時空の狭間・再会
「おとーしゃま、見つけたーでしゅ」
視界に入っていた妻より先に、突然現れた黒髪の幼子がギードに抱き付いた。
「あーーーーー、ナティー、こらー」
一歩遅れたタミリアが思いっきりギードにぶつかる。
「うおぉ」
その勢いに倒れそうになるギードの身体をコンが柔らかい結界で受け止めた。
「げほっ」
「あ、ギドちゃん、ごめん!」
「おとーしゃま、おとーしゃまああ」
ギードは言葉も出ないまま、二人の身体を強く抱き締める。
顔を上げた視界の先には、二歩遅れて到着した双子が笑っている。
そうしてギードが熱望した家族との再会は果たされた。
ギードは「結界も無くなったことだし、さっさと自国に戻ろう」と思っていた。
しかし、そうはさせてもらえなかった。
「ひえっ」
視界が真っ白に染まった。
ギードは妻と末っ子を抱えたまま、反射的に影から触手が伸びて双子を引き寄せる。
そのままふわりと身体が浮いた気がして、気が付くと真っ白な場所に居た。
「あ、『大神』様」
そこは一度来たことのある『大神』の浮島だった。
目の前に浮かんでいた光の珠が人型の老人の姿に変わる。
「うむ、久しいの。と言ってもわずか二十日にもならぬが」
「そうでしたっけ」
あはは、とギードは愛想笑いである。
腕の中にあった感触がなくなっているのだ。会話どころではなかった。
「心配するな。其の方が大切に抱えていた者たちは、ほれ、後ろにいる」
ギードは『大神』と共に、浮島の中央にある四本の柱が建っているだけの白い神殿の中にいるが、その外側に、眠っているらしい妻と子供たちの姿があった。
『大神』に人質にされていることも考えていたギードは、ほっと胸を撫で下ろす。
そんなことはしないぞ、と『大神』は憮然とした。
「まあ、よいわ」
枯れたような老人の姿をした『大神』は、次々と関係者を召喚し始めた。
ギードの隣に『女神』が現れ、神殿の外には光の縄で身動きの取れない銀青の髪のエルフが転がる。
『王国を守護する湖の神』が召喚された時は、『国王の代権者』のイヴォンと聖騎士エグザスが。
そして、最後に見知らぬ黒い礼装の、人族より一回り大柄な壮年の男性が現れた。
ギードが見知っているズメイとユランが外にいるので、これが三体目のドラゴンなのだろう。
いつの間にか、ギードの中から『泉の神』も出て来ている。
『大神』が中央に大きな円卓を出し、全員分の椅子を出す。
神殿の外にいる者たちは、どうやら内には入れないようだ。
ギードはまったりと出されたお茶を飲む。
「さすが『大神』様。すごく美味しいですね、これ」
「ほっほ。ここはな、本人が欲しいと思ったモノが出てくる場所なのじゃよ」
「おー、そうなんですかー」
差し障りのない、まったく無関係な話をしている。
とりあえずは皆、喉が渇いていたらしい。
「『大神』殿。そろそろワシを紹介してくださらんか」
「む、なんじゃ、おぬしは初対面か。それは知らなんだぞ」
意地悪爺さんのような顔をして『大神』が黒い礼装のドラゴンをからかっている。
この二人は仲が悪いのか、何やらぴりぴりした雰囲気がする。
ギードはこのままでは埒が明かないと思い、立ち上がった。
顔見知りである『湖の神』に改めて礼を述べた後、黒い服の人化したドラゴンに向き直る。
「お初にお目にかかります。エルフの商人でギードと申します。この度はご助力、ありがとうございました」
ギードは今回の件は、このドラゴンが決め手となったと思っている。
深く感謝を込めて礼を取る。
黒く長い髪に金色の瞳をしたドラゴンが、目を細くして頷く。
「なに、不肖の息子が迷惑をかけたようだ。娘にも頼まれた故、加勢したまで」
先日、ズメイが妹のユランとの仲裁を頼みに来て、事情を聞いた。
その後、娘のユランからは力を貸してくれと頼まれたのである。
「ワシからもお詫びする。許してやってくれ」
ギードはズメイたちの親だというドラゴンの姿に驚いている。
ドラゴン族の長として、躊躇なく子供たちを残して移住したと聞いていたのに、思っていたより情がある。
「許すも何も、彼は『大神』様に利用されただけでしょう」
ギードの指摘に黒いドラゴンが面白そうに笑い、『大神』の眉間に皺が寄った。
神殿の外には声が届いているのか、ズメイの顔も似たようなものだった。
「自分は、今回のことは『大神』様が『女神』様のために仕組んだと思っています」
もちろんきっかけはズメイがギードを嵌めようとして『大神』に話を持ち込んだことから始まる。
(あれ?。その元になったのが「海上輸送」だから、え、こっちが発端か?)
ギードがむむっと考え込んだが、今はそれは置いておくことにした。
「とにかく。『女神』様は早急に助け出さなければなりませんでした」
あのままでは『神』でありながら、その力が薄れ始めていた。
『エルフの森の女神』が首を傾げる。彼女自身はわかっていなかったようだ。
「周りの魔力が濃くなり過ぎていて、その中での『女神』様の力が普通の土地での力に比べて薄くなっていたのです」
普通であれば、1の土地に100という大きな魔力を使う。しかし、90の魔力がある土地に100の魔力は必要ないので、10しか使わない。
「つまり、『女神』様の魔力が薄くなっていたのです」
『女神』は口を押えて驚いている。
ギードはエルフの森も知っている。
ちゃんと『母なる木』は『神の力』で正常に働いていた。
「おそらくすぐに、ということではなく、『神』の力を削ぐにはかなり長い時間がかかるでしょう」
しかし彼らには悠久の時間がある。
『大神』からも、森からも引き離し、結界で隔離し、民に頼られて幸せに浸っている間に徐々に弱らせる。
そういう計画だったのではないだろうか。
「何故、そのようなことをー」
「さあ?」
ギードはただ予想しただけで、それ以上詮索する気はない。
「まあ、確かなことは『大神』様と『女神』様はお互いに意地を張り、ここまで来てしまったということですね」
だからもう仲直りしてくださいと促した。
微妙な雰囲気のまま、見つめ合っていたが、結局は『大神』が折れた。
「何か望みはあるか?」
『大神』は『女神』に、守護する町の兼任も認めると約束した。
「だから、もう閉じこもるな」
力のある者はその行動がどこに影響が出るかわからないのだと悟す。
「はい。ありがとうございます」
『女神』はうれしそうに微笑んだ。
銀青のエルフは縛られた状態のまま、抵抗する様子もなく転がっていた。