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シルバーナイト!  作者: 三流
シルバーナイト ビギンズ
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チャプター4

 目が覚めると腹が立つほど煌びやかなシャンデリアが目に入った。


 目覚めてから一番初めに考えたことは自分のステータスカードを見た時のことだった。それから自分への深い落胆と、他の召喚された者たちへの強烈な嫉妬がふつふつと沸き上がってきた。それらのことに考えるのは日課になりつつある。


 それもこれもあのくそったれのくそったれのくそったれのくそったれ王にステータスカードの内容を公表されたからだ。あの時の王の侮蔑の目を彼は一度たりとも忘れてはいなかった。


 寝違えたからか体の節々が痛む。それに以前に体中が痛い。痛みに堪えながら難儀して王に対する苛立ちともにベッドから起き上がる。そのときに大きなあくびをし、口になかに違和感を感じたので洗面台へと歩いてゆき、口をゆすいだ。口内に鋭い痛みが走り、含んでいた水を吐き出すと水には血が滲んでいた。どうやらあくびをしたときに口内の傷が開いたらしい。


 それを見た健斗は怒りをはらんだ溜息を吐こうとして、止めた。溜息を吐くと幸せが逃げるというし、吐いたところで現状が変わるわけではないからだ。


 健斗は重い足取りで洗面台から離れ、奇麗に畳んである服を手に取り、寝間着を脱いでそれに着替え始めた。


 王に死刑宣告をされてから今日で1ヶ月になる。今日も憂鬱な気持ちが晴れることはなく朝を迎える。


 はぁ、と溜息をついたのと同時にドアがノックされた。朝食の時間らしい。正直言って行く気が全くといっていいほど湧かないが、それでも行くしかない。少しでも力をつけなければこの後体力が持たないからだ。


 それに…。健斗はドアを開けた。そこにはいつものようににこやかな笑顔を張り付けたメイドが立っていた。


 先行するメイドの背を見ながら健斗は思う。うまいものを食えば少しはこの気分も晴れるはずだ。


 朝食が用意されている部屋についた。その部屋には健斗の朝食が用意されているだけで他には誰もいなかった。


 その理由は、どうやら使用人たちが気を聞かせて他のクラスメイトよりも早い段階で健斗に朝食をとらせてくれているらしい。


(そんな気なんて利かせなくていいのに……。どのみち昼飯の時にカチ合うんだから)


 それでも気を聞かせて利かせてくれたのだから、それを受け取らなければ失礼というもの。自分を気遣ってくれる貴重な人たちなのだから。


 自嘲気味にそう呟いてから、彼は席に着き、用意された朝食を食べ始めた。


 そのさい口にスープを含んで、口内の傷を忘れたせいで彼は口を覆って激しく悶絶した。心配して駆け寄ってきた使用人に介抱されながら、どうにか痛みに耐えることができた健斗は使用人に替えのスプーンを頼んだ。悶絶してる拍子に落としてしまったからだ。


 替えのスプーンを受け取った彼は注意して、口の傷に触れないようにスープを飲むことを余儀なくされた。


 いつもならうれしくてたまらない食事も、この時ばかりはとっとと終わらせたくてたまらなかった。大好きなジャムを焼き立てのパンに塗って食べる時も口内の傷を気遣いながら食べねばならなかったからだ。これっぽっちも食事を楽しめなかった。


 どうにか朝食を食べ終えた健斗は使用人に礼を言い、それからあることを頼んだ。部屋から出た健斗は誰とも合わないようにそそくさと修練場へと足を運んだ。


 修練場には早朝であることも相まって、熱心な騎士くらいしか人はいなかった。こちらに気づき、声をかけてくる騎士に彼は軽く会釈をして答えた。


 王との謁見の次の日にこの修練場を紹介された。その際にこの修練場の説明をしていた騎士から、訓練次第ではスキルが発言するのでそう悲観するものじゃないと励まされたのだが、茫然自失な当時は嫌みにしか聞こえなかった。騎士にバンバンと背をたたかれる自分の横で加間と部座の嘲笑と罵声を浴びせられる映像が脳裏をよぎる。


 忘れろ。無視しろ。そう自分に叱咤し、それから修練場の一区画へ足を運び、そこで体力づくりのためのトレーニングを始めた。


 腹筋、腕立て伏せ、スクワット等々と、とにかくスキルの発現を信じて健斗は黙々と与えられたトレーニングを行った。トレーニングを行いながら合間にちらりと時計を見て、眉をひそめて、それから彼はトレーニングのペースを上げた。


 スキルの発現のためという意味ももちろんあるが、少しでも多く早朝のように早い時間にトレーニングをやっておかねば、後から起きる妨害によってろくに何もできないまま一日が終わってしまうので彼は必死だった。


 そして時計の針が10時の針を示すころについに恐れていたことが起きた。黙々とトレーニングをしている中、ある集団がこちらに向かってきているのが見えた。


 複数のガラの悪い騎士たちを従えた加間と部座が、健斗へニヤニヤとした気味の悪い笑みを浮かべながらこちらへとわざとゆったりとした歩調で向かってきていた。


 そして彼の前に来た加間と部座は、立ち上がった健斗の顔面におもむろに拳を叩き込んだ。


 まさか出会い頭にいきなり殴られるとは思っていなかった健斗は拳をもろに食らい、もんどりうって倒れた。


 間髪入れず加間は部座に命令を下し、部座は加間に喜んで頷き顔を抑えてもだえる彼に躊躇なく電撃を見舞った。


 痛みに悶えていた彼によける間などありはしない。電撃をもろに食らった健斗はがくがくと痙攣した。全身の筋肉が燃え上がったかのような激痛。電流のせいで悲鳴すら上げられない。電流を流された筋肉の痙攣と痛みにのたうち回る様はまるで素人のマリオネット劇のようで、加間と部座とその手下たちは腹を抱えて笑った。


 その間修練場には何人も人がいたが、誰も彼を助けるものどころか注意するものすらいなかった。皆見て見ぬふりをしていた。誰も加間と部座に目を付けられたくないからだ。


 電流は加間に静止命令が下るまで続いた。電撃を打たれてから静止命令が下される時間はそれほど長くなかったが、健斗はその苦痛はまるで何時間も続いたかのように思えた。


 縮こまって苦痛に耐える健斗を加間が強引に立たせ、配下の騎士に羽交い絞めにさせながら、加間は彼の腹に拳を叩き込んだ。


 苦しみにあえぐ健斗を離すように加間に命じられ、羽交い絞めしていた騎士はパッと健斗を離した。


 支えを失った健斗は床に手をついて苦痛に耐え、それから羽交い絞めしていた騎士に蹴飛ばされ床に倒された。


 それからはただただ蹴っ飛ばされたり踏みつけられたりした。その間中終始加間たちは笑っていた。弱者をいたぶる喜びを噛み締めるように。


 何時間ほどそうされていたのだろうか。気が付けば暴行は止んでいた。加間が胸ぐらをつかんで何事かわめいている。


「いいか、愛優ちゃんは俺のもんだ。お前がいちいちしゃしゃり出てくんじゃねえ!」

「ブフフwwwwwそーだぞ!生意気すぎwwwwwww」


 二人が何を言っているか理解できず、何とか理解しようとする朦朧とする意識は加間の拳が顔面に直撃することにより完全に途絶えた。



 ---------------------------




 意識が覚めるといつもの天井ではない天井が見えた。だがその天井は見慣れていた。加間と部座とその取り巻きによって。ここは医務室だった。


 体を起こそうとして、全身に痛みが走ったため、止めた。健斗の意識が覚めたことに気づいた医者が、彼に回復魔法をかけ、災難だったなと労わってくれた。


 修練場を紹介され、戦うための訓練を始めてからこれは毎日続いていることだった。はじめのうちは痛みのために大声を出したり、泣いて懇願したものだが、気が付けば声すら発しなくなっていた。


 例え劣悪な状況だろうが地獄の底だろうが、人は慣れるものだ。少なくとも労ってくれる人がいるという事実が、辛うじて彼を人に留めてくれた。


 もし加間と部座の二人に感謝をしなければならないのなら、向こうの世界にいたときに暴力への耐性をつけさせられたことだ。


 応急処置の回復魔法をかけた医者は、こんどは軟膏を傷に塗り始めた。傷に軟膏を塗られるときに鈍い痛みが走ったが、健斗は歯をくいしばって耐えた。


 処置が済んだ健斗は医者に礼を言って、ふらつく体をどうにか支えながら自分の部屋へと歩を進めた。


 部屋に入り、健斗は倒れるようにベッドに身を横たえた。加間と部座に呪いの言葉を吐き出したかったが、膨れた口はフガフガとしか発さず、それどころか痛みのせいで口を開くのさえ困難だった。


 何時間かが立ち、どうにか動き回れるようになると彼は机に歩み寄った。


 そこには朝メイドに頼んであったものが置いてあった。酒瓶とグラスだった。健斗は椅子に座り、慣れた手つきで酒瓶を開け、グラスに酒を注いだ。


 彼はそれをグイっとあおり、一息に飲み干した。


 瞬間、体中の痛みも加間と部座とその取り巻きと目を背け助けようともしなかった騎士どもへの憎悪と自分と違い優れた教官の元で研鑽をしている光と滝沢へのはらわたが煮えくり返るほどの嫉妬とこんな状況を作り出した王への殺意と自分への怒りがぼやけて頭の片隅へと消えていった。


 頭がくらくらして、視界がチカチカと瞬いた。何も考えられなくなる。


 だが足りない。もっとだ。もっと飲まねば余計なことを考えてしまう。酒をグラス並々まで注ぎ、口元へ運ぼうとして手が震えた。おかげで半分以上が床へこぼれてしまい、また注ぎ直さねばならなかった。


 だがその次も並々入れたがこぼしてしまい、結局半分まで注いで飲んだ。やはり一息だ


 そのおかげで体の痛みは消えたが、今度は頭が痛くなってきた。アルコールがガンガンと脳を揺らす。まるで脳みそがこれ以上飲むなと警告しているかのようだった。


 彼はその警告を無視した。頭の痛みをこらえながらグラスに酒をなみなみとついで、口元へと運んだ。今度は並々と注いでもこぼさなかった。彼はそれを称賛した。やればできるじゃないか。勲章ものだ。きっと誰もが俺を称えるだろう。


 そう考え、またあおった。


 今度は頭の痛みではなく吐き気がしてきた。我慢できず彼は床に倒れ、それから慌てて洗面台へ行き、嘔吐した。苦しくて長い嘔吐を終え、吐いたものを見ると吐瀉物には血が混じっていた。


 ふらふらと健斗はその場にしりもちをつき、茫然とした様子で虚空を見た。


 何が酒は命の水だ。何がこいつを飲めばすべてを忘れられるだ。全然忘れられないじゃないか。全然自分を忘れられないじゃないか。


 虚空を睨みつけながら、健斗は心の中で罵声を吐いた。しばらくそのままの態勢で動かなかった。それから深い溜息を吐き、もたつきながら立ち上がり、また机に座った。


 グラスを握ったまま呆けていると、不意にドアが鳴らされた。


 椅子を動かしただそちらを見るだけで何も返事をしないでいると、入室の許可なくドアが開かれた。


 入ってきたのは滝沢だった。彼女はきょろきょろと部屋の中を見渡し、机に座っている健斗を見つけ、駆け寄ってきた。


「上井君!?傷だらけじゃない!大丈夫?!」


 そう声をかけながらペタペタと彼の体をまさぐり、服をまくった。


「ああ滝沢か…、平気さ。気にしないd」

「気にするよ!ああ、こんなに傷が…」


 彼女は健斗の言葉を無視し、彼の体に回復魔法をかけた。その威力は医務室の医者の回復魔法とは比べ物にならず、みるみる傷が塞がっていった。


 あっという間に傷が塞がった己の体を見やり、彼は不思議そうに体をなぞった。それから健斗はグラスに酒をついで、またあおった。


「ちょっと!またお酒なんか飲んで!」


 さらに飲もうとした健斗から滝沢はグラスをひったくって、彼に酔い覚ましの回復魔法を放った。


 酔いがさめたせいでまた体に鈍い痛みが走ってきた。それでもさっきの痛みよりは遥かにマシになっていた。それでも陰鬱な気分が晴れる訳じゃない。


「ありがと。でもひったくることはないんじゃない?この世界じゃ俺はもう酒を飲んでもいいんだぜ」


 健斗は肩をすくめた。


「そういう問題じゃないでしょ!顔真っ青だよ」

「は~・・・・・、それで?何か御用で?」


 酔いがさめてしまった健斗は不機嫌になりながら、滝沢に要件を単刀直入に聞いた。


「んとね、加間君に上井君が暴行されたって聞いてね、それを聞いてすっ飛んできちゃったの。来てよかったわ」

「そのようで」


 つっけんどんな健斗の対応に多少むくれながら、滝沢は話を続ける。


「…加間君には何度も注意してるの。上井君に暴力振るうのはやめてって。それなのにどうして聞いてくれないんだろう…」

「ははは…」


 彼女は加間が自分に暴力をふるう理由がわからないらしい。まさかあれだけ好意を寄せられているのに気づかないとは。


「そりゃ単純な理由さ。やつはあんたに惚れてんのさ」

「ええ!?」


 理由を伝えられた滝沢はひどく驚いた顔で健斗を見た。


「で、あんたに庇われる俺を見て取られてるとでも思ってたんだろ。あとは御覧の有様で」

「そんな…」


 彼女は絶句していた。それから加間のことを思い出し、ブルリと体を震わせた。


 それを見た健斗はつい笑ってしまった。腹を抱えて笑った。


 おい加間見てるか?滝沢のやつおまえに惚れられてるって聞いたとき信じられないって感じに震えてたぞ!聞いてるか加間犬助。この感じじゃお前の恋は実りそうにないぞ!


 突然笑い出した健斗に、滝沢は身を震わした自分を笑われたと判断し、頬を膨らませて怒り出した。


「ちょっと!いくらなんでも笑うのはないでしょお!」

「ははは!違う違う。クフフ…!」


 健斗は手を振って否定し、それから彼女へと向き直った。


「まあそういことで、あんたがいる限りやつは俺を許さないわけだ」

「む~…、何か手はないか…」


 滝沢は頬に指をあてながら思案した。そんな彼女に彼は納得したようにつぶやいた。


「なるほど、こりゃあみんな惚れるわけだ」

「ほえ?」


 不思議そうにこちらを見る滝沢に健斗は手を振りながら言った。


「ああ、いや、誤解しないで。別に俺があんたに惚れてるってわけじゃなくてさ、あんたすごいやさしいもの。そらみんなその気になっちまうなって思っただけさ」

「そんな。私なんて」

「まず加間を筆頭に、部座に吉田に井上にそういや畑山の奴もそうだったな。それから」と、つらつらと彼女に気がある者の名を挙げていった。


「ま、あんたに気があるやつを挙げてったら俺の腕より長くなるからこれで割愛。ああ、最後に肝心なのをつけ忘れてたな。最後に光だ」

「えぇ!光君も?!」

「そりゃそうさ。なんであんたが驚いてんだ。だってあんたに接するとき光の奴露骨に色目使ってたぞ」

「そんなのわかるわけないじゃん!」


 そう言って、二人は黙って見つめあい、ぷっと噴き出して笑いあった。滝沢は呼吸を整えながら目元の涙をぬぐうと、また口を開き始めた。


「ふ~、なんか久々にこんな笑った気がするなぁ…上井君とこんな長々と話したことあんまりなかったけど、話してみると結構いいものだね」

「そういうとこだぞ」

「もう、茶化さないでよ」


 それからいくつか言葉を交わしあい、笑い、互いをからかいあったりした。


「じゃあもう行くね。私もできたら上井君を庇ってあげたいんだけど、訓練が忙しくて…」

「幼児じゃないんだ。それくらい平気さ。それに、もう慣れたから」


 こちらを気遣ってくる滝沢に、健斗はやんわりと断りった。それでも彼女は引かなかった。どうにかしてみせると彼女は去り際に宣言していたが、健斗はその言葉を微塵も信頼してはいなかった。


 そもそもの原因は加間が彼女に惚れているということであるのだから当然と言えた。滝沢が構えば構うほど自分への暴力は酷くなることを彼女は理解しているのだろうか。健斗はそこまで考えて、頭を振って思考を打ち切った。考えたところで何も変わりはしないからだ。


 とにかく今はただ眠かった。また体が痛み始めた。睡魔の赴くままに健斗はベッドに飛び込んだ。すぐさま睡魔が襲い掛かり、意識は落ちていった。




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