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エルフの旦那と変わった従業員  作者: さつき けい


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十七日目の午前・とりとめもなく

 

 昨夜、ハクローと共に店に戻って来たハートは、結局眠れない夜を過ごした。


今朝の剣の稽古は休みらしい。


剣の指導をしているサイガさんも、昨夜の捕縛に参加していたからだ。


それでもハートは少年獣人のトラットと共に店の裏へ歩いて行った。


「えっと、僕は身体を動かしとくから、ハートは好きにしてて」


トラットは走ったり素振りをしたりし始める。




「ハートさん!」


湯屋の前の馬車溜まりでぼんやりしていたハートを見つけて、モモンが駆け寄って来た。


「ユールから聞きました。大変でしたね」


湯屋の若旦那であるユールとその妻であるモモンはハクローの幼馴染だ。


昨夜は多くの男性獣人が参加したので、それなりに噂も拡がっている。


「モモンちゃん」


大丈夫、と笑顔を作ろうとしたハートだったが、結局は涙声になっていた。


それなりの背丈のある青年が、小さな体のモモンよりも小さくなって身体を預けて泣いている。


周りからは滑稽に見えるだろうが、今は誰もハートを笑う者はいなかった。


ギードに世話になった住民はそれなりにいるし、ハートがいつも側に居たことも皆知っている。


「ギードさんは無事でしょうか」


モモンも妻にはやさしいギードを思い出し、顔を曇らせている。




 サイガの作ってくれる朝食を、久しぶりに店で食べた。


この店は特殊な飲食店で、男性の接客担当者が主に女性客の相手をする。


ハート自身も接客担当の六人のうちの一人だった。


「俺にもくれ」


まだ半分眠そうなハクローが従業員用控室に入って来た。


ハクローは接客担当の中でも一番人気の従業員である。


「仕方ねえ奴だな」


元兵士でガタイの良いサイガはこの店の料理とお酒の担当で、面倒見の良い獣人だ。


手早く一人分を追加する。


「いつもなら自室で食べるのに珍しいですね」


トラットの何気ない一言にハクローがぎろりと睨んだ。


「たまにはいいだろう」


「は、はい」


縮こまるトラットを見てサイガが大声で笑う。


それを見ることもなく、ただぼそぼそと朝食を突いているハートを見て、三人は黙り込んだ。




 食事が終わるとハートは自分の部屋へ戻って行った。


「あれじゃ復帰しても仕事にはならんな」


サイガはそう判断した。


「ハクローさん。あれ、どうにかならないんですか?」


トラットが珍しく難しい顔をしている。


「俺にどうしろってんだ」


ハクローは領主一族ではあるが、五男で既に家を出ている。


「ギードを開放しろ」と言える力など無い。


「じゃあ、誰に言えばいいんですか?」


トラットにすればハクローが一番領主や神殿に近い位置にいる。


ハクローに頼んでも無理となると、他に何か自分が出来ることはないだろうかと考えた。


「そうだな。住民が一斉に声を上げるくらいかな」


そうすれば『女神』も考えてくれるかも知れないとハクローは思った。


銀青のエルフは難しいだろうが。




「本当ですか?、それ」

 

「あ?。どういう意味だ」


トラットは純粋にギードを助けたいと思っている。


「ギードさんやタミリアさんにお世話になった住民はたくさんいるでしょう?。皆で神殿にお願いに行くっていうのはどうかなって」


「んー」


ハクローはトラットの真剣な瞳に見つめられて困っていた。


正直、神殿に逆らうことなど考えたこともない。


「やってみないとわからんな」


「じゃあ、やってみましょうよ!」


獣人は考えるとすぐに行動してしまうことが多い。


「その前に、俺が一度ギードと話をしてくるよ」


神殿が彼をどうしようとしているのかも知りたい。


くれぐれも早まるなと言って、ハクローは着替えるために部屋へ戻って行った。




 眉を寄せてずっと黙っていたサイガが、ハクローを見送った後、ぼそりと呟いた、


「昨夜の神殿のエルフ様の様子じゃあ、ギードさんは危ないかも知れんな」


「ギードさんが危ないって、どういうことですか?」


トラットは大声でサイガに詰め寄った。


 ぎぃと扉が開く音がした。


そこにはハクローが出て行ったのを見て、戻って来たハートがいた。


「サイガさん。ギードさんは危ないの?」


ハートの手が震えている。


「……まあ、俺の推測だが」


髪の毛の無いつるつるの頭を撫でながら、サイガは仕方なく喋り始めた。


「俺は結構長命の種族だから、何度か漂流者を見て来たんだが」


サイガはハクローがいないことを確認して扉を閉めた。




「こう言っちゃなんだが、神殿に逆らった者で生きてる者はいない」


漂流者はそのほとんどが病気や怪我で亡くなる。


獣人の漂流者は割と今でも生き残ってはいるが、領主館の使用人となっている者がほとんどだ。


それは監視するためでもあるのだろう。


他所の土地から来た者はやはりこの土地の神殿のやり方に違和感を覚えるらしい。


「つまり、神殿のやり方に異を唱えた者は早々に命を落としてるんだ」


おそらく手を下しているのは『女神』より『代理のエルフ』である可能性が高い。


「ギードさんが海獣を倒したと聞いて、俺は確信したよ」


エルフの魔法は恐ろしいのだと。




「でも、でもギードさんはそんなー」


半泣きで訴えるハートの背中をトラットがばんっと叩いた。


「わかってるよ、良いエルフだってことは。だから、ギードさんを早く助けないと、だろ?」


ハートは何度も頷く。でもどうしていいか、わからない。


「さっき、ハクローの奴が様子を見て来るって言ってたから、すぐにどうこうってことはないだろうが」


大勢の住民の力を借りて、罪人だと示して捕縛した相手だ。


こっそり始末することは出来ないだろうとサイガが教えてくれた。


「おそらくは病気かなんかで急死になるとしても、証人が必要だろうしな」


何とも不穏な話にハートは背筋が寒くなった。


「そうですね。ギードさんとタミリアさんは町の皆に人気あったし」


 獣人は強い者が好きだ。


タミリアに挑んでぼろぼろに負けた獣人たちでも、皆、好感をもっていた。


ギードは肉祭りの時の細かい気配りが奥さん方に好印象を与えている。


「あの二人に何かあったら悲しむ者はいっぱいいる」


うんうんとサイガが納得していた。




「あ、タミリアさんは向こうへ帰ったんですよ」


「えっ?!」


何故かタミリアのことを誰も聞かなかったのは、おとなしく捕まるような人ではないからか。


「一緒に捕まってないのは知ってたけど……」


サイガとトラットが絶望したような顔になり、呆けたようになった。


「あのー?」


ハートが恐る恐る声をかけると、二人は急に抱き合って泣いた。


「姐さん~~~~、戻ってきてえええ」


さめざめと泣き始めたトラットとサイガにハートは困り果てた。




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