チャプター3
陽光に顔を照らされ、それにより健斗は目を覚ました。見慣れない天井、見たことがないほどの豪華なシャンデリアがその目に飛び込んできた。
彼は上半身をベッドから起こし、体を伸ばして大あくびをした。
そして寝ぼけ眼をこすりながらあたりを見回して、一つくしゃみをした。
目に入ってくるのは向こうの世界にいた時では決してお目にかかれないであろうこれでもかと煌びやかな装飾品の数々で彩られた広い寝室。
ベッドは彼一人が寝るには過剰なほど広いキングサイズのベッドで、その感触はふかふかと柔らかく、横になればすぐさま二度寝に入れるほど心地の良い代物であった。
いまだその光景が信じられない健斗は頬を強くつねった。ひょっとしたらこの光景は夢であり、まだ自分は家で寝ていて、寝る前に読んでいたコミックの影響でそういう夢を見ているだけではないかという、淡い期待を込めてあらん限りの力でつねった。
涙が出るほどの痛みが頬に走った。ただ痛みが走っただけで視界が涙で潤んで見づらくなっただけで、眼前の光景が切り替わることはついになかった。つねった頬をさすりながら、彼はこれは夢じゃないということをついにに受け入ざるを得なかった。それでもまだ信じられない気持ちでいっぱいだった。
こんなことはありえない、と。
だがこの頬の痛みも本物だし、この目に入ってくる現実離れした豪華な部屋の光景も現実だ。健斗はそれを痛みによって知ってしまった。
健斗は頭を抱えた。この悩みを誰かに打ち明けたかった。だが今ここに、この世界には頼りにしていた友達も愛すべき家族も存在しなかった。ほかにも召喚された者はいるが、それほど親しいわけではなく、話し合おうという気にはなれなかった。どっかりとベッドに腰を下ろし、何もしないまま時間だけが過ぎていく。
しばらくするとコンコンとドアをノックする音が耳に入った。
彼はかぶりをふるってマイナスなイメージを頭の隅に追いやると、身なりを整え、弱っていると悟られないように先手を打ってドアをノックした者へと声をかけた。
ノックしてきた者は使用人だったようで、失礼しますと一声かけてからドアを開けた。
使用人は身なりをきちんと整えたメイド服を着ており、整った顔にはにこやかな笑みを張り付けていた。
健斗はそのメイドを数秒間凝視した。メイドなどテレビ番組や創作物くらいでしか見たことがなかったので、本物のメイドを生で見れたことに少しばかり感動を覚えていた。
「おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?」
「あぁ、はい」
「それはよかったです。朝食の準備ができました。今からそちらへ向かいますのでついてきてください」
流されるままにメイドの後についてゆき、朝食が用意されている部屋へと案内された。
案内された部屋には光と滝沢が着席しており、健斗が着席したときにようやく加間と部座が入ってきた。二人は案内してもらっていたメイドに下品な言葉をかけながら着席した。
全員がそろったので、各々は用意された朝食を食べ始めた。
昨日の晩餐の時のように朝食もこれまた美味で、ふかふかのパンにジャムを塗って食べた時には、朝感じていた不安はどこかへ飛んで行っていた。
満足するまで食べ終えた彼らは、席を立ち、ある場所へと連れていかれた。
その時に案内するのが使用人ではなくプートンが来ていたものと似たような服装をしている人物だったので、健斗はついに昨日プータンが言っていた国王の間に連れていかれるのだということに思い至った。ほかのものも思い至ったようで、緊張からか落ち着きなくそわそわとしていた。あの加間でさえもだ。その事実が、少しだけ彼の心を癒した。
健斗は緊張をどうにか落ち着かせようとして、道中周りをちらほらと見て気を落ち着かせようとした。
道中の廊下はやはり自分がいた部屋と同じように花瓶やらシャンデリアやらで飾り付けられており、あまりの自分の場違い感に逆に緊張が高まってしまう有様であった。
そうこうしているうちについに国王の間の扉前へと到着した。
扉前には屈強な騎士二名が守っており、その威圧的な雰囲気につい健斗は生唾を飲んだ。
目の前で大きな扉が音を立てて開く。
中へ入るように促され、光を先頭におっかなびっくりとした歩調で彼らは中へ入っていった。最後尾の健斗が中に入ると同時に扉は閉められた。
国王の間は彼らに与えられた寝室よりもさらに豪華に飾りつけされており、天井が驚くほど高かった。床には赤いカーペットが敷かれ、その先に玉座が見えた。
その玉座に座っている王と思わしき男はでっぷりと肥えた腹をゆすり、健斗たちを値踏みするように睨めつけていた。
王の第一人称は典型的なダメな王のそれそのもので、あまりにも典型的すぎて健斗は胸の内に一抹の不安を覚えた。
その横にはその妻らしき女とその女と似通った顔立ちの美女が柔和な笑みを浮かべていた。付近には有事の際の厳重な警備がされており、さらにその近くには国王に次いで位の高そうな者等が立っていた。
「ムフーン。よく来たな勇者たち。余はゴルデオン・ファントである。そしてこの者等は我妻であるレインと我が娘ビリアである」
紹介された二人は軽くこちらに会釈した。
それから健斗たちもそれに倣うように自己紹介をして、頭を下げた。
「ウム、苦しゅうない。面を上げよ」
下げている頭をあげさせ、それから彼らの聞く態勢ができ始めたところで王は話し始めた。
「さて話はそこにいるチリー・プートンから聞いていると思うが、今我々は非常に追い詰められておる状況だ。昨日は時間が無くお主らの能力の確認が済んでいないと聞く。そこでプートンは余が見ているところでお主らの能力の確認をしようと提案をしてきた。ムフフフーン。なかなか粋な提案をするではないか。褒めて遣わす」
「そのほうが王も納得していただけると考えたまでです」
「ムフフーン。そう謙遜するものではない」
王は上機嫌で口ひげをいじりながら、いきなり本題へと入った。
「ウム。特に御託はいらんだろう。お主たちも気になっているであろうゆえ。では早速・・・、そこの一番右の、ホレそこのお主だ美丈夫」
「お、俺ですか」
指名された光は、動揺しながら返事をした。
「ウム。まずはお前からだ。ホレ、奴に渡してやれ」
使用人が光の前に行き恭しくひざまずきながらカードのようなものを渡した。
「これは・・・?」
「ウム。それはお主らの、というよりは我々のスキルやら何やらを映してくれる道具じゃ。そこに向け念じるがよい。そうすればお主の力が見えてくるはずじゃ」
「念じる…。こ、こうか?」
光は言われたとおりにカードに向けて念じた。するとカードが光り輝きそこに文字が記載された。
名:ヒカリ イサム
性別:男
年齢17
スキル
魔法:光・炎 魔法耐性 身体強化 剣術強化 身体防御強化
備考:勇者
「ワオ・・・」
「ンム。見たのならばそのステータスカードをこちらに渡すがよい。余も確認したいからな」
王は光のカードを使用人に持ってこさせ、それをまじまじと見た。それから王は手をたたいてその内容を称賛した。
「ムフフフーン。これは素晴らしい!想像以上だ」
上機嫌になった王は光のカードを返した後、続けざまに光の隣にいた滝沢にカードを渡した。
カードを渡された滝沢は光がしたのと同じようにカードに念じた。
「こうかな…、えい!」
名:タキザワ アユ
性別:女
年齢17
スキル
魔法:全属性 魔法耐性 身体防御強化 魔術強化
備考:勇者
滝沢のステータスカードを見た王はこれまた上機嫌にその腹を揺らしながら、その内容を絶賛した。
「これまた素晴らしい!」
「えへへ」
べた褒めされた滝沢は気恥ずかしそうに頬を掻きながら、まんざらでもなさそうにはにかんだ。
次に加間と部座のステータスカードを受け取り、王は満面の笑みを浮かべた。
名:カマ イヌスケ
性別:男
年齢17
スキル
魔法:闇・炎 魔法耐性 身体強化 身体防御強化 痛覚遮断
備考:勇者
名:ブザ マルオ
性別:男
年齢17
スキル
魔法:雷 魔法耐性 幻術
備考:勇者
最後にトリを務める健斗も、きっと自分も光ほどではないがすごいスキルを持っていて、みんなから称賛されるのだと思っていた。
手渡されたステータスカードの内容を見るまでは、彼は英雄の気分でいられたのだ。
名:ウエイ ケント
性別:男
年齢17
スキル
なし
備考:ただの人間
健斗の思考が凍り付く。華々しい自分の描いていた活躍の光景が音を立てて砕け散った。世界から色がなくなったように見えるほどの衝撃が彼を襲った。
その間に使用人は硬直している健斗の手からステータスカードをとり、淡々と王のもとへとカードを持って行った。
「ああ!だ、ダメだ!」
だがその健斗の悲痛な静止は無意味に終わり、無慈悲に王はその内容に目を通した。
それを見た王から表情がみるみる失われてゆき、顔を上げ、健斗を見た。健斗を見るその目は明らかに侮蔑の色が浮かんでいた。その時、横にいた王女が彼に憐みの目を向けていたのを健斗は気が付かなかった。
健斗にカードを返してから王はにこやかに言った。
「今日は素晴らしいものを見せてもらった。この目で4人の勇者が誕生したのを見れたのだからな。ウム、苦しゅうないぞ」
そう言ってから王は声を立てて笑った。そしてひとしきり笑い終えたのち、これから戦闘訓練を行ってもらうということを簡潔に伝え、お開きとなった。
お開きになり、自由に行動できる時間ができたとたん、加間と部座が健斗のカードをひったくり、カードの内容を見た。その内容を見て二人はゲラゲラとその内容と健斗を嘲笑った。
「ダーッハハハハハハハ!マジかお前マジか!ハッ!ハ~ッ!」
「ブフフ~!wwwwwwwwwwwちょ、おまwwwwww俺以下とかwwwwww」
ひったくられたカードを返せと二人に抗議したが、加間はひょいひょい健斗をとかわし、隙をついて蹴っ飛ばした。その衝撃は向こうの世界にいた時とは比べ物にならず、健斗は2メートルほど吹き飛ばされた。
「すげ~!俺すげ~パワ~じゃね!?」
「か、加間さんスゲッ!マジすげぇ!」
どうやらその光景を目撃した使用人がいたようで、健斗が蹴っ飛ばされたすぐ後に光と滝沢がやってきた。
滝沢の身を案じる言葉に大丈夫と答え、助け起こされながら光が加間と部座のコンビに食って掛かる光景を見て、これからの行く末に思いをはせ、ブルりと身を震わせた。