チャプター15
光が晴れ、健斗はまず周りを警戒して、それから周囲をざっと見まわした。
転送された場所は真っ暗で狭い坑道のような場所だった。シルバーナイトに備わっている暗視の術式がなければほとんど何も見えなかったことだろう。
「う~…転移の感覚ってやっぱなんか慣れないなぁ…て…暗っ!!!なんだこれ暗!!!ま、まさか転移失敗して暗黒空間に飲み込まれたのかあたしは!!!」
「お~い杏さん、転移にはちゃんと成功しているはずだよ」
見かねた健斗は杏に向けて声をかけた。
「え!?ど、どこだどこから声がしたんだ!」
杏は明後日の方向に顔を向けて落ち着きなくきょろきょろと顔を見回した。
「うわ~…恰好が真っ黒だから暗闇と殆ど同化して見えてる…」
「どこだよ~!」
健斗はいまだ自分の姿を発見できていない杏に呆れたように溜息を吐き、ツカツカと近寄って肩に手を置いた。
「落ち着けって。ここは敵地のど真ん中だぞ」
「おおう!」
手を置かれた杏は飛び上がらんばかりに驚き、反射的に健斗に振り向いた。
「落ち着けったら」
「はぁ!?全然落ち着いてるし!ビビってねーし!」
健斗は再度あきれたように溜息を吐いて、杏の言い訳を聞き流しながらアルバートに向けて通信を開いた。
「こちら健斗、転移場所は本当にここでいいんですかドーゾ」
『こちらアルバート、ああそうだ。そこはロドニー王国王城の古い隠し通路だ』
「隠し通路?」
『もともとは逃走用に作られたらしかったがあんまりにも古すぎてとうの王族すら忘れ去った通路だ。当然魔族たちも知らん場所だ。転移場所にはもってこいの場所だな』
「だね」
『そこをまっすぐ行けばすぐ王城だよ!通路出口の警備はすごい手薄だけど油断しないようにね!』
「了解」
「おいちょっと!何勝手に話し進めてんだよ!あたしも話に加えろ!」
自分をそっちのけで話を進めている彼らに杏は抗議の声を上げた。
「通信はオープンにしてあるから君にも聞こえてたろ?ならそれでよくない?」
「良くない!」
『おーいそこは敵地の真ん中だぞ。少し落ち着きなさい』
「そうだよ杏、少し落ち着きなよ」
「あ!ちょっと待った健斗!」
「…何さ」
「今のあたしはエレメントウェポンだ!」
「え?」
素っ頓狂な杏の発言に健斗はぎょっとしたように彼女を見た。
「いや何言ってんの君…」
「何もも何も、だってそうじゃん!今作戦遂行中じゃん?コードネーム的に必要じゃん?」
「……(え~…)」
腰に手を当てて鼻息荒くそう語る杏に、健斗は鎧越しに口をぽっかり開けて驚いていた。
「……(こういうやつか?実は?そういう時期か?実は?)」
「無言ってことは決まりってことだな!よし!ジェシカもアルバートさんもよろしく頼むぜ!」
『ふ~むいわれてみると確かにそうだな』
『まぁいいんじゃない?別に何か不都合があるってもんじゃないんだし』
「え?いや、そうだけど…そうだけど?」
「よし決まりだ!行くぜシルバーナイト!」
「おおう!?」
困惑している健斗をよそに杏は健斗の手を引っ張って走り出した。いきなり手を引っ張られてつんのめりそうになりながら何とか彼女についていった。
通路自体そこまで長くなく、それに加えて走っていたものだから出口にはすぐについた。若干光が漏れている錆びついた鉄製のドアをこじ開けると、そこは中庭だろうか。もとは整然と整えられていたであろう中庭は雑草が支配する鬱蒼とした迷路のようになっていた。
と、二人が外に出た瞬間小さな地響きが起き、微かに悲鳴が聞こえた。
「どうやら始まったみたいだ」
「みたいだな」
二人は顔を見合わせ、それから健斗は通信を開いた。
「アル、通路から出たとこだけど、ここは城のどこらへんだい?」
『そこは中にはの端っこにある使われなくなった物置小屋さ』
「物置小屋ね」
『新しい物置小屋を作ったが抜け道がある関係上取り壊すことができなかったわけだ。はじめのうちは手入れされていたらしかったが長い年月が経ち手入れの頻度が徐々に減っていくうちに』
「忘れ去られてしまったってわけだ」
アルバートの言葉を杏が引き継いで言った。
『さてその中庭付近には本来は見張りはほとんどいないが、勇者たちが戦闘に入った影響で場内がかなり慌ただしいことになっている。こちらもできるだけサポートしていくが、万が一の時はよろしく頼むぞ』
「「了解」」
『というわけで移動開始!』
ジェシカの号令を合図に健斗たちは動き始めた。
雑草まみれの中庭をアルバートの指示通りに進み、誰とも会わずに中庭を抜け出し場内に入ろうとした矢先に二組の魔族兵と鉢合わせした。
びっくりして硬直した魔族兵に反応する隙を与えず健斗は首に手刀を、杏は頭と胴体に氷で作った剣を突き刺した。手刀を受けた魔族兵は首をへし折られてその場に崩れ落ち、氷剣を突き刺された魔族兵は全身を凍らせられてあおむけに倒れて砕け散った。
二人は死体を改めることなく城内に入り込み、慎重に中を移動した。
場内はアリの巣を突いたようなてんやわんやの有様だった。怒号と悲鳴が行きかう中、健斗と杏はできるだけ音をたてないように移動した。だがこれだけ魔族が行きかっている中、誰とも会わないということは潜入のプロではない彼らでは不可能だった。
階段を駆け上がり、廊下を渡り角を曲がった際に魔族兵の集団に出くわした。その数10人。
「な!何だこいつら!」
「あん…エレメントウェポン!」
「応よ!」
たちまち戦闘が始まった。まず初めに健斗は先頭の魔族兵隊長の胴体にパンチを食らわせて殺害。吹っ飛んだ魔族兵隊長の死体が2名の魔族兵を巻き込んで倒れた。倒れた二人の魔族兵の顔面を踏み砕き、こちらに向けてハンマーを振りかぶってきた魔族兵の首を手刀で跳ね飛ばす。
「おらぁ!」
「ぎゃあ!」
杏は自体が呑み込めていない魔族兵の脳天を炎剣でたたき割り、その隣にいた魔族兵の胴体に雷剣を突き刺して感電死させた。
「て、てめえ!」
「遅いぜ!」
魔法を放とうと腕を突き出した魔族兵の足元に氷剣を投げ放った。氷剣が突き刺さった床はたちまち凍り付き、魔法を放とうとした魔族とその周囲にいた魔族を転倒させた。
「これで終いだ」
杏は炎剣を投げ放ち転倒した魔族をすべて焼き殺した。
『シルバーナイト!エレメントウェポン!今の戦闘音を聞きつけた魔族兵がそっちに向かってる!』
『数は4!け、シルバーナイト!スモークボール!』
「っ!おっけ!」
ジェシカの意図を察した健斗は速やかにスモークボールを取り出し魔族が来るであろう方向に向けて狙いを定めた。
「なにそれ?」
「まぁ見てな」
「なんだ!?何の音だ!」
戦闘音を聞きつけた魔族兵4人がドタドタとやってきた。健斗はすかさず四人に向けてスモークボールを転がした。
スモークボールは魔族兵の足元にたどり着いた瞬間勢いよく煙を吐き出した。
「うあああああああ何だ!?」
「火事か!?」
「なんも見えんぞ!」
「こういう物さ」
「なるほど。いいなそれ!あたしにもくれよ!」
「ジェシカに頼め!」
軽口をたたきながら健斗と杏は煙の中に突っ込み4人を手際よく殺害した。
『また増援が来られても厄介だ。速やかに移動を』
『そのまままっすぐ行って突き当りを右だよ!』
「わかった」
『その階段を上ってまっすぐ』
「よっしゃ」
「左を曲がったら次は右だ」
「OK」
そのようにジェシカとアルバートの指示に従って移動していると広い部屋に出た。
「広いな」
「何だここ?何する部屋だこれ?」
『そこはフィーアが来てから作られた部屋らしい。情報収集よりも転移場所を優先していたから奥の方のことまではわからん』
「なんでこんなとこ作ったんだ?」
『まあろくでもないことなのは確かだろうな。数少ない有用そうな情報によるとフィーアは自分用に改造したワイバーンを持っているらしい』
部屋は特に飾りはついておらず、所々に何かの爪痕や焦げ目がついていた。
「なんかすごく嫌な予感がするんですけど」
「奇遇だな。あたしもだ」
『私もだ。だがそこを通り抜ければ幹部がいる王の間につく。だからそんな場所早々に』
『待った!ちょい待ち!』
『どうしたジェシカ?』
『すごい大きな魔力反応!これは魔獣だよ!二人とも構えて!』
ジェシカから警告されて二人が構えたのと同時に部屋の真ん中が開かれ、その下から小山のような大きさのものが現れた。そしてそれは二人の姿を見つけるや否や翼を大きく広げて威嚇した。
「何じゃこりゃああああ!?」
「すげぇ!ワイバーンだ!」
体長約10メートルほどの大きな体躯、深紅の鱗に甲殻、鋭い棘が生えている長い尾、こちらを睨むその眼光は今までの魔獣とは比較にならないほどの威圧感が放たれていた。
『赤いワイバーン…気をつけろ!レッドワイバーンか!そいつの炎ブレスは鉄をも溶かす!絶対に直撃は避けるんだ!幸いここは室内だ!飛び回りながらのブレスはないだろうがそれでも注意しろ!』
『てかサイズおかしくない!?レッドワイバーンって大きくても7メートルくらいでしょ?この個体10メートル以上あるじゃん!』
「ンなこと言ってる場合か!」
「いいね!やってやるぜ!」
二人が駆け出すのと同時にレッドワイバーンは咆哮した。




