チャプター11 潜入
「ハアッ!」
「ぎゃあっ!」
シルバーナイトの拳が魔族兵の顔面に突き刺さった。魔族兵は勢いよく吹っ飛び、地面を二転三転とがり、勢いよく木に叩きつけられた。
魔族兵の視界がチカチカと瞬き、ほんの一瞬だけ意識が失われ目の前が真っ黒になる。だが顔面の焼けつくような痛みが強制的に意識を覚醒させる。魔族兵は呻きながら、頭を振って何とか朦朧とする視界を元に戻す。
そして戻った視界の目の前にシルバーナイトが無言でたたずんでいた。
「わあっ!」
「お前が最後の一人だ」
騎士は無慈悲に言い放った。
最後の一人と彼が言うように、周囲には同じように顔面を殴られ、一撃で殺害された魔族兵の死体が無造作に横たわっていた。
「お、お前はシルバーナイトだな?!な、なぜ俺たちを襲う?」
「愚問を、お前達がドクターとやらの手勢だからだ」
そう言って、シルバーナイトは魔族兵の右腕につけてある腕章を睨みつけた。そこにはこの魔族兵の所属を示すマークがついてあった。
「あ、あぁ…」
「僕らが何も知らないと思ったか、ここ数日で、お前のお仲間が随分と数を減らしているという報告は無かったのか?」
数日前、ゾンビを殺し終えた彼らは男と大量の死体を持ってアクアランドから一旦離脱し、男を受け入れられそうな場所を探すためロドニー王国へ向かった。
いくつか断られたものの、最終的には受け入れてくれる村があったため、二人はそこに男を預けることにしたのだ。その際、たまたま村に立ち寄った勇者一行と鉢合わせし、短いながらも話をすることができた。
後の事を考えれば、ここで会えたのは行幸だったのかもしれない。
『ありがとうございますシルバーナイト様、エレメントウェポン様、あなたたちのおかげで同胞をきちんと弔うことができました。これなら私もまだ生きていくことが出来そうです。ですので悔やまないでください、逝ってしまった皆も、きっとあなた方に感謝しているはずですから』
帰還すべくジェシカからの応答を待っているときに、不意に男がそう言ってきた。彼らを気遣ってのことかもしれないし、もしくは自分の気持ちに踏ん切りをつけるためだったのかもしれない。
ただ確かなことは、男が心から感謝しているということだ。
杏も、それを聞いていたジェシカもアルバートもその言葉に少なからず心が軽くなった気がしたが、健斗だけは違った。
感謝だと?死者が感謝などするものか。天国も地獄もこの世にはありはしない。死ねば終わりだ。死者が何かを語りかけてくることは決して無い。それは全てそうであって欲しいという自分自身の願望にすぎん。仮にそうであったとしても、感謝なんてするわけがない。あってたまるか。
間に合わなかったことが、人を死なせたことの免罪符になると思うなよ。
3人が男へ励ましの言葉を送っているころ、健斗は心の中で吐き捨てた。
帰還した彼らはアクアランドへの侵攻をいったん中止し、男の仲間たちを悍ましい怪物へと変えた犯人探しに費やした。
男が襲われた場所を中心に調査を展開。それらしき痕跡を血眼で探し出し、魔族兵の拠点を片っ端から攻め入って証拠をかき集め、ついに彼らは手掛かりを掴んだ。すなわち目の前にいる魔族兵だ。
シルバーナイトは腕章から目を離し、再び男を睨みつけながら腕章のマークについて考えた。
腕章にあしらってあるのはオリーブの花だ。オリーブの花言葉は確か平和と知恵だったな。この部隊の長は自分こそが平和を作る者であると信じて疑わないようだ。
ふざけやがって。ぎりっ、とヘルムで覆われた奥底で、シルバーナイトは歯軋りした。
魔族兵を見下ろす彼の瞳は一見氷のような眼差しに見えるが、良く覗き込んで見ると奥底に凄まじい憤怒と憎悪が燃えていた。
魔族兵は不幸にもその激情を読み取ってしまった。魔族兵の体に戦慄が走った。彼は自らの体がその炎に燃やされたかのような錯覚に陥った。魔族兵は体に走る痛みも忘れる程のパニックに駆られ、脇目も振らずに勢いよく駈け出した。
騎士は向かってくる魔族兵を脇にどいて通し、足を縺れさせながら走り去る魔族兵の背中に冷たい一瞥を投げかけ、通信に呼び掛けた。
「ターゲットは逃走を開始、ジェシカ、追跡の方は?」
『はーい、バッチりだよ!ターゲットは北西に向けて逃走…、アレ?』
「どうした?」
『や、何かある地点に差し掛かったあたりで反応が消えちゃったの』
「消えた?」
シルバーナイトは眉間をピクリと動かした。
「糞、それじゃあ振り出しじゃないか…!」
『いやそうでもないぞ、拠点の場所をレーダーに映らないようにするのなんて当然のことだ。逆に
言えばこの付近に存在しますという証拠でもある、エレメント』
アルバートはシルバーナイトに落ち着くよう促し、エレメントウェポンに通信で呼びかけた。
『あーい、ビンゴだぜアルバートさん』
エレメントウェポンは通信に答えながら、目の前にある建物を見上げた。
彼女の目の前にはさびれた掘立小屋がぽつんと無造作に建てられてあった。そしてその小屋へ導かれるように血痕が点々と続いていた。
「へへへ、向こうがわざわざ道しるべを残してくれたから、すぐに分かったぜ」
『よし、ではいったん帰還しろ、突入は明日にする』
『は?このまま一気に叩くべきだ、奴らには一秒でも早く自分が何をしたのか思い知らせてやるんだ!』
ようやく元凶を叩ける好機を得てシルバーナイトの中の憎悪がこれでもかと膨れ上がり、このまま突入しようと提案した。
『だめだ、もう今日は遅いし、何よりあのようなことをしでかす輩だ、どんな罠が仕掛けてあるともわからん、ここは万全を期すべきだ、いいな?』
『そうだよ、無理に突入して二人が怪我するなんて私いやだよ?』
『気持ちはわかるけど、ここは落ち着こうぜ、な?』
突入にはやるシルバーナイトに、3人は諭すように言った。
『…分かったよ、その通りだ』
シルバーナイトは逡巡し、結局折れる形で渋々それを飲んだ。
『よし、では送還用意』
返答を聞いたアルバートはすぐさまジェシカに送還陣を起動するように言った。ジェシカはアルバートに頷きかけ、すぐさま陣を起動させた。
『は~い!送還まで3、2、1…送還開始!』
ジェシカのカウントを機に体がうっすらと光始めた。
送還が発動する前に、シルバーナイトは魔族兵が逃げていった方角に目を向けた。この道の先に、彼らにあのような末路をたどらせた存在がいる。
今日は引いてやる。だが必ずしでかしたことの報いを受けさせてやる。必ずだ。
瞳に憎悪の炎を滾らせながら、心の中で改めてそう誓った。
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「では作戦の方を確認するぞ」
薄暗い作業場に、アルバートの声が響いた。
健斗と杏は転送魔法陣の上に立ち、すでにいつでも出撃できるようにしながら、アルバートの作戦の最終確認を黙って聞いていた。ジェシカは彼らの足元で陣の最終チェックを行っていた。
「昨日、敵拠点をレーダーによる索敵を行ったところ、敵は地下にそれなりの規模の拠点を作ってあることが分かった、また、作戦前に改めて索敵をしてみると数十名の人間の反応が確認できた」
大方、実験のための何かのためだろうとアルバート予想した。
「それに伴い多少計画が変わるが、それでも本作戦のメインは変わらない、「ドクター」の殺害に囚われた人々を救出するということが加わることくらいだ」
アルバートは健斗と杏を交互に見ながら作戦概要を続ける。
「君たちは施設に突入後、二手に分かれてもらう」
「あたしが救出で」
「僕がターゲットの始末だ」
杏の言葉を健斗が引き継いで言った。
「敵の拠点への侵入だ、何があるかわからない以上慎重に行動するように」
アルバートは二人に、特に健斗に言い聞かせるように言った。
「おとーさん、チェックオーケー!いつでも出られるよ!」
「よし、では転送陣を起動させろ」
「はーい、転送陣起動、これより転送を開始するよ、二人とも備えてね!」
ジェシカは転送陣に魔力を注ぎ込み、陣を起動させた。健斗と杏の体を光が包み込み始めた。健斗は収納していたナイトのヘルムを装着し、杏も仮面で顔を覆った。
「これより作戦を開始する、 くれぐれも油断することがないように」
「「了解」」
二人の体は完全に光に包まれ、杏が拠点前に設置した楔へと転送されていった。
「大丈夫だよね…?」
ジェシカは何か嫌な予感が胸の内に去来し、ついアルバートへと呟きを漏らした。
「大丈夫だとも、彼らならやってくれるさ」
娘と同様な不安を感じつつも、それをおくびにも出さずに彼はジェシカを安心させるように微笑みながらそう言った。
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転送が完了したのと同時に二人はしめやかに駆け出し、掘立小屋の扉を破って中へと突入した。索敵により、罠がないことが分かっていたための強引な突入だった。
内装は見た目通りのもので、埃が沈殿し蜘蛛の巣が張っていた。彼らが歩く度に床はギシギシと音を立て、まるで朽ちた床が悲鳴を上げるかのようだった。
シルバーナイトとエレメントウェポンは迷いない足取りでリビングにある本棚へと歩み寄り、横へとずらした。
アルバートからの情報の通り、その下には地下へと続く階段があった。二人は目を見かわし、先にシルバーナイトが、次いでエレメントウェポンが順に下りて行った。
階段には明かりが無く、入り口から入ってくる明かりがかろうじて前方をうっすらと照らす程度の明るさであったが、それも数分後には届かなくなり、目の前が完全に真っ暗になって数分間歩いた所でようやく目の前に扉が見えてきた。
シルバーナイトは注意深く扉を開け、周囲のクリアリングを行い、安全が確認できると背後のエレメントウェポンにジェスチャーで入ってくるように示した。
「うへぇ、いかにも何か研究してますって感じのとこだな」
扉をくぐって入ってきたエレメントウェポンは周囲を見回して、そう感想を漏らした。
扉をくぐった途端景色が一変した。この施設を例えるなら廃れた病院だろうか、一本道の廊下は滅菌され、明らかにこの世界には似つかわしくない趣だった。
しかし、どんな趣の場所だろうと彼らには関係ない。ただ自分の役割を全うするだけだ。
二人は無言で薄暗い廊下を歩いた。
しばらく歩いていると、ジェシカから通信があった。
『もう少し歩いた所に分かれ道があるよ』
彼女の言う通り、少しばかり歩いた所に丁字の分かれ道ができていた。
『右の方が人間の反応が多数で、その部屋の前に魔族の反応が2つほど、左に魔族の反応2と、あれ?こっちにも人間の反応がある』
「そっちにも囚われている人がいるのか?」
シルバーナイトの疑問の声に、ジェシカも困惑気味に答える。
『う~ん多分ね、でもおかしいなぁ、さっき見たときこんな反応なかったのになぁ…』
「でも放って置くわけにもいかない、エレメントは作戦通りそのまま右に行ってくれ」
「ああ、分かった、無茶すんなよ」
「君もね」
二人は短く言葉を交わすとお互いに背を向け、各々の目的のために進み始めた。
「しかし、なぜ一人だけこちらに?何か目的でもあるのだろうか」
『さあな、ただろくでもない事は確かだろうさ』
「だね」
相槌を打ちながら、目の前にある扉を慎重に開け放つ。ここは実験器具置き場だろうか、用途不明の器具が狭い室内に無造作に散乱していた。部屋の反対側に扉があった。アルバートのナビゲーションによれば目的の場所はあの扉の先にあるらしい。
散乱する器具を踏まないように難儀しながら扉の前までたどり着く。ドアノブに手をかけ、回そうとする。開かない。鍵がかかっているようだ。
シルバーナイトは開かないと見るやすぐさまドアノブを破壊、強引に扉をこじ開けた。
扉を開けると同時にツンと鼻を突くような刺激臭が鼻を突いた。同時にそれに負けぬほど強い血の匂いも。広い部屋だった。ここにもまた大量の用途不明の器具が並んでおり、部屋の一角を占めている机には大量の資料がこれまた無造作に置いてあった。あまりにも多すぎて床にまで散らばってある。
その中から無作為に一枚を手に取って目を通す。
『ベース:魔族 掛け合わせるもの:ワイバーン
結果:生命力、膂力、俊敏性などの強化に成功。しかし知能の低下、及び凶暴性の増大、さらに突発的な暴走も見受けられる。つまりこいつは完全無欠の失敗作ってわけさ。使い道は精々何かを守るための番人ってところだね。こんなものでも君達は欲しがるのか、まあなんだって構わはないけど頼むから私の研究の邪魔はしないでくれよ』
「…ドクターとやらは同族でも容赦しないらしいな」
シルバーナイトは不愉快そうに眉をひそめる。
『ナイト、できればその資料は持ち帰ってほしい、貴重な情報だ、無駄にしたくない』
「わかった」
資料を持てるだけ持ったシルバーナイトはしめやかに部屋を横切り、その先に進むための扉へと近づいたが、アルバートからの警告が飛んできて物陰に忍び込んだ。
『よく見ろ、扉の前には魔族兵が二人いる、そしてその扉の先に人間の反応がある』
「逃げないよう見張ってるのかな?」
『入ってみればわかるさ、ともかく中の者に聞き取られないように静かにやるんだ』
「りょーかい」
通信を切った彼は深呼吸し、それから一気に物陰から飛び出した。
「あ?なん」
魔族兵に反応する間を与えず、弾丸のように飛び出したシルバーナイトは二人の魔族兵の首を締め上げ、握り潰した。
魔族兵の死体を脇に置き、気持ちを落ち着けてからドアノブに手をかける。かちりと、扉はあっさりと開いた。シルバーナイトは訝し気に眉を動かし、ゆっくりと扉を開いた。
中は薄暗く、本来は広いはずなのだろうが、あまりにも物がありすぎて、酷く手狭な印象を受けた。機械、薬品が入った容器、それから肉、肉、肉、肉。そして人影…。
シルバーナイトは目を見開いた。目の前にはひとりの人間がいた。だがそれは囚われた人間などではなく、嬉々として人肉をいじくりまわす薄汚れた白衣を着た異常者だった。




