チャプター13 宣言
「だりゃ!」
「ばっ!」
健斗の拳は背中を向けて逃げようとした魔族兵隊長の無防備な背中に当たり、背骨を砕き一撃で絶命させた。
「おし!この村の制圧は完了だ!」
彼の周りには今しがた倒した魔族兵隊長のほかに16の死体が転がっていた。彼は目視とアルバートたちが見ているレーダーでまだ敵が残っていないか確認し、残っていないと確信したのち村人たちにこの後の対応を説明して、それから彼は村から飛び出した。呆然としている村人たちを後に残して。
≪ケント。そこからまっすぐ3キロほど行ったところが目的の町だ。着いたら連絡をくれ≫
「了解」
健斗は通信が切れた瞬間に走るスピードを上げた。道なりに進むこと数分で彼は町の入り口のすぐそばまで来た。
町は高い防壁に囲まれており、その周りには哨戒魔族兵が一定の間隔ででうろついていた。入り口には4人の魔族兵が直立しており、なかなか入る隙を晒してくれなさそうだった。
健斗は目につかないようにそろりそろりと移動し、哨戒魔族兵にばれないようその背後へと迫り、哨戒魔族兵が背後に気配を感じて振り向くより先にその背中に飛びつき、口元に手を当てて声を出させないようにして首をねじった。
哨戒魔族兵が完全に絶命して動かなくなったことを確認し、その死体を人目につかないところに隠した。それから彼は哨戒魔族兵がこないかどうかあたりを見回し、来ないことを確かめてから通信を開いた。
「アル。着いたぜ」
≪着いたか。どうだ?入れそうか?≫
「哨戒と門の見張りが邪魔だな」
≪そうか。では哨戒と見張りの排除を≫
「了解」
通信を切った健斗は音をたてないように移動し、たった今やったように背後からの強襲で哨戒魔族兵を倒してその死体を人目につかないところに隠した。
目につく哨戒を殺し、その死体を隠してとりあえず付近の哨戒は殺し終えた。まだまだ町の外を守っている哨戒はいるだろうが、今はとにかく中へ入りこの町を支配している支部長を倒さねばならないのであまり外の哨戒ばかりにかまっていられなかった。きっと中にも魔族兵がたっぷりいるだろうからなおさらだ。
健斗は物陰から顔を出し、門の前を守っている4人の魔族兵を見た。
4人は直立したまま微動だにせず、健斗は魔族兵のあまりの動かなさに人形なのではないかと錯覚してしまいそうになった。
このままでは埒が明かないと思った健斗は懐から丸いボールのようなものを取り出した。これはジェシカに持たされていたものの一つで、ショックを与えて数秒すると煙を出して敵をかく乱することができる。ジェシカはこれをスモークボールと名付けていた。
彼はスモークボールに卵のようにこんこんとたたいて衝撃をあたえ、1,2、3と数えてから入り口を守っている魔族兵たちに向かって投げた。
スモークボールは放物線を描き魔族兵たちのど真ん中に音を立てて転がり、突然降ってきたそれに驚いて剣を引き抜いて周囲を警戒する魔族兵の足元で、スモークボールは勢いよく煙を吐いた。
「うわ!何だこれは!」
「毒だ!」
「ゴホゴホ!くそ!見えない!」
「ちきしょう!なんだ!」
煙でゲホゲホとむせ、混乱している魔族兵に健斗は速やかに近づき、煙幕が晴れる前に素早く4人の魔族兵を殺害し、その死体を隠した。
「アル。入り口付近の敵は排除完了だ。これから町に入ろうと思うんだけど、なんかいいルートは無いかい?」
≪馬鹿正直に入り口から入るわけにもいかん。だが裏口はここ以上に厳重に守られているだろう。壁を登るにしても数メートルある壁など上るには普通は無理だ。普通はな≫
健斗はアルバートが何を言いたいのかすぐに分かった。
「オッケー。壁を登って入ればいいんだな」
≪そういうことだ。気をつけろ。町の中の魔族兵の数は村と比較にならん。ざっと見ただけで30はいるな。あまり大きな町ではないからそんなものだろうが、支部長に会う前に囲まれないようにな≫
「30くらいしかいないの?支部長がいるとはいえよくそんな少人数で町なんか支配できたな」
「基本的に彼らの戦法は闇夜に紛れ、主要人物に隷属の輪をつけて抵抗できないようにするのだ」
「隷属の輪?」
「手や首などにつけて言いなりにする魔道具だ。おいおいケント。まさか忘れただなんて」
「ちーがーいーまーすー!ど忘れしてただけですー!さんざ聞かされたんだからそんなことないですー!」
「しっかりしてくれ」
「これより潜入を開始する」
健斗は通信を切り、上を向いてしゃがみ込み、一気に跳躍した。一回のジャンプで数メートルある防壁の上に着地し、目視とレーダーによる観測で街中をうろついている魔族兵のタイミングを見計らって飛び降り、町の中へと侵入した。
町中はひどいありさまだった。人がほとんど出歩いていおらず、道端の所々で浮浪者のように人がうずくまっており、その人たちが着ている服はぼろきれのようであった。どうやら町であっても人々の扱いは変わらないらしい。アルバートからの通信で町の一角に密集した人間の反応があるということからそう判断した。
遠くで誰かの悲鳴が聞こえた。その悲鳴のあとに下品な笑い声が上がった。見ると魔族兵の男が子供とその母親らしき女性に暴行を加えているのが見えた。
それを見た瞬間、それまで立てていたばれないように少しずつ魔族兵を削る戦法が健斗の頭から消え去り、反射的に駆け出し暴行を加えている魔族兵の背中に飛び掛かっていた。
「ゲヘーッ!ヒトヅマー!…え?」
目の前にいる女性を凌辱しようと近づいていた魔族兵の男は不意に胸に妙な違和感を覚え、不審に思って自分の胸に視線を送るとそこから何かが突き出ていた。
「えっ?え?」
魔族兵の男はそれが何かを理解するよりも早く絶命した。
「な、なんだテメエ!」
女性が襲われているさまを付近で見ていた魔族兵が突然現れた健斗に驚きながら武器を構え取り囲んで叫んだ。
健斗は魔族兵の胸から腕を引き抜き、倒れている女性と子供を助け起こしながらも囲んでいる魔族兵たちから目を離さず、牽制しながら魔族兵の出方をうかがった。
「貴様ぁ!何者だぁ!」
魔族兵の一人がそう叫びながら切り込んできた。
「お前らに名乗る名前なんか無えよ!」
健斗はそう叫び返し、突っ込んできた勢いを利用して投げ飛ばした。投飛ばされた魔族兵は囲んでいるほかの魔族兵を巻き込んで倒れた。倒れた魔族が起き上がるよりも前に健斗は全員の頭を砕いて殺した。
「あわ…あわわわ」
「うわーすげー!騎士様だ!」
あたふたと狼狽えている女性と興奮して大声を出す子供を逃がしながら、健斗は今の喧騒を聞きつけて向かってくる魔族兵の群れに突っ込んだ。
≪け、ケント?!何をやっているんだ!これでは忍び込んだ意味が!≫
「うるせー!襲われてる人がいたんだからしょうがねえだろ!ほっとけるか!それにたかが30そこらしかいないんだろ!正面からやってやるってんだよおおおおおお!」
1ダースほどの人数で固まってこちらに向かってきた魔族兵の集団に真正面から突っ込み、陣形を崩されてうろてえている魔族兵を叩き殺しながら通信に向かって怒鳴った。
耳元で大きなため息とジェシカが騒ぐのが聞こえていたが健斗はそれに構わなかった。襲われている母子が目に入った瞬間、体が勝手に動いていた。考える間もなく襲っている魔族兵を殺していた。
頭の隅で正面から突っ込むのはやめて動き回りながらかく乱して戦えという声がした。そうするべきなのだろう。自分は決して無敵ではなく、2、3人ならともかく30人もまとめて相手にして無傷で済むかなどわからない。
きっとそうすべきなのだろう。健斗は自分に残っていた冷静な声からの忠告を、湧き上がる怒りで塗りつぶしてかき消した。
至近距離からブラックバレットを撃ってきた魔族兵の腕をひねり上げ、へし折りながら振り回す。振り回している魔族兵を鈍器のように扱い、3人ほど殺す。4人目にぶつけたときに振り回していた魔族兵が絶命したので飛来する闇弾から身を守る盾とする。
肉盾を正面に構えブラックバレットを撃ってくる魔族兵に向かって突き進み、攻撃権に入った瞬間肉盾を投げ捨てその首をもぎ取った。
背後から叫び声がし、振り向くとちょうど魔族兵の一人がバスケットボールくらいの大きさの闇の玉を撃ってきた。
≪気をつけろ!それはブラックグレネイドだ!当たると爆発するぞ!回避するんだ!≫
健斗はアルバートの言葉を無視し、その場でどっしりと構えた。魔族兵たちは当たると思った。だがその思いは目の前で起こった現実により打ち砕かれた。
「だあああああ!」
健斗は飛んでくるブラックグレネイドをはじき返した。
「エッ?!」
ブラックグレネイドを撃った魔族兵はよける間もなく爆散し、周囲にいた魔族兵も巻き添えにして消し飛んだ。
≪はじき返したのか……≫
アルバートの声を聞き流し、次の獲物に駆け出そうとして、背後から強力な気配がしてそちらに勢いよく振り向いた。
ブラックグレネイドが爆発して起こった煙がたっている方向から影が近づいてきていた。
「おやおや、好き勝手暴れてくれたな騎士気取り」
そう言いながら気配の主が姿を現した。
あらわれた魔族の男は通常の魔族兵とは別格の存在感を放っていた。背丈は他の魔族兵とさして変わりはしないが、その身から放たれる気やこちらに近づいてくる足取りからこの魔族の男がただものではないと確信した。
魔族の男は健斗から5メートルほど手前で止まった。
「お前が支部長だな」
健斗は確信したようにつぶやいた。
「いかにも。私こそがカカ町支部支部長ゴキブである」
魔族の男は腕を組んで堂々とした様子で答えた。
「貴様。ここが我ら魔族が支配する街と知っての狼藉か?」
「知れたこと。それこそが俺の目的」
ゴキブの眉間に血管が浮き上がった。
「弱小な人間風情が勇者気取りかぁ?まさかこの私を倒せるとでも思っているのか?」
「当然だ」
二人は円を描くようにじりじりと移動し、互いの出方をうかがった。いつの間にか魔族兵が彼らを取り囲んでおり、健斗を逃がさないようにしていた。
「なんという増上慢か!その思い上がり!あの世で後悔するがいい!」
先に仕掛けたのはゴキブの方だった。
「があ!」
ゴキブは一気に踏み込んで健斗との距離をつぶすとその勢いで正拳突きを放ってきた。その速さは通常の魔族兵の何倍も早く、その俊敏な動きだけで支部長の強さが別格であるということが理解できた。
健斗は腕をクロスさせてそのこぶしを受けた。重い。ガードした腕がきしむ。
「ふはははははは!どうだこの威力!私の身体能力と身体強化、闇魔法闇纏いにより生み出される破壊力はそこらの雑魚とは比較にならん!だあ!」
ゴキブは素早く攻撃した腕を引っ込め、今度は前蹴りを放ってきた。健斗はその蹴り足をわきに挟み込んで抱え上げ、ぐるぐると回転して投げ飛ばした。
ゴキブは空中で体を丸め、体制を整えて着地し猛烈な勢いで突っ込んできた。そしてその勢いで飛び蹴りを放った。
「キエーッ!」
健斗は飛び蹴りを体をそらしてかわし、素早く体制を戻してまだ足の届く範囲にいるゴキブに回し蹴りを叩きこんだ。
「ぐふっ!」
うめき声をあげながら吹き飛ぶゴキブに追撃をするために追いすがろうとしたがゴキブがブラックバレットを放ったので追撃を断念した。
「グハ…貴様ぁ!殺してやるぞ!」
ゴキブは目を血走らせて立ち上がり、健斗に向かって殴りかかってきた。
「があ!」
ゴキブは健斗の顔面に向けてパンチを繰り出した。健斗はそれを顔をそらしてかわし、その無防備な顔面に頭突きを放った。
ゴキブは額を抑えて後ずさった。健斗は後ずさったゴキブの顔面に右左右左と連続でパンチを叩きこんだ。怒り狂ったゴキブの闇雲な攻撃を丁寧にそらし、腹を狙った大振りな拳をそらしてその腕をつかみ、思いきり捩じった。
「あああああああが!」
腕がへし折れた激痛でひるんだゴキブの腹に健斗は拳を叩きこみ、前かがみになって苦しむその顔面に膝蹴りを見舞った。
「ぎゃああ!」
ゴキブは悲鳴を上げて吹き飛び、無様に地面に転がった。
「ぐ……くそ…き、貴様」
呻きながら立ち上がるとそのすぐ前に健斗が立っていた。
「ぐっ!だあ!」
ゴキブは渾身の力を込めた捨て身の右ストレートを繰り出したが、健斗はその捨て身の攻撃をやすやすとかわした。逆に彼の放った右ストレートがゴキブの顔面に突き刺さった。ゴキブは強烈な勢いで吹き飛び、民家に激突して倒壊させた。
幸い民家には誰もいなかったようだが、倒壊した音を聞きつけて町民がぞろぞろと集まってきた。どうやら囲んでいる魔族兵以外にはもう残っていないようだ。見張りの役目をしていた魔族兵までもが戦うために集められたようで、そのおかげで彼らはこうして自由に動けるようになったようだ。
「があは!ぜえ!ぜえ!」
足元をふらつかせながら民家の残骸から這い出てきたゴキブは恐怖に見開いた眼で健斗に指をさして叫んだ。
「き、貴様は……貴様はいったい何者だああああ!」
健斗はゴキブを見て、ゴキブと同じような表情で後ずさる自分を囲んでいる魔族兵をぐるりと見まわし、この惨状に目を見開いて固まっている町民たちを見て、それからゴキブに顔を戻した。
「俺は…俺は」
健斗は自分の両掌を見つめた。自分はなんと名乗ればいいのだろうか。それから彼は自分を見ている町民たちを見た。その中には先ほど助けた母子もおり、お前は何者なのかという目でこちらを見ていた。
『これが君のナイト!シルバーナイトだ!』
脳裏にアルバートがシルバーナイトを初めて自分に見せてくれた光景がひらめいた。
ナイト。そうだ。俺はナイトだ。彼らを救うナイト!ならばどう名乗ればいいのか決まっているだろう?構うことはない!その衝動のまま叫べばいい!俺はいったい何者か?
「俺は……俺は!」
気づいた時には駆け出していた。心からの叫びを口に出しながら。
「俺は!」
ゴキブに向かって健斗は拳を振りかぶる。ゴキブは恐怖に見開いた眼で悲鳴を上げた。
「俺は!シルバーナイトだあああああああああ!」
「ぎゃああああああああああああ!」
健斗の拳はゴキブの頭を叩き割り、頭を叩き割ってもなおその拳の勢いは止まらず、大地を叩き割り、爆発したように粉塵が舞った。
粉塵が晴れると頭部が破壊され、肉片が飛び散った無残な死体が転がっていた。健斗を囲んでいた魔族兵たちがそれを見て恐れをなして逃げ出した。
≪ケント!そいつらは付近の魔族が支配する村や町に逃げ込んでしまう!逃がすな!≫
「おうよ!」
健斗はできる限り魔族兵を殺して回ったがさすがに数が多く、何人かに逃げられてしまった。これで魔族たちが彼の名を知ることになるだろう。きっとこれまでのようにはいかなくなる。
だが今はそれを考えるのはよすことにした。健斗は振り返って解放されたことに喜ぶ町民たちを見た。それから彼は通信を開き、一言つぶやいた。
「任務完了。オツカレサマデシタ」
健斗は満足そうにそうつぶやいた。




