エピローグ
峰倉に支えてもらいながら立ち上がり、肩を借りて記憶を頼りに山を下る。
「あなたが転校してきた日の朝、通学中に会ったのを覚えてる?」
「アレを忘れる日なんて来るのかなぁ……」
俺の人生史において、出会い頭に拒絶された経験などその一度しかない。
「あの時初めて……、いえ、久し振りにあなたの顔を見た時、コウに似ている、とは思ったわ。けれど、亡くなったとばかり考えていたから、人違いだと思い込むことにしたのよ」
「そんなに面影が残っているのか。全然成長してねぇんだな俺は」
「確かに面影は残っているわ。でも、ちゃんと成長しているわよ。昔はもっと、頼りない感じだったもの」
「そりゃ小学生だからな」
「ちなみに、似ていると思ったのは別の理由よ」
「何だ?」
「私を見た時の、マヌケな顔」
「マジか……。そんな酷い気付かれ方をされるほど、今も昔もマヌケ面だってことかよ」
「いいえ。ただ、今も昔も同じ驚き方をしていただけの話よ」
「なんか釈然としねぇな」
「そんな細かい事はいいじゃない。それともあなたは、常に驚いた表情のままで生きるのかしら?」
「んな訳あるか」
「なら、気にするほどの事ではないわよ。むしろ、また見てみたいわね」
「お前にだけは二度と、いや、三度と見せねぇよ」
「まぁいいわ。だって……」
「?」
「どうせ見るなら、今みたいな頼もしい顔のほうがいいもの」
「!」
危うく五秒前に決意した志が打ち砕かれそうになった。そんな不意討ちは反則だろ。
「おっ、あれだ」
記憶の通りに下山すると、記憶の通りに祖父母家に辿り着いた。
この頃には雨脚もだいぶ落ち着いており、遠くの空には晴れ間が見える。
縁側の雨戸を開けて祖父母を呼ぶと、洗濯物を抱えた祖母がパタパタとやって来た。
突然の事態に驚いていた様子だったが、洗い終えたばかりのタオルを受け取って風呂の準備を注文した。
タオルを差し出しながら峰倉にも入浴を進める。しかし、
「私はいい」
と言って走り去ってしまった。
心配ではあるのだが、走れるほどの余裕があるなら大丈夫だろう。
むしろ、心配に思われたのは俺のほうだった。
吸収量の限界まで雨を含んだ服を脱いでパンツ一丁になり、タオルで土汚れを拭っていると祖父母から矢継ぎ早に質問を受けた。
お願いだから、まずは安静にさせてほしい。
祖父母が質問攻めに満足した頃にようやく風呂が沸き、浴室へ移動して産まれたままの姿となる。
シャワーで頭皮に残っている泥を落とし、擦り傷が沁みる痛みを堪えながら湯船に浸かり、
「うあぁー……」
心の底から一息をついた。
この一息は峰倉の件に対してだけではない、この村で起きた全ての出来事に対しての一息だ。
思い返せば、転校初日の通学中に峰倉と会ったのが始まりだったんだろうな。
物語の始まりは邂逅が相場と決まっている。
そもそも俺が転校してこなければ、峰倉や煌森先輩達とも会わない。
俺が前の高校から逃げて来ることまで運命は織り込み済みだったのだ。
全ての始まりはそこで、止まっていた歯車が動き出した。
……いや、本当の始まりは六年前か。幼き日の俺と峰倉が出会ったところが始まりだ。
それとも、峰倉の家族が亡くなったのが始まりなのか……。
まぁ、過ぎてしまった日のことを考えていてもどうしようもない。
因果率の考察なんて、ちっぽけな人間に出来る代物ではない。
そんな計算は神様に任せて、俺は何も考えずに風呂の暖かさに包まれていよう。
結局その日は布団の上で安静に過ごして終わった。体力も気力も完全に使い切った為、そもそも動けない。
翌朝になっても背中の痛みは残っていた。今日くらいは学校を休んでもいいんじゃないかとも思ったが、目をこじ開けて布団から這い出る。
朝ごはんを食べて制服に着替え、鞄を抱えて家を後にした。
昨日とは一転して晴れ渡っている錦織村を、誘われるようにのんびりと歩く。
べつに何かの予定があるわけではない、べつに誰かと待ち合わせをしているわけではない。けれど……、
「よう」
「お、おはよう」
峰倉が俺のことを待っている気がしていた。
「風邪は引かなかったのか?」
「お互いにね。あなたこそ、怪我は大丈夫なの?」
「まだ背中が痛いし擦り傷も多いが、とりあえず問題無い」
「……ごめんなさい」
「それは俺に言う言葉じゃない。村の皆に言ってやれ」
「もちろん言うわ。けれど、あなたが一番傷付いてしまった。だから、ごめん……なさい」
峰倉の表情は暗く、申し訳ないといった態度しか感じられない。
「本人が問題無いって言ってんだからいいんだよ。すまないと思うんだったら、元気な姿を見せてくれよ」
「そんなことを言われても……!」
「一緒に遊ぶ友達は、元気な友達がいいなー」
「なっ……!」
口調はふざけながらも、本音をそのまま口にする。峰倉もそれを正しく理解して、謝るだけの口を閉じた。
「いつまでもそんな顔してないで、あの頃みたいな明るい顔を見せてくれよ」
そう言われた峰倉は少しだけあたふたし、観念したのか言葉を絞りだした。
「ばか」
そして顔を背けて小さな声で、
「……ありがとう」
と続けたところまで聞き逃さなかった。
その言葉を聞けたなら満足だ。
そのまま歩き出してしまった峰倉の背中を追いかけ、隣に並んで歩幅を合わせる。
峰倉は何も言わない。
俺も何も言わない。
互いに無言で互いの隣を歩く。
二人で一緒に、未来へ向かって。
生きることに意味なんて無い。そう思い続けて生きてきた。
その考えは今でも変わらない。
だけど、全力で生きるのに意味なんていらない。と、峰倉絢乃が教えてくれた。
しかし、そう悟ることさえ無意味なのは変わらない。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
作品とは関係無い部分の話ですが、主人公弘人君の心理描写は私の実体験を元に書いている部分が多いです。ラノベ用にかなり盛られておりますが……。
なので、共感してくれる方が多いと嬉しいなぁ……などと考えております。
もう1つ身勝手な話をさせてください。
この作品は以降の展開、物語の本当のラストまでの構想を漠然と練っております。
しかし、ここで一旦物語を打ち切らせてもらいます。
私は、新人賞に応募する作品の執筆を優先します。
以降の話は、将来時間と気持ちに余裕が出来れば投稿したいと思います。
最後まで好き勝手言葉を並べましたが、ここで後書きを〆させてもらいます。
もう1度……、この作品を読んでいただき、本当にありがとうございます。