チャプター5
2週間、それが国境付近の掃討にかかった時間だった。
掃討したというものの完全とは言い難く、あくまでそれはそこを指揮していた魔族兵とそれが従える魔獣を倒しただけで、まだまだ野生化した魔獣が蔓延っており安全とはいえなかった。
何より種として根付いてしまった以上完全に根絶することは不可能に近く、そのことに気が付いた彼らは早々に魔獣を狩るのをやめ、転送のための楔を打ち込む作業や侵入口の整備などを行っていた。
だが健斗や杏といった強者がほぼ休まず戦い通しで敵戦力の殲滅に2週間もかかった。アルバートもまさかこれだけ時間がかかるとは想定外であった。
彼の計画では長くても1週間ほどで魔族の殲滅は完了しており、本来ならもうアクアランドへ入国しているはずだった。
アルバートも少し舐めていたのかもしれない。
ロドニー王国は落とされてからまだ日が浅く、それ故戦力もそこまで大きくなかった。魔獣の数もあまりいなかったわけだ。
しかし、アクアランドは落とされてからそれなりの時間が過ぎていた。迎撃の準備を整えるには十分な時間があったわけだ。
戦力の指標がロドニー王国しかなかったため、基準がロドニー王国のまま攻め込んだわけだ。計画道理にいかないのもしょうがない。
国境周りには魔獣の数も質もそれを運用する魔族兵たちも十分な数が配備されていた。一昨日攻め込んだ砦では魔族兵50人余り、魔獣がその倍近く、そして初日に相対したマンティコアやグリフォンが2体ずつ配備されていた。
ほぼ毎日半日近く休みなしで戦わされればさすがの二人も疲労で倒れてしまいそうになるかと思われたが、そうはならなかった。
その秘密は魔獣の肉にあった。
どうやらアルバートが調べたところ魔獣の肉は旨いだけではなく強力な疲労回復効果があり、栄養価も抜群に高いらしい。加えて腹持ちがよいため半日は何も食べずに全力で戦闘ができるほどだった。
だがそれらよりもっと重要なことが魔獣の肉には隠されていた。
なんとこの魔獣の肉、食べれば食べるほど身体機能や魔力が増大するのだ。
その効果は強大な力を持つ魔獣ほど大きく、もともと大きな力を持つ健斗たちは通常の魔獣の肉では増大する量が微々たるものだっため実感がなかったが、グリフォンとマンティコアの肉を食べて初めて健斗たちはその効能について知ったのだった。
しかしこれではあまりにも理がありすぎる。まるで初めからそのようにデザインされていたとしか思えない、とアルバートは言っていた。
何にせよその考えは憶測にすぎない。情報もないためわからないことをこれ以上考えても仕方がないし、害が無いのならありがたくいただくまでだ。
健斗は日課のトレーニングを終え、汗を拭きながら作業場へと歩を進めた。訓練場から出る際、振り返って杏に声をかけたが彼女はまだここに残ると言ったので彼は一人で作業場へと向かった。
作業場に入るとアルバートが散らかった作業机に座ってかき集めた情報が書かれた書類を見ており、離れたところではジェシカが転移魔方陣に屈みこんで作業をしていた。
ジェシカは転移魔方陣に健斗たちが撃ち込んだ楔に跳べるように魔法陣に覚えさせている真っ最中だった。
健斗はジェシカの集中を削がないように注意しながら、書類とにらめっこしているアルバートに近づいて声をかけた。
「やあアル、何か有用そうな情報は見つかったかい?」
「ん?…ああ健斗か、いや、見たところ大した情報はなさそうだ」
そう言って手に持っていた書類を机の上に無造作に置いた。
さっと目を通してみると魔獣の注文書、物資の運搬について云々、人員についてのかんぬんなどについてのことばかりで確かにそれほど有用そうな情報はなさそうだ。
ただ気になったことといえば、魔獣の注文について書かれた書類にたびたび出てくるドクターという単語が気になった。
加えてその書類には走り書きがありこう書かれていた。
『君たちが魔獣と言っている失敗作についてのことなのだが、あまり急かさないでくれないか?私としては君たちが望む失敗作ばかりにあまり時間を使いたくはないのだが』
「ドクター…いったい何者だ?」
「わからん、推察するには情報が足らなすぎる」
現在彼らは攻め落とした砦から集めた情報の整理や転移魔方陣の調整に取り掛かっていた。
「う~ん、情報の整理は君が、転移魔方陣はジェシカが担当するわけだから」
手持無沙汰なんだよね、と呟いてどうやって時間を潰そうかと考えた。
「君たちは休まず戦い続けた、今は体を休める時だ。こういう仕事は控えの私たちの役目だ、わかってるな?」
「うっ…、わ、わかってるよ」
こっそりと書類を手に取っている健斗へとくぎを刺すアルバートに、彼はバツが悪そうな顔をして書類を机に置いた。
ほとんどデスマーチ気味な連続出撃を終えた健斗と杏はアルバートから休むように言い渡され、現在2日が経過していた。
日課のトレーニングはもうやってしまったし、かといって何か料理でも作ろうという気にもなれなかった。
あれこれ考えていると、そういえば滝沢とある約束をしたことが思い浮かんだ。
「そういえばさ」
「どうした?」
「うん、僕滝沢に、ていうより勇者たちに時間が空いたら顔見せに行くって約束していたんだけど、どうかな?」
「その約束を果たしに行く、か」
と言って顎に手を当てて少しの間黙っていたアルバートは、彼に頷きかけた。
「うむ、いいんじゃないか?ただいいのか?アイフ王国の奴らは君を」
「アル、アイフ王国の人じゃなくて国王とそれに従う加間だよ」
「?もう一人のほうはどうした」
「あぁ部座のこと?あいつは、う~ん、ちょっとよくわからないんだよね、久しぶりに会った際にあいつから感じたのは強い後悔と…加間への恐れかな?」
まぁそれはともかくと前置きして健斗は首を横に振った。
「気にしてないっていえば嘘になるけど、何度も言うように今はそんなこと気にしてる場合じゃないしね。あんなのでも立派な戦力だ。今はあの王に私は敵でなく味方ですよって早いとこ言っておきたいんだ。余計な考えを持たれる前にね」
「なるほどな、君なりに考えてるわけだな」
「まあね」
健斗は肩をすくめた。
「ならばジェシカが今日の作業を終え次第すぐに」
「それならもう終わってますぜ」
「ぬ?」
声のした方を向くと魔法陣の方からジェシカが歩いてくるところだった。
「もう終わったのか」
「今日の分はだけどね、やっぱり中継する楔が無いと時間がかかってしょうがないよ」
額の汗を払いながら、ジェシカは溜め息をはいた。
「お疲れさまジェシカ、と言いたいとこだけどちょっと頼みがあるんだけど」
「話は聞いてたよ、もちろん良いよ!ていうかもう転送の準備は整ってるんだ、後は跳ばすだけですぜ!」
「本当かい!?さすが」
言いながら、健斗は早速転移魔方陣へ走っていったがその背中にアルバートが待ったをかけた。
「健斗よ、行くならナイトを着ていきなさい」
「ぬ、なして?本人証明ならステータスカードでいいんじゃ、それにあんまり威圧したくないって言うか」
「そうさな、いろいろと理由があるが強いて言うなら…話をスムーズに進めるためかな」
「え、どゆこと?」
首を傾げる健斗にアルバートはいいからいいからと彼の背を押してナイトを着るように催促した
「なに、君が懸念するようなことにはならんさ、決してな」
「はぁ…」
健斗はアルバートに言われるがまま、ナイトを身に纏った。
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「ふぁ~ぁ……」
「おい、なにあくびなんかしてんだ!」
大きなあくびをしている守衛ヘンリーへ、相方である守衛コンパントが肘でつついて注意を促した。
「いやだってあまりにも暇すぎて」
「バカ!そんなたるんだ考えでどうする!今がどんな時か忘れたか!?われらの役目は王都の中へ不審な者を入れないことと有事の際には―――――――」
憤慨してわめく相方へ、彼は親指である方向を示した。
その先には彼と同じかそれ以上にだらけた守衛たちが思い思いにリラックスした様子で佇んでいた。
「な?楽観的な考えなのは俺だけじゃないってことさ」
コンパントは苦虫を噛み潰した表情で守衛たちを見た。
「どーせなにもおきやしないよ、それに勇者だっているんだ、何とかなるさ」
「またそんな楽観的な」
こいつとはガキの頃からの付き合いだが、いつまでたっても口うるさいのは変わらないな。
ヘンリーは肩をすくめ、タバコを取りだし火をつけようと指に火を灯した。
その時、空を切り裂いて彼らのすぐ目の前に轟音をたてて何かが降り立った。
指に灯された火は何者かが降り立った衝撃でかき消されて消えた。
コンパントとヘンリーは顔を手で覆いながら、突然生じた衝撃に耐える。
「な、なん…――――――――ッ!!!!」
彼は突然の事態に戸惑いの声を発したがそれ以上なにも言えなかった。
その理由は降り立った者の姿を見たからだ。
銀色の全身鎧に身を包み、赤いマントをたなびかせ、銀のオーラを迸らせた騎士がそのオーラと同じ色の瞳でこちらを見つめていた。
話には聞いていた。しかしどうせ誇張されたうわさに過ぎないと高をくくっていた。
それがどうだ。実際にいざ目にしてみるとそれがどれだけ愚かな考えだったことか思い知らされた。
だって、こんなの英雄派の教え通りじゃないか。
どれだけ祈っても救いを与えない神を見限って、英雄派が新たに作り出した偶像、救世の騎士。人々の救いを求める心に呼応して天上から現れると言われる救いの主。
目の前にいるそれはまさにその話からそのまま出てきたかのような存在だった。
思考が現実に追いつかない彼らをよそに、騎士はつかつかと歩み寄ってきて話しかけてきた。
「すみませんが中へ入れてくれませんか」
「あ、え、あ、あはい」
呆けた顔で生返事するヘンリーに対し、何とか平静を取り繕ったコンパントが咳払いして彼の前に割り込んできて彼の代わりに受け答えをした。
「す、すまないが見ず知らずの者をそう簡単に通すわけにはいかん、このご時世だ、まずはステータスカードを拝見させてもらう」
「えぇわかりました」
そう言って騎士はステータスカードを取り出しコンパントへ渡した。
カードを受け取ったコンパントはさっとカードに目を通し、思わずため息を吐いた。
名:ウエイ ケント
性別:男
年齢18
スキル
なし
備考:手練れの戦士 シルバーナイト 救世の騎士 超人 世界最高の騎士 銀の力 可能性の化身
魔獣殺し 執行人
カードを食い入るように見つめていた彼の背後でどよめきの声が上がり、振り返るとヘンリーやさっきまでだらけきった他の守衛たちが押し合いへし合いながらカードを覗き込んでいた。
「お、お前らなにやってんだ、さっきまでの態度はどこへ行った?」
「うるせぇ堅物、見終わったんならとっとと俺らにも見せろ!」
「何をぬかすかこの寝坊助どもめ!」
「なんだとこの野郎」
「お、やるか?」
「ええいじゃまだ、俺にも見せろ!」
口論が激化しあわや乱闘が始まろうとしていた寸前、横合いから騎士がもういいか?と尋ねてきた。
その一言で彼らの熱は一瞬で冷め、コンパントは今の醜態を取り繕うように咳払いをして彼にカードを返した。
「それでぼ、…私は中へ入ってもいいか結論は出たか?」
彼の問いに守衛たちは互いに目配せしたり目を泳がせたりしたが、結局出した結論は入ってよしだった。
ただしまだ潔白か確証が持てないため、何人か同行するということになった。
実際はそんなことは建前で、本来はただ彼についていきたいというだけだったが騎士はこれを特に否定せず承諾した。
誰が一緒についていくかまた口論になったが、最終的にヘンリーとコンパントの二人が彼に付いていくことになった。
騎士の脇を固めて歩き去った二人の背中に羨ましそうな視線がいくつも刺さった。二人の若い兵士はその視線を感じながら、城壁の門をくぐっていった。




