『ハーレム拒否して川くだり』(タイトル詐欺とは言わせない)
ハーレム拒否して川くだり
長くつづいた灰色の雨
いのちの土を掘りかえし
ふたたび射した陽の光
泥をかためて形のこす
妻を亡くした琴弾きは
蒼くただれた激情を
弦の音色に練りこませ
ふるわす声は風のなか
萌える草木が風にゆれ
歌を届ける山の奥
ゆかいに暮らす酒飲みの
神の信女たちこれを聴く
「ねえ、見て。あすこ、泉のほとり」
「ほんと。あのきれいな歌声は、あの人の唇からもれでていたのね」
「美しいお顔をしているわ」
「考え事をしてるのよ、きっと」
「考え事!」
「でもそれって、からだに毒だわ」
「ブドウ酒を飲ませてあげなくちゃ」
「ねえだれか、お肉を裂いて持ってきて」
「わたしたちで、なぐさめてあげましょう」
赤い頬した信女たちは
たちまち彼を取り囲み
革の鼓を打ちならし
陽気にうたう恋の歌
哀しい歌は取りやめて
喉をみだして叫びましょ
いのちの歌は泥まみれ
琴弾き囲み語りかける
蒼い顔した琴弾きは
酒にまみれた信女はらい
さげすみ満ちた微笑みを
のこし林へ消えていった
「は、なにあいつ」
「うぜ」
「ハーレム拒否るとか、なにさま」
「純情ぶってんだよ、きっと」
「純情!」
「でもそれって、うざくね」
「うざい。つか、傲慢」
「あいつの肉、切り裂いてやろうか」
「やろうか、やっちまうか」
ふたたび彼は囲まれて
叫びをあげる弦の声
痩せたからだは引き裂かれ
酒と泥との沼のなか
髪をつかんだひとりの信女
唾を吐こうと顔を見て
蒼くただれた琴弾きの
魂の歌を再度聴く
信女はひとり駆けだして
彼の頭を抱えたまま
桃色に染まった頬を濡らし
白いまぶたにくちづける
妻を亡くした琴弾きは
頭を琴に載せられて
雨のあがった清い川を
静かにゆられ流れゆく