん言い過ぎwwwwww」
ゲラゲラと彼をあざ笑いながら二人は健斗を強引に立たせ、崖際まで歩かせた。
「んま!王様からの命令でな!ある行けど死んでくれ!正直全然悲しくならないけど!」
「確かにwwwwww」
「俺を殺したからって滝沢がお前を好きになるわけじゃないぞ」
二人の笑みは凍り付いた。
「昨日の夜滝沢と話をしてな、その時お前が彼女を好いてるって伝えたんだが、伝えた時の表情をお前に見せてやりたかった。傑作だったぞ。何せ気持ち悪いって顔してたからな!」
「黙れ!」
加間は殴りつけて黙らせようとするが、健斗は黙らない。殴られた健斗は血を吹き出しながらなおも口を閉ざさず、捨て鉢に哄笑しながら口を開き続ける。
「あいつは決してお前のものにはならないぞ!お前の恋は初めから終わってたんだ!哀れな加間犬助!嫌われていることにも気づかない愚かな加咬ませ犬!」
「うるせええええええええ!」
激情した加間は健斗の首根っこをつかみ上げ、力任せに谷へと放り込んだ。谷底へ落ちて姿すら見えなくなるその時まで、健斗は哄笑を続けた。
「はははははははははははははははははは!」
落ちていき、嗤い声すら聞こえなくなったことを確認した加間は、肩を怒らせ部座へと歩み寄り、すり寄ってくるその顔面を殴りつけた。
殴られた個所を抑え何事か聞いてくる部座をにらみつけて黙らせ、そのまま痛みでふらつく部座を残して加間は走り去っていった。憤怒の表情でまっすぐに。