チャプター20
「何と…」
『こ、この魔力量は…!』
『嘘でしょ!あのバカこの国ごと消し去るつもり!?』
渦巻く魔力のあまりの大きさにアルバートとジェシカの絶句する声が通信から聞こえた。
「フハハハハハ!シルバーナイト!貴様はよくやった!この大幹部であるマスターフレイム相手によくぞここまで戦った!しかーし!勝者は俺!お前は敗者だああああああああッ!!!!!」
息つく暇もなくフィーアは太陽のような輝きを放つ黒炎をシルバーナイトへ向けて放出した。
「食らえ!全てを灰にする恐怖ああああああああ!!!!!」
『お、終わった…』
『ああ…』
当たれば無事で済まないどころか瞬く間に灰になるだろう一撃。それどころか背にした国すら消え去るだろう。目前へと迫る黒炎の奔流を前に、シルバーナイトは不思議なほどに落ち着いていた。まるで恐怖が湧いてこなかった。かわりに湧いてきたのは溢れんばかりの憤怒と無限ともいえるような勇気だった。
二人の悲鳴が耳元で炸裂するのと同時にシルバーナイトは思いっきり身を捻り、右腕に銀のエネルギーを送り込んだ。エネルギーを送られた右腕はフィーアの禍々しい黒炎とは真逆の神々しい銀の光に輝いた。
そして黒炎が衝突する寸前に身のひねりを開放。銀に輝く右腕のエネルギーを解き放った。
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオ!!!!!」
「ぬ、ぐ、がああああああああああああ!!!!!」
それは可能性の光。健斗の中の無限の可能性の力。目もくらむ閃光とともに放たれた銀の可能性のエネルギーの奔流はフィーアの黒炎と正面から衝突。すさまじい破壊のエネルギーが周囲にまき散らされ城が、建物が次々に破壊されてゆく。
「のおあああああ!?なんだ!?」
突然目もくらむような閃光がしたかと思えば立っていられないような振動が起き、びっくりして倒れそうになった杏は剣を突き立ててその振動に耐える。
「なっ!あ、あれは!」
光の方向を見ると、銀の奔流と黒炎の奔流がぶつかり合っているではないか。
「―――――――ッ!!!」
健斗が戦っている。抗っている。そのことを再確認した杏は付近にいる振動で動けていない魔族兵に雷剣を突き刺した。
「あいつだって戦ってるんだ!あたしだって!負けてられるか!」
エレメントウェポンは叫び、進行を阻もうとする魔族兵や魔獣たちに果敢に飛び掛かっていった。
「おおおおおおおおおお!!!」
黒炎と銀のエネルギーのぶつかり合いは遠くで戦っている勇者たちの目にも届いた。彼らは驚きのあまり戦いの手を止めてしまったが彼らに手を出すものは皆無。何故ならその者たちも黒炎と銀のエネルギーとのぶつかり合いを見てあんぐりと大口を開けて停止していたからだ。そもそも振動で立っていることすら困難だった。
そして二人の超人の決戦は今まさに終わろうとしていた。銀のエネルギーが黒炎を押し始めたからだ。
「ぐおおおおおおおおお!?馬鹿な!!!そんな馬鹿なことがあるか!!!私の最強術が!!!こんなガキに!!!!人間ごときにいいいいいい!!!」
銀の奔流が徐々に迫ってくる恐怖からフィーアは絶叫して更に魔力を送り込んで術を強化するも、迫ってくる速さが多少遅くなるばかりでまさに焼け石に水の有様。そもそも薄汚れた魔力から放たれる黒炎が善なる無限の可能性から生じたエネルギーに敵う道理など無し。フィーアの脳裏に、はるか昔に忘れ去っていた死への恐怖が噴出した。
「おあああああああああああ!!!!!」
「これで終わりだ!!!!消えて失せろおおおおおおおお!!!」
フィーアが恐怖にのまれたのと同時についに銀の奔流は黒炎を打ち破りフィーアは反応する暇もなくその奔流に飲み込まれた。銀の奔流はフィーアの体を一瞬で消し飛ばし、勢いをいささかも緩めることなく彼方へと消えた。
シルバーナイトは勝利への余韻からかしばらく空中で放心していたが、通信からの大音量の呼びかけにより意識を取り戻した彼はびくりと体を震わせて慌てて通信に返答を返した。
「あーはいはい!なん」
『けけけ健斗!!!!!だ、大丈夫か!敵は!奴は!!!!』
『強大なエネルギーの消失を確認!嘘…マジで!?勝ったの!幹部に勝っちゃったの!?』
「うるせー!!!ンなのレーダー見りゃあわかるでしょーが!鼓膜が破れるわ!!!」
『おーい健斗!ジェシカ!アルバートさん!こちらエレメントウェポン!塔周辺および塔内部の敵すべて排除完了!中の人たちは衰弱してるけど全員無事だぜ!』
「お、終わったのかい。流石!」
『そ、そうか!う、うむ!ではとりあえず二人をこちらに送還するとしよう!あとはアイフ王国の奴らがうまくやるだろうからな』
『お、オッケー!じゃ、二人とも、送還するから準備して!』
「あー、先に杏のほうを帰してあげてくれ」
『エッ!?ちょ、どうして!?』
「僕にはまだやることがある」
『やることって、まさか健斗』
「残党狩りと収容所にいる人たちに王国が解放されたことを伝えなきゃね。あ、あと勇者たちへあいさつしとこうと思ってさ」
『む?挨拶とな』
「そ、彼らとは協力関係を結んどかないといけないからね」
『うぅ~む…、わかった。ジェシカ!』
『もうやってる!』
『おーっす、んじゃあ健斗、お先に』
「おう」
シルバーナイトは通信を切り、反転して猛スピードで飛んだ。目指すは勇者たちがいる王国の広場。そこにはこの国にいた魔族や魔獣の大半が集結しており、目的の二つが一気に達成できる場所でもあった。
シルバーナイトは眼下で武器を捨てて逃げ惑う魔族や魔獣を銀弾で次々撃ち抜きながら広場へと着地。着地の衝撃波でひるんだ魔族を次々と叩き殺した。
突然降ってきた銀の光を纏うシルバーナイトに目が点になりながら放心する勇者たちを横目に、我先に逃げ惑う魔族と襲い掛かってくる魔獣を淡々と殺戮した。
魔族兵と魔獣をあらかた殺し終えたシルバーナイトは勇者たちにつかつかと近寄り、その手前で止まって彼らをじっと注視した。
シルバーナイトを見た勇者たちの印象はそれぞれだった。一人はまるで神の使いか、あるいは神そのもののような神々しく映った。一人は自身を断罪しに来た死神のごとく映った。一人は自身が渇望してやまないまさに英雄のごとく映った。一人は何だか偉そうでムカつくという感想を持った。
「あ、あの!」
最初に口火を切ったのは滝沢だった。ぎょっとするように見るほかの者たちの視線を無視し、彼女はシルバーナイトへ声をかけた。
「何かね?」
「えっと、あの、あ~…」
声をかけたものの何を言うかはさっぱり考えていなかった滝沢は言葉に詰まり、変な声を出しながら必死になって何を言おうかと頭をひねった。そんな滝沢の様子にシルバーナイトはつい吹き出してしまった。
「ぷふーくっくっく!」
「な!わ、笑わなくたっていいじゃないですか!」
「い。いや~ごめんごめん!だ、だってあんまりにも変わってないんだもの!なんだかおかしくってさ」
「変わらない?」
変わらないと言ったシルバーナイトに滝沢は訝し気な視線を投げかけた。なんだそれは。その言い方ではまるで昔に合ったことがあるような言い方ではないか。
「ああそうか、鎧越しじゃあわからんか」
滝沢からの訝し気な視線に気が付いたシルバーナイトはひとり合点がいったように頷き、頭部鎧を背部に収納して素顔を見せた。
シルバーナイトの素顔を見た勇者たちは加間も含めて驚愕に目を見開いた。
「や、おひさ!」
「嘘…」
「嘘じゃないんだなぁこれが」
健斗は滝沢たちに向けておどけたように肩をすくめて見せた。
そしていまだ驚愕で硬直している彼らに、さてどうしたもんかと健斗は悩んだが、何か言おうとする前に腹部に走った衝撃に口を閉じた。
「ぬっ?」
「ぶええええええええん!」
見ると滝沢が抱き着いてきて大声で泣いているではないか。
「おおう!?」
予想外の事態に戸惑って勇者たちへ助け船の視線を投げかけるも光も部座も黙って首を振って手でバツ印を作っていた。
(使えねぇ!)
と、そう思っていたが加間がいないことに気が付いた。
(ありゃ?あいつどこ行った?)
そこまで考えたところで上から何かが降っていることに気が付いた健斗は滝沢を抱えて瞬時にその場から離れた。その瞬間彼のいた場所に加間が降ってきた。
「てめええええええよけてんじゃねええええええ!!!!」
「あーそういや君、あーそうでしたねぇ、うん。なんかごめんね」
「~!!!!!っざっけんな!」
健斗の態度に激昂した加間は健斗目掛けて拳をぶんぶんと振るった。健斗はその拳を呆れた様子でいなしながら滝沢に顔を向け、話しかけた。
「いろいろと言いたいことも聞きたいこともあるだろうけど、今日はまだやることがあってね、悪いけどその他もろもろはまた今度ね」
「グスッ・・・うん」
「てめえええええ無視すんじゃ」
「ええいしつこい!」
健斗はその場から跳躍して加間の攻撃を回避。空中に止まりながら大声で勇者たちへ叫ぶように言った。
「滝沢にも言ったけど、まだやることがあるからまた今度ね!今度はこっちから会いに行くからそこんとこ頼むよ!」
「あ゛あ゛ぁ゛!!!」
健斗は一方的に勇者たちに言い伝えると収納していた頭部鎧を再びガチャガチャと装着し、彼らが何か言うよりも早く飛び去って行った。
勇者たちの前から飛び去った健斗は、そのまま収容所があるエリアへと飛んだ。収容所の入口前へと着地した健斗は収容所を隔てる壁を破壊して、収容所内部へと悠々と入り込んだ。
収容所に収容された人たちは先の轟音や地響きに身を寄せあい、ただ事が収まるのを待っていた。そんななかいきなり収容所の壁が破壊されればざわつきもする。
初めの内は壁が破壊されたことや魔族への恐れからざわついていた彼らだか、壁を破壊し中へ入ってきた者の姿を見るや、そのざわつきが恐怖や不安から驚愕や歓喜のざわつきへと変わった。
入ってきた者はうっすらと銀の光を纏っており、その光と同じ銀の鎧を身に付けて赤いマントをたなびかせるその姿は、収容者たちに神か、あるいはもっと別の、自分達が信じてやまなかったある存在を連想させた。
「救世の…救世の…騎士…!」
誰かがそんなことを呟いた。その囁きは波紋のように広がり、誰も彼もが健斗を信じられない物を見るような目で見つめた
救世の騎士と言う単語は気になるが、今そんなことを問いただす暇はないと断じた健斗は収容者たちに静かにしてくれるように頼んだ。
収容者たちはその一言で全員ピタリと黙りこくった。長い間待たなくてはならないと踏んでいた健斗はここまで聞き分けがいいとは思ってはおらず、いささか拍子抜けしてしまった。
健斗はこちらを見つめる数えるのも億劫な瞳をぐるりと見回してから、簡潔に要点を告げた。
「えーと、僕らは魔族兵を束ねる幹部、獄炎のフィーアを倒すためにこの国へ入り込みました」
健斗は一旦言葉を切り、深呼吸をした。収容者達は、ロドニー王国の国民達は固唾を飲んで健斗の次の言葉を待った。
「そして僕らは先程獄炎のフィーアを倒し、この国にいた魔族兵と魔獣を殲滅しました。あなた達は自由です」
自由。その単語を聞いた国民達は大歓声を上げて誰彼構わず抱き合い、吠えながら歓喜の言葉を掛け合った。
歓喜に叫ぶ国民達を見ながら健斗は通信を開き、ジェシカに送還してくれるよう頼んだ。
すぐに送還は実行され、健斗は静かにその場から消え去った。彼が消えたあとにも国民達は自由になったことを称え合っていた。
このロドニー王国が解放された日から、人類の反撃はようやくスタートを切ったのだった。




