最終章(後編)・王宮
最終話なので少し長めです。
番外編として後日談を明日、予約投稿済みです。そちらもよろしくお願いします。
ハートはふかふかの寝具の中で目が覚めた。
「ここ、あ……」
思い出したらしく、真っ青な顔ですぐに逃げ出そうとする。
「お待ちください」
「嫌です。帰ります。帰してください」
王宮の侍女たちが必死に止めようとするが、ハートは外に出ようともがく。
そこへギードに連れられてハクローが入って来た。
ギードがイヴォンに叱られ、せめてもう一人知り合いを連れて来るよう命じられたのだ。
「先輩!」
ぼろぼろと涙をこぼすハートが、困った顔のハクローにしがみつく。
「申し訳ないけど、ほんの一日で済むので協力して欲しい」
ギードは、ハートが落ち着くのを待って、タミリアを交えて四人で話をした。
「実は自分は王国への報告のことで困ってるんだ」
『神』と『女神』との争いに巻き込まれ、試練と称して結界の町に放り込まれた。
しかし、教会関係者も多くいる報告会で、ギードの話は信じてもらえない心配があった。
早く言えば、いちいち説明するのが面倒なのだ。
「信じてもらえないのは日頃の行いのせいなんじゃないのー?」
笑っているタミリア自身も、その町での記憶が無いのでギードを援護出来ない。
ハートは香りの良いお茶をもらい、ハクローが側にいるので少し落ち着いてきた。
「知っていることだけをお話すればいいんですね」
「うん。何とかお願いします」
こんなに困っているギードに頼まれるとハートも嫌とは言えない。
「でも、もしかしたらギードさんに不利なことも話すかも知れませんよ」
ハクローが心配そうに口を挟んだ。
「あー、それはかまわないよ」
ギードは頭を掻き、ハートとハクローの顔を見た。
「君たちが見たこと、感じたことを素直に話してくれていい」
後のことは自分たちで何とかするよ、と笑った。
ギードたちの報告会は、今朝より人数を減らし、小規模な部屋で椅子に座った形で行われた。
国王、王太子、宰相と教会関係者。それとその護衛たち。
イヴォンとハクレイは、ギードとタミリアを抑え込める者ということで参加している。
ハクローはただ一人獣人ということで最初は緊張していたが、それよりも緊張しているハートがいるため、徐々に落ち着いてきた。
ギードの簡単な紹介の後、ハクローもきちんと挨拶をする。
「お初にお目にかかります。港町の領主の五男でハクローと申します」
「わた、わた」
言葉が出ないハートの手をハクローが軽く握る。
「わ、私はハートです。さ、三年前に、あの町に流れつきました。それまでのことは記憶に無いのでわかりません」
部屋の中がざわめいた。
「ほお、面白いな」
国王の一言で周りが静かになる。
「さて、紹介はそのくらいにして、話してもらえまいか」
目をきらきらさせた六十歳過ぎの国王は、まるで子供のように話をせがんだ。
報告会は、昼食後に始まり、夕食も含めて行われた。
約二十日間のギードの動きを、ハートは懸命に思い出しながら話した。
時折、ハート自身のことも聞かれるため、なかなか話が進まなかったが、概ねハートは正直者だと判断されたようだ。
「大儀であった。わざわざ遠い所、急に来てもらってすまなかったな」
何でも欲しいものがあれば褒美にという話になった。
「とんでもない。何も特別なことはしていません。ギードさんにもたくさんお世話になりました」
ハートの言葉にギードが、
「では、自分からお願いがあります」
と口を挟んだ。
「褒美といっては何ですが、あの町に移動魔法陣の設置がよろしいのではないかと思います」
ハートとハクローはわからないようで顔を見合わせている。
「話を聞いていただいてご理解いただけたと思いますが、あの港町は温泉があるのです」
ギードの顔が黒い笑みを浮かべる。
「一度国王陛下もお誘いしたいと思っておりました。あそこは保養地としては最高です」
ハクローはギードが領主館でそんな話をしていたことを思い出す。
「なるほど、それを褒美として国の費用で設置させるか」
移動魔法陣はそれ自体が国家機密であり、膨大なお金がかかる。
しかも今回のような王国の外に設置するのはあまり例がなく、商国に続き二件目だ。
お茶目な国王が笑い出す。
「よおし、わかった。さっそく手配しよう。ハートとやらもそれでいいのか?」
「は、はい」
ハートは勢いで返事をしただけだった。
国王や宰相、教会関係者と護衛が退室し、ギードが王太子やハクローを巻き込んで、町のどこに設置するかを検討し始める。
ハートは王太子妃であるスレヴィの視線がずっと気になっていた。
スレヴィはタミリアを呼び、三人で隣の部屋へ移動することにした。
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。少し気になっただけ」
そう言うと、スレヴィは胸元から変装の魔道具を取り出した。
「あなたも持っていらっしゃるのでしょう?」
この魔道具は同じ物を持っている者が近くにいると反応する。
ハートはこくりと頷いた。
「ギードさんからいただきました」
ハートは大事に持っている袋から魔道具を取り出す。
スレヴィはにっこり笑って、自分の魔道具を停止させた。
褐色の肌に白い髪のダークエルフが、薄い金色の髪の長身のエルフになる。
「私は実はエルフの男性なのです。でもギード様の機転により、こうして王太子妃となりました」
「え?」
スレヴィは事情により心と体が一致していない。ずっと観察していたが、ハートがそんな自分の仲間のように感じて声をかけた。
魔道具を持っているのがその証拠だ。
「で、でも私は魔核が無いので」
いちいち魔石を用意しなければ魔道具をつかえない。
「それでは、これをあなたへの褒美といたしましょう」
ハートの前に、両手にちょうど乗るくらいの豪華な箱が出て来た。
促されてそれを開けると、中には腕輪があった。
平たい金属板を筒状にしたような、ごく普通の銀の腕輪に見えるが、実はとても軽くて丈夫なミスリル金属で出来ている。
「これはあなたが生活する上で、魔核の代わりとなるものです」
腕輪の内側には複雑な魔法陣が描かれていた。
タミリアがそれを手に取り、ハートの腕に嵌める。
「タミリアさん?」
「ギドちゃんがね、今回のことで王宮に呼び出しに応じる対価として用意してもらった物なの」
「結構苦労したのですよ」
唖然とするハートに、スレヴィが微笑んだ。
「使ってみてもらえませんか?」
「は、はい」
立ち上がったハートの姿が白狼獣人の女性になる。
「まあ、何て可愛らしいんでしょう」
「ねえねえ、こっちのドレスを着てみない?」
悪乗り気味のタミリアが、どこからか可愛らしいピンク色のドレスを取り出す。
「はい?」
戸惑うハートを、スレヴィに指示された侍女たちが取り囲み着替えさせ、髪をまとめて軽く花を挿す。
騒がしかったのか、隣の部屋の男性たちが顔を覗かせた。
「おお、白い狼の獣人かあ。これは美しいな」
事情を知っている王太子が頷いている。
「腕輪は無事に作動したようですね」
作成したハクレイがほっと胸を撫で下ろす。
「え、本当にハート、ハートなのか?」
白く美しい毛並み。上質なドレスに珍しい髪型の女性獣人。
その姿に、一番驚いていたのはハクローに違いない。
目を白黒させているハクローと、顔を真っ赤にしているハートを残し、他の者たちは部屋を出て行く。
この二人があの町に戻って、今後どうなるかは神しか知らない。
ギードとタミリアが顔を見合わせて笑う。
ようやくギードの中で今回の気がかりの全てが終わった。
~ 完 ~
長い間お付き合いいただき、ありがとうございました!。
尚、今作をもちまして「異世界の変わった従業員」シリーズは完結となります。
またどこかで脇役としてでも登場させられたらいいなと思います。




