十九日目の午前・花火のように
生きる者は懸命に生きることこそ美しい。
何も考えず、ただ生きることのみを謳歌して。
ずっとそう思っていたのだが。
『大神』は浮島を海の遥か上空に移し、荒れ始めた港町の情景を見つめていた。
「あの闇のハイエルフはなかなか面白い奴じゃの」
潔いほど愛する者のためのみに生きる者。
何故かあのハイエルフの動向を見ているだけで暇つぶしになる。
こつこつと努力する姿を眺めていたが、思ったより早く手がかりを結界の外に出した努力を認め、助け出そうとする者たちに町の場所を見つけさせた。
眷属との合流を許してやれば、何と早くも妻だけを脱出させた。
『大神』は、たいそう驚いていた。
「これは『試練』を突破したことにしなくてはならないかな」
と、真面目に考え始める。
そうこうしているうちに、結界の外が騒がしくなった。
「な、なんだ、あれは」
『大神』は浮島を移動せざるを得なくなっていた。
◆ ◆ ◆
「見慣れない天井……」
「おはようございます。ギード様」
ギードが目を覚ましたのは神殿の中にある簡易宿泊施設だ。
一晩『女神』を待ったが現れなかった。
「んー。あの銀青のエルフの怒りが『女神』様に向くんじゃないかと思ったんだけど」
ギードたちは昨日の戦闘の後、消えたハイエルフとその眷属を探しにここへ来ていた。
コンはさっさとギードの朝の支度を始める。
「結界から出られませんから、慌てなくてもよろしいのではないでしょうか」
土魔法で作った台の上に、お茶や朝食用のパンを出す。
「しかし、『女神』様はどちらにいらしたのでしょうね」
エルフや精霊では『神』の気配は探れない。
ずっとここにいても仕方がないと、外に出る。
山の頂上付近にある神殿から町を見下ろす。
白い家々が並ぶ港町も、ギードには見慣れた景色になった。
この町のどこかに、気配を消して潜んでいる同族がいる。
「おかしな気分だね。昔は自分が隠れるほうだったのに」
ギードはエルフの森では逃げ惑う子供だった。
違うのは、眷属たちのお陰で魔法の扱い方にも慣れ、魔力量もほぼ使い放題になっていること。
「一か所だけ心当たりがないわけじゃないんだけど」
昨夜の厳戒態勢が解け、賑やかさを取り戻した町を横目に、ギードは領主館に向かって歩いて行く。
ギードは領主と交渉して、あの庭に設置された風呂場に来ている。
「こんなところに居るのでしょうか?」
「この風呂場がね、あのハイエルフの気配が一番濃かったんだよね」
おそらくこの場所が、あの二人にとって縁の深い場所なのだろう。
陽の光がさんさんと降り注ぐ庭。海を見渡せる壁のない浴室。
屋根の下の湯船にはお湯がこぼこぼと音を立てて、溢れるほど流れ落ちている。
美しい風景にそぐわない慌てた様子のハクローが飛び込んで来た。
「お前は、何をしてるんだ!」
「ああ、廊下のあれですか。ご領主に許可を頂いたのに邪魔をされたので排除したまでです」
館からの渡り廊下に、濃灰色狼獣人と数名の使用人が転がっている。
「それはいい。だが、今日は誰も入れない日だ」
領主の許可だけでは入れない日があった。
「お前、かなり強引に入っただろうが!。こっちにまでお呼びがかかったぞ」
ハクローはギードを止めろと急いで呼び出されたようだ。
ギードは肩を竦める。
知っていて来たのだ。
『女神』と代理のエルフの許可がいる、ということは二人がいる可能性が高い。
「お湯に入らなければいいんでしょう?」
ギードはすっと片手を湯船に向けた。
「コン、湯の入り口を移動させろ」
「はい」
コンの魔力で、先ほどまで音を立てて流れていたお湯が止まる。
「何を!」
「後で戻しておきますよ」
そう言ってギードは湯船に向けた片手に炎を出す。
「出て来てください。手荒なことはしたくない」
しばらく待っていたが、どうやら出て来ないようだと判断し、ギードは炎を湯船に放った。
じゅっと音がしてお湯がすべて蒸発する。
底が露わになった自慢の風呂にハクローが慌てる。
「この野郎!」
駆け寄ろうとして結界にぶつかる。
「そこでおとなしく見ていればいい。この世界の不条理を」
ギードの、低い祈りの声のような言葉がハクローの耳に響く。
それは湯船の上の屋根に発生した。
ギードの本気を察したらしく、『女神』とハイエルフは連れだって現れた。
「そんなところに居たんですね」
ギードの口元が黒く歪む。
「コンはハクローを守れ」
「はい」
コンは自分の主が今、かなり機嫌が悪いことを知っている。
タミリアがいないので自重する気もない。
風の魔法を使い、ギードは屋根の上に上がった。
「お前はやはり『女神』様に危害を加えるために!」
ギードは銀青のエルフの言葉に、こてんと首を傾げる。
「何故です?。ここにいるのは『大神』様の差し金ですが、『女神』様がここに居ることは知らなかったのに」
自分の意志など、ひと欠片もここにはない。
闇のハイエルフは、『女神』に不敬の極みのような胡散臭い笑顔を向けた。
「そちらに危害を加える気は一切ありません。ただ自分はここから出たいだけです」
それを許さないと言うなら、
「戦いますよ。自分の愛しい脳筋妻が」
ギードは空を指差す。
黒く変色した森の上空、結界の外から攻撃が行われていた。
本来なら青空しか見えないはずなのに、そこにはまるで花火のように、色取り取りの魔法が炸裂していた。
ギードの身体から『泉の神』も離れて半透明の姿を現す。
「おー、楽しそうだな。我も行ってくる」
ギードは笑って見送る。
屋根にはコンと共にハクローも上がって来て、その光景に驚く。
「ギード、あれを見ろ」
ハクローが指差したのは町の広場で、よく見ると、気が付いた住民たちが空を見上げていた。
音が全く聞こえないせいか、それが危ないモノだという危機感はない。
皆、楽しそうで、まるで祭りのようにはしゃいでいる。
結界の内と外から攻撃を受け、いつまで結界が持つだろうか。
「ふ、ふんっ。『女神』様と『大神』が張られた結界だ。そう簡単に」
「おや、外からの攻撃に『湖の神』が参戦していますね」
ギードの言葉に銀青のハイエルフがぎょっとした顔をした。
「それに、あの巨大な影はなんでしょうか。あー、どうもドラゴンのようですね」
しかも大きな影は三体、浮かんでいる。
ギードは自然に微笑んでいた。
「な、なんだと。高威力魔法に、『神』様が二柱に、ドラゴンが三体だと」
代理のエルフは怯え、『女神』はしっかりと顔を上げてその成り行きを見つめている。




