チャプター1
目の前が光に包まれている。耳鳴りがしてそのせいで頭痛が起こり、ひどく不愉快な気分になった。それでもそんなことが気にならないほどの恐怖と困惑を健斗は感じていた。訳が分からず目をぎゅっとつぶってこらえていると、不意に光が消え失せた。
目をしばたかせ、現状を把握しようとして周りを見渡して、絶句した。
目に飛び込んできたのは普段見慣れた教室内ではなかった。どこか西洋の趣を感じさせる清潔感を感じさせる白い狭い部屋で、その狭い部屋に歓声を上げて喜んでいるみょうちきりんな格好の者たちが自分たちを囲んでいたのだ。
意味がわからず呆然とただ前を見ていると彼のすぐ近くで声がした。そちらを見ると加間、部座、光、滝沢が目の前に広がる光景が信じられないといった様子で互いに顔を見合わせてはまた前に顔を戻し、驚愕に打ち震えていた。
健斗たちを囲んでいるものの中からひときわ目立つ初老の男性がずいっと歩み寄ってきた。
囲んでいる者たちはみな一様にみょうちきりんな格好をしているが、その中でもこの男はそのみょうちきりんな服装は豪華な刺繍が施されており、それに加えこれまた豪華な装飾品で身を固めていた。それにより、この男がこの集団の中でも位が高いものだということが推察できた。
男は周囲に恭しくお辞儀した後、大仰な動作で両腕を開き、自らが行ったことへの誇らしさによりほころんだ表情でよく響く声で彼らに話しかけてきた。
「ようこそアースへ!勇者様御一行!我々はあなたたちを歓迎します!」
まだ自分が置かれている状況すら理解できていない彼らのことなどお構いなしに、初老の男は興奮した口調で話を続けた。
「あなた方勇者様方が来てくれたのならばもう安心で」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
構わず話を続けようとする男に光が待ったをかけた。
「はて?なんですかな勇者…、え~」
「光だ!光勇!」
「おお!勇者ヒカリイサム殿!なんと勇ましい名前か!して勇者イサム様、いかようで?」
「一体俺たちはどうなったんだ?それよりもここはどこなんだ?勇者って何なんだ?」
光からの疑問を聞かされ、ここでようやく自分が話を急ぎすぎたことに思い至ったようで、男は申し訳ないとこちらに謝罪した。
「いや申し訳ありません、何しろこのような大役を担ったばかりに少々はしゃぎすぎたのかもしれません」
「簡潔に申しますとあなたたち勇者様たちを異界から私たちが呼び寄せたのです」
「異界からだって!?」
「そうです。足元の魔方陣をご覧ください」
そういわれ彼らは足元を見た。見れば彼らの足元には大きな、目の前の男が言う魔方陣が書かれていた。これが彼らをこの世界に強制的に呼び寄せたのだ。
「立ち話もなんですからとりあえずは部屋を移動しましょう。おい扉を開けろ。勇者様方を案内するぞ」
「「はい」」
男の配下らしき者たちが恭しく扉を開け、健斗たちが出ていくのを待った。
「ではいきましょう」
男はゆったりした足取りで部屋の外へと出て行った。
光たちは互いに顔を見合わせ、湧き出す疑問をぐっとこらえ、渋々と男の後についていった。
最後尾にいた健斗は部屋から出る直前くるりと後ろを振り向き、自分が召喚された部屋をみた。
白く、何か言いしれようのない力というものだろうか、そういうものに満ちていたであろうその部屋は、どこか滅菌室を思わせた。
ばかばかしい、心の中でその考えを一蹴し、距離が開いた「勇者様御一行」の背を慌てて追いかけた
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案内された部屋は小奇麗な会議室だった。
男を頼りに付いていきながら、彼らはひそひそと話し合っていた。これからどうなるのかとか、召喚と言っていたが本当なのかとか、そういうことを話していた。彼はもちろん誰とも話していない。そんな余裕がなかったし、自分から話しかける勇気がなかったからだった。
そうこうしているうちに目的の部屋についたようで男は立ち止まり、先に入るように彼らを促した。
そこで来た順(光、部座、加間、滝沢、健斗)に席に着き、最後に男が入ってきて、扉を閉めた。配下は誰も入ってはこなかった。
(ついてきた意味は?)疑問に答える者はいない。
「さて、では改めてと、事情をご説明するよりも前に、まずは自己紹介をさせていただきます。あの部屋ではそのような暇がなかったもので…」
と、ゴホンと咳払いして自らの名を告げた。
「私の名はチリー・プートンと申します。どうかよろしくお願いします」
自己紹介をしたプートンは健斗たちを見渡して、一礼をした。
(糞たれだって?)
男の名前を聞き、健斗は心の中でその名前を馬鹿にした。
「それでは、ご説明させていただきます。まずは---------」
心の中で馬鹿にされてことなどつゆ知らず、プートンはにこやかに、そして興奮した面持ちで説明を始めた。
長ったらしい説明を聞かされたが、詰まるとこまとめると、強大な力を持つ魔族の長「魔王」が率いる魔族の軍により人間たちは劣勢状態に陥ってる。その魔王軍はとにかく凶悪・残虐で攻め入った町や村に拠点を築き暴虐の限りを尽くしているので、それを何とかしてくれ。そういうことだった。
彼はこの手の話は聞いたことがあった。
いわゆるライトノベルとかそういう陳腐な内容の笑い話だった。笑い話で済んでいた。しかしこれは現実だ。友達と語り合った笑い話ではなく糞たれな現実の話であった。
「我々は今窮地に陥っています!一年前に起きたある事件のおかげで魔族の進行は止まってはいますが、それも時間の問題でしょう!」
ドンッとプートンは机をたたいた。彼は顔を真っ赤にし熱弁した。
「我々はこのままではなすすべもなく魔族に叩き潰されるでしょう!いけません!人類は滅ぼされてはならんのです!お願いです!どうかその大いなる御力で我々をお救い下され!」
その気迫に光たちは押され黙ってうなずいた。うなずくしかなかった。
滝沢はこの後帰還について聞くつもりだったのだが、この血を吐くような懇願のせいで聞くにきけなくなくてしまった。
押し黙る滝沢を見て、これが計算してされたことならばこの男はとんだ悪人だが、この様子ではその熱意は本気であると考えてみていいだろうと健斗は思った。
「い、言い分は分かったけども…、お、俺たち普通の高校生だぜ?あ、あなたが言うような勇者?みたいな力なんてないぜ?」
それでも何とか光はその気迫を押しのけ、自分たちにそんな力などないと訴えた。ほかの者も、健斗も含めうんうんとうなずいた。