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十五日目の午後・隠す理由


 タミリアの昼食後、市場を一通り回って借家に戻ることにした。


「小熊亭にいるのを教えたのはエン?」


「あ、はい。ザンが教えてくれたので」


「ほお」


と、ギードは影の中の精霊もどきに口止めするのを忘れていたことを思い出す。


(しかし、本当に仲良くなったものだな)


ギードは、この町を出た後のザンのことがますます不安になった。




 市場を歩いていると、ギードの連れにエルフが増えたことにざわつく者もいたが、概ね住民たちは受け入れてくれた。


「エルフの旦那の連れなら大丈夫でしょう」


そんな言葉が聞こえた。


エンは精霊でありながら、脳筋で思考は獣人たちに近い。


獣人たちも気安く声をかけるエンに警戒を解いていた。


「ギード様は評判が良いですなあ」


好意的な住民たちにエンはうれしそうだ。ギードはどうかすると悪役になりたがる。


「そりゃどうも」


にやにやする眷属精霊にギードはむず痒い思いだった。


それでも眷属たちが自分のことを心配してくれていたことはわかっているので、素直に誉め言葉を受け取る。


一行はぶらぶらと町中を通って、借家へ戻って行った。



◆ ◆ ◆



 ギード夫婦の末娘であるナティリアは、エルフの森の聖域にある遺跡の家に居た。


大型の犬の姿をした妖精クー・シー族の青年ロキッドと共に、ここでお留守番なのである。


「おとーしゃまとおかーしゃまはいつ迎えに来てくれるの?」


毎日のように繰り返される質問に、幼子の眷属であるロキッドは人化した執事姿で困っていた。


「お戻りになられましたらすぐに連絡が来ます。それまで我慢いたしましょう」


そう言いつつ青年執事は、幼い主に飲み物を出す。




 ハイエルフの父親と人族の魔法剣士の母親との間に生まれた特殊な精霊であるナティリア。


エルフの森に預けられた兄とも、人族の町の領主館に預けられた姉とも一緒にいることは出来なかった。


それを哀れに思った眷属たちの計らいで、たまに兄妹が会う時間が設けられている。


しかし、場所はー。


「何でこんなとこで?」


げんなりした双子の妹、ミキリア。


「まあ、ナティはまだ人前には出せないしな」


ふうとため息を吐く双子の兄、ユイリ。


「ナティのせいでしゅか?、ごめんなしゃい」


そこは遺跡の迷宮、地下三階の安全地帯である。




 しゅんとした妹を双子は慌てて慰める。


「いやいやいや、ナティは悪くないよ。うん、悪いのはギドちゃんとタミちゃんだから」


「そうそう。ねえ、ナティはいつも何して遊んでるの?」


「これでしゅ!」


ナティリアはギードたちが不在の間、様々な本を遊びとして与えられていた。


 話題が変わって顔を明るくした妹にほっとする双子。


その様子を見守っているのは、ギードの眷属の一体である風の最上位精霊のリンと、ナティリアの眷属のロキッドだ。


「ギード様は見つかったんですね」


「ええ。ようやくね」


小さな声で、顔色一つ変えずに眷属同士で情報交換している。




 子供たちには知らせないように命じられているわけではない。


ただ、ギードならば子供たちに知られるのは嫌だろうと眷属たちの間で話し合ったのだ。


子供たちから他の者に漏れることを恐れたのもある。


「ギドちゃんたち、あとどれくらいで帰って来るかな」


「もう少しだよ、きっと」


「早く帰って来て欲しいのでしゅ」


そんな話をしながら久しぶりの兄妹水入らずを楽しむ三人を、眷属たちは見守る。




 三人はお互いの生活を話したり、周りの環境の話をする。


ナティリアはロキッドと遺跡の家で二人っきりだ。


「老木の精の聖域の守護者様がいるだろう?」


「精霊もたくさんいるって聞いてるよ?」


「あい。でもしゅぎょーちゅーの人がいるから危ないのでしゅ」


 現在、聖域の森では獣人の若者二人が、森の防衛機能相手に修行している。


それに巻き込まれることを危惧するロキッドに、あまり連れて行ってもらえないのだ。


「でも、おうちにはおとーしゃまの読んだご本がいっぱいあるのでしゅ」


「そうか、良かったな」


ユイリはナティリアの頭を撫で、ミキリアはぎゅっと抱きしめる。


「ナティ、何かあったらすぐに連絡するのよ?。約束よ」


「はいでしゅ」


眷属執事に抱き上げられ、迷宮の安全地帯の魔法陣から兄と姉が消えていく姿を見送る。


ナティリア自身は魔力が余るほどあるので、移動魔法で遺跡の家に戻るのだ。




 精霊種であるナティリアは、エルフのユイリや人族のミキリアより魔力が多く、感情的で暴走し易い。


我慢すること、静かに過ごすことを覚えさせなければならなかった。


例え感情が暴走しても他に被害が出ないようにと、遺跡の中の家に隔離されているのである。


ギードがいれば問題なく結界で抑え込めるのだが、それではいつまでも親離れ子離れが出来ない。


「ナティはずうっと皆と一緒にいたいのに」


「親子とはそういうものですよ」


ロキッドは部屋に明かりを点け、ナティリアの寝台を整える。


ナティリアは明るくなった部屋を見回している。


「ここでおとーしゃまとおかーしゃまとおにーちゃまとおねーちゃまと、あの頃みたいに一緒にいたい」


生まれたばかりのナティリアを人目に晒さないように、しばらくの間ここで家族で暮らしていたことがある。


ナティリアはその頃が楽しかったと思い出していた。




 精霊にはあまり年齢という概念が無い。


魔力さえあれば永遠に生き続けるからだ。


しかも、ナティリアは自然から派生した精霊ではなく、人族の母親から生まれた特殊な個体である。


それを世間に知られるわけにはいかなかった。


「ナティリア様はまだ幼くて、弱いのです。皆が小さなお嬢様をお守りしたいと思ってこの家に隠しておられたのですよ」


ギードは自分がいなくなってもナティリアが生きていけるよう、色々教えていた。


ふよふよと飛んではいけない。気まぐれで魔力を使ってはいけない。


必要なのは、周りに合わせることが出来るだけの知識と教養だ。


 執事は主である幼子を抱き上げ、寝台に乗せる。


「ご本をたくさんお読みください。まずはギード様のように何事にも動じないようにならなければなりませんよ」


「うん」


素直に頷く幼子を見て、ロキッドはギードの言葉を思い出す。


『精霊は素直過ぎる』


人化の修行により人族の恐ろしさを知っているロキッドは、幼い主が簡単に騙される未来を想像して身震いする。


『本を読むのは、色々な考えがあることを知るためだ。一方的に誰かの言葉を鵜呑みにして、利用されないためにな』


ロキッドは恩人であるギードに任せられたナティリアを、生涯守り抜くと決めていた。





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