終章前・別れ
少し長めですが、まだ最終回ではありません。
ギードはようやく解放された。
『大神』と『女神』の和解で試練が達成されたということになり、海上輸送の許可が下りたのだ。
「では神殿が完成したらお願いに上がります」
大型の輸送用の船は、王宮の指示ですでに建造を始めている。
ギードは教会に頼んで首都の町の神殿を浮島に似せて造り、そこに『大神』を祀ることにした。
航海の都度に安全を祈願し、船に加護をもらう。
「其の方の好きにせよ」
「ありがとうございます」
『大神』は光の珠となり、再び目の前が白い光に包まれた。
◆ ◆ ◆
目を開いた時、イヴォンたちは『大神』の神殿から、結界の外に作った攻撃拠点に戻っていた。
「撤収だ。急げ」
「ワシらもお手伝いしようか?」
ユランをはじめとするドラゴンたちも撤収の手伝いをしようとするが、エグザスは断固辞退する。
「こ、これ以上はお手数かけるわけには」
ドラゴンの長であることを知って、かなりびびっていた。
がはははと大声で笑い、三つの影は大空で三体の巨大なドラゴンに変わる。
「お前たちは先に戻れ。ワシは寄るところがあるでな」
漆黒の鱗のドラゴンは子ドラゴンたちと別れ、港町へと向かったようだ。
イヴォンはハクレイに頼み、その場の者たちを移転魔法で順次引き揚げて行った。
◆ ◆ ◆
ギードたちは、気づくと港町に戻っていた。
領主館の風呂場である。
「ギードさん!。良かったー、ご無事で」
ハクローと一緒にハートが駆け付けて来た。
「タミリアさん!」
ギードと一緒にいるタミリアを見つけて、目に涙を浮かべて喜んでいる。
いきなりタミリアの手を掴み、ぶんぶんと上下に振り始めた。
子供たちに気づき、かわいいかわいいと褒める。
「え?、あのー」
普段なら若い男性にいきなり腕を掴まれたら殴り飛ばすタミリアだが、やはりハートに関しては違うようだ。
「あ、やっぱり覚えていないんですね」
タミリアの戸惑う様子にハートはがっくりと肩を落とした。
「皆さん、色々お疲れでしょう。良ろしければこちらへ」
ハクローからの誘いで、皆で領主館の応接用の部屋へと移ることになった。
「ん?、どうしたの、タミちゃん」
動こうとしないタミリアを見ると、港を見下ろす風景に見入っていた。
「このお風呂、気持ち良さそう」
「そうだねえ」
「風呂に入れるように頼んでみようか」
ギードの言葉にタミリアがうれしそうに微笑んだ。
「私もー」「僕もー」
子供たちの声にハクローは頷き、すぐに使いが許可を取りに走って行った。
部屋では領主が待っていた。
「『女神』様と代理のエルフ様は、先ほど神殿へ向かわれた」
結界のことは簡単に説明して行ったらしいが、後日きちんと対策を協議することになるだろうとの話だった。
「あー、実はですね」
ギードが先ほど『大神』と和解したことを話した。
領主は頷き、そしてギードに謝罪した。
「大変失礼をした。力になれることがあれば何でも言って欲しい」
ギードはその言葉を待っていた。
「はい。よろしくお願いします」
にたりと笑った顔が黒い。タミリアはため息を吐いた。
ちょうど夕食の時間になり、領主一族との会食になった。
ギードとしては早く帰りたかったが、領主館の使用人が風呂に入れるようにしてくれたので、それまでは居ることになったのである。
タミリアが領主の孫の子獣人を見てかわいいモノ好きの病気が出て構い倒したり、半端ない食事量で厨房を慌てさせたりして、どたばたと時間は過ぎた。
先に女子供を風呂へ行かせ、その間にギードは領主やハクローたちと商売の話を始めた。
「ほう、もう大型船を造っていらっしゃるとは」
「国王様にお願いして、国の所有物として建造しています。こちらは利益から何割か支払うという方法で借りる立場です」
「しかし、この町には交易でお売り出来るような品物は無いと思いますが」
ハクローは残念そうな顔をしている。
「いえいえ、最高のモノがこの土地にはあります」
「何かお目にかないましたか?」
「温泉ですよ」
領主たちは顔を見合わせる。
景色が良くて、住民の気質も良い。気軽に入れる温泉に、魚介の料理も工夫されていて美味しい。
「保養地としては最高です!」
ギードはこの町に何軒もある空き家を利用して、別荘か宿屋を造るべきだと進言する。
「これからは外からたくさんの観光客が来ますよ」
「う、うむ。検討させていただく」
「うわ、本当に商人なんですね」
その交渉の押しの凄さにハートが驚いていた。
タミリアたちと交代してギードたちが風呂場に入ると、そこには何故か、あの黒いドラゴンの男性がいた。
一回り大きな身体を湯船に沈めているが、盛大にお湯が溢れている。
「おー、待っていたぞ。さあ、入れ入れ」
自分の家でもないのに、偉そうに手招きをする。
「はあ」
ギードは息子のユイリと、ハクローを伴っていた。
空には満天の星。風も気持ち良い。
しばらくは当たり障りのない会話をしながら、身体を洗ったり、景色を楽しんだりする。
「そういえば、ワシも其方に礼をしなくてはな」
今回のことでズメイは反省し、ユランとも仲直りしたそうだ。
「何か欲しいモノがあれば言ってみよ」
ドラゴンからも何か貰えるとは思っていなかったギードはしばし考える。
「あのー、もしかしたら『闇属性』ですか?」
ギードと同じ黒い髪を見てそう思ったのだ。
「いかにも」
実をいうと、ズメイがギードの闇属性を嫌っていたのは、父親のドラゴンに重ねていた部分もあったらしい。
「ザン。出てこれるか?」
ギードはそっと自分の影に声をかけた。
ずりっと黒い塊が出て来る。
「この町で知り合った精霊なのですが、自分の眷属にして欲しいと言って来まして」
しかし結界がなくなったため、魔力が薄れ、姿を保てなくなっている。
「純粋な闇の精霊というわけでもなさそうだが、まあいいだろう」
黒いドラゴンは、手のひらくらいの大きさの黒い鱗を一つ、ザンに投げた。
ザンは受け取るように身体を伸ばし、その鱗を体内に吸収する。
すると一瞬黒い光が漏れ、子狼の姿になった。
獣人ではなく、獣の狼ということは、おそらくここが領主館であることを配慮したのだろう。
子獣人の姿になれば、彼が亡くなった領主の四男であることが知られてしまう。
ギードは嫌そうな顔をしているが、人化した黒いドラゴンは笑っていた。
「お前はその姿が気に入っているのか」
「はい。ドラゴン様のお陰で自由に姿を変えられるようになりました」
はきはきとした声で黒いドラゴンに礼を述べる。
風呂から上がった後、タミリアや他の子供たちにも撫で廻されていた。
やがてギードたちは別れを告げる。
「また来ます」
ギードはハートの顔を見て、にっこりと微笑んだ。
笑顔を返すハートにはもう前の世界での記憶は無くなっていた。




