十四日目の午後・正体
「紹介するよ。彼は自分の眷属精霊のコンだ」
ギードがタミリアたちのほうに向かい、白い騎士装備のエルフを紹介した。
「精霊?」
「そうだよ。コン、その装備は今いらないから、普段着でいい」
「はい」
一瞬で姿が商人の従者の扮装に変わる。
ハクローたちの唖然としていた顔が、ぎょっと驚きの顔になる。
「し、しかし、どうやってここに」
「今はまだ内緒だな」
ギードは相変わらずにやにやと笑っている。
その顔に苛っとしたのはハクローたちだけではなかった。
「ギード様。申し訳ありませんが、一言、よろしいでしょうか」
「んー?」
ギードは嫌な予感がして笑顔を引っ込めた。
「このような結界、弱過ぎます。日頃からもっときちんと魔法の鍛錬をー」
「あー、今回はさー、皆と連絡とれなかったからさー」
単純に魔力が足りなかったのだ。
ギードがまるで子供のように言い訳を始めると、タミリアがくすくすと笑い出す。
「はっ、お客様の前で申し訳ありませんでした。奥様もお元気そうで」
コンがタミリアにも恭しく礼を取る。
「ごめんなさい。私、今記憶がなくて、あなたのことはわからないの」
一瞬驚いた顔になったが、申し訳なさそうに項垂れた。
「申し訳ございません。奥様にも防御の品をお渡ししておくべきでした」
タミリアは先日ギードが見せた壊れた装飾品を思い出した。
「ああ、あれはあなたのだったのね」
そんなの気にしないでとタミリアは笑った。
神殿の銀青のエルフにも負けず劣らずの麗しいエルフの登場にハートは固まっていた。
目の前でギードやタミリアが会話をしているが、何一つ耳に入らない。
(え、なにこれ、なにこれ)
先ほどの黒い獣人の子供といい、今現れた白い騎士のようなエルフといい、これが精霊なのだろうか。
ハートは思考が追い付かず、目の前がくらくらしてきた。
「おい、大丈夫か?」
ハクローが隣で支えてくれていなければ、とっくに気を失っていただろう。
「は、はい。大丈夫です」
ハートはハクローを心配させまいと笑顔を向けた。
その危うげな笑顔を見て、ハクローは一層不安になる。
その会話に黒い子狼獣人姿の闇の精霊が入って来た。
「あのー、そちらが主様の眷属ということは、我らの同士ということでござるか」
どうもこの闇の精霊は古い言葉を使う。話は通じるので特に問題はない。
「そうだ。私はギード様の一番古い眷属だ」
おお、と闇の精霊は大きく目を見開き、コンのすぐ傍に駆け寄った。
「主様と約束したのだ。他のお仲間が来たら、我らを眷属に加えてくださると」
コンがぎろりとギードを振り向き、ギードは視線を逸らす。
「『ザン』という名前も頂いた」
胸を張る子供の姿にコンがこめかみを抑える。
「ギード様」
「わかってる。後でちゃんと叱られてやるから。今はこの結界から出ることが先決なんだ」
コンが仕方がないとため息を吐く。
しゃがみ込んで同じ目線になると、コンはじっとザンを見る。
「精霊にしては魔力が不安定ですね」
「うーん、そうだねえ」
「このままでは長く姿を保つことは難しいかと」
「眷属契約すれば安定すると思うけど、確定ではないしなあ」
ギードは申し訳なさそうに、項垂れる子狼獣人の頭を撫でる。
今、実体化出来ているのは結界の中だからだ。
この精霊が結界の外に出た時にどうなるのか、それがわからない。
実体どころか、精霊の塊としての存在も維持出来るか怪しい。
「他の眷属の意見も聞きたいから、もうちょっと待ってね」
ザンが小さく頷いた。
さっとコンがお茶の用意をはじめ、ギードはすべて彼に任せている。
「大したものがございませんね。こちらでご用意してよろしいでしょうか」
「頼むよ」
頷いたコンが影の中から様々な道具や食料を取り出す。
食卓に今までハクローも見たこともないような高級な食器やお菓子が並ぶ。
あっけにとられていたハクローが、自分を取り戻す。
「ギードさん、あんたいったい何者なんだ」
「最初に言った通り、エルフの商人ですよ」
「そんなわけあるかっ」
どんっと食卓を叩く。
「貴様、主様を愚弄する気か」
黒い子狼獣人がギードを庇うようにハクローに詰め寄った。
「お前には関係ないだろう!」
しばし睨み合った二人が、突然、黙って見つめ合った。
周りが首を傾げていると、二人はまじまじと顔を寄せ、
「その白い毛並み、ハクローか?」
「まさか、兄様?」
「おお」
ついには抱き合った。
「ん?、何がどうなったの」
ギードは目の前の光景にぽかんとしている。
「失礼した、主様。これは拙者の弟でござる」
「はい。私が幼い頃に十歳で亡くなった兄に間違いありません」
領主には五人の息子がいた。ハクローは五男で末子だが、ザンはどうも四男らしい。
しかし毛並みは黒ではなかったので、すぐにはわからなかったようだ。
「へえ、そんな偶然あるんだ」
「はい。こんなところで会えるとは」
ハクローが涙を拭った。
ギードの魔力を元にして闇の精霊が玉となった。
その玉がこの土地の豊富な魔力を吸収する際に、この結界内で亡くなった獣人や漂流者の魂を取り込んで塊となったようだ。
今朝、ギードの魔力をさらに吸収し、実体化まで出来たのはさすが『神』の結界のお陰というべきか。
闇の精霊が取り込んでいた魂の中に、ハクローの亡くなった兄の魂も含まれていた。
領主の家系だったこともあり、実体化するときにその姿を選んだようだ。
「本来ならこの世界では、精霊も、亡くなった者の魂も、魔力となって自然へと還るはずなんだが」
この土地は結界に囲まれているために魔力が常に飽和状態になっている。
「成仏出来なかったんですね」
ハートが痛ましそうに子狼獣人を見る。
「ジョウブツ、というのが何かは知らないが、彼らは自然の中にも居場所が無かったわけだ」
ギードが険しい顔をした。
ハクローもちらりと黒い子狼獣人を見る。
兄とはいっても、これは精霊の塊であり、子獣人自体はすでに亡くなっているのだ。
それを思うと背筋が寒く感じられた。
「あのー、ギードさんって、いったい何者なんですか?」
ハートのギードを見る目が、今までと変わったようだ。
「まあ、今はそんなものはどうでもいいでしょう」
ギードはしらっと話を流す。
「ハクローさんに今日来てもらったのは、ハートさんのことです」
「え?」
ハクローとハートが顔を見合わせる。
「ハートさんが自分たち夫婦と共にこの町を出たいと言ってましてね」
「は?」
ハクローは思わず責めるような目でハートを見た。




