チャプター13 宿敵(2)
「うがああああああ!!!」
エレメントウェポンは足元から突き出された槍をバク転でかわし、背後から飛んできた弓矢を咄嗟に生み出した氷剣で叩き落した。
『杏ちゃん、次は右からくるよ!』
「ど畜生がああああ!!!」
右から勢いよく迫ってきた数体のランペイジウルフを氷剣と炎剣で蹴散らしながら、彼女は怨嗟の声を上げた。
「トラップが多すぎんだけどおおおおおおおお!!!」
『そりゃ敵の本拠地みたいなものなんだしトラップが多いのも仕方ないよ!』
「そんなの分かってますけどぉ!わかってるけど畜生!」
ジェシカの言い分に、エレメントウェポンはキレ気味に返した。その様子にジェシカはつい苦笑いを浮かべえしまった。
シルバーナイトと別れてから数十分。彼女は人質の確保をするため右側の通路を進んでいた。当然ともいうべきか、この通路には逃亡防止用のトラップが仕掛けられており、しかもその量が並ではなかった。
落とし穴、仕かけ槍といったオーソドックスな物から、侵入者撃退用の魔獣を呼び出す魔法陣といったもの等など。
距離にして言えば彼女の脚力をもってすれば一瞬で着くような距離なのに、そのトラップのせいでかなり長い事足止めを食らっていた。
『頑張って杏ちゃん!そこ真っすぐ進めば人質がいる部屋まですぐだよ!』
「うおおおおおおおお!!!」
押し潰そうと迫ってくる左右の壁を駆け抜け、やけくそになったエレメントウェポンはその勢いを維持。あまりの速さにトラップは彼女が駆け抜けた後の壁を空しく打ち抜くのみ。
「ッ!見つけたあああああああ!!」
エレメントウェポンは前方にある扉とそれを守るように立っている二人の魔族兵の姿を視界に収めた。
「え゛!?」
「何だこのガキ!(驚愕)」
開いても尋常ならざる雰囲気を纏いながら突貫してくる彼女に驚愕しつつも臨戦態勢に入る、しかしその時すでに彼女は懐へと入り込んでおり、勝負は一瞬で決着した。
「うるさい死ね!!!」
「「ぎゃああああああああ!!!」」
エレメントウェポンは両手に握っていた属性剣を一線、一撃で両者の首を跳ね飛ばした。
『あ、あの~その先には人質の人がいるんだから、その、もう少し落ち着いてから開けた方が』
「うるさ~い!!!オラぁ助けに来てやったぞ畜生!」
ジェシカは人質の事を考えエレメントウェポンを落ち着かせようとするがトラップの数々に怒り心頭の彼女は聞く耳持たず、怒りの赴くままに扉を蹴っ飛ばした。扉はあっさりとひしゃげ、ガタンという音を立てて床に倒れた。
独房の広さは精々が二十畳程度で、かび臭い据えたにおいが充満する衛生とは程遠い場所だった。その中に数十名の人たちが無造作に放り込んであった。ざっと見渡した限り誰も手枷も足枷もされておらず、それが逃げ出されない自信の表れなのか、それとも彼らは逃げ出さないと高を括っているためかエレメントウェポンには何とも言えなかった。
ただ一つわかることは、ここに人質たちを閉じ込めた奴が彼らの心身について全く考えていないという事だけだ。
中にいた人質たちは突如扉を蹴破って入ってきたこの小さな怒れる戦士に驚きとも不安とも取れる視線を向けたが、入ってきたのが魔族でないとわかると安堵のため息がちらほらと聞こえてきた。
「ふぅーっ…あたしの方はこのままこの人たち連れ出せば完了だな、そういえばナイトの方は今どうなってるんだ?」
囚われていた人たちの視線を一身に受けながら、エレメントウェポンはジェシカに聞いた。
『うん、ちょっと待ってね、お父さん、そっちの方は今どうなって』
ジェシカはアルバートにシルバーナイトの状況を聞こうとしたが、その瞬間に被せるように無機質なアナウンスが響き渡った
『責任者の権限により自爆魔法陣が作動しました、爆発まであと5分です、繰り返します、責任者の権限により』
『「はぁ!?」』
ジェシカとエレメントウェポンは同時に素っ頓狂な声を上げた。その直後、凄まじい破砕音が響いた。
「くそったれ!!向こうは一体どうなってるんだ!?」
『杏ちゃん!今はとにかく彼らを地上に逃がさなくちゃ!』
「ああくそ!おいあんたら、状況は見ての通りだ、無理言って悪いけど急いであたしについてきてくれ!ここから脱出するぞ!」
囚われていた人々は顔を真っ青にしながら彼女に向けて頷いた。エレメントウェポンは不安を煽るように自爆までのカウントを告げるアナウンスを聞かないようにしつつ、彼らに無理をさせない範囲で急かしながら道を引き返し始めた。
(健斗…、こっちは大丈夫だから、無茶するなよ…)
道中でまだ残っていたトラップに引っかかった子供を助けながら、彼女は未だ戦っているであろうシルバーナイトに向けて心の中でそう呟いた。
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シルバーナイトは冷静に臨戦体制に移行し、奇襲を仕掛けてきた者たちを見定めた。
身の丈およそ3メートル。筋骨隆々とした体にそれを包む堅牢な深紅の甲殻と鱗。太い四肢の先にはナイフのように鋭い爪が生えており、丸太の様に太い尾は一撃でたやすく人間の体を真っ二つにすることが出来るだろう。頭には一対の角が生えており、トカゲと人間とを合わせたようなその顔は凶悪そのもの。それはまさしく…。
「リザードマン…!」
「「グラアアアアアアアア!!!」」
彼が呟くと同時に二匹のリザードマンは跳躍、シルバーナイトに向かって襲い掛かってきた。二匹の攻撃を腕を掲げてガード。凄まじい衝撃が走るが第二段階のシルバーナイトはその程度の攻撃ではたじろがない。
シルバーナイトには段階があり、フォトンエナジーの出力が上がり、一定値を超えるとマントが形成された第二段階へと姿を変える。
この形態のシルバーナイトはまさに無敵。スピードもパワーも第一段階の比では無く、魔族兵の幹部と互角に戦えるほど戦闘能力が跳ね上がるのだ。
シルバーナイトは腕を跳ね上げて二匹を吹っ飛ばすと、すぐさまあたりをさっと見回してシュタインの姿を探した。そして見つけた。荷物を詰め終えたトランクを抱え、転移用の魔法陣へと小走りで向かってゆくシュタインの姿を。
「待て!」
シルバーナイトは即座に銀弾を飛ばして魔法陣ごとシュタインを消し飛ばしにかかるが、着弾する寸前に割り込んできたリザードマンが盾となり、目論見は失敗に終わった。
「邪魔をするなあああああああああ!!!」
「「グラアアアアアアア!!!」」
「ははは、そいつらは何とか失敗作を有効利用できないか試行錯誤した結果の産物でね、簡単な命令くらいは聞き分けられるくらいにはなったんだ、ただ素材として使った材料が悪いのか、時折生じる不確定要素が厄介でね、とりあえず地下に封印していたんだが、こういう物もとりあえず取っておくものだね」
盾となったリザードマンの影で無事に魔法陣を起動させたシュタインは、光の中で無感情に手を振りながら言った。
「ではこれにては私はお暇させてもらう、もう二度と相対することが無いように祈ってるよ」
「待てぇ!!」
シルバーナイトはザードマンの連撃をすり抜けシュタインに向けて手を伸ばすが、彼が手を触れる寸前でシュタインの姿は掻き消えた。
「あぁ…」
シルバーナイトはシュタインがいた魔法陣を茫然とした面持ちで見下ろした。この魔法陣は緊急用の使い捨てのタイプであったようで、最早その魔法陣から力を感じ取ることはできず、逆探知もできそうになかった。
「くそ…くそ…畜生!」
シルバーナイトはだんだん、と最早ただの模様となった魔法陣を踏みしだいた。
しくじった。シルバーナイトは奥歯をかみしめた。あの男の正体を知った時点で首を飛ばしていればこのような事態にはならなかった。そのせいでこれから何人の人が犠牲になると思う?すべてはお前の責任だ。
『健斗、後悔するのは後だ!今はその魔獣を倒すんだ。後悔はその後にしろ!』
ぎしり。シルバーナイトは歯を食いしばり、背後へとゆっくりと振り返った。リザードマンは警戒しているのか、一定の距離を保ったままこちらの様子を窺っていた。
こちらを観察するその瞳は見た目とは裏腹にどこか理性的な光が窺えた。隙を見出そうと、シルバーナイトの一挙一動を見逃すまいとするその姿勢はそう、それはまるで人間のような…。
「―――――」
「「グギャアアアアアアア!!!」」
一瞬の硬直をリザードマンたちは見逃さなかった。一匹は飛び掛かり、もう一匹の方は尻尾で足元を薙ぎ払ってきた。
『健斗!』
「っんお!」
アルバートによって引き戻されたシルバーナイトはまず尻尾の一撃を跳躍して回避、次いで空中で回し蹴りを放ち、飛び掛かってきたもう一匹の横っ面を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたリザードマンは机や器具をなぎ倒しながら弾丸のようなスピードで吹っ飛び、大の字で壁にたたきつけられた。あまりの衝撃で部屋は揺れ、パラパラと木片が天井から落ちてきた。
リザードマンの首はシルバーナイトの蹴りでねじ曲がっており、叩きつけられた衝撃で手足はあらぬ方向へと曲がり、背骨も圧し折れていた。たった今蹴り飛ばしたリザードマンを一瞥し、じきに絶命するだろうと見切りをつけたシルバーナイトはもう一匹のリザードマンに向き直った。
「一匹目」
「グラ!?」
リザードマンが気付いた時にはすでにシルバーナイトは眼前におり、慌てて迎撃するが易々と受け流され、逆に強力無比なショートフックが脇腹に深々と突き刺さった。
「ギュアアアアア!?」
リザードマンは脇腹を抑えて数歩後ずさりし、仰向けにひっくり返ってバタバタとのたうち回って苦しんだ。
シルバーナイトの一撃でリザードマンの肋骨は砕け、衝撃で肺臓にダメージが入り、さらに砕けた骨片が飛び散り体内をずたずたにかき回した。それは体内をミキサーでかき混ぜられたに等しい負傷だった。
しかし致死確定のダメージを受けてなお苦しみこそすれ絶命しないのは、やはりあの男の改造によるためのモノだろう。
「……」
シルバーナイトは無言でのたうち回るリザードマンに歩み寄り、その頭を踏み潰すべく足を掲げた。
「…そんな姿になってしまって、きっとすごく辛かったでしょうね、それもこれで終わりだ」
リザードマンを悲哀に満ちた瞳で見下ろしながら、シルバーナイトは独り言ちた。
…シルバーナイトは魔獣の生命力を失念していた。あるいは急激に膨れ上がった力が少々目を曇らせていたのかもしれない。何よりこの魔獣はドクターが手を加えた特別製だ。もっと警戒すべきだった。
『ッ!健斗右だ、かわせ!!』
「え?…ッ!」
アルバートからの警告にシルバーナイトは咄嗟に顔の右側面に右腕を掲げた。その瞬間に右腕に衝撃が走り、たたらを踏んだ。危なかった。もし彼からの警告が無かったらもろに顔面に食らっていたかもしれない。
右腕にびりびりと衝撃が走るが今の彼からしたら大した衝撃ではない。すぐさまシルバーナイトは不意打ちをしてきた者へと目を向け、目を見開いた。
それは先ほど蹴り飛ばしたもう一体のリザードマンだった。しかしあらぬ方向へ曲がった首はそのままに、だがさっきまでねじ曲がっていた手足はすでに治癒していた。竜人は未だ曲がったままだった首を治癒したばかりの手で掴み、強引に元の角度へと戻した。
馬鹿な、シルバーナイトは再度驚愕した。
何という治癒能力だ。今までの経験から首が折れても襲ってくる魔獣はいた。しかし、あそこまで大きな怪我を負って生きていた魔獣は一匹としていなかった。
そこでシルバーナイトははたと気づき、そして苦い表情を浮かべた。
しまった、さっき見た資料の事を失念していた。それに奴が言っていたじゃないか。あれはただの魔獣ではない。あの男の手が加わった特別性なのだ。だがここまで生命力が強いとは全くの想定外だった。
シルバーナイトが黙考していた時間はほんの1,2秒程度だろう。しかしその短い時間で動ける程度まで回復した足元のリザードマンがシルバーナイトに噛みついてきた。
「グラアアアアア!!」
「チィ…ッ!」
「ギャンッ!」
シルバーナイトは瞬時に思考を打ち切り、噛みつかれる寸前にリザードマンを蹴り飛ばした。リザードマンは地面を二転三転したのち受け身を取り、その巨体に似合わない俊敏な動きでもう一体と合流した。
二体は互いに目配せするとしめやかに動き出し、一体は背後へ回り、もう一体はシルバーナイトの正面で構えたまま微動だにしなかった。どちらもまるで熟練の戦士のような鮮やかな動き。いや、どちらかと言えばその動きは戦士というよりもどこか斥候を思わせた。恐らく素体になった魔族の名残のようなものだろう。
「……」
じりじりと自身を中心に動くリザードマンに、シルバーナイトはいかにしてこの者らを殺すか思案した。このまま無駄に時間を浪費しているわけにもいかない。あの男の事だ。証拠隠滅のための機構が仕掛けてあるかもしれない。
その時だった。まるで示し合わせたかのように無機質な音声が施設中に響き渡った。
『責任者の権限により自爆魔法陣が作動しました、爆発まであと5分です、繰り返します、責任者の権限により』
「何だと!?」
シルバーナイトは思わず天井を仰ぎ見た。その隙を見計らって前後のリザードマンが同時に踏み込んできた。
シルバーナイトは大ぶりなストレートパンチを放ってきた背後のリザードマンをバックキックで振り向きもせずに吹っ飛ばし、足を戻す勢いで一歩踏み込み、そのまま前方のリザードマンの顔面に正拳突きを叩き込んだ。
「「ブギャアア!?」」
『健斗、今のアナウンスを聞いたな!』
「ああ、分かってるとも!」
『そいつらを倒して急いで脱出しろ!杏たちはもう囚われた人たちを先導して脱出に向かってる、そいつらの再生力は厄介だが、今の君ならそう時間のかかる相手ではないはずだ、いいか焦るな、心を落ち着かせろ、決して迷うな、悩むのは後で良い』
正拳突きを受けてたたらを踏んだリザードマンのがら空きの胴体にシルバーナイトはボディーブローをねじ込み、腹を殴られて前のめりになった顔にアッパーを繰り出した。
3メートルを超える巨躯が浮き上がり、シルバーナイトは空中のリザードマンに止めを刺すべく人差し指と中指を合わせて銀刀を作り出し、二度と再生しないよう首を両断しようと振りかぶった。
が、両断する寸前で背後から爪で切り裂こうとリザードマンが飛び掛かって来たので、シルバーナイトは背後へと振り向き振り下ろされる爪を銀刀で受けた。
「ちっ、邪魔しないでくれ…!」
リザードマンの連続ひっかきを銀刀で受け流しながら、シルバーナイトは隙をついて爪をはじき上げ、胴体を真一文字に切り裂いた。しかしリザードマンは獣の本能か、一瞬早く後ろに飛びのくことで致命的斬撃を薄皮一枚切り裂くだけにとどめた。
「この…!」
そうこうしているうちに体勢を立て直したもう一体がどっしりとその場に構え、シルバーナイトに向けて大口を開けた。
『急激な魔力の高まり!健斗、でかいのが来るぞ!』
「むっ」
シルバーナイトが振り向くと同時にリザードマンの口から紅蓮の炎が勢いよく噴出した。
『健斗、左腕を掲げてフォトンエナジーを流し込んで!』
「は?」
と、突然ジェシカが通信を開き、シルバーナイトにそう指示してきた。疑問符を浮かべて聞き返す彼にジェシカは急かした。
「え?いや何を言って、ていうか杏の方はどうしたの!?」
『杏ちゃんは囚われてた人たちを逃がしてるとこ、それはいいから早く!』
「ええい分かったよ!」
言われるがままシルバーナイトは左腕をかかげ、フォトンエナジーを注ぎ込んだ。そのとたん左腕の機構が働き、銀のエネルギーシールドが出現した。
「んな!?」
出現した銀の盾は人一人覆いつくせるほどの大きさとなり、紅蓮の炎を完璧に防いで見せた。
「ジェシカこれは一体…?」
『へへ~ん凄いでしょ、ジェシカさん特性のエネルギーシールド発生装置ですぜ!健斗自身で作るシールドよりずっと少ない消費で作れる上に硬度はお父さんのお墨付きだよ!』
「はは、こいつはスゲェや…!」
左腕から再生された銀の盾を見ながら、シルバーナイトは感嘆の言葉を漏らした。リザードマンは火炎が防がれたことが信じられず、大口を上げたまま硬直していた。もう一体の方は突如出現した大楯に面食らって、警戒したようにその場を動こうとしなかった。
シルバーナイトは銀の盾から目を離し、フォトンエナジーの出力を上げながら再びリザードマンに向き直った。銀の光を足元から立ち上らせ、銀の盾と銀刀を構えるその姿はまさしく御伽噺や伝説に登場する聖なる騎士そのものだった。
騎士は心の中でジェシカに感謝の言葉を述べ、炎を吐いた姿勢で固まっている竜人へ盾を前面に構えたまま電撃的な速さで突っ込んだ。
「ギャワッ!?」
竜人は苦し紛れに火炎を吐くが、銀の盾は炎を一切寄せ付けず、騎士はそのままの勢いで盾を竜人に叩きつけた。
「ブエッ!?」
全身をしたたかに打ちつけられた竜人はたまらず数歩後ずさり前方を睨んだが、シルバーナイトの姿は掻き消えていた。ぎょっとしたようにあたりを見回すが、それが止めを刺される致命的な隙となった。
シルバーナイトは盾を叩きつけると同時に背後へと回っていた。体を隠すほどの大盾は目くらましにもなり、完全に彼の姿を見失ったリザードマンの背後からシルバーナイトは銀刀を大上段に振り下ろした。
「カッ…ガッ…!?」
振り下ろされる瞬間に殺気を感じて飛びのこうとしたがもう遅く、頭から股まで真っ二つに叩き割られたリザードマンは臓物をまき散らしながら左右にばったりと倒れた。
「ギュアアアアア!!!」
その刹那、今までずっと気を窺っていたリザードマンが背後から飛び掛かりシルバーナイトのマントを掴んだ。
捉えた!リザードマンの顔が喜悦に染まる。このまま引き寄せて殴ろうと腕に力を籠めた瞬間、マントが弾け、掴んでいたリザードマンの腕を粉々に吹き飛ばした。
「ゲッ!?」
吹き飛んだ腕を茫然と見下ろすリザードマンに、シルバーナイトは容赦のないサイドキックを胸に叩き込んだ。
リザードマンは血反吐を吐きながら吹っ飛ぶまいと両足に力を籠めて何とか踏ん張るが、シルバーナイトは無慈悲に銀刀で両足を切り飛ばした。
「アッ!!!」
足の支えを失ったリザードマンはうつ伏せで地面に倒れこんだ。シルバーナイトは蹴り飛ばして強引にひっくり返して仰向けにした。
リザードマンはもはや抵抗する気が無いのか、残った腕をだらりと地面に投げ出して脱力してその時を待っていた。こちらを見つめる瞳は凶暴な魔獣の瞳でなく、先ほど見せたあの理性的な目だった。
「タ…ノ、ム……コロ…シテクレ……モウタクサンダ……」
竜人は騎士に懇願した。騎士は驚きはしなかった。可能性の力が、目の前の魔族の成れの果ての心の悲鳴を感じ取っていたからだ。
騎士は銀刀を消して拳を握りしめた。騎士は竜人の頭に狙いをつけ、拳を引き絞った。竜人はただそれを黙って見ていた。
「トウヤ…サマ…モウシワケ……アリマセン…」
竜人は目の前で振りかぶられる拳を見届けると目を閉じた。まるでこの現実をもう見たくないとでも言う様に。
騎士の拳は過たず竜人の頭蓋をたたき割り、その下にある地面を陥没させ、その衝撃で部屋中に亀裂が走った。
「……」
シルバーナイトは拳を引き抜くと頭の無くなったリザードマンの亡骸を無言で見下ろした。
この魔族ももしかしたら今まで見てきた魔族のようなことをしてきたものだったのかもしれない。その結果ここに送られて実験材料にされたのかもしれない。
しかしここまでされる謂れは無い。例えどれだけ罪深い事をしてきた者でも、その命を弄ばれていい理由など無いのだから。
今際の際にこの魔族が呟いた者の名を、彼は頭の中で反芻した。それがいったい誰の事なのか皆目見当もつかないが、あの感じからするとその人物は相当慕われていたことが窺える。
何れにしろ目的が達成された以上ここにもはや要は無い。自爆までのカウントダウンと警告がしつこいほど繰り返されている。アナウンス曰く残り時間は後2分らしい。
シルバーナイトはめちゃくちゃに破壊された部屋を物色し、少ない時間で資料をありったけかき集めて急いで部屋を出ようとした。しかし彼は部屋から出る際に一旦踏み止まり、振り返って二体のリザードマンの遺体を銀の炎で燃やし尽くした。
これで彼らはこれ以上弄ばれることも無くなった。遺体の消滅を確認すると今度こそシルバーナイトは急いで部屋を出た。
人の気配の無い廊下を爆走しながら、シルバーナイトは先ほどの行為が果たして正しい事だったのか自問自答していた。
彼らは生きたまま魔獣に変えられ、そして俺の手で死んだ。それ以上にやりようはない。俺はできるだけのことをやった。まさかお前はあれらを元に戻せると思っているのか?
心の内から湧いてきた声が嘲笑った。
遺体を消し去った所であいつらが救われたと思ったか?そんなわけがない。あの男に囚われ、改造され、奴らは生き地獄を味わった。その時点であいつらは救われちゃいない。最後が安らかに思えたならそれはただお前がそう思いたいだけだ。遺体を燃やしたのも彼らを救ったと自己肯定するためにすぎん。
言われるまでも無い。それが唯の自己満足でしかないことを彼は良く知っていた。
声は続ける。
忘れるな。俺は確かに無限の可能性の力を持っちゃいるが、あくまで持ってるだけだ。全てを選び取れるわけじゃない。全てを救えるわけじゃない。俺は神じゃない。御伽噺の騎士でもない。ただの上井健斗だ。ただの人間だ。ただ普通の罪人だ。
シルバーナイトは階段を駆け上がり、その勢いのまま扉を跳ね飛ばしながら小屋の外に出た。そこからすぐ先にエレメントウェポンと囚われていた人々がいた。
彼女たちの姿を視認した瞬間、背後で大爆発が起こった。
シルバーナイトは咄嗟にバリヤーを張り全員を保護するとともに背後を振り返り、爆発の中に消え去ってゆく小屋を脳髄に焼き付けた。
熱風が全身を苛むが彼は平然としていた。彼の体はうっすらと銀の光が包み込み、その瞳は凄まじい憤怒に燃え盛っていた。
この日を境に彼の目標である人を救うの次にビクター・シュタインの抹殺が追加された。
必ず殺す。人の命を弄び、罪悪感すら持たないお前を絶対に許さない。覚悟しろドクター。たった今からお前の安息の日々は終わった。お前の偽りの研究はこの俺が終わらせる。必ずだ。
背後から人々の声が聞こえる。振り返って駆け寄ってくるエレメントウェポンと耳元から聞こえる友人の声に返答しながら騎士は拳を握りしめ、魂に刷り込むように心の中で誓いを立てた。
ここからドクター・シュタインとシルバーナイトの長い付き合いが始まったのだった。




