期限-リミット-
はじめまして。
素人の作品ですので読みづらいところが多々あるかもしれませんが、最後まで読んでいただけると幸いです。
誤字、脱字や表現のアドバイス等ありましたら是非ご教示くださいませ。
最近は目覚めが良い。
朝の日差しをカーテン越しに浴びて目が覚める。
今までは、目覚ましのスヌーズ機能が3度起動しても気がつかないくらいに目覚めが悪かった。
テレビをつけ、台所向かうと電気ケトルに水を入れる。
お湯が湧く間はいつもニュースを見ながら歯を磨く。
ニュースで流れるのはプロ野球の試合結果やら新作映画の宣伝やらで特に面白いものはなかった。
洗面台に戻り、吐き出した白い歯磨き粉に混ざりうっすらと赤く色づいていた。口の中のどこかで血が出たのだろう。対して気にもとめず、口をゆすいで放っておくことにした。
あくびを1つしながら台所でカップにインスタントのコーヒーを入れお湯を注ぐとふんわりと香ばしい薫りが鼻孔をくすぐる。
マグカップをそっと持ちあげ、椅子に腰掛け一口啜る。
熱いコーヒーがのどを通り胃に流れるのを感じた。
テーブルに放置された8枚切の食パンを1枚袋から取り出し、半分に千切って咥えた。残りの半分を袋に戻し、咥えた食パンはコーヒーで流し込む。
朝食を取り終え、身支度を整え愛車のスカイラインが待つ駐車場へと向かった。
いつものように愛車の周りを一周して傷がないか確認していると、サイドシルにそれは書かれていた。
『消費期限2025.04』
こんなもの昨日までなかった。イタズラだろうか、心臓の鼓動が早くなる。
マンションには子供もたくさんおり、以前壁に落書きして怒られてるところをみたことがある。
まさか、その時の子供のいたずらか?親はどんなしつけをしているのか。今すぐにでも怒鳴り込みしたいところだったが、確証も証拠もなければ時間もない。
怒りを押されられないが、仕方ないのでとりあえず今は仕事に行くことにした。
職場まで車で30分。ショッピングモールに隣接する大きな家電量販店が僕の職場である。
車をいつものように走らせていると、前方を走る車のナンバープレート横にあるものを見つけた。
『消費期限 2024.5』
あの車も落書きされてるのか?
これはもしや流行っているのではないだろうか。
周りを走る車を確認していくと、どの車にも消費期限が書かれているのを見つける。
なんてたちの悪いイタズラなのだろうか。
今朝の苛立ちがよみがえる。
職場の従業員用駐車場につき、周りの車を確認していくとやはり消費期限が書かれていた。
これは、イタズラの域を超えてないか?
あまりにも不自然な状況に頭がついてこない。
もやもやした気持ちを抑えながらも、いつものように着替えてから担当している階の商品を見回る。
するとどの商品の段ボールにも「消費期限」が書かれていた。
なんということだろうか。これでは売り物にならない。
そう考え、場所長である上司の山田さんへ報告しにいく。
慌てて駆け足で山田さんの元へ向かうと、息を整えるのを忘れながら自分が見た落書きを報告する。
周りには他の職員が何事かとこちらに注目していた。
「消費期限?何を言ってるんだ小島くん。そんなもの書いてあって当たり前じゃないか」
きょとんとした顔で山田さんは僕の報告にあっさり返答した。
その思いもよらぬ返しに僕が呆然と立ち尽くしたいると後ろから声をかけられた。
「小島さん、お疲れですか?最近売上も順調なんだから少しは休んでくださいね」
優しく僕を心配してくれた兎野さんは優秀な後輩で、柔らかな笑顔が社内でも評判の女性であった。
「あ、いや。なんでもありません」
僕が間違っているのかと思わせるその空気に耐え兼ね、逃げるように商品の元へ戻った。
確かにそこに書かれている「消費期限」を指でなぞりながら、ため息をついた。
「小島さん?大丈夫ですか?」
後ろから掛けられた声に驚き振り返ると、そこには同僚で1年前から交際していた余戸橋さんがいた。
綺麗な黒髪は肩までの長さで毛先だけ黒いゴムで結んでいる。
メガネをかけているその目元は優しいものであった。
白いシャツに黒いパンツスタイルの当店の制服からは申し訳程度に膨れ上がった胸元とスラッと伸びた細身の足が彼女の清楚な出で立ちをより際立たせていた。
「ごめんなさい。驚かせちゃいました?」
「ああ、余戸橋さん。大丈夫です。1つ聞きたいんだけど、この消費期限なんですが、前からありましたっけ?」
余戸橋さんは小首をかしげながら、ゆっくりと口を開いた。
その姿はやけに色っぽかった。
最近口紅の色を変えたのか、優しいピンク色の艶のある唇を思わず目でおっていた。
「本当にお疲れですね。消費期限は昔からありましたよ。」
その言葉に僕の聞きたいことが伝わっていないと思い、再度聞き返した。
「いえ、食品等には消費期限はありましたが、家電品等には消費期限はかかれてなかったかと……」
余戸橋さんは困ったように眉を寄せる。
その表情から、僕の質問があまりにも素っ頓狂なものであると同時に、本当に疲れていてそれまで当たり前だったことが突然、不自然に感じてしまっているのではないかと思わせた。
「ごめん、本当に疲れているのかもしれない」
無理矢理に作った笑顔を余戸橋さんへ向けると、余戸橋は今日はゆっくり休んでくださいねと言ってバックヤードへ戻って行った。それを追いかけるように僕もバックヤードへ戻り朝礼に参加した。
昼はいつも近くの定食屋で済ませていた。
いつものように日替わり定食を注文する。今日はアジフライであった。ふっくらしたアジの身にサクサクの衣がベストマッチして米が進む。
食事をしながら今日の午前中に起きたことをふと思い出す。
奇妙に書かれた消費期限に誰もが当たり前のように接していた。
家電品を選ぶ際も、さながら生成食品を選ぶかのように消費期限の長いものを手に取り購入していった。
そんななか、1人の老婆がドライヤーを手に取り僕に声をかけてきた。
「あの~、1つよろしいかしら」
弱々しい声ではあったが、優しく耳に心地のいい声でもあった。
「はい、いかがなさいましたか?」
僕もいつもと変わらぬ営業スマイルで迎える。
「このドライヤーね、消費期限が後1年で切れるのよ」
持っていたドライヤーの入った段ボールに記載された消費期限を指差しながら老婆は続けた。
「このドライヤー、少し安くならないかしら」
その言葉に僕は詰まった。
傷物に関しては双方の了解の上値引きして売ることもあったが、家電品の消費期限が間近だから安くしてくれという注文は初めてであったからだ。
「確認してきますんで、少しお待ちいただけますか?」
そう言って、老婆に1つ会釈するとバックヤードに戻り山田さんに確認することにした。
「消費期限が1年?そんなもの店頭に出していたのか!
わかった、値引きしていい。半額ぐらいでいいだろう」
「は、半額ですか!」
「何をそんなに驚いている。本来店頭に出すようなものでもない処分品だろ?なら半額でも全くもって問題ない」
そういって、山田さんは自らの仕事に戻ってしまった。
その値引きに驚いたものの、上司からの承諾を得たので老婆の元へ戻り半額でよい旨を伝えた。
「あら、それは嬉しいわ」
「勉強させていただきました。しかし、こんなこと言うのもなんですが、消費期限が1年では、またすぐ買い直すことになるかと存じますが」
当たり前の疑問であった。それを受け止めて老婆は笑顔で答えてくれた。
「いいのよー、私には1年でも長いくらいよ」
そういって、ニコニコしながらレジへと去っていった。
消費期限が分かることが意外と利点なのかもしれないと、初めてこの奇妙な現状を受け入れた瞬間だった。
しかし、家電品や車に消費期限が書いてあるなんてやはり変だ。そんなことを考えながら、空になった茶碗をお盆へ戻すと、カチンと音がなった。茶碗にはヒビが入っており、そこから綺麗に割れてしまった。突然のことに驚き茶碗を確認する。茶碗のそこには2つに割れてしまった消費期限が書かれていた。
『消費期限2020.5』
その日付は先月であった。
割れた茶碗に気がついた店員が駆け寄ってくる。
「お客様すみません。お怪我はないですか?」
「ええ、大丈夫です。すみません、割ってしまったようで。」
「お気になさらないで下さい」
そういうと割れた茶碗を回収していった。
消費期限が切れていたことが引っかかる。
それから数日、目につくものを1つ1つ確認していくと、消費期限が書いてあるものの多さに驚いた。
家にある家具全てには、消費期限が記載されており、それをどんなに擦っても消せなかった。
さらに数日経つと、流石にその仕様に適応してくる。
また、慣れてくると消費期限はとても便利であった。家電品の買い換えのタイミングがつかみやすくなり客足も伸びているし、売上成績もそれに比例するように右肩上がりとなっていった。
おかげで大忙しではあったが。
最近は忙しく休みをとる暇さえなかったが、この日は絶対休むと決めていた。
今日2021年1月7日はお付き合いして1年と7ヶ月経った余戸橋さんの誕生日であった。会うのは夜の7時と約束しており、午前中にプレゼントを購入するため、寒空の下マフラーを風になびかせながら自転車をこいでいた。1月の冷たく乾いた空気に当てられ、頬が赤く染まる。途中、いつも綺麗な桜を咲かす古い一軒家が葬儀を開いているのを目にした。誰かなくなったのだろうか。新しい1年を迎えたばかりなのに、なんとも不憫なことだと思い、心の中でそっと手を合わせた。
「ここの桜は毎年綺麗なんだよな」
独り言は白い吐息と共にむなしく消えた。
春になると庭に植えられた大きな桜の木がこれでもかと咲き誇るので、近所では有名な隠れ花見スポットであった。
きっと桜の好きな家主だったんだろうな。
そんなことを思いつつもアウトレットへ向かい再び自転車をこぎ始めた。
アウトレットまでの道程には途中に大きな坂が2つある。
その一つをようやっと登りきり、一度汗を拭うと今度は坂を下る。
急な下り坂でスピードが出てきたためブレーキをかけようとした時、妙にブレーキが軽いことに気がつく。
スピードが全く落ちないことで、自転車のブレーキが壊れたことを理解する。
咄嗟に足を地面に擦らしスピードを抑えようとしたが、それは叶わず自転車は猛スピードで下り坂を下っていく。
制御しきれないほどスピードが上がる自転車に焦り始めた時、ふと目についたそれに驚愕する。自転車のハンドル辺りに書かれた消費期限がこの状況を僕に理解させた。
『消費期限2020.12』
言葉すらでない。焦り手汗が噴き出す。しばらく乗っていなかったから消費期限が切れていることに気がつかなかった。
いつもなら車で行く道程をなぜ今日は自転車にしてしまったのか。落ちることのないスピードのまま自転車は坂を下った先のT字路へと侵入した。正面の家の塀にぶつかるのを避けようと自転車のハンドルを右にきったとき真正面に車を捉えた。運転手と眼があったような気がした。
一瞬感じた無重力と地面に叩きつけられた衝撃。
激痛が全身を駆け巡る。遠くで誰かの声がする。意識が朦朧とするなかサイレンの音が聞こえてきた。
そこで僕の意識は消えた。
交通事故が発生したと通報があり救急車に乗って駆けつけると、そこには四肢があらぬ方へ曲がってしまった男性が寝転がっていた。自転車に乗っていたのだろ。近くにボロボロになった自転車が転がっていた。
すぐさま男に駆け寄り、意識を確認する。
呼吸がない。直ぐに処置を施そうとした救急隊員の男にもう1人の救急隊員が声をかけた。
「先に確認しよう」
その言葉に処置をしようとしていた手を止め、男の着ていたシャツのボタンを外すと、倒れていた男の身体を起こし背中を確認した。
「ダメです隊長……。既に切れてます。」
倒れた男の背中に書かれた文字を見て二人の救急隊員は1つため息をついた。
『消費期限 2021.1』
背中に書かれたその文字を男の血が赤く染めていく。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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